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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

Lotta Love(24)
やっと住宅街を抜けましたよ!!!

ところで先日の拍手レスのリード文、何を書こうとしていたか思い出したんですよ。

埼玉にいらっしゃるのであれば、
是非「そこらへんの草」を
食べてお帰りになってください!

でもこれ「そこらへんの草」って食べ物があるって知らないと、とんでもなく無礼に感じられるだけだって思った次第です。(「翔んで埼玉」続編公開決定おめでとうございます!)

では本文へどうぞ!
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<Lotta Love>

「お前、俺のこと子どもかペットかと思ってないか」
「子どもはさておき、ペットは云い得て妙ですね。確かにあなたは放っておけば、ひとりで何処かに行ってしまいそうな危うさがある」
「流石に言葉の通じない土地まで来て、そんな真似はしねえよ」
「それは言葉の通じる土地ならやると宣言しているようなものですよ」声を上げてシュウが笑った。「やっても構いませんが、方向音痴だけは直してもらわないと。旅先でまであなたとはぐれてしまっては」
 視線を道の先に向ければ、タクシーが停まっているのが見えた。運転席からマサキたちの姿を見付け出したのだろう。短く鳴らされるクラクション。短い散策だったな。過ぎて行ったゆったりとした時間を惜しむようにマサキが云えば、また来ればいいのですよ。シュウはあっさりと云い放ってみせた。
 まるでマサキひとりでも大丈夫だと云わんばかりの口ぶりに、んな筈あるかよ。マサキは反射的にシュウの背中を小突いていた。
「言葉はわからねえ。道には迷う。それでまた来て何が出来るんだよ」
「私に声をかけなさい。身体が空いていれば付き合いますよ」
 すべきことを数多く抱えているのはマサキに限らない。柵の解消であったり、意志の貫徹であったり、研究であったりと、私事的なことに偏りがちにせよシュウにもすべきことは多々ある。それでも魔装機神の操者という実効的な立場にいるマサキと比べれば、立場に囚われずに生きている男の方が時間に都合が付け易いのは明らかだ。
「身体が空いてればねえ。どうせお前のことだ。研究優先なんだろ」
「あなたがあなたの都合で生きているように、私にも私の都合はありますよ。それともあなたは何をおいても自分を優先して欲しい?」
 まさか。マサキは笑った。
 云えばこの男のことだ。都合を付けるぐらいは訳なくしてみせるに違いない。それでもマサキがシュウの言葉を否定してみせたのは、自らの都合を押し通すことで、彼が我慢を強いられることになるのを厭ったからだった。
 気紛れでいいのだ。
 風の向くまま気の向くままに生きているマサキやシュウにとって、次はあれ、その次はこれとすべきことを定め、その為にスケジュールを調整するような付き合い方は不向きだ。
 今は異国の地にいるからだろう。人目を気にせずシュウと過ごしていられる時間は、マサキにとってはかつてないぐらいに心地良く感じられている。それに捉われ続けていたい気持ちはあるものの、だからといって節度なくその気持ちに踊らされたくはなかった。
 ひとつ約束を重ねれば、ひとつ果たすべき責任が生まれる。それは傍目にしているよりも重いものだ。雁字搦めの拘束。魔装機神の操者としての使命に絶対服従の誓いを立てているマサキにとって、それ以上に負わなければならない責任など存在してはならないからこそ。
「偶にはそういう言葉を聞きたくもありますけどね」
 ふっと身を屈めて囁いてみせたシュウが、次の瞬間には何事もなかった様子でタクシーに乗り込む。云ったところで困るのはお前の方だろうに。そう思いながら、次いでマサキもタクシーに乗り込む。
「Welcome back!」
 にこやかに出迎えるタクシー運転手とシュウが何事か英語で話をしているのを聞きながら、マサキは今来た方角を窓越しに見遣った。長閑ながらも賑わっていた住宅街。生き生きとした住民たちの表情が思い返される。
 マサキ、と呼ばれて振り返る。運転手から貰ったものだろうか? いつの間にかシュウが手にしているガイドブックにマサキが視線を落とせば、
「何が食べたいですか? タクシーの運転手の話だと、この辺りもスミニャック同様に色々な食事が楽しめるようですよ。日本料理もあれば、フレンチやイタリアンの店もある。勿論、あなたが好みそうなファーストフード店も」
「何でバリくんだりまで来てファーストフードを食べなきゃいけないんだよ。いくら俺でも地元の食を楽しむに決まってるだろ」
「なら、ワランに向かうことにしましょう」
 ワラン? とマサキが尋ねれば、インドネシア語で食堂を意味する店であるらしい。バリの家庭料理が味わえるとあって、地元民は元より、観光客の人気も高いそうだ。日本で云えば定食屋といったところか。
 デンパサルに限らず、バリの各所に見られるワラン。観光地化されている地域ではレストランに近い形態のものも多いらしいが、テイクアウトが可能なこともあって、地元民にも愛される料理屋であるようだ。
「海に近いデンパサルではシーフード料理もお勧めらしいですが、どうします? 折角ワランに行くのであれば、よりバリに密着した食事を取りたいところですが」
「そこはお前に任せるさ。どういったメニューがあるかまでは俺は詳しくないしな」
「昼食と夕食を兼ねるのであれば、お腹に溜まるメニューがいいですね。ナシチャンプルでも食べますか。あなたはサテーといった肉料理の方が好みではありそうですが」
「バリの料理ってやたらとナシって付くな。ナシゴレンもそうだったし」
「ナシとはインドネシア語で炊いた米を指すのですよ。ナシチャンプルはバリ風チキンライスとでも云えばいいでしょうかね。白米や色や香りを付けたライスと、肉や野菜のおかずをワンプレートにしたもので、バリの家庭では一般的な料理になります。ライスの種類やどの肉や野菜を載せるかはこちらで選べるので、多少の好き嫌いがあっても安心して食べられますよ」
 それでいい。マサキは頷いて、座席に深く凭れた。
 海で気が済むまでマリンスポーツを楽しみ、そしてデンパサルの住宅街を気ままに散策した。その疲れが回ってきたようだ。瞼がやたらと重い。
 マサキは目を閉じた。
 シュウが運転手に行き先を告げる声がしたかと思うと、振動が身体に伝わってくる。心地良い揺れ。目的地に向けてタクシーが走り出したようだ。
 昨日の疲れも残っていたのだろう。そのまま少しもしない内に眠りに落ちてしまったマサキを傍らに、シュウはガイドブックを眺めていたらしい。肩を揺り動かされて起きてみれば、既にタクシーは目的地に着いた後だ。
「疲れていますね」
「あれだけマリンスポーツで身体を動かせばな」
 時間にすれば五分から十分といったところか。僅かな休息を惜しみつつ、目を擦りながらマサキがタクシーを降りれば、思っていたより洗練された外観のワランがある。
 白を基調として赤をアクセントに配した壁。通りに面している部分には広くガラスが張られ、店の内外からそれぞれの景色を臨めるようになっていた。軒下に下がるプランターを避けつつマサキが店内を覗き込んでみれば、昼時を過ぎた後だからだろうか。店内はそこそこの客の入りといった按排だ。
 手前にはオープンテラス。海からの風を感じながら食事を楽しんでいる人々で賑わっている。彼らを横目にシュウの後を付いて歩いて行けば、そこがワランの入り口であるのだろう。手書きのウェルカムボードがマサキを出迎えた。
「レストランみたいな感じだな」
「観光地ですからね。観光客が安心して食事を取れる店となると、こういった形のワランになってしまうのは仕方がないかと。もっと地元に密着した雰囲気の店でもいいとは思うのですが、衛生面に不安が残るようですし」
「本当に地元の人間が食べるような食事っていうのは、水と同じで、外の人間の腹には合わないっていうしな」
 マサキは店の入り口を潜った。
 こじんまりとした店内のカウンターに並んでいる料理は、どれもスパイスが効いていそうな色合いばかりだ。恐らく、ここから好みのおかずを選んでナシチャンプルーにトッピングするのだろう。
「ライスの種類はどうしますか? 好きなだけトッピングできるようですよ」
「何があるんだ?」
「ナシプティー、ナシクニン、ナシメラですね」
「お前が何を云っているかわからねえ」
 流れでバリに滞在することになったマサキには、当然ながらバリの知識はない。おまけにそうした知識を仕入れる間もなく、西に東にと観光に連れ歩かれてしまっている。既に充分バカンスと呼べるだけの日数を過ごしているシュウと比べれば、知識の差は歴然だ。
 それをわかっていてさも当然とインドネシア語を使う男の意地の悪さ。マサキが口唇を尖らせてみれば自覚はあるらしい。シュウはクックと声を潜めて笑うと、今度はきちんとそれらのライスの種類について説明をしてみせた。
「ナシプティーは白米、ナシクニンはターメリックで炊いたご飯、ナシメラは赤米ですよ」
「だったら全部だ。全部食う。折角の米食だ。全部食って日本との違いを思い知る」
「ライスの量は一定量なので止めませんが、その勢いでおかずを頼むのは止めた方がいいかと」
「腹が減ってるからかな。何もかもが美味そうに見えるんだよな」
 肉料理を一品と、野菜料理を三品付け合わせたシュウに続いてマサキもカウンター前に立つ。唐揚げ、串焼き、煮込まれた肉。料理名がわからないまま、目に付いた肉を指差せば、どうやら言葉が通じなくとも身振りで伝わったようだ。頷いた店員がその場でライスとともにプレートに盛り付け始める。
「全部肉ですか」
「野菜も頼むぞ」
「それだとかなりの量になりますが、大丈夫ですか。恐らく二人前近くになりますよ」
「お前と違って海でさんざ身体を動かした後なんだよ、俺は」
 とは口にしてみたものの、いざ盛り付けの終わったプレートを覗き込んでみれば、さしものマサキであっても不安を感じる量には違いなく。
「サンバルはどうします?」
「サンバル?」
「辛味を増すソースですよ。相当に辛いらしいので、舌の耐久性に自信がなければ止めておいた方がいいでしょう」
「なら止めとく。辛過ぎると腹を下すしな」
 肉料理が三品、野菜料理が三品。所狭しとおかずが盛り付けられたナシチャンプルを手に、マサキがシュウとともにテーブルに着けば、時間が時間だからか。本格的に食事をしようとしている客はマサキたちぐらいであるようだ。
 昼下がりにティータイムを楽しむのは、バリの民であっても同様らしい。ラテアートの描かれたカップを目の前に会話を重ねる客もいれば、透明度の高いアイスティーを目の前にスマートフォンを弄っている客もいる。そんな中、近くのテーブルに独りで座っている女性は、カフェラテとパンケーキを目の前にゆったりと読書を楽しんでいた。
「あれ、美味そうだな」
「食べるのでしたら、それをきちんと食べ終えてからですよ」
「わかってるよ」
 カラフルなカットフルーツが添えられているパンケーキは、表面に焼き印が刻まれている辺り、きちんと手間をかけられて作られているようだ。
 ガラス製のコップに注がれたメープルシロップの琥珀色のきらめき。ちょこんと乗せられたミントがまた彩りを鮮やかにする。南国の雰囲気漂う盛り付けに、マサキの食指は大いに動かされたが、流石にプレートに山となったナシチャンプルを食べた後となっては入る気がしない。
「そういや甘いものを食ってねえな。バリに銘菓ってあるのか? こう、ちょっとつまむ程度な」
 せめてもう少しスナック感覚で手軽に食べられるデザートがあれば。そう思いながらシュウに尋ねてみれば、彼には心当たるデザートがあったようだ。何を調べるでもなく即座に口を開くと、
「ジャジャナンパサールと呼ばれるケーキがありますよ」
「へえ、どんなケーキなんだ?」
「主原料は米粉やもち米らしいですね。元々儀式のお供え物だったからでしょうか。和菓子に似た形状のものも数多くあるようです。大きさは大体手のひらより少し小さいくらいですか。小腹を満たすのには丁度いい量かと」
 云ったシュウはスマートフォンで検索をかけてたようだ。少しして差し出されたスマートフォンを覗き込めば、色取り取りの菓子が並んでいる画像が映し出されている。
 カップケーキに似た形状のものもあれば、パンと見間違うような形状のものもある。カットされたパウンドケーキのような形状のものもあれば、芋羊羹や煎餅に似た形状のものまである。そういった種々様々なジャジャナンパサールの画像は、見ているだけでも目に楽しく、甘い物に飢えているマサキの心を湧き立たせてくれた。
「食いたい」
「パンケーキはどうしたのです?」
「あれが全部入る気がしないからだよ」
「だから欲張るなと行ったのに」苦笑いを浮かべたシュウが、「あなたが良ければシェアしましょうか?」と、パンケーキのシェアを提案してくる。渡りに船ではあったが、先ずは目の前の料理を片付けないことには、食べられたものかも明瞭《はっき》りしない。マサキはナシチャンプルを口に運んだ。


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