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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

Lotta Love(28)
今回でバジュラサンディモニュメント編は終了です。

二日目の日程はこちら

 9:00 出発
 9:30 サヌールビーチ着
  13:20 デンパサル住宅街を散策
  14:30 ワランで食事
  15:30 バジュラサンディモニュメント着
  17:00 レノン・ププタン広場発
  18:30 ウブド着
  19:30 バリ舞踏開演
  22:00 ヴィラ着

次回はついにバリ舞踏編!二日目もクライマックスが近付いてまいりました!
拍手有難うございます!励みにしております!

では、本編へどうぞ!
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<Lotta Love>

「この後はウブドだよな。バリ舞踏は何時から始まるんだ?」
「19時半ですよ」
「結構時間があるな」
「とはいってもこの時間ですからね。道路も混み始めているでしょう。ウブドに着くのに一時間半ぐらいはかかるとして、向こうに着くのが18時半頃。チケットを購入して18時45分。早目に会場に入っていた方がいい席を確保出来るそうですし、時間としては丁度いい頃合いかと思いますよ」
 シュウの言葉に、そんなもんか。とマサキは頷く。
 行きと同じく閑散とした道の上。夕刻を迎えて尚、照り付ける太陽が目に眩しい。日本の夏に勝るとも劣らない湿気が、熱気とともに肌に纏わり付いてくる。じわりじわりと染み出てくる汗にマサキは、夕暮れが迫って色を薄くしつつある空を見上げた。
「海が恋しくなるな」
「明日もビーチに行きますか?」
「海って云ってもインストラクターがいないとなあ。かといってパックだと慌ただしいもんな」
 マサキはサヌールビーチでのあっという間に過ぎ去った時間を振り返った。
 マリンジェットに引かれながら水の上を滑ったウエイクボード。初めは腰が引けて上手く滑れなかった。時間の経過とともに立つコツを覚えてからは俄然楽しくなった。最終的に片手を離して滑れるようになったマサキに、インストラクターの青年は身振り手振りでセンスが良いと褒めてくれたものだった。
 アクティブなマリンスポーツであるマリンジェットやウエイクボードと比べると、自然が織り成す景色を楽しむ側面が強いダイビング。観光客慣れしてしまったのか。警戒心の薄い熱帯魚たちを間近にしながら潜ったサヌールの海は、そうでなくとも色鮮やかなエメラルドグリーンの海面の下に、更なる色彩豊かな世界が広がっていることをマサキに教えてくれた。
 そして最後にシュウと乗ったグラスボトムボート。水が壁となって押し迫るような雰囲気があったダイビングと異なり、海上から見下ろす海中世界は生きた水族館といった趣きだった。ガラス越しに見たボートの底面を泳ぐ熱帯魚の群れ! 水底の世界がどうなっているのかをあんなに間近に目に出来る機会はそうない。
「ビーチでのんびりとした時間を過ごすのもいいと思いますがね」
「お前がビーチベッドに寝そべって読書をしている光景が目に浮かぶよ」マサキは何処であろうと読書の場にしてしまう男に苦笑いを洩らしながら、「どうせお前は海に入らなんだろ? ひとりで泳いでもつまらねえし……帰ったらヴィラのプールで水遊びでもするかな。少し泳いでのんびり浮いてさ」
「ビーチでも同じな気はしますがね」
「夜の海は危ないしな。その点あのプールは丁度いい。夜の風に当たりながら水に浸かれるもんな」
「そういうことでしたら、ウブドに行きがけにフロートマットでも購入しましょうか。確かに今日は予定が詰まってしまいましたしね。ヴィラでリラックスして過ごす時間も必要でしょう」
「ああ、いいな。考えてみたら観光々々で、あんまりヴィラで過ごしてないもんな。もうちょっとバカンスらしさも味わいたい」
「なら、明日の午前中はのんびりヴィラで過ごすことにしましょう。他に欲しいものはありますか、マサキ」
「お前が付き合ってくれるなら、ウォーターガンとかビーチボールとか欲しいんだけどな」
 とは口にしてみたものの、いざその光景を想像してみると不似合いなこと他ない。滅多に人目に肌を晒さない男は、ベッドの中で幾度となく彼の裸体を目にしてきたマサキでさえも、常にきっちりと服を着込んでいるイメージで固定されてしまっている。
 想像の付かなかったシュウの水着姿。それを目にした今となっても、そのイメージは覆らない。
 愛機を駆っての過酷な戦闘状況に耐える為、或いは習得した剣技の維持の為と、体得した技能を生かす為に肉体を鍛えることには積極的らしいシュウは、けれども娯楽としてのスポーツには消極的だ。それは、彼にとって趣味と実益を兼ねているのが知識の吸収だけであるからなのだろう。それ以外の能力については、自身が求める最低限のラインをクリアしていればいいと考えている節がある。
「正直なところ、ビーチボールやウォーターガンをふたりで遊ぶことに、私は面白さを見出せそうにないのですが、あなたはどういったところが楽しいと思っているのですか、マサキ」
「お前じゃなかったらはったおす台詞だな、それ」マサキは流石に笑いを堪えきれない。「身体を動かすことは、本来、楽しいことなんだよ。知識の吸収が楽しいらしいお前にはわからないだろうけど」
 マサキとは比べるべくもない高い知能を有する男は、マサキには想像も付かない世界を生きている。それがわからなかった頃のマサキははシュウに対して強い反発を覚えることも少なくなかった。顔を合わせれば嫌味や皮肉にしか聞こえない言葉を吐かれる。それに対して逐一云い返さずにいられなかったあの頃。マサキは何故シュウが自分のものではない視点で話をしているのかが理解出来なかった。
 何故そんなにも高い視点から、世界を見下ろすようにして言葉を吐くのかと。
 付き合いを重ねた今ならわかる。彼はマサキとは違った世界を生きているのだ。自らの体験で構成される世界とは根本的に異なる世界。そう、自身で収集した膨大な知識で構成された世界、鏡写しの曼荼羅が無限に拡がっているような世界にシュウは生きている。
 彼はその中に自分を置かない。いや、置いてはいるのだろうが、その巨大な曼荼羅の構成要素のひとつとしか自身の存在を捉えてないようだ。そしてそれとは別に曼荼羅を見渡している己や、曼荼羅を見下ろしている己を有している。
 シュウの視点はマサキと異なり画一的なものではなく、多岐に渡って作用するものであるのだ。
「成程。身体を動かすことそのものが楽しいと。確かにトレーニングを終えた後は充実感がありますね」
「それと同じかって云われるとまた違うんだけどな」マサキは肩を竦めた。「お前、純粋に娯楽で身体を動かすことってないのかよ」
 人の心の機微を察するのに長けている筈の男は、こと自分の守備範囲外の話となると途端に想像力が欠乏する。どうやら娯楽としてのスポーツに興味がないらしいシュウに、よもやトレーニングを例えに持ち出されるとは思っていなかったマサキが尋ねれば、「トレーニングで充分だと思うのですけどね」
 噛み合わない返事は答えでもある。マサキは深い溜息を洩らした。
「まあ、実際に遊ぶかどうかは別として、そういった玩具があるのも悪くはないかと」
 そのマサキの溜息に気まずさでも感じたのだろうか。自身は参加しないことを言外に匂わせつつも、マサキが希望する遊具を買ってもいいなどと云い出したシュウに、
「そうかあ? 使わない物を持ってることほど馬鹿げたこともないぞ」
「私が使わなくとも、あなたは仲間と使うこともあるでしょう。持っておいて損はないと思いますが」
「そのぐらい家にあるっつうの」マサキはシュウの顔を見上げた。「それに、お前があいつらに使わせるっていうんだったら買う意味はあるだろうけど、俺が仲間と使うってことになったら、お前の存在は何処に行ったんだって話だろ」
「あなたにしては面白いことを云う」
 感性がマサキとは異なる男は、マサキの発言の何に対してそう感じたのかは口にすることなく。いつしか出口が見えるまでとなったレノン・ププタン広場に、足を止めて幾度かスマートフォンのシャッターを切ると、広場の入り口周りでマサキたちの帰りを待ち侘びていたタクシーへと乗り込んで行った。
「その写真だけどさ」
 後を追ってタクシーに乗り込んだマサキは、シュウの言葉を受けて走り始めたタクシーの振動に身を委ねながら、彼が手にしているスマートフォンの中に残されている画像に言及した。
「どうするんだ? まさか撮って終わりって訳にはいかないよな」
 デンパサルの街やバジュラサンディモニュメントを背景にふたりで収まった写真。勿論、自分で撮った他の写真にも関心はあったが、思い出の品らしい品を持たないマサキとしては、たった数枚のその写真に拘りを持たずにはいられない。けれども欲しいと明け透けに口にするのも憚られ、写真のその後について尋ねるに留めれば、シュウにはシュウできちんとした考えがあったようだ。
「後でプリントアウトして渡しますよ。勿論、あなたが撮った写真も」
「本当かよ。そりゃ、思い出として撮ったもんだし、貰えるなら欲しかったけどさ……」
「折角のバカンスの記念になる写真ですしね。私ひとりが持っていていいものではないでしょう」
 ほら、と撮った写真を見せてくるシュウの肩に頭を乗せて、マサキはそれらを見た。
 マサキと比べれば圧倒的に撮り慣れているのがわかるアングル。どこかのっぺりとした感のあるマサキの平面的な写真と比べると迫力が感じられる。写真を嗜むとは知らなかった。そうマサキが云えば、画像でメモを取る癖があるからだとの返事。そういった意味でスマートフォン扱わないマサキには、シュウの言葉が答えになっているのかわからなかったが、マサキが想像しているよりもずっとシュウはこうした機器を使いこなしているようだ。
「……眠い」
 デンパサルの街を駆け抜けてゆくタクシー。途中で大通り沿いのショップに寄り、目的のフロートマットやその他プールで使えそうな水遊び用の玩具を購入する。それをタクシーの荷台に積み込んで、ひと段落。
 再び走り出したタクシーに、眠気を感じ始めていたマサキが云えば、バカンスの期間が長いシュウは気力も体力も充実しているのだろう。微塵も疲れを感じさせない様子で、
「ウブドまではまだ時間がありますからね。ゆっくり眠ってくださって結構ですよ」
「膝を貸せ」
「構いませんよ。どうぞ」
 そのまま上体を倒して、シュウの膝に頭を乗せる。心地良い振動。ウブドまでは一直線の道が続く。大きく身体を揺らされることもない道のりに、程なくしてマサキの意識は闇に飲み込まれていった。


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