こんな風にバリ舞踏を観るマサキを書いた後に云うことではないのですけど、彼は芸術鑑賞に興味関心があるんでしょうかね? 正直、面倒臭がりそうだと思ってるんですけど……笑
趣味嗜好に関しての白河とマサキは対照的ですよね。
多分被る面がないと思うのですけど、皆様の見解的には如何に?
拍手有難うございます。励みになります。
いよいよナンバリングも30を数えるまでになりました。50になる頃には終わってるようにしたいものですが、さて、どうなることやら……と、いったところで本文へどうぞ!
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趣味嗜好に関しての白河とマサキは対照的ですよね。
多分被る面がないと思うのですけど、皆様の見解的には如何に?
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<Lotta Love>
「今日はレゴンとバロンダンスの日なようですね」
「どんなダンスなんだろうな」
所々読めない単語があるものの、なんとなく意味は捉えられる。どうやら今晩のプログラムは、我儘な王様が婚約者がいる王女に惚れた話を躍りで表したものらしい。パンフレットにざっと目を通したマサキは周囲を見渡した。まだ人のいないステージに楽団席。客席もぽつりぽつりとしか人がいない。
「喉が渇いたな」
少し離れたところで飲み物を売っているのが見える。思えばこれまで水分らしい水分と云えば、ペットボトル一本の水とワランで飲んだアイスティーぐらいしか取っていない。だからだろう。今更に喉の渇きを覚えたマサキが呟けば、シュウは確かにと頷いてトートバックの中から自らの分のペットボトルを取り出してくる。
あっちは? と飲み物の売り場を指差せば、あれはビールですよ。との返事。太陽が沈んでも止まない熱波。蒸した陽気に、冷えた飲み物が猛烈に恋しくなる。この際ビールでもいいから――とマサキはシュウに訴えた。
「そういう時に呑むと量が進むのが怖くもあるのですが、よくよく考えてみれば、あなたは魔装機の面々と頻繁に酒盛りをしていたのでしたっけ。でしたら、ビンタンビールも問題なく呑めるでしょう」
「あの緑色の瓶がビンタンビールか」
シュウの言葉を受けて、マサキは近くの席に座っている別の観光客グループを指差した。彼らの手には、先程飲み物の売り場で買ったばかりの緑色の瓶がある。そのラベルにはひとつ星のマークとBINTANGの文字。ぱっと見た感じでは清涼飲料水のボトルにも見える。
「飲み口はさっぱりしていて、普通のビールを求める人にとっては物足りなく感じるようですよ。度数も約5%と低めですが、呑んでみますか?」
喉の渇きを癒すのに、その度数の低さはむしろ願ったりですらある。一も二もなく頷いたマサキに、早速とシュウが席を立って売り場へと向かってゆく。マサキは彼に渡されたトートバックを守りながら、その戻りを待った。
時々、ステージに向かってフラッシュが焚かれる。客が開演前のステージを撮影しているようだ。ついでとマサキもステージを撮影し、画面に表示されている時刻を確認する。そろそろ19時を回ったからか、会場にも人が増えてきた。彼らの一部が飲み物の売り場に流れていることもあって、シュウの戻りにはもう少し時間がかかりそうだ。
マサキはすっかり温くなっているシュウのペットボトルの水をひと口飲んだ。
長かった今日の分の観光もこのステージで終わりだ。ヴィラに帰ってナイトプールを楽しんだら、明日の昼まではのんびり出来る……マサキはあっという間に過ぎ去っていった三日間を振り返るように、スマートフォンに残っている画像を眺め返した。ウブド宮殿、ネカ美術館、レノン・ププタン広場にバジュラサンディモニュメント。目にした光景に圧倒されっ放しだったマサキは、さしたる回数もシャッターを切ってはいなかったが、それでもマサキ自身が思っていたより画像の量はあるようだ。
シュウのスマートフォンにはもっと沢山の画像が残されていることだろう。
この先ないかも知れないシュウとふたりきりのバカンス。とびきりの思い出が記録された写真を手に、マサキは遠からずラ・ギアスに帰還する。徐々に迫り来る帰郷へのタイムリミット――限りある時間に寂しさを感じた瞬間だった。頬に当てられた冷えた瓶の感触に、マサキは肩を竦めた。
「温度差が凄ぇ」
「まだまだバリは暑い時間帯ですからね」マサキが瓶を手にするのを待って、シュウが瓶を合わせてくる。「それにしてもいい天気に恵まれて良かった。にわか雨でも降ったら折角の舞台も中止になりますし」
喉が渇いていたというよりはアルコールに飢えているといったようでもある。早速ビンタンビールに口を付けたシュウがひと口で大胆にも飲み進めてゆくのを目にして、マサキもまたビンタンビールに口を付けた。
ビールにありがちな苦みや酸味は殆どない。仄かな甘み。後味を引かないさっぱりとした味わいに、喉の渇きも手伝って、一気に半分ほど飲み進める。冷えた液体が喉を通って腹に落ちてゆく感覚。ああ、生き返った。マサキはシュウを見上げて笑った。
「どうです、味は」
「ビールって云われればビールだけど、知らずに呑んだらそうは思えないな。圧倒的に飲み易い」
「二、三本買ってきても良かったですね。喉を潤すのに丁度いい」
「お前はそろそろアルコールが欲しくなってきたところなんじゃないか? 昨日も呑んでなかったし」
「よくおわかりですね」
穏やかに微笑んでみせたシュウに、わからいでか。マサキは云って、瓶に残ったビールを飲み干した。
飲み物に対して嗜好が強く出る男は酒に対する拘りも強い。研究や開発、調査といった神経を尖らせる作業に従事している間は、それがどれだけ長期間に渡ろうと酒を一滴も入れることはなかったが、こと休暇ともなれば気の赴くがままに朝昼構わず酒に手を出してみせたものだ。かといって酒なら何でもいいといった性質ではないようだ。正体を失うまで飲むことのない彼は、純粋にその味を愉しんでいるのだろう。気分や食事に合わせた飲み物を求めるのは当然のことだったし、その為ならどれだけの大金であろうと積んでみせた。
「もう一本、呑みますか」
「トイレが近くなりそうで嫌なんだよな。今ならまだしも、舞台の最中にトイレに立つのもな……」
「あまり水分を取っていませんしね。悪酔いしてしまう可能性もある」
「嫌だからな、俺。酔ったお前を担いでタクシーに運び込むの」
それに対してシュウは答えず 残ったビンタンビールをゆっくりと味わっていくだけだった。
「ホント、好きだよな。酒」
「ただ甘い、酸っぱい、辛いといっただけでないのが面白いのですよ」
「酔えりゃなんでも一緒だろ」
「ただ酔うだけでは面白くないでしょう。経過の問題ですよ。より気分良く酔うにはどうすればいいか……勿論会話や食事といった雰囲気も大事ですが、味を愉しむといった行為はそれだけで完結しますからね。他に何を求める必要がない。あなたがジャンクフードを好むのと一緒です」
「まあ、どれだけジャンクフードが好きだからって、不味いジャンクフードを食べたいとは思わねえしな」
「そういうことですよ」シュウがビンタンビールの瓶を床に置いた。
開演の時間もいよいよ近くまで迫ってきたようだ。マサキは周囲に改めて目を遣った。
いつしか人がひしめき合うまでとなった観客席は、立ち見が出るほどの盛況ぶりだ。早目に会場に入っておいて良かった。最前列に陣取っているマサキは、客席の奥に垣根となっている立ち見の人々にそう思わずにいられない。と、彼らの間からまばらに拍手が上がった。マサキが視線を戻すと、楽団員たちが入場したようだ。左右に用意されていた楽器の前に民族衣装を着た人々が着座してゆく。
ポロンポロンと夜空に鳴り響く楽の音。音合わせが始まったようだ。
賑やかではあるが騒々しさは感じられない。柔らかくも澄んだ音色の数々は、耳に馴染まない音色だからこそ、異国にいることを強く感じさせる。
「こっちの音楽って不思議なリズムを取るよな」
「ゆったりとした調子で奏でられるリズムには違いないですね。バリの雄大な自然に良く合っています」
「云われりゃそうだな。空と大地の音楽って感じがする」
やがて音合わせが終わり、楽団員たちがひとりひとりと音を止めていく。
どうやら楽譜といったものはないようだ。指揮者もいない。ここから一時間以上に及ぶ長丁場の舞踏が始まるにも関わらず、彼らは全ての曲を阿吽の呼吸と暗記で済ませるつもりらしかった。マサキは時刻を確認した。19時30分を少し回った頃。スマートフォンを掲げている客の多さにシュウに尋ねてみれば、撮影は自由に行えるのだとのこと。
「バリって大らかだよなあ。大事な舞台だろ。フラッシュが邪魔にならないのかね」
「一流の踊り手たちにとってはそれもスポットライトなのかも知れませんよ」
「そういうもんかね」マサキは自身もスマートフォンを構えた。
撮影が自由ならば、邪魔にならない程度に記録を残しておきたい。決して芸術鑑賞に向いている性格ではないマサキは、時が経てば経っただけ、自らの記憶が薄れていってしまうことを自覚していた。
「云う割には撮るのですね」シュウが笑う。
「そりゃ撮れるんなら撮っておくだろ。大事な旅の記録なんだし……」
何枚か写真を撮り終えたところで、何の前触れもなく楽団員たちが楽器を構えた。
楽の音が鳴る。
夜の闇に静かに染み出すように奏でられ始めた今度の音楽は、音合わせではなかった。
銅鑼の音にも似た音がシャンシャンと鳴り響く。いよいよバリ舞踏の幕が開けたのだ。マサキは楽団の写真を撮った。パンフレットに書かれたプログラムには、先ず楽団の演奏が行われると記されていた。恐らくはそれであるのだろう。厳かに、そして高らかに、空に鳴り響くガムランミュージック。繰り返し、繰り返し、このウブドの宮殿で奏でられてきただろう曲は、一瞬にして観客たちの心を鷲掴みにしたようだ。
フラッシュの雨が降り注ぐ。
けれどもそれも一瞬のこと。観客たちは思い思いに彼らの演奏を堪能した。ある者はビンタンビールを片手に、ある者はリズムを身体で奏でながら、またある者は静かに瞑目するように……マサキは楽団に視線を注いだ。どの楽器がどういった名前で呼ばれているのかはわからなかったが、楽団員たちが正確無比に音を奏でているのだけはわかる。
「凄いな。掛け声も指揮もなしにどうやって始まりの音を合わせたんだ」
「それが彼らがステージに立てるだけの演奏者だということの証なのでしょう」
厳かだった曲調が一変したのは、打楽器が加わった辺りからだった。スピード感を増して迫ってくる音の群れ。勇ましさを感じさせる演奏は、激しい盛り上がりを経て、少しばかりの余韻を残して唐突に終わった。
観客の間から拍手が起こる。
楽の音は、それまでのざわついていた会場の雰囲気を引き締まったものへと変えた。日常から非日常へ。いわば今の演奏は、これからバリ舞踏が始まると観客に知らせる導入部でもあった。これから長い物語が始まるのだ。マサキはステージの中央にぱっくりと開いている門を見た。
再び楽の音が鳴り始める。
門の奥からひとり、またひとりと、細やかな意匠も鮮やかなステージ衣装に身を包んだ女性たちがステージへと歩み出てくる。目鼻立ちが明瞭りと際立つ化粧を顔に施した彼女らは、華やかな笑みを湛えつつ、それぞれステージの定位置へと座して収まった。
暫しの間。
ややあって身体を動かし始めた彼女らは、その手の動きを止めることなく立ち上がる。繊細にして優美な舞。ゆったりと動いていたかと思えば、途端に全身の各所を細かく振って踊ってみせる。動き自体に派手さはないものの、それは大きく地面から離れることのない足さばきの所為でそう見えているだけなようだ。彼女らが全身の各所に気を配って舞っているのは明らかだった。
緩急自在にステージ上を動き回る彼女らに、マサキは言葉を失って見入った。
特に足さばきが見事だ。腰から垂れた長い帯を踏むことなく、右に左に踊り回る彼女らの艶やかさ! 成程、これがバリ舞踏であるのだ。静かながらも気高さや情熱を感じさせる動きに、マサキは感心せずにいられなかった。
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