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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

Lotta Love(32)
大変お待たせしました!
やっとバリ舞踏編も終わりが見えてきました!

バリ舞踏編は一時間ぐらいのプログラムを何度も見返して書きました。
実際に舞台を見たような気分になっていただければ幸いです。

では早速、本文へどうぞ!
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<Lotta Love>

 瞬間、ガムランの音が鳴り響き、ステージ上に踊り手が姿を現わす。マサキはシュウの袖を掴んだまま、ステージに視線を注いだ。
 派手に施されたメイクは女性らしさを際立たせているものの、顔立ちや骨格は男性そのものな踊り手。彼はしなやかさに身体を揺らしながら、ステージ上を一周すると、いつの間にか中央に設置されていた楽器の前に陣取った。
 そして勇ましさを感じさせる動きで楽器を叩き始める。
 静と動が入り乱れた複雑な動き。流れるように楽器を叩いたかと思えば、くるりと一回転。そしてぴたりと動きを止めて、ポーズを決めてみせる。見ている分には爽快だが、相当の筋力や技巧が求められるものであるのは間違いない。
 ぽろんぽろんと打ち鳴らされる楽器の音が、ガムランの演奏と調和を奏でている。
 マサキはシュウの袖から手を離すのも忘れてステージに見入った。男性が踊る『男装した女性の踊り』は、一歩間違えば倒錯的にしかならない世界観を踊り手の技術で捻じ伏せているようにも映った。くるりくるり、ぽろんぽろん。衣装の裾を閃かせながら楽器を奏でていた踊り手の動きが、ガムランの楽の音とともに不意に止む。くるり。疾風の如き勢いでステージから去って行った踊り手に、暫く客席は静まり返ったままだった。
「これで終わりか?」マサキはまばらに起こった拍手に合わせて手を叩いた。
「不思議な踊りでしたね。楽器を叩きながら舞うというのも新鮮でしたが、その動きが特徴的です。女性らしさと男性らしさが同時に存在している。複雑な設定を表すのに相応しい動きでしたよ」
「面白かったけど、呆気なかったな」
 直前のレゴン・ラッサムが長い演目だっただけに、それなりの長さを期待していたマサキは、呆気なく終わったステージに物足りなさを感じずにいられなかった。それは拍手を躊躇った他の観客も同様であったのだろう。ざわめきが残る客席。彼らの視線が注がれているステージ上から楽器が片付けられてゆく。
 マサキはパンフレットに目を落とした。
 次の演目で今晩の公演は終わりだ。バロン・タル・プラマナ。レゴンと並んで有名な舞踏でもあるバロンは、本来は寺院に収められた聖獣バロンの御神体を使って行われる奉納の踊りであるそうだ。それを一般向けに舞踏劇としたものが、これから行われるプログラムらしい。
「レゴン・ラッサムであなたが納得いかない様子だったので先に云っておこうと思いますが、このバロン・タル・プラマナも消化不良なストーリーであるようですよ」
「本当かよ」マサキはシュウが手にしているスマホを覗き込んだ。
 どうやら先にストーリーを調べたようだ。けれども先にストーリーの全容を明かしてしまうのも面白くないと感じたのだろう。シュウはスマートフォンを露骨にマサキの目線から外してみせると、そんなに消化不良なストーリーなのかと慄くマサキの背中を軽く叩いて、ステージ上に視線を向けるよう促してきた。
「まあ、メインは踊りだし、そこさえ楽しめればいいんだけどよ……ストーリーにそこまで拘っちゃいねえとはいえ、消化不良なのはなあ。せめて、勧善懲悪みたいに明瞭りした展開であって欲しいんだがな」
「それは難しそうだとだけ云っておきますよ。純粋に踊りを楽しむのですね」
 ややあってガムランの楽の音がステージの始まりを告げる。
 事前にパンフレットで見所を知っている観客が多いからだろう。彼らは今晩最後のプログラムに期待を隠せぬ様子で、のそりと姿を現わした聖獣バロンに盛大な拍手を浴びせた。次いで矢継ぎ早に焚かれるフラッシュ。獅子舞を愛らしくしたようなフォルムの聖獣バロンには、ふたりの踊り手が入っているようだ。四つ足でゆったりとステージを一周してゆく。
 やがてステージの左奥に居場所を定めた聖獣バロンの目の前に、猿と思しき衣装を纏った踊り手が姿を現わした。どうやら身体に付いたノミを取っているらしい。猿役の青年は暫く毛づくろいの動作を繰り返した後に、ぴょこぴょこと跳ねながら聖獣バロンに迫って行った。
「へえ。ただ踊るだけじゃないんだな。ちゃんと猿してる」
 感心しながら眺めていると、猿は聖獣バロンと戯れ始めた。聖獣と呼ばれる割には気さくな一面を持っているようだ。聖獣バロンもまたおっとりとした動きで猿に絡みにゆく。
「聖獣バロンは百獣の王で、力の象徴でもあるようですよ」
 そっと耳元に囁きかけてきたシュウに、「その割には可愛らしい姿だな」マサキは答えた。
 ふかふかとした体毛が、風に吹かれてはふわりと揺れる。羊毛などと違って触り心地が良さそうな毛並み。豪奢なアクセサリーで飾り立てられている姿は流石の気高き聖獣であったが、どこか親しみ易さを感じずにいられないのは、そのおっとりとした動きと愛くるしい顔立ちがあるからだろう。
 どうやらこの物語はコミカルに進行してゆくようだ。三人の侍女が優美な踊りな披露する一幕を挟んで、次に舞台に登場したのはふたりの大臣。満面の笑みを浮かべながらどったんばったんと動き回る彼らは、客席に向かってファンサービスをしてみせながら、続いて姿を現わしたシヴァ神をステージの中央に迎え入れた。
 シュウの解説によれば、シヴァ神は病に侵されているらしい。
 それでも神としての威厳は失われていないようだ。高く低く、客席にまで響き渡るビブラートの利いた声。それまでの踊りでは見られなかった声を発しながらの舞いは、スピード感と勇ましさに溢れているようにマサキの目には映った。
 ややあってステージに姿を現わした妻ウマと対になった踊りを繰り広げたシヴァ神は、その最中、突然に膝を付いてしまう。どうやらこのシーンで、シヴァが病に侵されていることを表しているようだ。大臣が言葉を発するも、インドネシア語のわからないマサキにはその内容は理解出来ない。ただ、大臣の表情から察するに、大臣自身はシヴァ神の容態を心配しているのではなさそうだ。
 けれどもシヴァ神の具合は相当に悪いらしく、直後にはステージから去って行ってしまう。
 残された妻がひとりステージ中央で舞うも、大臣ふたりは呑気なもの。その表情が一変したのが、妻ウマが言葉を発した瞬間だった。恐らくは何かを命じたのだろう。ややあって大臣がステージ奥に呼びかけると、四人の侍女たちが姿を現わした。
 彼女らは妻ウマの命令を受けて、シヴァ神の病に効く妙薬を探しに森へと旅立って行くこととなったようだ。
 恐らくは舞踏よりも劇がメインであるのだろう。登場人物たちが台詞を発するシーンを挟んで、魔物へと姿を変えた侍女たちが妙薬を探すシーンへと舞台が動いてゆく。インドネシア語がわかればまた違った楽しみ方が出来たに違いないだけに、寂しさが拭えない。自分が居るのが異国の地であることを猛烈に自覚させられたマサキは、だったら彼らの動きだけでもきちんと見届けようとステージ上で繰り広げられる物語の続きを見守った。
 聖獣バロンと比べると禍々しさを感じさせる面。毒々しい色合いの衣装に身を包んだ魔物たちは、元が侍女であるからだろう。可愛らしささえも感じられる動きで妙薬を探し始めた。途中で寄り道がバレて、シヴァの妻ウマが彼女らを叱りに姿を現わす一幕もあったが、程なくして妙薬の材料となる木を見付け出したようだ。木を切り倒そうと迫る魔物たちに木の精が怒りを露わにする。
 木の精は聖獣バロンへと変身すると、魔物たちに襲いかかった。
 そこに再び姿を現わした妻ウマ。彼女は自身の姿を魔女に変えると、聖獣バロンが召喚した兵士たちと戦いを始める……。
 いよいよクライマックスだ。マサキはシュウから受けた忠告も忘れ、固唾を飲んで物語の行く末を見守った。圧倒的な力を持つ魔女を前に攻めあぐねる兵士たち。ここからどう物語に収拾が付くのか――期待するマサキの目の前で、次の瞬間、それは起こった。
 なんと兵士たちは手にしていた短剣を、自らの腹へと突き立てていくではないか。はあ? 思わず声を上げたマサキの理解が追い付くより先に、魔女と兵士たちはステージから掃けて行ってしまった。そして姿を現わした聖獣バロンが、ステージ上をゆったりと一周してゆく。何が何だかわからない。マサキは呆気に取られるも、どうやらこれでステージは終わりらしい。ガムランの楽の音が止む。



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