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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

Lotta Love(39)
週頭から残業の@kyoさん。今日も恐らく残業ということで、少々疲れを感じているのですが、これを書いたら癒された!!!!!滅茶苦茶癒された!!!私、今日も頑張れるよ……!!!

やぱシュウマサは心の栄養剤ですね!ないと私生きていけないわ!!!!

拍手有難うございます!励みとしております!
この物語は残り40,000字ほどで完結する予定となっておりますが、最後まで皆様に楽しんでいただけたらと願っております。もしよければお付き合いのほどを宜しくお願いします。

では、本文へどうぞ!
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<Lotta Love>

「悪かったな。物を知らなくて」
 ざかざかと目玉焼きにフォークを突き立てて、崩れた目玉焼きを麺に絡ませてゆく。そのまま口に放り込めば、辛味の和らいだマイルドな甘みが舌に広がった。そういう意味ではないのですよ。シュウもまた目玉焼きを崩しながら、麺に絡ませては口に運んでゆく。
「あなたとの時間は新しい発見の連続ですよ。普段であればそういうものだと流してしまうことにも、あなたは興味を持ってくれる。そしてそれが、本来意外な事実であることを私に教えてくれる。これで日常に目新しさを感じない筈がない」
「それも俺が馬鹿だって云ってるのと同一だと思うんだけどなあ」
 ざかざかざか。遮二無二麺を掻き混ぜる。どうもシュウ=シラカワという男は、知能の高さ故に“普通”を知らないからか、それと気付かずに失礼を重ねることがままある。マサキとしては、彼のその手の発言に悪気がないのはわかってはいるし、無駄に傷付くことも減りはしたが、そうした態度を度々見せつけられてしまうと、彼と自分の違いを思い知らされるような気分にはなる。それが多少ならずとも口惜しく、また寂しく感じられるのだ。
 追い付きたいと思っても、追い付けるものでもない。
 知能指数というものは、シュウ曰く変動するものではないらしい。それは、そのレベルに生まれ付いたからには、一生をそのレベルで生きなければならないということを示している。努力を否定する才能という壁。そういった意味ではマサキの身体能力も同様ではある。
 同じスタート地点から同じ競技を始めても、他人より先を行ってしまう自分にマサキ自身、思うところがない訳ではない。何故、他人は自分と同じトレーニングを積んでおきながら――、或いは、自分以上のトレーニング量を科していながら、彼らは自分と同じように競技をこなすことが出来ないのか。マサキの場合はそれが自身の能力に対する自信に向きがちではあるが、団体競技に於いては不満を覚えることが少なからずあった。
 恐らくは、シュウもそう感じている時があるに違いない。
 かつてのシュウは、そこまで理解が及んで何故その先に理解が及ばないのかと、マサキに対して嫌味混じりに道理を説いて聞かせることがままあった。それはマサキが同じところで思考を停止してしまっているように感じられて仕方がなかったからなのだろう。思いがけず飛んでくる指摘の数々に、マサキは幾度、口惜しさに言葉を詰まらせたかわからない。
 けれどもいつしか、彼は言葉に棘を含ませることを控えるようになった。マサキが身体能力的な面で他人が自分に及ばないのを受け入れたように、彼もまた知能的な面で他人が自分に及ばないのを受け入れる決心を付けたのだろう。
 努力が報われないことなどあってはならない。いつか彼が何かの話の折にマサキにそう語って聞かせてきたことがある。才能のあるなしが努力の成果に直結する世界。彼は自身の能力に絶対的な自信と信頼を置いておきながら、その反面、才能という個々人の限界を定める能力値の存在を疎んじているようでもあった。
 ――私は数多の人間が見ている世界を“見る”ことが出来ないのですよ、マサキ。
 彼の見ている世界をマサキが見ることがないように、マサキの見ている世界を彼が見ることはない。それが時折、マサキの心を挫かせそうになるのだ。同じものを見て、同じ感想を抱けたら――きっと、マサキは心のどこかでシュウとわかり合いたいという望みを抱いてしまっているのだ。だからこそ、彼と同じ目線で物を見られたらと願わずにいられない。そしてだからこそ、いつでも一歩以上先を行ってしまうシュウに、マサキは彼と並んで歩くことの出来ないもどかしさを感じてしまうのだ。
「時間というものの体感的な流れが、人によって異なっているように感じられるのは何故かわかりますか」
 ようやく笑いを収めたシュウが、マサキに視線を戻す。きっと彼自身は、それまでの会話と関連性のある話をしているつもりであるのだろう。彼との会話ではよくあることだ。けれども、穏やかに言葉を紡ぐ彼に、マサキはわかってはいても話が飛んだように感じられて仕方がない。
「何だよ、突然。そんな難しいこと、俺にわかる筈がないだろ」
「子どもの頃を思い出してみてください。今と比べると、一日の流れがゆっくりだったようには感じられてはいませんでしたか」
「ゆっくり、ねえ。ゆっくりっていうより、今と比べると一日に起こる出来事が多かったような気はする。子どもってちょっとのことでも大騒ぎするだろ。しかも学校に行くだけでもイベントの連続だしな。遠足とか、運動会とか、合唱コンクールとかさ……夏休みの登校日だってイベントだ。でも、大人になるとそういった決められたイベントって無くなるだろ。だからだよなあ。毎日が過ぎるのがあっという間だ」
「そういうことですよ」満足気に頷いたシュウが、飲み物へと手を伸ばしてゆく。「脳という器官は、目新しい出来事や経験に向き合わされると、知識を獲得しようと活動を活発にします。知識の獲得は体感的な時間の進みを遅くします。幼少期の体感時間が、長く、ゆっくりしたものに感じられるのは、毎日が目新しい出来事や経験の積み重ねで出来ているからに他ならないのですよ」
 彼が手にしたグラスの中で泡が弾ける炭酸飲料。うっすらと黄色く染まっているのは、それがレモンスカッシュであったからだった。ゆったりと喉の渇きを癒すようにレモンスカッシュを口に含むシュウに、マサキもまたグラスを取った。後を引くミーゴレンの辛味。サンバルを少なめにしてもらえど、辛い物は辛い。
「だからバリにいる時間がゆったりしたものに感じられるのか。確かに目新しい出来事や経験ばかりだよ。古めかしい建造物。異なる食文化。交通事情だって二輪が主だもんな。それを見ているだけでも、心が躍るよ。大体、ラ・ギアスじゃこんな風にのんびり観光する機会なんてないしな……」
 辛味で敏感になった舌を和らげてくれるレモンスカッシュの甘み。酸味は殆ど感じられない。美味い。一気にレモンスカッシュを飲み干したマサキは、おかわりを求めて席を立った。冷蔵庫の中から二本ほど瓶を持ち出して、一本をシュウに渡す。彼のグラスの中身も半分以下に減っている辺り、ミーゴレンの辛味は彼にとっても同様に感じられるものであるようだ。
「あなたの云うことにも勿論一理ありますが、私が今話そうとしていたことはそういった話ではないのですよ」
 食事を続けていたシュウが会話を再開する。空腹に任せるがまま食事を進めたマサキの皿は、既に残り僅かとなってしまっている。物足りなさを感じながらそれを掻き込めば、食べますか? シュウはマサキの腹具合を見抜いていたようで、自身の皿を差し出してくる。
「いや、いい。それよりもお前の話とやらを続けろよ。中途半端にされると落ち着かない」
「大した話ではありませんよ、マサキ。あなたの反応や指摘、感想は、それまで当たり前のことだと思っていたことが当たり前ではないと思い知らせてくれるという意味で、私に新鮮な驚きを齎してくれます。それは、私が自分の思考に慣らされきってることに対する自覚を促してくれているに等しい。
 物事、事物、事象……全ては多角的に分析されるからこそ、新しい着眼点を得られるのです。あなたの言葉は、常に私の死角から飛んでくる。これにどうして目新しさを感じないものか。あなたとの時間は私にとってはとても密度の濃いものなのですよ、マサキ。新しい発見の連続と云っても過言ではない」
 ですから――と、シュウはマサキを見て微笑んだ。「あなたは私を退屈させない」
「……よくわからねえけど、褒めてくれてるんだよな。多分」
 勿論。と、自信たっぷりに頷いたシュウが、フォークで攫ったミーゴレンを口へと運んでいく。なら、いい。マサキはシュウが食事を終えるのを待つことにした。
 マサキ自身はシュウと同じ目線で物を見たいと望んでいるが、シュウにとってはそれは肝要ではないようだ。そう、彼はマサキに共感を得て欲しいのではない。どう足掻いても彼のように物事を俯瞰して考えることの出来ないマサキは、果たして自分の捉え方が正しいのか自信が持てなかったが、恐らくシュウはマサキに自身の足りない部分を補って欲しいと望んでいるのだろう。
 ――でも、いつかは。
 わかってはいてもマサキは望んでしまう。今直ぐでなくていい。いつか一瞬でいいのだ。彼の見ている世界を少しだけ垣間見たい。そうして、肩を並べて、その世界について思う存分語り合いたい――……。
「これが終わったら、プールにしましょう」
 食事を終えたシュウが、マサキの分の食器も集めてキッチンへと向かってゆく。皿洗いに励み始めた彼にマサキは腰を上げた。手伝うぞ。云って隣に立てば、このぐらい。とシュウは意に介する気配もない。
「こういう扱いに慣れるのって良くない気がするんだけどな」
 何から何までシュウに任せきりの三日間。四日目の今日も彼はマサキを甘やかすつもりであるようだ。
 彼の我儘に付き合っているという大義名分があるとはいえ、こうも怠けることを推奨されてしまっては、マサキとしては今後の生活に不安を感じずにいられない。シュウはここで身体と心を休めているのだ。マサキは自分に云い聞かせた。バリ島でのバカンスという今後起こり得ないかも知れない奇遇。折角の機会に、自分ばかりが命の洗濯をしているような気分になってしまったからこそ。
「その気持ちがあるのでしたら、大丈夫ですよ。それとももっと甘やかされたい?」
「馬鹿云うなよ。てか、お前俺を甘やかしてる自覚あるのな」
 手早く皿洗いを終えたシュウは、マサキの言葉に答えることなく、水着に着替えてきますよと云ってベッドルームに姿を消した。都合の悪いことに答えないのは相変わらずだ。マサキは服を脱いで籐椅子に掛けた。そして水着一枚になると、リビングの隅に置いておいた水遊び用の道具をプールに放り込んだ。


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