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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

Lotta Love(40)
ついに連載も40回を迎えることとなりました。
水遊び第二弾です。

今日から勤務時間が暫く変わる関係で、こんな時間(8時57分)まで執筆が可能になりました。
嬉しい。

これで仕事にも張りが出るってもんです。
では、本文へどうぞ!
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<Lotta Love>

 シュウを待ってからプールに入ろうかとも思ったが、ほんの少しの悪戯心がざわめいた。
 そのままプールに飛び込めば、弾けた水飛沫が窓に吹きかかり雫を垂らす。四方八方から押し寄せる光の粒。目を細めながらマサキは僅かに水を掻き、水面に浮いている道具に手を伸ばした。片手持ちの水鉄砲など今は昔。マサキは腕ほどの長さがあるウォーターガンを両手で抱え持つ。タンクに水を流し入れれば、ずしりとした重みが腕にかかった。
 ノズルを切り返せば噴霧器にもなるタイプのウォーターガン。マサキは水を宙に放った。粒子が宙を舞い、頬に、肩にかかる。既に太陽が暴虐に辺りを照らし出しているバリの陽気は、今日も決して心地良く過ごせるとは云い難い温度を記録しているようだ。冷えた水の感触が心地良い。
 待ち兼ねた様子ですね。ベッドルーム側から姿を現わしたシュウが、ウッドデッキを伝ってプールサイドに出て来る。マサキは射出口のノズルを少し緩めてから、シュウに向けてウォーターガンを放った。粒を大きくした水飛沫が彼の顔に吹きかかる。
「当たり前だろ。ほら、早く入れよ。遊ぼうぜ」
 まるでシャワーのようだ。と、立て続けにマサキに水を浴びせかけられたシュウが、水を滴らせながらプールへと入ってくる。マサキは宙に向けてウォーターガンを放ち、水のカーテンを作った。彼と自分を隔てる水の壁は、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
 マサキ。カーテンの向こう側から手を伸ばしてきたシュウがウォーターガンの砲身を掴んだ。
 何だよ。と答えれば、私ばかりが濡れるのでは不公平でしょう。云って、砲身を引っ張ってくる。どうやらマサキの身体を水に沈めようとしているようだ。この……っ、と、マサキは抵抗するも、水の中とあっては上手く均衡《バランス》が取れない。わ、馬鹿。足が浮いたマサキの身体がつんのめる。咄嗟に手放したウォーターガンが、ぽちゃん、と気の抜けた音を立てながら水に浮いた。
「お前、水遊びだって云ってんのに」
 シュウの腕の中、胸に頬を預ける形になったマサキは、彼の満足気な笑顔を見上げてそうごちた。
「水の中でじゃれ合うのも水遊びでしょう」
 少しの間、シュウに身を寄せる。間近に映る彼の胸の傷。それを堂々と晒してプールに入ったシュウに、何とも表現し難い感情が込み上げてきて、マサキは水面へと顔を逸らさずにいられなくなった。夢にまで見た現実に自分が身を置いている。その幸福が胸に突き刺さった。
「水遊びって云うのはこういう状態を指す言葉じゃねえよ。お前、どうかすると直ぐに人に触れてきやがって」
 照れ隠しに言葉を吐けば、それもそうですね。頷いたシュウが、傍らに浮かんでいるウォーターガンを手に取る。
 穏やかな眼差し。ラ・ギアスでの彼は緊張に晒される日常に身を置いているからか、どこか構えた雰囲気を感じるさせることが多かったが、地上に出たことでそうしたしがらみから解放されたからだろうか。それともこれこそが長期間のバカンスの効果であるのだろうか。くだけた態度を見せることが多くなった。
「折角買った以上は使わせてもらいますよ。ほら、マサキ。避けるのですね!」
「やる気だな! 負けるかよ!」
 ノズルを回転させたシュウが、勢い良くマサキに水を浴びせかけてくる。
 髪に、顔に吹きかかる流水に視界を奪われながら、マサキはプールを逃げ回った。そして隅の方に浮かんでいるもう一丁のウォーターガンを手に取った。急ぎ注水し、脇に構える。その間も容赦なく浴びせかけられる流水に、本来インドアな性質のシュウの優しさを感じ取りながら、反撃開始だ! 声を上げてマサキもまた水をシュウに向けて放った。
「死角ががら空きですよ!」
「お前こそな!」
 狭いプールを水を掻いて移動しながら、隙を狙って水を放つ。地に足を付けての戦いとはまた違った制限と負荷のかかる水遊びではあったが、やると決めたからには手を抜くつもりはないらしい。少しでも隙を見せようものなら顔に直撃する流水に、マサキは笑いながら自身もまたシュウに向けてウォーターガンを撃った。
 そして隙を見ては逃げ回る。
「くらえ!」
「やりましたね!」
 撃ち返してくるシュウの口元に浮かぶ笑み。これまでの彼との遊戯は頭脳を使うボードゲームやカードゲームが大半ではあったが、マサキが相手だからといって手加減してくることはない。
 それは水遊びであろうと同等であるのだろう。情け容赦ない攻撃。立て続けに水を浴びせかけられたマサキは、彼から距離を取りながらウォーターガンを構えた。
「のんびり注水してるんじゃねえよ! いくぜ!」
「宣言してから撃つなど愚か者の所業ですよ、マサキ!」 
 逃げては追い、責め立てられては逃げと無心で撃ち合うこと暫し。子どもならいざ知らず、大人同士のじゃれ合いとあっては効果的な戦術を求めがちだ。やがて、プールの端と端、互いに距離を取っての撃ち合いになること五分ほど。すっかり濡れ鼠と化したお互いの無残な姿に、マサキは大笑いせずにいられなくなった。額に張り付いた濡れた前髪が、彼のトレードマークでもある切れ長の眦をすっかり覆い隠してしまっている。
 やれば出来るじゃないか。マサキはウォーターガンを放り投げて、シュウの許へと泳いで行った。髪を掻き上げたシュウが、近付いて来るマサキの手を取る。マサキは彼の手に導かれるがまま、水の中を立ち上がり、身体を寄せに行った。そして彼の首に腕を絡め、口唇を重ねにゆく。
 舌で舌を弄り、口唇を深く重ね、水の流れゆく音だけを耳に、彼の温もりを味わう。そうして、気が済むまで口付けを繰り返したマサキは、顔を剥がして端正な彼の顔を見上げた。ひっそりと色を湛える紫色の瞳が、乱反射する水面の光を受けて煌めている。
「楽しかったですか、マサキ」
「勿論。お前は楽しめたかよ」
 そこに映る自分の顔を眺めながらマサキが尋ねれば、勿論ですよ――と、彼の瞳が眩いものを眺めるように細められた。こんな風に身体を動かす遊びに興じたのはいつ以来か。ぽつりと呟かれた台詞に、彼の人生が垣間見えたような気がして、マサキはその頭を掻き抱かずにいられなくなった。
「もっといっぱい遊ぼうぜ、シュウ。ラ・ギアスに帰ってもさ」
「あちらに帰ってからでは、中々無邪気に遊べる機会はそうないと思いますが」
「時間は作るもんだろ。出来るって」
 マサキの言葉をどうシュウが受け止めたのかはわからない。けれども、ええ。と、頷いた彼は次の瞬間、力いっぱいマサキの身体を抱き締めてきた。
「好きですよ、マサキ」
 心が千切れそうな抱擁。滅多に聞くことのない彼の感情を聞かされたマサキは、知ってる。と、だけ口にした。

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