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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

Lotta Love(51)
次回、最終回になります。
とはいってもここがクライマックスなんですけど!笑

それもあって怒涛の文字数となっています。なんと7000字近くありますので、スマホの方は注意してお読みください!

本ッ当に、ここまでお付き合いいただいて有難うございました。
一年半以上の長丁場となりましたが、読んでいただけた方には感謝を、そしてあまりの長さに脱落してしまった方にはお詫びを申し上げようと思います。ここまで有難うございました。そして長くなって御免なさい!!!!

最終回を残しているので、今回の前説はここまで!
云いたいことは次回の前説で云おうと思います。では、本文へどうぞ!
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<Lotta Love>

 プールとショッピングで動き回ったのが効いてきたのか、そろそろ眠気が襲いかかってくる。ここからジンバランビーチまではどのくらいかかるのだろう? マサキは隣でタクシーの運転手と会話を繰り広げているシュウに尋ねた。
 彼が運転手に聞いてくれたところによると20分程度で着くらしい。
 寝ている暇はなさそうだ。だるさを訴えている身体をシートの背もたれに預けながら、マサキは薄く開いた目でタクシーの窓から空を臨んだ。
 赤く染まった西の空。東の空は青さが深みを増してきている。飛行機が機影を近くして飛んでいるのは、そう遠くない場所にある空港の影響らしかった。空港の名はングラライ。バリの英雄の名を冠した空港の近くしたマサキの脳裏に、昨日見たバジュラサンディヒモニュメント、そのホールに飾られていた絵画が思い返される。あの絵の中でひときわ勇ましく描かれていた兵士は、もしかすると彼ではなかっただろうか?
 誇り高き死を選び取った彼は、魔装機神の操者でもあるマサキとは決して相容れない存在ではあったが、故郷を守る為に戦い続けた勇猛な精神は深く胸に刻み込まれている。ひっそりと各地に祀られ、バリ全土を見守る英雄となったングラライ。もしかすると本人は、ここまで死後の自分の名声が高められるなどとは思っていなかったかも知れない。
 英雄とはそういう存在だ。ふと気付いた真実にマサキは天啓を受けた気分になった。
 見返りを求めない。
 それは死後の扱いにしてもそうだ。マサキは仲間の存在だけでも語り継いでもらいたいと望んでいたが、戦士、或いは英雄とは、そもそもが戦うことを宿命づけられた存在である。国の為、愛する人の為、世界平和の為……戦う理由は様々に存在しているが、そこに邪念が入り込む余地など本来ない。栄誉? 名声? クソ食らえだ。マサキは強く胸に刻み付けた。そういった他人から得られる評価の為に、マサキたちは戦っているのではない。自らが求むるものの為に戦うマサキたち魔装機操者は、己の心の示すがままに、誰にも強制されることなく戦場を駆け続けているのだ。
 将軍ングラライ。彼は偉大な戦士であった――……マサキは移り変わる景色を眺めながら、暮れなずむバリの空気を味わった。車の通りや観光客の姿は多いものの、空の色の移り変わりとともに各所に明かりが灯り始めた大通り。建物の隙間から夕陽に染まったターコイズブルーの海が覗いている。進行方向から東に見えるということは、ジンバランビーチとはまた違った海であるのだろう。
「左手に見える水辺は海ではなく湾であるようですよ」
「深みのある色をしてるもんな。水が滞留している証拠だ」
 湾を間近に走り続けるバリの街中は、未だ活気に満ちている。シーフードが有名なジンバランでは夜を迎えてもレストランが盛況であるらしかったが、スミニャックへの帰路に就く頃にはそれも鎮まりをみせていることだろう。
 燦燦と照り付けた太陽の時間の終わり。直に夜の訪れが昏く街を染め上げ、賑やかだったバリの空気を飲み込んでゆくのだろう。そうと思うと、郷愁めいた寂しさが胸に込み上げてくるものだ。マサキは窓の外を眺め続けた。
「この様子だと、ジンバランビーチに着くのは5時半過ぎでしょうね」
「まあ、丁度いいぐらいじゃないか。太陽も沈み過ぎず、高過ぎずって感じでさ」
 空港とジンバランビーチが近いからだろうか。タクシーの進みは決して早くない。のろのろと幹線道路を進むタクシーに、シュウがバックから取り出した本を開く。つくづく知識の吸収に余念がない男だ。マサキは感心しつつも、観光地への移動中でも読書を欠かさない彼の中毒者《ジャンキー》ぷりに呆れ半分。とはいえ、それはそれだけ彼が自分に気を許してくれている証でもある。しょうがねえ奴。そう呟いて、肩に凭れる。
 シュウはかつては読書に耽る自身の姿をマサキに見せることがなかった。それは彼にとって読書の時間が私的《プライベート》なものに数えられていたからであるらしかった。公的《パブリック》な場では私的な振る舞いは慎む……それは彼にとってマサキと向き合っている時間が公的なものに数えられていることを意味していた。
 だからマサキは、彼の努力を知らぬまま、他人を上から見下ろすように言葉を吐く人間だと思い込んでいたのだ。
 天から与えられた才能を欲しいがままにひけらかしているように映るシュウは、その陰で努力を欠かさない人間である。常に新しい知識を求めて書物をつまびらき、得た知識を生かすべく研究を繰り返す。本人にとってそれは趣味の一環であるらしかったが、例え趣味であろうとも続ければ努力だ。そう、彼の膨大な知識は一朝一夕に積み上げられたものではない。不断の努力によって、作り上げられたものであるのだ。
 マサキはシュウの温もりを感じながら目を閉じた。タクシーの心地良い振動が、眠気をより強烈なものと化している。寝るって云っても、少ししか寝られないだろうがな……そう思いながらも落ちてゆく瞼には逆らえそうにない。マサキは静かな眠りへと落ちていった。
「着きましたよ、マサキ」
 夢を見ることもなく起きたマサキは、軽く伸びをしてからタクシーを降りた。目の前に広がるジンバランの海は夕方という時刻も手伝ってか、サヌールの解放感を感じさせる底抜けの明るさとはまた違った趣きに溢れていた。ビーチに所狭しと並ぶテーブル。キャンドルが灯されたテーブルに着いた観光客たちは、皆一様に沈みゆく夕陽を眺めている。
「どこかで飲み物でも飲みながら夕陽を見ますか。それとも波打ち際まで出ますか」
「ここまで夕陽を見に来ておいて、テーブル席もないだろう。どうせこの後はシーフードだ。波打ち際に出ようぜ」
 なら、と手を握ってきたシュウに身体を引かれながら、砂浜を波打ち際まで降りる。
 テーブル席は思った以上に盛況だったが、波打ち際まで降りて夕陽を見ようとする観光客は少ないようだ。まばらに人が点在する波打ち際。写真を撮っただけでテーブル席へと戻ってしまう客も少なくない。マサキはまだ少し高い位置にある夕陽を見上げた。時刻は5時40分。日の入りまでは一時間近くある。
 水平線と平行に浮かぶ細く長い雲の上、程良い位置に浮かんでいる太陽は、蜃気楼を滲ませながら茜色に輝いている。
 マサキは寄れる限界まで波打ち際に近寄った。打ち寄せる波がざあざあと音を立てて、砂を押し流し、そして浚っていく。サヌールビーチの明るいエメラルドグリーンの海とはまた異なるターコイズブルーの海。決して御伽噺のように綺麗とはいかなかったが、絶景スポットのひとつだけあって、異国情緒を感じさせる雰囲気に満ちている。
「少し離れた場所まで歩いてみますか。この辺りは人も多いようですし」
 人気の少なそうなスポットを探して砂浜をゆくシュウに付いて行くようにして、マサキもまた砂浜を行った。ぽつりぽつりと交わされる会話。けれどもどこもテーブル席で埋められているだけあって、波打ち際まで観光客が降りてくるのに違いはないようだ。残念。シュウが足を止めて、夕陽に向き直った。
「どうでしたか。あまり時間が取れませんでしたが、今日のショッピングは」
 マサキもその隣に並んで夕陽を眺めた。位置を低くした太陽が、雲間から赤々とした光を放っている。
「面白かったよ。クンバサリはバリらしさを感じられた気がするし、後のマーケットも満足出来る買い物が出来たし」
「その内、スミニャックも歩くことにしましょう。センスのいいファブリックやアクセサリーなどは、スミニャックの方が揃っているようですし」
「どれだけ土産を買わせるつもりなんだよ、お前」マサキは笑った。「持ち帰ったら怒られる気しかしないぞ、俺」
「私からの詫びの品だと云っておけばいいのですよ」
 詫びねえ。マサキは今日買い集めた土産を渡した瞬間の仲間たちの表情を想像してみることにした。彼らはシュウを探しに行っておきながら、観光を愉しんだらしいマサキにきっと盛大に呆れることだろう。そして笑うか怒るかどちらかの反応をしてみせるに違いない。まあ、テュッティたちは怒るよな。マサキがぽつりと呟くも、シュウの返事はない。
 おやと思いながら視線を向けると、彼はどうやらジンバランの夕陽に見入っているようだ。景色を眺めに来た以上は、それもきちんと味わい尽くすつもりであるのだろうか。何事にも几帳面な面をみせる彼らしいと思いながらも不安が拭えないのは、彼の横顔がまるでこの場にひとりで立っているような静けさに満ちていたからだ。
「非日常を日常にしたいと望んでしまう瞬間があるのですよ」
 夕陽を全身に受けながら呟くシュウは、ラ・ギアスにはない水平線の彼方を凝っと、まるで望郷の念に駆られているかのような眼差しで眺めていた。
 心ここにあらずな様子にも映る。
 目的を同じにする観光客に紛れるように、ひっそりと。いつしかシュウはそのまま太陽の光に溶けて無くなってしまいそうなまでに存在感を希薄にさせていた。このまま放っておこうものなら、彼はマサキを置いてそのまま何処かへと姿を消してしまうのではないだろうか。そう感じてしまうほどに、彼の姿はマサキの目に頼りなく映った。
 嫌な予感がマサキの胸を騒がせる。
 誰も自分たちに目を留めることのない世界。広域指名手配犯でもある男は、決して優雅に日常を過ごしている訳ではなかった。騒々しい仲間たちに囲まれるだけでなく、命を狙われるのも珍しくはない。味方も多ければ敵も多い男は、だからこそ、たったひとりの白河愁として過ごす贅沢を知ってしまった今、バリで過ごした非日常な日々に心を鷲掴みにされてしまったのかも知れない。そう、このままここで潰えてもいいと思えるまでに……。
 怖い。不意に湧き上がってきた感情に、マサキは反射的にその腕を掴んでいた。
「どうかしましたか、マサキ」
「何処かへ消えてしまいそうに見えた」
「消えませんよ、私は。したいこともすべきこともまだ山ほど残っている。その全てをやり終えるのには、一生あっても時間が足りない。とはいえ、それでも気を休めたくなる瞬間はあったもの。それもこうして偶にひとりの時間を持てれば充分だとわかりましたし」
「だったら、どうして」
「ああ、勘違いをさせてしまったのですね」シュウはマサキの不安を拭い去るように微笑《わら》ってみせた。「私が云いたい非日常というのはね、マサキ。あなたがこうして側にいる時間のことですよ」
 ゆっくりと、シュウの手が腕を掴んでいるマサキの手を剥がす。掴んだ手をそのままに指先を絡めてきたシュウが、マサキとともに、雲間から更に水平線に姿を近くした夕陽に向き直った。
 凪ぐ海を滑るようにして、潮風が吹き抜けてくる。心地良く髪を服を浚う風に身を任せながら、暫く。黙って夕陽を眺めていると、あなたは風だ。おもむろに口を開いたシュウが、万感の思いを込めるように言葉を紡いだ。
「あなたは私の代わり映えのしない生活に、新鮮な驚きを齎してくれる風のような存在です。不意に訪れては、私の心に爪痕を残してあっという間に去って行く。きっとあなたは知らないでしょうね。私がその非日常をどれだけ待ち望んでいるかを」
 潮騒と共に打ち寄せる波が白い波頭を立てては引いてゆく。そろそろ頭上には青い闇が迫りつつある。東の空から西の空へとグラデーションを描きながら染み出てくる闇は、煌めく星々を従えながらバリの空の全てを飲み込もうとしていた。
「……家族という共同体は、時間の経過と共に、その在り方を変えてゆくものです。集合体から個々の広がりへと。そして新たな家族を得て、共同体を広げてゆく。そう、それはさながらニューロンのようにね……ですから、いずれはサフィーネやモニカ、テリウスも家族という箱の中から飛び出して行くのでしょう」
 勿論、私も。ややあって、囁くようにシュウが言葉を継ぐ。
 それが先程の言葉とどういった繋がりを持っているのか、マサキには理解が及ばなかった。非日常を日常にしたくなる=今の日常生活からの脱却ではないのだろうか。それが何故家族という運命共同体の話になってしまっているのだろう? 疑問に思うも、何の脈絡もなく話題を変える男ではない。きっと、何処かで明瞭りさせてくれるだろう。と、マサキは彼の直前の言葉に自分の考えを返す。
「どうだろうな。あいつらにとっては、いつまでも変わらずに、お前と一緒に居ることが幸せなんじゃねえの。もう何年だよ。伊達や酔狂で一緒に居られる年月でもないだろ」
「人の心ばかりは誰にも思い通りには出来ないものなのですよ、マサキ。そうである以上、その気持ちを見通せる筈もない。とはいえ、明日、明後日ではないにせよ、その日は必ず訪れると私は思っていますがね。そうでなければ彼女らに見せた世界に意味がない。何より、人はどう足掻いても同じ時間には留まっていられないのですよ。流れゆく時間が、彼女らの気持ちを変えないとどうして云えたものか」
 燃えるように赤く染まった空をテーブル席から眺めるつもりであるのだろう。撮るべきものを撮ったとばかりに人が掃けてゆく波打ち際。残されているのはシュウとマサキと数組の観光客のみだ。足元には終わりなく打ち寄せる波、砂を掻いては引いてゆくそれをマサキの手を掴んだまま眺めていたシュウは、自らの表情を窺っているマサキに視線を向けてくると、肩を抱いてもいい? と尋ねてきた。
 好きにしろよ、とマサキは云った。
 絡み合った指がほどけ、そして抱き寄せられる肩。洋上に瞬く光は漁船だろうか。それとも観光船のものであるのだろうか。それとも未だ戻らぬ主人を待つサイバスターのものだろうか。場違いにもそんなことを考えながら、マサキはシュウへと身体を寄せていった。
「もう少しでいい。私に会いに来てはくれませんか、マサキ」
「そう云うならお前だって」
「そうしたいのは山々ですが、プレシアがね。私と顔を合わせるのは、彼女にとっては気まずいものがあるでしょう」
「あいつだってわかってるんだよ、本当は。でも……」
 シュウを赦してしまうことは、不条理に奪われたゼオルートの命を、それが世の摂理だと受け入れること。
 そろそろ幼い少女、とは表現し難くなってきたプレシアは、自分の物わかりが良くなってしまうことを恐れているのだ。そう、それは忘れる為の努力を始める第一歩でもある。取り立てて腹を割って話をしたことはなかったものの、朝に夕に。かつてあった幸福な家族での日々を切り取ったかのような写真に、今日あった出来事を話すことを忘れないプレシアを見ていると、彼女が恐れているものの正体が忘却であるということが良くわかる。
 赦さないことでしか、自分を支えられない。
 どう足掻いても記憶というものは、時間の経過と共に薄れて行ってしまうものであるからこそ。少しでも多くの思い出を記憶に留めて置く為にも、プレシアはシュウを赦さないことを選んだ。その彼女の健気なまでの家族への執着心を、どうしてマサキ如きが変えられたものか。
「いや、いい。俺が会いに行けばいいだけだもんな」
 きっと彼がプレシアへの土産に執着してみせたのは、そういった彼女の在り方を気に掛けているからでもあるのだろう。
「そろそろ地底世界《ラ・ギアス》への戻り時ですかね」マサキの言葉に頷いたシュウが続ける。
「見るべきものは見たってか」
「身体も充分に休まりましたしね」僅かにマサキを抱き寄せている手に力が込められた気がした。「それに、あなたをいつまでもここに拘束しておくのも、あなたの大事な仲間たちに失礼でしょう。プレシアも寂しがっていることでしょうしね。勿論、昨日決めた予定は消化しますよ。明日は使い魔たちとの合流。彼らにもバリの空気を味あわせてあげないとね」
 日が傾いたことで過ごし易くなった陽気が、潮風とともにマサキの身体から熱を取り去ってゆく。涼しさが肌寒いくらいにも感じられる砂浜の上。まだ熱の残る大地の温もりを足の裏に感じながら、マサキはシュウの背中に片手を回した。
 非日常の中に在るからこその限りない解放感が、バリから自分たちを去り難く感じさせているだけなのだ。わかってはいても、心の端が欠けてしまったかのような寂しさがある。マサキはシュウのシャツを掴んだ。旅はいつかは終わる。その当たり前の現実が、こんなにも物惜しく感じられるものだとは、サフィーネたちが館に姿を現した時点でのマサキは思ってもいなかった。
「あなたがここに来て、わかったことがひとつあるのですよ」
「わかったこと?」
「あなたがいない非日常など有り得ない。私にとっては彼女らの不在の如何《いかん》より、その方が大事な要素のようですよ、マサキ」
 そしてシュウはふふ……と声を含ませて笑うと、「非日常のままにしておきたくはないですけどね」さらりとそう付け加えた後に、「さあ、シーフードを食べに行きましょう。予約の時間が迫っていますよ」云って、ほら、とマサキの肩を抱き寄せていた手を外すと、潮騒を後ろに。マサキの一歩前をジンバランの街に向かって歩き始めた。


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