忍者ブログ

あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

Lotta Love(6)
Q.この話は何ですか?
A.隙あらばべたべたしつつ、男二人がバカンスを楽しむ話です。

他に何もないので、ちょっとした疑問を置いてこのまま本文に進みたいと思いますが、白河とマサキって日頃どんな会話をしているのだろうと考えた時に、私の頭に浮かぶのは「一方的な白河の話を、理解できたりできなかったりしつつ聞き続けるマサキ(もしくはその逆)」の図だったりするのですが、皆様的にはどうです?
このふたりがお互い「ああ」と納得しながら話を進められそうな話題って、戦闘に関するものばかりな気がしなくもなく。でもお互いに興味を持っていない訳ではないので(むしろ滅茶苦茶関心が高い)、ついついわからない話も聞き続けてしまうっていう。そうだったらエモいな、という私の願望なのですが。

いつもぱちぱち有難うございます。とても励みになります。
では本文へどうぞ!
<Lotta Love>

 過ぎた夕暮れに穏やかな夜が訪れるかと思いきや、夜の帳に紛れるようにして重苦しく空を覆う雲。どうやら、空の上流は空気の流れが早いようだ。雲は月に翳りながら、北から南へと疾《はし》るように流れていた。
 通り雨だろうか。そうマサキが口にすると、「恐らくはそうでしょうね。ほら、月に環が懸かっている」シュウの言葉にマサキが空を探せば、月の周りにぼんやりと浮かぶ光の輪が、雲の切れ間に現れては消えを繰り返している。
「我が世を愁いて雨を降らせているようにも見えますね」
「お前のそういう感性、俺には理解出来ねえよ」
 マサキは空いた皿を片手に立ち上がった。
 シンクに皿を置き、冷蔵庫の扉を開く。グラスに残してきたワインに合うつまみを――と、思ったよりも食材が豊富に詰め込まれている冷蔵庫の中を覗けば、何種類かのチーズが入っていた。封の切られていないワインのボトルが側にあるということは、つまみにするつもりで買って来たのだろう。
「なあ、少しチーズを切ってもいいか」
「構いませんよ。口寂しい?」
「食事と酒を一緒に、っていうのがあんまり。酒は酒でつまみと一緒に楽しみたい方なんだよ」
 自身の分の皿をシンクに収めたシュウが、チーズを切るマサキの隣で皿を洗い始める。「何だよ。俺が後でやろうと思ってたのに」チーズもあるのだ。その都度一々片付けるのも手間だろうとマサキが口にしてみれば、シュウはまだマサキを強引にバカンスに付き合わせたことを気にしているようだ。今日ぐらいはね、と繰り返し呟いた。
「プールは明日でしょうかね、この天気では」
「直ぐに止みそうではあるけどな」
 どうせなら全部の種類のチーズを皿に並べてやろうと、マサキはそれぞれのチーズ少量ずつ切り出した。カッテージ、ゴーダ、モッツアレラ……そしてプロセスチーズ。僅かな量のワインに見合うだけの量のリーズを皿の上に用意し終えたマサキは、横から覗き込んでいたシュウの開いた口元に、先ほどのお返しとばかりにその中のひとつを押し当てた。
「お前は泳ぐのかよ」
「まさか。足を浸ける程度ですよ」
 チーズを口に含んだシュウの舌が、マサキの指に付いている残り屑を舐める。
「ひとりで泳いでも面白くないだろ」
「そうは云われてもね」
 こうして誰の目も気にぜず、気兼ねなくふたりで時間を過ごすのはいつぶりだろう。遠く過ぎ去ってしまった時間を思い返してみるに、前回、ふたりきりで会ったのはもう二ヶ月も前のことのようだ。似た者同士のふたりは、多忙な日々にかまけていると、ほんの少しの時間さえも相手の為に割かなくなったものだけれども、それにしても物には限度がある。それでよくもこうした付き合いが続いているものだとマサキは思う。
 毎日、顔を突き合わせていたいと思う相手ではないにせよ、ふとした瞬間に猛烈に恋しくなる。日常の何気ない瞬間に思い出し始めたら、我慢の限界は直ぐだ。後はひたすらシュウの痕跡を追って、東から西へと。恐らくはシュウもそう感じる瞬間があるのではないだろうか。マサキの生活圏内で偶然を装った風に顔を合わせたことが何度もあった。
 つくづくお互い気紛れな性質をしている。
 だから、ではないだろうが、ふたりきりの空間に身を置いていると、何とはなしにシュウに触れたくなる。長い不在が求めさせずにいられない。シュウの舌先の感触が残る指先を、そのままマサキはシュウの口唇に這わせた。したいの? と、声なくシュウの口唇が動く。
 言葉で答えるよりも先に首に腕を絡め、柔らかな髪に指を埋めながら頭を引き寄せる。踵を上げて、そうっと。アルコールの匂いがする口唇に、自らの口唇を重ねて暫く。まるで世界にふたりきりになったかのような静けさの中。しんしんと鳴り響く雨音を耳に、互いに口唇を啄んで。
「……泳ごうぜ」
 その少し前の話題を蒸し返すマサキを、シュウは意外とは感じなかったようだ。
「この雨の中? 風邪を引きますよ、マサキ」
「明日だよ、明日。人に水着を買ってやって、自分は入らないはナシだろ」
「あなたが愉しむ分ですよ。私はそういった性質ではないのでね」
「誰に見られる訳でもないってのに」
 マサキはチーズの乗った皿を取り上げた。キッチンを抜けて、籐製のリビングセットに戻る。
 読書を好まないマサキに、活発に身体を動かすのを好まないシュウ。片方が趣味や嗜好を訴えれば、もう片方はそれを眺めているばかりになる。そうした適度な距離感を保っていられるからこそ、付き合いが長く続いているのだとわかってはいても、時には同じ趣味を楽しめないことに物思うこともある。
 人前で肌を晒すのを嫌がっているだけにせよ、プライベートな空間にあるプール。絶対に入れてやる。マサキはそう決心して、シュウを視界に置きながらグラスの中のワインを煽った。
「いい飲みっぷりですよ、マサキ」
「何で飲み終わった先から、お前はそうやって」
 付き合い程度と事前に云っておいたのにも関わらず、ひとりで延々飲み続けるのが嫌なのか、マサキのグラスが空くなりシュウがワインを注いでくる。日頃、嗜好品として酒を嗜んでいるシュウに対して、パーティの席でもなければ飲まないマサキはそこまで酒に強くはない。
 このペースで飲み続けようものなら、確実に明日の観光に差し障りが出るというもの。愚痴てみせたところで笑ってみせるだけの男は、自らの行いを改める気はなさそうだ。マサキは仕方なしにチーズに手を伸ばして、口寂しさを和らげる。
「そういや、この部屋にはテレビがないんだな」
「ベッドルームだけですね、テレビがあるのは」
 目の前のプライベートな空間を眺めて過ごせということなのだろうか。キッチンにリビングセットだけの簡素な部屋。風呂に入るついでに眺めてみた寝室には、ベッドとテレビにクローゼット、そしてバススペースしかなかった。もうひとつの部屋に至っては、床にマットが敷かれているだけ。貸別荘《ヴィラ》である以上はそんなものなのかも知れなかったが、それにしてもシンプルに振り切ってくれたものだ。
「現地語がわからない以上、点けたところで雰囲気を味わうだけですし、いっそない方が気が楽ではありますね」
「何だよ、シュウ。お前のことだから、言葉がわかってて来てるのかと」
「公用語《英語》が話せれば、大抵の観光地では事足りますからね。まあ、恐らくは有事の際に緊急ニュースを見る為のものでもあるのでしょう。本当はベッドルームにも置きたくないのかも知れない。日常から身を切り離すのがバカンスですし」
「文明の利器は必要ないって?」
「あっても触れている暇がそうないでしょう。観光地くんだりまで来てスマートフォンを弄り続けていたら、それこそ中毒患者ですよ、マサキ。行くべき先は旅行ではなく病院だ」
「その通りではあるんだろうが、辛辣だな」
 科学と練金学を自在に操ってみせる男は、日常生活に於いては、それらから身を退いた生活を送っている。テレビは置物、必要に迫られなければパソコンに向かうことすらない。だから、ではないだろうが、皮肉にも限度がある台詞を吐いてみせたシュウは、そこで何かを思い出した様子で立ち上がった。
 そのままベッドルームへと姿を消す。
 訝しく感じながらも待つこと暫し。二台のスマートフォンを手に戻って来たシュウは、片方をマサキに渡しながら、「あなたは方向音痴ですしね。持たせておいて間違いはないでしょう」
「二台ともお前のかよ」
「地上の知り合いに連絡を取るのに必要なのですよ。ほら」
 手の内に収めたスマートフォンが振動する。画面に浮かぶCALLINGの文字と、恐らくはもう一台のスマートフォンの番号。僅かに表示されただけで切れたスマートフォンに、果たして自分がこれを使いこなせたものかと、マサキは心配になる。
「GPSがありますから、そう連絡を取り合う機会はないでしょうが」
「失くしたら大変だな」
「ウォレット機能は付けていませんから、そこまで気にしなくとも大丈夫ですよ。個人情報も弄ってありますし。何でしたら好きなだけ写真を撮ってもいい。折角の観光ですしね」
「またお前はそうやって、悪事に手を染めていることを俺にさらりと」
 指名手配犯である男が簡単には個人情報を晒せない環境にいることを知ってはいれど、いざそれを買い物にでも行くような気軽さで告白されれば、途惑いも感じようというもの。俺をいつも共犯者にしやがって、とマサキは口にしつつも、秘密を共有しているという優越感を感じてしまうのもまた事実。
 みだりに他人を自分の領域に立ち入らせない男に、自分は許されている。
 それがどうしようもなく誇らしい。
 結局のところ、自分はこの男に特別扱いをされるのが好きなのだ。マサキは手にしていたスマートフォンを、肘当てに置き、ワインのグラスを手に取った。明日からはこのスマートフォンを片手に、方々の観光スポットを巡るのだ。それを心の底から愉しみにしている自分に気付いて、マサキはシュウに覚られないように小さく笑った。


.
PR

コメント