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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

Lotta Love(12)
本日はわたくし、友人と出掛ける予定を入れているので、これが本日最初で最後の更新になります。
もうね、プールのことばかり考えていたお陰で、やりたかったことのひとつをすっかり忘れてしまっていたものですから、慌てて過去の更新分にそれを入れましたが、本当に数語の変化なので読まなくて結構です。

そしてそこまで固執していたプールなのに、またも次回に持ち越しなんですよ!笑
自分でやっておいて何ですがふざけ過ぎてて草ァ!

彼らには三日間観光をして貰う予定なのですが、このペースでは完結まで何日かかったものやら。本当はGWで完結させるつもりだったんですけど、こうなったらとことんやるよね!私も女だ!意地がある!笑

この作品はきっと私が彼らの理解度を深める話でもあるんだろうな。
そんなことを考えつつ、では本文へどうぞ。
<Lotta Love>

 タクシーの運転手の話だと、この辺りの美術館でポピュラーなものだと、ネカ美術館になるとのこと。現在地から車で十分程度の場所にあると聞けば、行かない理由はない。しかも件のレンパッドの作品を丸々一棟の建物を使って展示しているのだという。
「ああいう彫刻を彫る人間はどんな絵を描くんだろうな」
「宗教的な世界観が感じられる彫刻でしたしね。絵画もそういった影響を受けた作風なのかも知れません」
 高貴さと、恐ろしさ。
 他の観光客が醸し出す浮かれた空気で雰囲気が薄れてしまっていたけれども、確かにシュウが口にした通り、王宮に彫られていた彫刻はどれも宗教的な世界観を感じさせるものばかりだった。
「昔、祖母の家に泊まりに行った時に、夜になってひとりで寝た部屋に欄間があってさ」
「欄間、とは?」
「襖の上にある……採光用なのかな。彫り物がされていたりする建具だよ」
 その説明だけでは、シュウにはどういったものかは伝わらなかったようだ。彼はスマートフォンを取り出すと、少しの間それを操作して、納得のゆく答えに辿り着いたのだろう。成程、と呟いた。
「障子越しに入ってくる外の明かりが、暗闇の中の欄間をぼうっと照らし出すんだ。それをじっと見ていると、自分が居る世界が生きている人間の世界なのかって不安になったもんだよ。アジア圏の装飾にはそういった雰囲気のものが多いよな」
「不思議な形状をしているとは感じますね。どういった観察眼を持てば、そういった装飾を思い付いたものかと」
「ラングランの装飾は西洋風だもんな。どちらかって云うと、荘厳な感じだ。だからって訳じゃないんだろうけどさ、ああいった装飾を見ていると、思い出すことが幾つかあるもんだなって。それだけなんだけどさ」
「日本が恋しくなりましたか、マサキ」
「まさか。どれだけラ・ギアスで生きてきたと思ってるんだよ」
 マサキは笑った。その程度で郷愁の念に駆られていては、観光など出来やしない。それを云い出してしまったら、サレン・アグン宮殿に限らず、午前中のジャティルイの棚田だってそうだ。豊かな水田地帯は、日本の田舎の景色にも通じるものもある。
 バリはバリ、日本は日本、そしてラングランはラングランでしかないのだ。
 そう割り切れなければ、どうして地底世界《ラ・ギアス》で生きることを選択出来たものだろう。地上と地底は表裏一体。地上世界の文化を内包して、更なる発展と発達を遂げた世界がラ・ギアスでもあるからこそ、そこには見知った景色が広がることもあるのだ。既に過去から解放されているマサキに、今更何を思うことがあったものか。
 だのにシュウは何を気にしたものか。マサキの手をそっと掴んでくる。
「気にし過ぎだ。大丈夫だって云ってんのに」
 それに対して、シュウはただ微笑み返してきただけだった。
 余計な気を回しているのか、それともただマサキの手に触れていたいだけなのか。マサキにはわかりかねる態度。時折、マサキの手の形を確かめるように、手のひらで撫でてくる。
 ほら、とマサキは手のひらを上に向けた。
 重ねられた手を握り返して、窓の外。流れてゆく景色を眺める。
 ゆったりとした時間の流れが感じられる景色。観光地だからといって人が溢れている訳でもない。そんな草木が生い茂るウブドの街を車窓に、タクシーで往くこと十分ほど。落ち着いた佇まいながらも、それなりに年季の入った建物が目の前に迫って来た。目的地のネカ美術館だ。
 六棟に分かれている展示館には、それぞれテーマに沿った作品が展示されていた。
 バリを代表する伝統的なバリ絵画を、四つのスタイルに分けて展示している第一展示館。精緻に描き込まれた作品は、いかにもアジア圏らしい独特な画風のものばかり。シュウによれば、西洋の影響を受けた作品も混じっているようだったが、題材がバリに密着しているものばかりだからだろう。マサキにはその違いはわからなかった。
 第二展示館には、バリ絵画に魅せられて、ウブドに移住をしたオランダ人のアリー=スミットと彼が指導したバリの若者たちが描いた作品が展示されていた。
 バリの穏やかに過ぎてゆく時間を切り取ったような絵。子どもが見えたものを自由に描いたようにも映る。マサキには絵の良し悪しはわからなかったけれども、明かりのない夜を思わせる独特な色使いは、深く印象に残った。
 そして、個人的にマサキが一番面白いと感じた第三展示館。1930年から40年代にかけてのバリの風俗が収められた写真が展示されているスペースには、当時の空気がそのまま伝わってくるような精彩に満ちた写真の数々が収められていた。時代的にモノクロ写真ばかりではあったものの、今目にしているバリの風景も相俟って、マサキの脳裏には色鮮やかにそれらの景色が描けたものだ。
 シュウもマサキ同様に、それらの写真を興味深く受け止めたのだろう。足を止めた時間はこの展示館が一番長かった。
 目的のレンパッドの作品が飾られている第四展示館は後回しにして、第五展示館。現代インドネシア絵画が収められているスペースには、地上では有名な作品らしい。男と女がそれぞれ描かれた二枚の絵画。アブドゥル=アジズの『引かれあう心』が展示されていた。
 対になっているように見える作品だが、元々は別々の作品として描かれたものなのだとか。頭にターバンを巻き、上半身裸で壁に凭れている女性を気にするようにポーズを取る男性。写実的な筆致で描かれた二枚の絵は、流石は有名な作品だけはある。シュウはこの作品を気に入ったようで、暫くその前を動こうとしなかった。
 第六展示館では、東西絵画の出会いをテーマに、インドネシア人画家の作品とバリに縁《ゆかり》の深い外国人画家の作品が展示されていた。バリに縁のある画家が描いた絵だけあって、当然ながらバリやインドネシアをモチーフとした作品が多い。シュウ曰く、古典的技法から現代画風まで様々な作風の作品が集められているとのこと。マサキの目にはそれらの違いはわからなかったが、バリの風土を感じさせる作品の数々は、ここまで足を運んでよかったと思わせるものばかりだった。
 最後に、ようやく目的の第四展示館。レンバッドの作品群が展示されているスペースに足を踏み入れたマサキは、そこに飾られている絵画から滲み出る迫力に気圧されて、容易には言葉を吐くことも出来ずにいた。
 ヒンドゥー教の聖典でもあるラーマ―ヤナ。古代インドの大長編叙事詩の世界を描き出した絵画は、東洋のファンタジー世界観がこれでもかと詰め込まれているようにマサキの目には映った。
 不思議で恐ろしい。簡単に絵の前から立ち去ることを許さない雰囲気を醸し出している絵画は、粗削りなように見えても計算高く描かれている。ラーマーヤナは伝説と神話の物語だとシュウは口にしたが、その世界を描くのにこれ以上の筆致はないだろう。マサキにさえそう感じさせるぐらいだ。シュウは感銘を受けた様子で、それぞれの絵を時間をかけて観察していた。
 気付けば六つの展示館を回るのに、二時間以上の時間がかかっていた。
 閉館時間が迫る中、美術館を出てヴィラへの帰路に着く。車中では専らマサキが会話の口火を切った。観光らしい観光が出来たことで神経が高ぶってどうしようもない。その興奮をどうにかして伝えられないかと、乏しい語彙力を駆使してひたすらに。
「今からそんなに興奮していては、これから先はどうなったものか。疲れていませんか、マサキ。昨日はプールに入りたいと云っていましたが」
 ラ・ギアス世界で日常生活を送っている時のマサキは、どうかするとサイバスターの操縦席で過ごしている時間の方が長かったりもしたものだ。
 長時間の戦闘に耐えられるだけの体力を付ける為のトレーニングや、剣を振る為に必要な筋力を身に付ける為の筋トレはしていたものの、こんな風に方々を魔装機に頼らずに歩き回るのは稀。もう少し疲れを感じるのではないかと思っていたマサキは、観光を終えても疲れ知らずな自分を意外と感じながら、シュウの問いに全然と答えた。
「でも、お前はプールに入らないんだろ」
「そもそも水着を持っていませんしね」
「人に買い与えて、自分は持ってないってどういうことだよ」
「あなたがそういった遊びを楽しみたいだろうと思ったからですよ」
 そう云って、何を想像したものか。声を潜ませて嗤う。
「気が向いたら足ぐらいは浸けますよ。それで我慢していただきたいものですね」
「面白くねえ」
「そう云われてもね」
 三十分ほどの道のり。長閑な郊外の風景が、徐々に雑多な町並みへと移り変わって行く。その変化を眺めていると、観光客が集うエリアがどれだけ集客を目的としているのかがわかったものだ。
 長かった今日の旅もこれで終わりだ。
 バリ島の他の地域と比べると圧倒的な発展を遂げているスミニャック。所狭しと建ち並ぶ店の数々を傍目に、タクシーは一路ヴィラへと。静かにその門前に滑り込むと、タイヤを止めた。
 タクシーを降りて、今日の料金の精算。見るのも嫌になるような大枚を運転手に支払ったシュウに、けれども彼が自分で口にしたことだからと、マサキは表情にそれを出さないように努めた。
 まばらに人気のある敷地内。シュウに続いて通路を往き、最早懐かしくさえもある建物の中へと。不在の間にクリーニングが済んだ室内は、真新しい建物の匂いに満ちている。思えば朝の籐の8時から18時近くまで出ずっぱりだったのだ。人心地付けたくあったのだろう。長椅子に身体を収めたシュウに夕食の番を宣言して、マサキはそのままキッチンに立った。


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