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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

Night End(11)
あと2,3回で終わると云ったな。あれも嘘だ。

ここから2回ぐらいですね。いやあ、思った以上に長くなりました。
今回のシュウ、私は死ぬほど好きなんですけど、皆様的にはいかがでしょうね。もう暴力的なまでに金の力に物を云わせるシュウとか、他の方は多分絶対書かないと思うのですが……。

と、いうことで、本文へどうぞ!
<Night End>

 驚いたことに、シュウは五億五千万クレジット以上の現金を会場に持ち込んでいたようだ。現金《キャッシュ》で支払われたモニカの代金に、マサキの雇い主は、即日モニカを引き渡すことに決めたのだろう。番人たち全員に別れの挨拶をしたいと、その控え室に呼び戻されたマサキは、「しみったれた場は苦手だ」とぼやく例の男を宥《なだ》めながらモニカの前に立った。
「皆様にはお世話になりましたわ」モニカは一歩前に進み出ると、例の男の前に立ち、「特にあなたとは長い付き合いでしたわね」
「そうですな。最初から居たのは私ともうひとりだけですか。こういった言葉が正しいかわかりませんが、どうかお元気で」
「わたくしは何処にあろうとも、わたくし自身として生きるだけですわ。でも、有難う」
 そうしておくゆかしくも愛くるしく微笑んで見せる。
 それはモニカの真実の心情の発露であっただろう。長く暗い房で過ごし続けた日々の終わりは、もう直ぐそこに迫っている。彼女は大手を振ってここから離れ、それと知られていない仲間の元に帰るのだ。
「お元気で、王女様」
「有難う」
 付き合いの長さの順に、モニカはひとりひとりと言葉を交わしてゆく。
 番人と云えどもそこは人間。皆、最も長く房に居続けることとなったモニカには、思うところがあるようだ。神妙な顔つきで向き合い、好意的な言葉をかけている。高く買われたからといって、幸福な人生が待っているとは限らないのが、人身売買の世界であるのに。
 それでも未来を祈らずにはいられないほどに、モニカ=ビルセイアという元王女は、番人たちをも魅了したのだ。
 そんな彼女がマサキは羨ましくもあった。生まれながらにして得た地位故に、豊かな捕虜生活を送った元王女。マサキたち戦士の捕虜生活はそうは行かない。狭い房に、繰り返される尋問。孤独な戦いをマサキは何度か経験してきている。
「――マサキ」穏やかで優しい声がマサキを呼ぶ。
「あなたとは短い付き合いでしたけれども、楽しかったですわ。あなたのような方は初めてでしたもの。でも、もしまた会う機会がありましたら、その時までには話術を磨いておいてくださいましね」
 それにマサキは肩をそびやかしてみせた。「考えておくさ。だが、期待はしないでくれ」
 ふふふ、と声を出してモニカが笑う。そして彼女は今一度、引き連れてきた番人たちを見渡した。
「名残り惜しくもありますけれど、お別れですわね。最後のお願いです。どうかわたくしを見送っては頂けませんでしょうか」
 五億五千万の値を付けた商品の願いを聞き入れない筈がない。今日の売り上げに機嫌の下降を知らない雇い主は、モニカの最後の我儘を二つ返事で聞き入れた。
 引き渡しはロビーで行われた。
 情報交換に余念のない好事家たちが見守る中、雇い主とマサキたち番人の立ち合いの元、モニカを捕らえている鎖がシュウへと渡される。その鎖を脇に控えているテリウスに渡して、「そちらは?」とシュウは雇い主に番人たちの群れについて尋ねた。
「彼女の番をしていた者たちです。彼女が最後は彼らに見送られたいと」
「手厚い保護を受けていたようで何よりですよ。商品は質だけでなく、状態も大事ですから」
 そして彼は番人たちを見渡して――。
 マサキで視線を止めると嗤った。
 その瞬間のマサキの鼓動の高鳴り! ここで上手くやらなければ撤退が先延ばしになる。マサキは人知れず唾を飲んだ。そうでなくとも腹芸は得意ではないというのに、目の前のシュウやテリウスの正体が、いつかばれるのではないかと気が気ではない。
 その緊張感に限りはなく。軽く握っているように見えるだろう拳の内側は、汗でぐっしょりと濡れている。
「彼は、売れませんか?」シュウの差した指がマサキを捉える。
「しがない番人風情ですが、剣の腕が恐ろしく立つ男です。どうかご容赦を」
「そちらの云い値で買いましょう。それでも?」
「しかし、護衛ぐらいにしか使い道は――」
 欲深い雇い主は云い値と聞いて心がぐらついたようだ。どうにか表情を取り繕ってみせてはいるものの、口の端が緩みかけている。即座にそれを見抜いた例の男がマサキを振り返る。そして、どういった表情をすればいいかわからずにいるマサキの表情を、困惑の表情と受け取ったようだ。「困ったことになったぞ」潜められた声に、マサキはまさかと首を横に振った。
「磨けば光ると思うからですよ」
 低くくぐもった声。ククク……と、特徴的な嗤い声を発しながらシュウが云い放つ。計画通りとはいえ、碌なことしか考えていないに違いない表情。退廃的な中にも獰猛さが窺える。マサキは焦った。シュウが何を考えているかが、手に取るようにわかってしまう。
 ――こいつ、絶対に俺をどう料《・》理《・》するか決めてやがる……。
 場所が場所でなければ、即座に頬を叩いているところだ。マサキは口の端を噛んで、自らの衝動を抑え込んだ。
「一体、何に使うおつもりで……」
 商品ではないマサキを欲しがる男に、それでも少しは警戒心を抱いているのだろう。雇い主は恐る恐るシュウへと問いかけた。一歩、二歩と雇い主にシュウが近付く。彼は身体を屈めると、その耳元に小声で何事かを囁きかけた……。
 見る間に雇い主の口元に浮かぶ、性質の悪そうな笑み。
「あなたも相当な趣味をしていらっしゃる。いいでしょう。即金で一千万クレジット。今ここで支払えるというのであれば、お売りしましょう」
 雇い主はシュウがそのくらいの金額を軽く支払ってみせる客であると見抜いているのだろう。ボス! と例の男が抗議の声を上げるも、その言葉に耳を貸す気はなさそうだ。脇に下げたジェラルミンケースを、シュウが雇い主に渡す。「そこから一千万クレジットを抜いてください」
 交渉成立。
 雇い主の護衛をしている男たちが、マサキの身体を取り押さえにかかる。迫る何本もの手。払えど、払えど、振り払いきれない手。やがて、それらは一斉にマサキの身体を捕らえた。
 視界の隅には金勘定に忙しい雇い主の姿がある。マサキが男たちに押さえ込まれて抵抗する都度、その姿が大きく揺れる。
 拠点のトップの護衛をしているような男たちだ。その武装はマサキの比ではない。雇い主を睨み付け、形ばかりの抵抗をしてみせ、しかし最後は諦めるしかないのだろうと、マサキは彼らに抱えられて頭を垂れてみせた。
 青写真の描かれた状況であるからこその精一杯の芝居。
 そうして鎖に繋がれたマサキは、行動制限魔法を掛けられ、シュウの思惑通りに買われたのだ。


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