真面目にやると云ったな、あれは嘘だ。笑
いや、私はこれでも凄く真面目なんですよ。真面目だったんですけど、話に収集を付けようとしたら不真面目になってしまったというか、ご都合主義というか、なんというかシュウマサの虫が騒ぎ始めてしまったというか、そんな回です。はい!
では、本文へどうぞ!
いや、私はこれでも凄く真面目なんですよ。真面目だったんですけど、話に収集を付けようとしたら不真面目になってしまったというか、ご都合主義というか、なんというかシュウマサの虫が騒ぎ始めてしまったというか、そんな回です。はい!
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<Night End>
気の張り詰めた生活は、日を経るにつれて、次第にマサキに強い疲労を齎すようになっていった。
ベッドに入る時刻が日に日に短くなり、起きても疲れが取れきった感じがしない。休憩時間もなく、朝から夕まで地下に籠っている所為もあるのだろう。太陽の光がどうしようもなく恋しくもなったりもした。
――たった半日でいいから、陽の光を全身に浴びながら、他人の目を気にせずに過ごしたい。
マサキがそんな望みを抱き始めた朝。
目立った情報を入手することもなく、五日ほど地下での番を続けた先に、ようやく訪れた休日でもあった。
ベッドに籠り、疲れた身体をいつもより長く休めていると、乱雑にドアが叩かれた。そうして、マサキの返事を待たずに室内へと足を踏み入れて来た例の男は、問答無用でマサキの身体からブランケットを引っ剥がすと、
「何だよ、もう。折角の休日だって云うのに……」
「折角の休日だからだ」男は歯を剥き出しにして笑った。「仲間のひとりが車を出してくれると云っている。隣町に行く気はあるか? リフレッシュするのには丁度いい規模の町だぞ」
与えられた任務を、ただただ忠実にこなし続けた甲斐があったというものだ。男に限らず、他の番人たちや、他の職務に就いている組織の人間たちとも、それなりに言葉を交わすようになり、少なくともマサキ自身は、彼らから好意的に自分の存在を受け入れて貰えていると感じるようになっていた。
「誰だよ、そんなお人好しは……」
どうあってもマサキを連れて行くつもりらしい。一向に部屋から出ていく気配のない男の前で、マサキはベッドから出ると、仕方なしに手早く着替えを済ませた。「着替えを買いたいんだが、服屋はあるんだろうな」
持ち込んだ衣類はさしたる量ではなかった。夜毎、洗濯をしなければ追い付かないぐらいの量。思った以上に長丁場になりそうな潜入生活に、洗濯の手間を少しでも省きたいマサキが云えば、
「あるある。選べるほどにあるぞ。俺たちは酒場で飲むがな」
「他のことはしないのかよ。折角、町に出るって云うのに」
「町に出るからさ。若くて綺麗な女のいる酒場が山ほどある。これが俺たちの唯一の愉しみだ」
そこはやはり真っ当な生活を送っていない裏家業の男たちということか。きっとただ飲んで終わりという性質の酒場ではないのだろう。思い浮かんだ想像に、碌でもねえなとマサキが呟けば、男は腹を抱える勢いで笑ったものだ。
「何だ? 図星か」
「店は教えてやるから、買い物が終わった来るんだな」
「女が欲しいと思うほど、元気なあんたらが羨ましいよ」
ふたりで連れ立って階段を下り、玄関ホールに出ると、既に支度を終えた仲間がこちらもふたりで待っていた。「ようマサキ、待ってたぜ」挨拶を終えた仲間が玄関扉を開く。どうやら、マサキを含めて四人で隣町に向かうようだ。
扉から一歩踏み出した先には、軽トラックが用意されていた。
年季の入ったトラックは、日頃は日用雑貨等の消耗品の運び込みに使われているものだ。個人的な足を持ち込むことは禁じられているのだろう。マサキも『個人の持ち物で持ち込めるのは衣類だけ』と云われている。
運転席と助手席にふたりの仲間が座り、マサキと男は荷台に乗る。程なくして動き始めた軽トラック。轍の残る道は決して快適な乗り心地ではなかったけれども、ラングランの心地良い風は爽やかに頬や髪を嬲ってくれた。
恵まれた天候は今日も健在だ。
仕事に慣れたかどうか、といった他愛ない話を重ねながら五分ほど。見渡す限り建物が続く、街道沿いの町に着いたマサキは、男たちと後の合流を約束して酒場の前で別れる。そして、今日一番の目的である着潰せるような服を扱っている店を探して歩き始めた。
方向音痴のマサキがひとりで見知らぬ土地で、勘だけを頼りに探し出せる店でもない。あちらこちらで人にそれらしい店のある場所訊ねながら、歩き回ること暫く。足が棒になりそうな頃になってようやく目当ての店に辿り着いたマサキは、そこそこの広さの店内に所狭しと並んでいる服を物色し始めて――、やけに鼻に障る匂いに気付いた。
甘ったるい麝香の香り。
気付けば隣に立っている黒《・》髪《・》|の《・》長躯の男。こんな香料を好んで使うこれだけの長身の男をマサキはひとりしか知らなかった。きっとここまで機会を窺い続けていたのだろう。男は棚に積んである衣類を物色するような素振りをしつつ、「ようやくあなたに会えましたよ」囁くような小声で云った。
「相変わらず下手な変装だ」
「あなたにわかるようにしないとなりませんからね」
そんなに悠長に会話をしている状況ではないにしても、素っ気ない態度。どこに誰の目があるかわからないこの状況下では仕方がないこととは云え、マサキは物足りなさを感じたものだ。けれども、シュウとしてはマサキにリスクを冒させるのは最低限にしたいのだろう。何枚かの衣類を棚から取り出すと、それら見比べる振りをしながら話を続けてくる。
「さて、手短に済ませますよ。あなたの命が懸かっているのですから。戻りが遅くなればなっただけリスクは上昇するでしょうし、私と一緒にいるところを目撃されてもまた然り。適当に店内をうろついて貰えますか。時々、ここに戻ってきてくれればいい。その間に話を済ませましょう」
そしてシュウは五分ほどの間、棚やハンガーの間を行ったり来たりしながら服の物色を続けるマサキ相手に、自身はどちらの服を選ぶか悩む様子を見せつつ、現状とこれからについて語って聞かせた。
先ず、テュッティの知り合いである情報局員について。彼女は幸いなことに生きていた。
サフィーネの調査に因《よ》ると、組織と繋がりのある僻地の娼館に流されたようだ。ただ、薬漬けにされているらしく、救出するなら早い方がいいとのこと。「あなたが自分でやりたいというのであれば、私たちはここで手を引きますがどうします」シュウに聞かれるまでもなく、マサキの答えは決まっていた。
「借りは必ず返す。助け出してやってくれ」
「薬が抜けるのには、相当の時間が必要になります。本人を見ないと正確なことは云えませんが、そちらに返せるような状態になるまで、最低でも数か月はかかるでしょう。ですが、あなたがそう頼むのであれば、きちんとした状態でお返ししますよ」
次いで、マサキの前にモニカの番をしていた男だ。
こちらも命は無事だったようだが、手足を潰されているとのこと。組織との縁は切れたようで、今は地方で隠れるようにして生活しているようだ。「出来ればモニカには、この話はしないでおいて貰えると助かります」マサキの与り知らぬところで何かあったのだろうか。シュウはそう云って、物憂げな表情をしてみせたものだった。
そして、モニカ。
どうやらマサキの雇い主は、彼女を売る決心を付けたようだ。近くオークションが開催されるらしく、好事家たちが色めきだっているとのこと。彼らにモニカを競らせて値を吊り上げようとは噂に違わぬ強欲ぶりだが、シュウたちにとってそれは望ましい状況なようだ。「私たちが欲しいのは彼ら好事家たちの横の繋がりの情報ですよ。願ってもないチャンスでしょう」彼はそう云って、薄く笑った。
「先ずは彼らとパイプを繋ぐ必要がある。横の繋がりがわかればあとは早い。ひとりずつ潰して行けばいいだけです」
あっさりと云ってのけるが、どれだけの月日を費やすつもりなのか。今日明日で達成できる野望では決してない。そんな遠大な計画を、買い物に行くような気軽さで語れる男。マサキは今更に、シュウのことを底が知れない男だと感じた。
「ところで、マサキ」
「何だ?」背中を向けながら、それぞれ商品を選ぶ。
マサキが選んだ衣類はそこそこの量になっていたけれども、恐らく、これを全て着る機会はないのだろう。
ここからは撤退戦だ。あの館を穏便に辞して、五体満足で情報局へと帰り着かなければならない。いつもであれば、マサキには比類なき剣技がある。あのくらいの拠点だったら、全て潰して終わりにするところだが――。
「あなたはどうやってあの館から脱出するつもりですか。情報局のルートを使ったのですよね。そうである以上、いつものようには立ち回れないでしょうに」
「適当なところで介入するってセニアは云ってたけどな」
「わかりました。では、こうしましょう。モニカに上手くあなたを同行させられるように立ち回るよう言い含めておきますから、あなたも一緒にオークションの会場に来なさい。モニカを買うついでに、あなたも買いますよ」
さらっと恐ろしいことを云われた気がしたマサキは思わず振り返った。
しかし、その時には既にシュウは店の奥のレジへと足を進めている。マサキは仕方なしに、ようやく空いたとばかりにシュウが立っていたスペースに立つと、彼が物色していた棚へと手を伸ばしていった。
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