もっと長くなると思っていたのですが、途中で方向転換をしたので、思ったより短くなりました。
最初に使おうと思っていたネタは、他の話に流用します。
と、いうことで、本文へどうぞ!
最初に使おうと思っていたネタは、他の話に流用します。
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<So what?>
「待たせたわね、マサキ。それにしても珍しい。あなたのことだから、少しは口を挟んでくると思ったのだけれど」
目的の被った書籍を分け合うことにしたらしい彼らは、それぞれ分担を決めて古書市を回ることにしたようだ。回り終えた後の待ち合わせの場所を決めて立ち去ったシュウに、日頃、ああだこうだと揶揄したり嫉妬を露わにしたりして見せる割には、ひと言も言葉を交わさなかったマサキが気になるらしい。振り返るなりウエンディはそう云って、首を傾げた。
「俺が口を挟むより先に、俺にはわからない話を始められちまったらな。あの男のあれだけ慌てた様子なんて初めて見たかも知れねえ。それだけこの古書市ってのは、好きな連中にはたまらないイベントなんだな」
「年に一度、だもの」ウエンディは屈託なく笑う。「各地の市でも稀覯本《きこうぼん》が出ることはあるけど、事前に噂が入ってくることは稀なのよ。この古書市なら事前にカタログが出るし。しかも方々まで訪ねて歩かなくても済むなんて、いいこと尽くめだわ。古書好きにとってはこれ以上とないイベントね」
「何だか研究の為というより、本を集めることが目的になってる感じがするな」
それに対して、ウエンディは直接的な返事をすることを避けた。「会計を済ませて来るわね」と、抱えた本とともに店主の元へと向かう。どうやら図星であったようだ。
ウエンディにせよ、シュウにせよ、同じ書を何冊も持っていたりするのだ。ただ研究に必要なだけであれば、そんなに冊数は必要ないだろうに。気になったマサキがその理由を尋ねてみれば、ウエンディ曰く、版による表記や表紙、解説の違いが気になって仕方がないとのこと。
ちなみにシュウは上手く話をはぐらかしていたが、きっと似たような理由であるのだろう。
「はい、マサキ。お願いね。大事な資料だから、傷付けないように注意してね」
少しもしてから戻って来たウエンディから本を受け取って、荷物袋の中へ。傷を付けないように、細心の注意を払って仕舞った本を、これまたぶつけて傷めないように気を付けながら運ぶ。そして、彼女の後ろを付いて歩いて、次から次へ。店を渡り歩いて、足が棒になるまで――。
両手に下げた本の量は、何だかんだで三十冊以上になった。ウエンディの分のだけなく、シュウの分もある以上、仕方のないこととはいえ、百科事典かと見紛うような分厚さの本も数多い。確かに、この厚みでこの重さになる本を頭脳派のウエンディがひとりで持ち歩くのは無理だ。シュウとてそのくらいのことは理解しているのだろう。待ち合わせ場所の喫茶店に辿り着けば、こちらも山となった荷物を椅子に置いて、早速とそれらを検めているシュウの姿があった。
「入手出来なかったものはありますか?」
「スパジリア概論ぐらいじゃないかしら。そっちは?」
「ラピス・フィロソフォラム錬成辞典のルベドの巻が欠本でしたよ。残りの巻は一応購入してきましたが、どうします?」
最早何を話ししているのか、微塵も理解の及ばない会話。今日のマサキは、さしずめウエンディの従者といったところなのだろう。古書の世界に通じていないのであるから、当然のことではあるのだが、これだけの荷物を持ち運んだマサキには目もくれず、シュウとウエンディはテーブルの上に本を広げて成果を報告し合っている。
その隣の二人掛けのテーブルに腰を落ち着ちつけたマサキは、ふたりを尻目に注文を取りに来たウエイトレスに飲み物と軽食を頼んだ。何だかんだで時刻は既に夕刻近く。昼食も摂らずに市を歩き回った。腹はとうに空いていた。
「それにしても、あなたが今更にスパジリア概論を必要とするなんて」
「あなたこそ。賢者の石など、所詮は|ファンタジー《おとぎ話》の世界の話だと云っていませんでしたか」
「ファンタジーだからこそ、読み物として面白いのよ。ルベドの巻だけ欠本なのは残念だわ。何に使うつもりなのかしら」
「何かの理由で補充したかっただけかも知れませんよ」
「こういうのは版や訳者が揃っているからこそ、面白いのにね」
「確かに。特に訳者の違いは大きいですね。そこで好みが分かれると云っても過言ではない」
結局、ふたりの専門的用語混じりの古書談義は、マサキが食事を終えて尚も続いたものだ。
――こんなことになるのだったら、ひと山幾らの小説でも買っておくんだった。
そうマサキが後悔しても後の祭り。そこから更に一時間ほど。今日購入した古書の話だけでは飽き足らなかったらしい。シュウとウエンディの話は、それぞれが所蔵している古書にまで及んでいた。その間、手持無沙汰なマサキは腕を組んで、頭《こうべ》を垂れ、足が棒になるまで歩いた疲れを癒すべく。目を伏せていたものの、完全に眠りに落ちる訳にもいかず。
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「ところで、マサキは大丈夫ですか。待ちくたびれているようですが」
不意にシュウの言葉が飛び込んできたのは、その眠りがそろそろ深くなりそうになった矢先。マサキは寝惚け眼を開いて、隣の席を見た。互いに手分けをして購入した本は分け終えたようだ。すっきりと片付いたテーブルの上には、注文したらしい飲み物がふたつ並んでいるだけ。
シュウの言葉にウエンディはようやくマサキの存在を思い出したようだ。あ、と小さく声を上げると、そこでやっとマサキに目線を向けると、「ごめんなさい。私ったら、自分のことばかり……」
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