甘い夢とはなんぞや、と思ったら「おやすみ」って意味なんだそうですね。
きっと優しい挨拶の言葉なのでしょう。
その割には本文は甘くないのですが……
きっと優しい挨拶の言葉なのでしょう。
その割には本文は甘くないのですが……
<SweetDreams>
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戦艦の船渠《ドック》では、今日も数多の乗組員《クルー》たちが、艦の財産たる戦闘用人型汎用機《ロボット》の点検や補給といった整備作業に忙しない……それをマサキは風の魔装機神サイバスターの足元近くから眺めていた。
戦闘を終えたばかりの自らの愛機の整備の為にドックにその機体を収めて数十分。
大所帯の遊撃部隊《ロンド・ベル》では、整備作業は整備士《メカニック》の仕事と役割分担がはっきり決まっている。操縦者《パイロット》は操作時の感覚的な問題を伝えるだけでいい。後は全て整備士たちがやってくれたものだ。
地底世界ラ・ギアスの技術で作られている魔装機にはプロテクトが何重にも掛かっていたものの、ロック解除の作業はマサキでなくともその分身たる二匹の使い魔で足りる。ましてや|自己で回復する機能《サバイバビリティ》まで備えているのだ。他の個人専用機に比べれば、マサキのサイバスターは格段に整備に操縦者の手がかからないように出来ていた。
そうである以上、マサキが彼らの作業に立ち会う必要はどこにもなかったが、船渠を後にしたところで暇な時間を持て余すだけ。戦時下においては、待つことも操縦者の仕事ではあったものの、気晴らしの上手くないマサキにとって、それは緊張状態が長く続くことを意味していた。
すべきことがなくとも身を置ける場所にいつまでも留まり続けているのは、彼らの作業風景を眺めるのが、マサキにとって娯楽に近い意味を持っているからでもあるのだ。
その口元から、欠伸が洩れた。
戦艦のあるべき日常に戻って来たことで、高ぶった気《プラーナ》が鎮まりつつあるのだろう。マサキの身体は戦闘の疲れを感じるようになってきていた。さりとて、船室《キャビン》に戻って独り寝をするのも味気ない……マサキは手近な小型|搬入物《コンテナ》の上に腰掛けて目を閉じた。
そして夢を見た。
通信機から聞こえてくる敵兵の声。脱出ポットが動かない。彼はしきりとそう訴えていた。そんな馬鹿な。夢の中のマサキは、安全だった世界が足元から崩れてゆくのを感じていた。視界に大きくクローズアップされたモニター画面。そこにに映る敵兵の表情が、迫り来る絶望に醜く歪む。死にたくない……死にたくない……死にたくない……彼は壊れたレコードのように、繰り返し言葉を吐いた。
その言葉が絶叫に変わった瞬間、モニター画面がブラックアウトした。そしてその闇はモニター画面から這い出してくると、マサキを一気に飲み込んだ。
初めてマサキが人を殺した日の光景だ。
魔装機の戦いは安全だといったありもしない戯言を信じて、英雄気取りのゲーム感覚で戦いに参加していたあの頃。他人の世界の為にどこまで自分を賭けられるか、などとマサキは考えたことすらなかった。その覚悟を求められた出来事。それは自分がいる場所は紛れもない戦場、命の遣り取りをする場所であるのだとマサキが思い知った出来事でもあった。
暫くは毎夜のように夢に出てはうなされた敵兵の最期。それをまた自分は夢に見ているのだとわかっていながらも、マサキの目は開かない。まるで鉛の重しが瞼の上に乗っているように、動かせど動かせど持ち上がらないまま。それならば手足を動かしてみようと思っても、マサキの意思に反してこちらもままならない。
とてつもない倦怠感が身体全体を支配している。
恐らく、不自然な体勢で眠りに落ちているからなのだろう。倦怠感だけではなく寒気も凄い。手足が冷え切ってしまっている。寒い。マサキは身体を微かに震わせながら、闇の中。再び脳裏に浮かんできた夢の映像《ビジョン》に意識を向かわせた。
血に塗れた敵兵の顔。直視するのも憚られるほどに崩れた相貌が、マサキを見据えて呪いの言葉を吐く。お前が殺した、と――。マサキはそのやりきれない思いを、彼に伝える言葉を持たない。せめてその目を閉じさせてやりたいと、敵兵に手を伸ばそうとするも、そうは都合よくいかないものだ。夢の中のマサキの身体はぴくりとも動かなかった。
運命は曲がらないのだ。
爆発四散した魔装機に乗っていた敵兵。回収できた遺体は、僅かな肉片と歯と骨の欠片だけだった。絶望的な現実を見続けなければならなかったその目は、燃え尽きたか吹き飛んだかしたのだろう。探したけれどもどこにもなかった、とは王立軍の報告だ。それは、最期の瞬間にモニター画面に映し出された敵兵の見開いた目が忘れられなかったマサキにとっては過酷な現実だった。
それから何人もの敵の命を奪ってきたマサキは、これ以降、死を衝撃的なものとして受け止められなくなっていった。命を奪うことに慣れてしまったのではない。それこそが戦場で生きるということだと、マサキはこの経験を通じて知ったからこそ、その死を乗り越えて前に進み続けることを選択したのだ。
深い眠りに落ちたマサキの意識はそこで途切れている。
次にマサキが意識を取り戻したとき、その目はスムーズに世界を捉えてくれた。眠りに落ちる前と同じく騒々しい船渠を、右に左に整備士たちが、留まることを知らない勢いで行き交っている……起き抜けの頭でその世界をぼんやりと眺めていたマサキは、やがて自らの身体に服が掛けられていることに気付いた。
身体を覆って余る大きさの白い衣装は、その特徴的な意匠《デザイン》を見れば、持ち主が明らかになるものだった。どういうことだ……マサキは辺りを窺った。どうやら視界に収まる範囲には、この衣装の持ち主たるシュウの姿はないようだ。それどころかその愛機グランゾンの姿もない。
既に彼の愛機は整備を終えて格納庫に収められた後のようだ。
変わらず整備の真っ只中にあるサイバスターを見上げて、自分の出番がないことはわかっていても、マサキは船渠を去り難く感じていた。好んで顔を合わせたい相手ではない。誰かに言付けて返してもらえばいいだろう。そう考えたマサキは、適当な整備士に声を掛けてみようとしたものの、整備作業は時間との戦いだ。いつ始まるかわからない次の戦闘までには、全ての戦闘用人型汎用機《ロボット》の整備を終えておかなければならない。当然ながら、如何にマサキが操縦者であろうとも、整備に関係ない話には誰も彼も関わりたくないとみえる。今はそれどころではないので、とまで云われてしまっては、仕方がない。マサキは白い衣装を片手に船渠を後にした。
道すがら、通りかかった乗組員《クルー》にシュウの行先を尋ねながら歩く。彼らの話から察するに、シュウは戦艦後部にある非常階段に向かっているようだ。何を考えて非常時以外に利用されない施設を利用しようとしているのかと思いながらも、早目に追いつきたいマサキとしては有難い展開だ。昇降機《エレベーター》を使って先にひとつ上のフロアに向かい、そこから非常階段を目指す。
マサキが非常階段に続く扉を開くと、計算通り。今さっき通り過ぎたと思しき足音が、直ぐ上の階段から響いてくるところだった。
シュウ、とその名を口にする。止まる足音に、マサキは階段を一段ずつ飛ばしながら上った。踊り場を抜ければ、階段の途中で待っているシュウの姿がある。追い付いたマサキが衣装を差し出すと、その取り澄ました表情がふっと和らいだ気がした。
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