別名「白河愁のレベリング」です。笑
<キスで終わる物語>
あてもなくサイバスターを
突如として
ラングランの現在の治安状況は比較的穏やかだ。バゴニアとシュテドニアスとの関係も良好で、国土における突発的な有事が発生する可能性は限りなくゼロに近い。尤も広大な国土を誇る国家だ。稀には魔装機を駆る山賊が現れることもあったし、少数の反乱分子が戦いを挑んでくることもああった。何よりこの国には暗躍を続ける邪神教団が存在している。彼らは死霊装兵やデモンゴーレム、或いは本尊ヴォルクルスを召喚しては、今以てこのラングランの地に少なくない混乱を招いている。
いずれにせよ、風の魔装機神の操者であるマサキが放置していていい事態でないのは明らかだ。
だのに、いざその場に辿り着いたマサキは、治安維持への意欲が急速に萎むのを感じずにいられなかった。
「おや、マサキ。これは珍しい場所で会いますね」
まるで分厚い壁のようだ。大量に湧き出ている死霊装兵とデモンゴーレム。ざっと見ただけでも、合わせて三十体ほどにはなろうか。普段であれば、一度の出現量は両手に収まる程度である。それが三倍もの数をみせているのであるから、かなりの異常事態だ。
だが、邪悪なるものを正面にしているのが、シュウ=シラカワが操るグランゾンときては、さしものマサキも助けに入るのを躊躇わざるを得なくなった。何せ、不条理な性能を有する機体に、比類なきステータスを誇る操縦者の組み合わせである。決定打に欠ける武装しかない死霊装兵に、原始的な攻撃手段しか持たないデモンゴーレムなど、どれだけ数が揃ったところでシュウとグランゾンの敵にはならないだろう。
「ラングラン州の隣で珍しいもクソもあるかよ」
「相変わらず口が悪い」
クックと声を潜めて嗤ったシュウがグランゾンの正面に
「てか、何してんだよ。お前。さっさと倒せばいいだろ」
マサキはシュウに尋ねた。
三十にも上る敵を正面にしながら、シュウがそれらに攻撃を加える気配はなかった。繰り返し
うっすらと口元に浮かぶ笑み。余裕綽々な彼の表情は、これから何が起こるのかを知り尽くしているようでもある。 きっと何らかの意図があって、目の前の一群を放置し続けているのだ。そう察しを付けたマサキは、シュウの後方、五キロほどの位置にサイバスターとともに陣取った。
「理由によっちゃ見逃してやらないこともねえ。さっさと答えろよ」
「ただ相手をするのも退屈でしたので、増やしてみたのですよ」
「はあ?」マサキは目を剥いた。
「グランゾンの新しい装甲のテストもしたかったですしね。ですから頃合いをみて倒すつもりではいますよ」
突拍子もない返答にも限度がある。お前なあ。マサキは苦々しく言葉を吐いた。
「セニアに余計な苦労をさせるのは止めろってあれほど」
「もう少し離れていた方がいいですよ。魔力の流れからして、まだ増えそうですからね」
シュウがそう口にした刹那、鈴なりとなっている敵の一群の奥に新たな死霊装兵とデモンゴーレムの一団が出現する。
「どのくらい増やすつもりなんだよ、お前」
「もう目的は果たしたので、倒してしまってもいいのですが」
「だったらさっさと倒せよ」
指名手配犯の自覚に欠けたシュウの大胆な行動の数々は、ラングランの中央省庁を大いに混乱させた。またぞろ彼はラングランを混沌に叩き落とすつもりではないのか……疑心暗鬼に陥った彼らによって突き上げを食らうのは、情報局の女傑。セニア=グラニア=ビルセイアである。あの馬鹿男――などと、悪態を吐きながら後始末に勤しむ彼女の姿を目の当たりにしてきたマサキとしては、今回の苦労も予見出来るだけに気が気ではない。
その八つ当たりの矛先が向くのは、いつだってマサキになのだ。
だが、シュウはそうした事情を知らないからか。ゆったりと言葉を継ぐ。
「どうせなら召喚システムも壊したいのですよ。そうすれば、暫くこの辺りの治安も安泰になるでしょう」
確かに。明かされた意図に納得したマサキは、サイバスターの
「何ならそっちを俺がやるぞ。お前のことだ。場所のアタリはもう付いてるんだろ」
「いえ。そちらはサフィーネたちに任せていますから大丈夫ですよ。ただ、もう少しばかり時間を稼ぐ必要があるかと思いましてね……」
「そうか。増援が出現する限り、システムが稼働してるってことだもんな」
ならばマサキに出来ることはひとつしかない。
シュウが今更嘘を吐くとは思っていないが、かといってこの大量の死霊装兵とデモンゴーレムを放置して去れもしない。世の中には万が一の可能性で発生してしまった悲劇の話が幾らでも転がっている。そうである以上、これだけの余裕をみせているシュウとグランゾンであっても倒されない保障はないのだ。
サイバスターを後ろに下がらせたマサキの視界の奥で、また新たな死霊装兵とデモンゴーレムの一団が出現する。まあ、お手並み拝見といくかね。それぞれ定位置に付いてモニターを見守っている二匹の使い魔にそう話しかけると、無駄ニャ時間ニャ気がするんだニャ。と、呆れきったような声が返ってきた。
※ ※ ※
ようやくサフィーネたちが召喚システムの在処を突き止めたのだろう。シュウが一群に反撃の狼煙を上げたのは、死霊装兵とデモンゴーレムの数が合わせて七十体を超えてからだった。
とはいえ、グランゾンの攻撃力と比べれば紙のような装甲値である。呆気なく付いた決着に、「世の中って無常だよな」シュウとグランゾンによる圧倒的な暴力を目の当たりにしたマサキは口にせずにいられなかった。
「あなたも人のことは云えないでしょうに」
「そうかね。俺はそこまで自分が化物じみてるとは思っちゃいねえが」
そのマサキの言葉に苦笑しきりでいたシュウは、サフィーネたちの戻りをここで待つつもりであるようだ。それまでの時間潰しの相手になれとでもいうつもりらしい。サイバスターの隣にグランゾンを並べてくる。
「俺の目的はもう済んだんだがな」
死霊装兵とデモンゴーレムが無事に倒されたのを見届けた以上、マサキがこの場に留まり続ける意味はもうない。シュウに外にに出ないかと誘われたマサキは、だから一度はそう云って断った。だが、自分本位な男はマサキの意思や都合などお構いなしだ。直ぐに済む用ですよ。そう口にすると一方的に通信を切って、先にグランゾンを降りてゆく。
「お前らはここで待ってろ。直ぐに戻る」
仕方なしにマサキはサイバスターを降りた。
グランゾンの脚部近くに立っているシュウの白きコートの裾が翻っている。草原を吹き抜ける風の所為だ――視界を塞ぎにかかる前髪を掻き分けながら、マサキは彼の許に向かっていった。
「あらあらあら、お久しぶりですね、マサキさん!」彼の肩にとまっているチカがけたたましく声を上げた。
「お前は相変わらず煩いのな」
「まあまあまあ。これでもあたくし三秒は黙れるようになりました!」
えっへん。と、そうでなくとも突き出た胸を更に突き出すチカ。彼の奔放な振る舞いには慣れているのだろう。無言でシュウがポケットの中からひと口大の包みを取り出す。
包装紙に書かれている商品名からしてチョコレートであるようだ。甘いものが不似合いな容姿の男にしては珍しいこともあるものだと様子を見守れば、「口を開けて、マサキ」包みを解いたシュウが、云われるがまま口を開いたマサキの目の前でチョコレートを
「何だ、お前。随分と古典的な嫌がらせをするじゃ――」
つ、と伸びてきたシュウの手がマサキの顎にかかった。次いで、重なる口唇。何が起こったのか理解が追い付かずにいるマサキの口の中に、シュウの舌がチョコレートを押し込んでくる。HappyValentine.口唇を離したシュウが、どこか勝ち誇った顔つきでそう口にした。
「地上の暦で今日はバレンタインだそうですよ、マサキ」
「その顔は気付いてなかったって感じですね、マサキさん!」
口の中のチョコレートが上品で芳醇な甘さを舌に伝えてくる。恐らくはそれなりに名の知れた店の品――そこまで考えてはっとなったマサキは、ひとりと一羽の顔を呆然を見遣った。悠然と佇んでいるシュウに、面白くて堪らないといった表情のチカ。マサキの様子に我慢が限界を突破したのだろう。うひゃひゃひゃ。チカが下卑た笑い声を上げる。
「まーさか、ご主人様がただ召喚システムを壊そうとしてただけだと思ってます? ぜーんぶ、策略! 数を増やせばマサキさん絶対に様子見に来るでしょ」
それにシュウは黙して語らず。「行きますよ、チカ」口の端を吊り上げてみせると、まだ何か云いたげなチカを肩に乗せたまま、グランゾンに姿を消した。
意味がわからない。
矢鱈と美味いチョコレートの味と、口唇に残るシュウの口唇の温もりが混ざり合う。そこで正気に返った。慌てて口唇を手の甲で拭ったマサキは、火照った頬を鎮める術を持たぬまま。まだ形を残しているチョコレートを舌の上でそろっと転がした。
(了)
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