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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

我欲、或いは欲望のバレンタイン(6)
ぱちぱち&メッセありがとうございます(*´∀`*)励みになります!
 
私、今、どうやらシュウマサに飢えているらしく、ひたすらふたりがだらだらしているところを書きたい症候群です。ということで今回で終わらないばかりか、まだだらだらしてます。(´Д`;)
区切りのいいところで、と思ったら更新分が短くなってしまいました。ということで本文へどうぞ。
<我欲、或いは欲望のバレンタイン>
 
 来年はもう少し手間のかかるレシピに挑戦しよう――そう決意して、マサキはトレーを片手にキッチンに向かった。シンクに溜まった洗い物を片付けて、夕方にはまだ少し早い時間。シュウとふたり、肩を並べて歩いて街に出る。
 先ずは市場《マーケット》へ。
 マサキはシュウでもメニューを組み立て易いものを中心に、一週間分の食材を選んだ。日持ちし易い野菜に少量の生野菜。缶詰、燻製肉……卵にパン、牛乳……片手で抱えるのがやっとの量の紙袋を、持つと云ってきかないシュウに任せて、少しだけその後ろについて歩く。
「この間あなたが作ってくれたカルパッチョですか? あれはよかったですよ」
「なら、明日の朝食はそれだな。レシピ書いといてやるよ」
「私でも作れるでしょうかね」
「俺が作れてなんでお前が作れないのかって話だよな。真面目にやりゃあできると思うのに」
 野菜と刺身をオリーブオイルとドレッシングで和えただけのサラダをシュウは気に入ってくれたらしかった。だったらついでと明日の朝食用に鮮度の高い食材を買い求める。その荷物はマサキが持った。
 次は本屋《ブックストア》へ。
 人出の多いメインストリートの一角、商品が日焼けしないように軒を長く取った建物の店先には、発刊したばかりの新聞やゴシップ誌が所狭しと並んでいる。その誘惑に勝てなかったらしい。「寄ってもいいですか」と、訊ねるより先に身体が店に向いているシュウから紙袋を預かって、「なるべく手短に済ませろよ」待つこと三十分ほど。
 いつ読むつもりなのかわからない分厚い書籍とゴシップ誌を片手に店を出てきたシュウに、紙袋を渡しながら滅多に読まないゴシップ誌を手にしている理由を訊ねてみれば、
「これはあなたの暇潰し用ですよ」
「今日ぐらいはそういったものの出番がない方がいいんだけどな」
 マサキが眉を顰めながら云えば、「明日の朝、私の起床が遅かったら、ですよ」笑いながらシュウが云う。含んだ物言い。その意味するところを悟るなという方が無理だ。
「……俺も多分、寝てるんじゃないか」
 日常をすべきことに追い立てられているふたりが、こうしてふたりきりで過ごせる時間を得られる機会は少ない。ましてや今日はバレンタイン。何もないままに眠るつもりがないのはマサキも一緒だ。
「きっとあなたは愚痴りながらも早く起きると思いますよ」
 躊躇いがちなマサキの返事にシュウは、いつも決まった時間に起きて、家事をさっさと済ませてしまうマサキの自分の家での過ごし方を振り返ったのだろう。けれども、それが幸福であるかのように、満たされた表情でそう云った。
 最後に広場《スクエア》へ。
 レストランに向かう途中。|流れ者《ジプシー》の一団が民族音楽に合わせて踊っているのを、足を止めて見る。高山地帯から流れてきたのだろう。彼らは一様に目に眩しい幾何学模様が刺繍された色鮮やかな衣装に、白く長い羽根飾りの付いたヘッド・ドレスを身に付けている。その胸元を飾る粒の大きいウッドビーズで作られたアクセサリーが、裸足でステップを踏む彼らの動きに合わせて大きく揺れた。
 広大な国土を誇るラングランでは、州によって文化が異なることも珍しくない。だからこそ物珍しく感じられる|流れ者《ジプシー》たちのストリートパフォーマンス。足を止めているのはマサキたちだけに限らない。人だかりのあちらこちらから投げ込まれるコインが、彼らのパフォーマンスの質の高さを物語っている。
「なんでダンスミュージックを聴くと身体を動かしたくなるんだろう」
「可笑しなことを。そうでなければダンスミュージックには成り得ないでしょうに」
「見てると踊れる気がするんだけどなあ」
「映画を見ていた時と同じことを云いますね。もしかして、マサキ。あなた、昨日あれだけ暴れたにも関わらず、まだ身体を動かし足りないと感じているのではないですか」
「誰かさんが気《プラーナ》をくれたからな。暴れた割には疲れてないんだよ」
 ドラムのリズムに合わせてマサキはつま先で地面を叩いた。踊りの輪の中にコインを放り込んだシュウの隣で、そこから三曲。曲が繰り返し演奏になったところで、そっと人垣を抜ける。
 そうしてようやく訪れた料理店《レストラン》。
 街に出てから三時間ほど。気が付けば宵の口を数えるまでになっていた。
 カジュアルにコース料理を楽しめる料理店は、平日だろうが食事時を外れようがお構いなしに人で溢れ返っている。ガラス張りの店内を覗いてみれば、案の定。今日も今日とて満員御礼な店内に、待つのが苦手なマサキは、いくら味が保証されているとはいえと尻込みしかけたものの、この店を気に入っているらしいシュウは、並んででもこの店にしたいのだときかない。
「どうせお前のことだから、酒の良し悪しで決めてるんだろ」
「まさか。食事ぐらいはきちんと味の良し悪しで決めますよ」
「確かにここの料理は美味いけどな」
「このレベルの料理を手荷物ありで食べられる店が他にあれば、そちらでもいいのですけれどもね。せめて今日ぐらいは安かろう不味かろうよりも、安かろう美味かろうを取りませんか、マサキ」
 幸い今日は並びの列がない。マサキたちの前で待っている客はひと組だけ。そのぐらいなら、とマサキは折れた。この時間帯にのんびりくつろぎながら美味しい食事をできる店はそうない。
「私は魚料理のコースにしますけれど、あなたは」
「俺もそれにしようかな。ああ、でもな。昼が軽めだったしな……」
 店先に置かれたメニューブックを眺めながら待つこと二十分ほど。悩みに悩んだマサキが肉料理のコースを頼むことを決めるのを待っていたかのように、タイミング良く店内から一気に数組の客が抜けた。
 
 
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