いつもぱちぱち有難うございます!
こんなご時世ですし、「暗いと不平を云うよりも、進んで明かりを付けましょう」をやりたいところではあるのですが、私の今週のシフトは中々に過酷なものとなっております。(五時間働く為に拘束時間が十時間ぐらいになる日が二日ほどあります)心苦しくはあるのですが、その点ご了承ください。
では本文へどうぞ!
<秘密>
「……どうしたんだ、お前は。それとも俺は、そんなに弱っているように見えるか」
ようやく剥がれたマサキの口唇に、口付けを終えたばかりとは思えない表情でファングが問いかけてくる。
厳めしくも思案深げな顔つき。憂いを帯びているようにも感じられる瞳がマサキを見下ろしている。その瞳に視線を合わせながら、したかったから――とマサキは云った。「何となくだよ。それ以上の理由はねえよ」そして、釈然としない様子のファングに、それも当然だと思いながら言葉を続ける。
「それより、お前こそ欲求不満なんじゃねえの。お前のことだ。跳ね除けられるんじゃねえかと思ってたけど」
「お前は何を考えてるかわからないな」
どうやら戯れに口付けられたと思ったようだ。仕方のないこととマサキは思えど、やるせなさも感じる。
昨日今日の付き合いではないのに、肉体的な接触がほぼないままにここまで来てしまった。ただ肩を叩く。それすら気後れさせる雰囲気がファングにはある。ましてやその口唇に触れるなど。それが突然にこれだ。ファングが訝しがるのも無理なきこと。かといって、他にどう云えばよかったのか。マサキにはわからない。
ファングともう少し踏み込んだ関係性を築きたい。マサキが求めているのはそれだけの筈だ。そこに肉体的な接触は不必要だろうに。なのに発作的にその口唇に触れたいとマサキは思ってしまった。それだけに留まらず、それを行動に移してしまった……。
「そういう返事が欲しかったんじゃねえけどな」
マサキが知りたかったのは、そんな衝動的なマサキの行動を跳ね除けるでもなく、あまつさえ応じてみせたファングの真意だった。けれども彼はそれを語るのを避けた。語るのを避けただけでなく、マサキを責めるような言葉を吐いた。
それがどういう意味を持つのか。
もしかするとマサキが知らないだけで、ラ・ギアスではディープ・キスは日常的な慣習なのかも知れない。プラーナの補給に身体的な接触が必要になるような世界だ。そのくらいの|文化的な差異《カルチャーギャップ》があってもおかしくない。それならわざわざファングが口にしなくとも、と思った理由も理解出来る。
けれども恐らくはそういった理由ではないのだろう。そもそもそういった慣習があるのであれば、いかに仲間同士で固まっている魔装機操者とて、長くラ・ギアス世界に身を置く身。誰かしらがそういった情報を仕入れてきている筈だ。それはつまり、他に理由があってファングは話を逸らしたことになる。
それをマサキは聞くのが怖かった。
怖かったからこそ、何事もなかった様子を装って、ファングに背を向けた。
「まあ、いいや。帰ろうぜ、ファング」
サイバスターに乗り込むべく足を進める。とにかく今日という今日は絶対にファングを休ませなければ……意固地な兄弟子の不調を回復させる為には、こちらも意地を張らなければならない。マサキはそう決心して、サイバスターの機体へと乗り上がった。
「今日は絶対に休んでもらうからな。ちゃんとお前が家に帰るか見届けてやる」
「子どもじゃないんだがな」
「大人ってのは、きちんと自己管理が出来る奴のことを云うんだよ」
機体を伝って頭部へと上がって行く。そして操縦席へと潜り込んだマサキに、やれやれとばかりにファングは首を振り、けれども何かを云い返せるような体調ではないということを認めたのだろう。ジェイファーの操縦席へ乗り込むべく、その機体に足をかけた。
精勤が常な男は自らに与えられる仕事の数々が趣味のようなもの。そうである以上、期待はしていなかったものの、上がり込んだ先にあった物の見事に娯楽要素に欠ける部屋に、ある程度予想をしていた筈のマサキは盛大な溜息を洩らした。
精勤が常な男は自らに与えられる仕事の数々が趣味のようなもの。そうである以上、期待はしていなかったものの、上がり込んだ先にあった物の見事に娯楽要素に欠ける部屋に、ある程度予想をしていた筈のマサキは盛大な溜息を洩らした。
寝室兼リビングに、ダイニングを兼ねたキッチンには最低限の家具だけが置かれている。服を収めるタンスにベッド。食事用のひとり掛けのテーブルとこじんまりとした食器棚。冷蔵庫や洗濯機、ニュースを確認する為の小型のテレビはあれど、他には雑誌の一冊もない部屋。社会情勢を知る為だろう。デイリー紙は取っているようだが、多忙な日々に合っては読む時間がないのだろう。手つかずで部屋の隅に積まれている。
「こういう生活だろ。お前の不調の原因ってのはよ。お前、飲む以外の娯楽ってねえのかよ」
休むのを見届けるという大義名分の下に上がり込んだファングの家。身体を休める以外の機能を持たないその部屋の在り方に、自身も余り趣味を持たない人間であるものの、マサキとしては物を思わずにいられない。
そもそも仕事しかない生活など、ずっと送っていて身体にいい筈がない。気分転換は重要だ。仕事以外の時間が充実うしているからこそ、英気は養われるものである。まさかそれを説いてやるとこからスタートになるとは。思っていなかった事態に頭を抱えそうになりながらも、この部屋の状態で説かずに済ませろというのは無理だ。マサキは困惑しきりながらも覚悟を決めた。
何日かは家に籠っても生活出来るようにと、帰りがけに買い出した食料品の数々――マサキが何度も煩く云って買わせたものを、冷蔵庫に収めているファングはそんなマサキの台詞を聞いているのかいないのか。「こんなに食料があっても、調理しきれる自信はないんだがな」などと呑気にも愚痴めいた言葉を吐いている。
「ファング」咎めるようにその名を呼べば、気まずくは感じているらしい。
「だから云った筈だ。俺の部屋など何もないに等しいと」
「趣味を持てよ、お前」マサキは部屋の片隅からデイリー紙を取り上げる。
「見ろよ。読んだ気配もねえじゃねえか。お前にとって家って何なんだよ」
「寝る場所だな」
あっさりと云い切られてしまっては、その用途も知れる。食う、寝る、シャワーを浴びる。恐らくは本当にそれ以外の用途で使っていないに違いない。常々仕事が趣味のような人間だとは思ったはいたが、ここまでとは……呆れればいいのか、怒ればいいのか、それとも笑うしかないのか。マサキは自分がどう感情を表せばいいのかわからず、微かに眉を顰めるに留めた。
「寝る以外のことにも少しは使え」
「寝る以外にどうやって部屋を使うのかが良くわからん」
面白味に欠ける男ではあるが、ここまでとは。笑いながら云ってのけるファングに、ただただ溜息しか洩れ出ない。
「くつろいだりしねえのかって話だろ。テレビを見たり、新聞を読んだり、趣味に興じたり」
マサキは云って、再度室内を眺めた。
テュッティやプレシアの手が入っているからか、適度に華のある自分の部屋。それとは大きく様相の異なるファングの部屋。観葉植物のひとつでもあれば、大分部屋に彩りが出るだろうに。
男の独り暮らしというのは、本来こういったものであるのだろうか。他人の家に上がり込む機会のあまりないマサキにはわからないが、他の魔装機操者たちの趣味や娯楽に興じる姿を見ていると、恐らく彼らの部屋はここまで殺風景ではないだろうとは思う。
「来客用の椅子すらねえ。外でばかり飲まずに、偶には家に誰かを招いて飲むとかよ。気分転換をしたらどうなんだ」
「趣味だの気分転換だの云われてもな。剣を振り、酒を飲む。それだけで充分気は晴れるものだろう。違うか、マサキ」
「仕事と地続きなんだよ。お前のそれは」
飲むにしても近衛騎士団の連中とだったり、魔装機操者の連中だったりと、話を聞く限りファングの人付き合いの幅は狭いようだ。命を預け合う関係だけあって、兵士や戦士たちの付き合いは密になり易い。とはいえ、プライベートがそのまま仕事の延長になることも珍しくない人間関係。そこに気の休まる暇があるとはマサキには思えない。更には剣を振るのが気分転換になるとまで云われてしまっては。
ようやく食料を冷蔵庫に収め終えたファングは、振り返ってマサキが床に座っているのを見て、思うところがあったようだ。「クッションぐらいは用意しておくべきだったな」そこで初めて困った表情を見せた。
「そういうことだって云ってんだよ……」
巫山戯ているのではないとわかっていても、気が抜ける。脱力しきりでマサキはそう呟いた。
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