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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

wandering destiny(6)
番組の途中ですが、そろそろこちらも少しは進めないといけないと思ったので。

ところでちょっと聞いてくださいよ。私、悟りを開いちゃったかも知れないんですけど、世の失恋ソングって全部白河ソングたと思いません!?(前のめり)いえ、私は白河を失恋させたい訳じゃないんですけど、その諦観や絶望の極致から這い上がる白河は美しいなと!!!!!!

それだけです。今回もあまり話は進んでません。←
多分、白河が地上に出るのは次々回くらいになると思います。よろしくどうぞ!



<wandering destiny>

 午後の明るい太陽が、|屋根の張り出し部《コーニス》にハレーションを起こしている。
 眼前に建ち並ぶドーリア式の柱。細かな意匠が施された|主梁《アーキトレーブ》が美しい。陽光に清く照らし出されしソラティス神殿は、中天に届かんばかりに高く聳え立っていた。
 シュウは内庭から神殿を回り込んで神官部屋へと向かった。
 開かれた造りの神殿ではあるが、祭祀が行われることは滅多にない。ラングランの主教である精霊信仰は、最早、布教を必要としないレベルでラングラン国民に浸透している。そうである以上、ラングランにおける神殿の役割は、祭祀施設ではなく、信仰の|象徴《シンボル》的な意味合いが強くなる。
 何といってもゲートを擁する重要施設である。神官が伝道者であるよりも管理者であることを求められるのも、そういった背景があってこそ。故に、神官イブンが定められたルーチン以外の行動を起こすことは滅多にない。シュウが拝殿に上がらずに神官部屋を目指したのはだからでもあった。
「入りますよ、神官イブン」
 神殿との調和を乱さぬ外観。神殿の脇にひっそりと建つこじんまりとした建物の扉をシュウは叩いた。
 入れ。と、闊達ながらも威厳を感じさせる声が返ってくる。扉を開いたシュウは室内へと足を踏み入れた。
「久しぶりですね、イブン」
「あまり顔を合わせたい相手でもないからの」
 老練な女傑は数多の動乱を経験しながらも、今尚健勝だ。微かに口元を歪めながら、冗談とも本気ともつかない挨拶を飛ばしてくるイブンにシュウは肩を竦めた。
「これは手厳しい」
「お主らは用がなければ儂の許を訪れようとせん。むしろ優しいくらいじゃろうて」
 そう口にしてカカカと笑い声を上げたイブンに、シュウは昔馴染みゆえの気安さを感じずにはいられなかった。
「ゲートの用意にはまだ時間がかかるぞ」
「知っていますよ」
 壁を占拠する重厚な造りの書棚。生活に必要な家具は隅に追いやられている。
 書棚の中には厚みと高さのある書がずらりと並ぶ。軽くタイトルを眺めるに、大半は精霊史であるようだ。その中の一冊を彼女は紐解いていたのだろう。
 部屋の中央にて幅を取っている大理石のテーブルの上に広げられた大判の書。周囲には羊皮紙が散乱している。
 神官が管理者としての役割を強く求められる立場であるのは間違いないが、同時に信仰における求道者であることに違いはない。練金学が成熟したこのラングラン社会が、精霊信仰と共存してゆく上でどうあるべきか。宗教学的見地から彼女は絶えず分析を続けている。
「待つなら西の小屋を使うんじゃな」
「では、遠慮なく――」シュウはテーブルに向き直ろうとするイブンを呼び止めた。「といきたいところですが、あなたにも話を聞きたいのですよ」
「なんじゃ。儂の話を聞いても何の参考にもならんぞ」
 物事に熱中すると世間が煩わしく感じられるのは研究者の欠点のひとつであったが、イブンもまたそれに準ずる性質の持ち主であるようだ。僅かな時間も惜し気にテーブルの上から羊皮紙を取り上げた彼女に、直ぐ済みますよ。シュウは笑いかけた。
「ここに来る前に、魔装機神操者たちを尋ねました。ミオは不在でしたが、テュッティとヤンロンからは話を聞けています。マサキの様子に特段の変化がなかったのは知っていますが、亀の甲より年の劫とも云うでしょう。あなたの目であれば、また違った発見がしているかも知れないと思いましてね」
「余計なことに首を突っ込むのはお主の悪い癖じゃな」
 生きた年齢の分、肌に深く刻み込まれた皺。そうでなくとも厳めしい顔付きが、いっそうその色を濃くする。凛と良く通る声で、ぴしゃりと云い放ったイブンに、けれどもシュウは穏やかだった。
「自らの利になることにしか、私は手を出しませんよ」
「どうじゃか」
 テーブルの片隅に置かれている老眼鏡。干からびた手がつるに伸びる。
「最近のお主の行動は至って感情的なように儂には思えるがの……まあ、人らしくあろうとするのであればそれも良し。演算機のように正しい答えしか口にしなかったお主と比べれば、まだ可愛げがあるしの」
 厚いレンズの奥から覗く小さな目が、横目でシュウを窺っている。
 理性的なラ・ギアス人の中でも、特に理性に秀でた者。精霊信仰を国教とするラングランでは、彼らは神官として重用された。何と云っても、地上と地底世界を繋ぐゲートの管理という重要な任務に就く立場である。
 決して私情に流されることのない堅固な意志。
 理性を宗教でコーティングしているのが、彼ら神官。不動の意思と鋼の価値観を持つ人間である。
「とはいえ、儂の目をもってしても、あの小僧が戻って来ない理由は見抜けぬ」
「それだけ普段通りだったと」
「そういった人間ほど、突発的な行動に出易いという意味であれば、心当たりがないとは云えぬがのう」
 そこで表情を和らげてかっかと笑ったイブンに、シュウは成程と唸らずにいられなかった。
 それは、これまで幾人もの人間をゲートから迎え入れ、また送り出してきたイブンであっても予想外の出来事であったということを示していた。いつも通りに任務をこなす気で――いや、むしろセニアの気遣いを有難迷惑ぐらいに感じていたらしいマサキ。彼が行方をくらました理由は、この地底世界にはない。五里霧中な中を手探りで進んでいるようだ。シュウは手掛かりのなさに軽い絶望を感じた。
 ヤンロンの証言と併せて考えてみるに、十中八九、マサキは地上で生じたよんどころない事情により姿をくらましているのだろう。それがシュウの心に暗い影を落とす。これだけ長い付き合いでありながら、シュウは彼の口から地上時代の話を聞いたことがない。そう、今のマサキ=アンドーを作り上げるに至った一番核《コア》な部分であるにも関わらず。
 シュウにとってはブラックボックスでもあるそこに、果たして今の関係値で手を付けてもいいものか。
 知らずに済ませられることであれば、知らずに済ませたい。それは、シュウ自身も触れられたくない過去を有しているからこその、最大限のマサキへの敬意の表し方でもあった。彼が語らぬものを、私の勝手で暴いてはいけない。けれども――と、シュウは胸に浮かんできた彼との過去の思い出に、悪魔の囁きを耳にしたような気分になった。

 ――そんなに見たかったですか。私の日記が。
 ――見たくなかったって云ったら嘘になるな。

 シュウが何を考えていたのかを知りたかったと口にしたマサキ。彼はその浅慮な思考で、シュウの極めてプライベートな記録である日記に手を出そうとしたのだ。そこに、マサキへの剥き出しの感情をシュウが綴っていたとも知らずに。
「わかりました、イブン。ゲートの起動には、あとどのくらいかかりそうですか」
 浮かんでしまった恐ろしい考えを打ち消すように言葉を継いだシュウに、イブンはマサキを探す上での手掛かりがないことに対して焦りを感じていると受け止めたようだ。そう急がずとも、成すべきときにことは成す。と、前置きした上で、明日の早朝には稼働させられるだろうと言葉を返してきた。






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