クリスマスのお品書きにつきましては、リクエストを求めた記事にてご確認ください。
拍手、有難うございます。愉しんで頂けていれば幸いです。
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<X'masMarket>
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一昨年のシュウに教わり、そして昨年、九歳のシュウに教えたクリスマスの菓子。ドーム型のバターケーキにぎっしりとドライフルーツが詰まったクグロフと、バニラの香り漂う三日月型のクッキーのバニレキプファルン。他のメニューはさておき、このふたつだけは絶対にクリスマスディナーの食卓に揃えたい。
シュウとマサキ。ふたりにとっての思い出の菓子を買い求めに、一昨年のクリスマスにシュウと顔を合わせた街を訪れたマサキは、建ち並ぶ洋菓子店の前で偶然にもヤンロンと出会《でくわ》した。
「何だ、お前も結局パーティか」
既にクリスマス休暇に入ったマサキとしては、今年も例年通りに魔装機の操者たちでクリスマスパーティをする予定らしい彼らとは、出来ればニューイヤーが過ぎるまでは顔を合わせたくなかったのだが、これから店に入ろうとしている所で出てきたばかりのヤンロンと顔を合わせてしまったのだから仕方がない。出会い頭の事故のようなものだと自分に云い聞かせつつ、何で王都から離れた街で会うかね。マサキがそう口にすれば、案の定と云うべきか。気軽に頼みごとを引き受けてくれるマサキがパーティに不参加となったことで、その皺寄せがヤンロンにいっているようだった。
「あれも買って来い、これも買って来いとテュッティが煩くて敵わん」
「そりゃまあ、女たちは料理の準備に忙しいだろうしな」
「しかし、こんなに菓子が必要とは思えんのだがな」
代わり映えのしない無表情で、既に片手に下げる程の量になっている焼き菓子が詰まった袋を持ち上げてみせたヤンロンは、まだ何の荷物も手にしていないマサキに、少し分けてやる――と、必要な菓子の希望を尋ねてきた。
「パーティが終わって残った菓子はテュッティがひとりで全部食っちまうんだよ。クリスマス菓子は日持ちするものが多いしな。けど、それを俺が貰っちまっていいのか? そんなに量はいらねえし、普通に店で買うぜ」
「最終的に総勢何名になるかわからないパーティだしな。頼まれてのこととはいえ、店の殆どの焼き菓子を買ってしまった。お陰で店内は他の客に申し訳が立たん惨状だ。お前もここの店の焼き菓子が必要でここに足を運んだのだろう。だったら遠慮はいらん。好きに持って行け」
「優しいことを云ってくれるじゃねえか」
一昨年にマサキがこの店の焼き菓子を、クリスマスパーティの為に買って帰ったことを覚えていたのだろう。その焼き菓子をテュッティが気に入ってくれたらしいことを嬉しく思いながらも、マサキにはマサキでこの店の焼き菓子でなければならない理由がある。少しぐらいなら迷惑にならないだろうと、ヤンロンの申し出に従うことにしたマサキは、目的であるクグロフとバニレキプファルン、それにシュトーレンといったクリスマス菓子として食べられている焼き菓子を数点ばかり譲り受けることにした。
「ここでお前と会えて良かったよ。クグロフとバニレキプファルンだけはこの店で買いたかったんだ」
「いいクリスマスを過ごせそうか」
「まあな。休暇を取った分ぐらいは楽しんでくるぜ」
クリスマスディナーの食卓には、食べきれない程に料理が並んでいる方がいい。それをテュッティがするように、ニューイヤーまで時間を掛けて少しずつ消化してゆくのだ。
「お前らは今年もクリスマスからニューイヤーまでパーティか」
「当たり前だろう。僕としては春節にこそパーティをして欲しくあるのだがな」
思い出の店の思い出の焼き菓子を手に入れたマサキは、貰うものだけ貰って直ぐに立ち去るのも態度が悪いと、そこから少しだけヤンロンと話をすることにした。彼はマサキのクリスマス休暇が他人とのクリスマスを過ごすのに使われると見越しているらしかったが、その相手には全く興味がないようだ。お前がいなくなってから、テュッティの注文が増えた。と、クリスマスパーティの料理に拘りをみせているらしいテュッティの話をヤンロンがすること暫く。何かを深く詮索されることもなく過ぎた時間にマサキは安堵しつつも、そろそろ昼下がりも過ぎようとしている。このまま立ち話に興じていられるほどゆっくりしている時間もないと、再びクリスマスの買い出しに戻ることを決めた。
そろそろ――と他の店に立ち寄るべくヤンロンに別れを告げたマサキに、ヤンロンも準備に追われているからだろう。ああ、では年明けにな。そうあっさり話を終わらせると、次の店に向かうべく背中を向けたマサキに、
「いずれお前も僕らのパーティに来るがいい――と、シュウに伝えておけ」
驚いたマサキが振り返ると、気忙しい中国人は既に人波の奥。後ろを振り返ることなく荷物を片手に街の外れへと向かっている。それを呼び止めようかマサキは逡巡したものの、結局止めた。他人に余計な興味関心を向けることのないヤンロンは、きっとマサキが考えているほど、ふたりの関係について物思ったり患ったりはしていないのだろう。
そうである以上、何を話す必要もない。不愛想な男はマサキよりも上手なのだ。
それでも思いがけない出来事には違いなく。
昨年、過去のラングランに時間旅行《タイムトラベル》をするのにウエンディに打ち明けていたこととはいえ、それを彼女が他の操者に口にするとは思いもよらないことだった。この調子ではテュッティ辺りも怪しい。何処まで誰が知っていやがるんだ。マサキは頭を掻きながら、全く――と呟いた。そうして、気恥ずかしさに染まった頬を腕で隠しながら、次の店の入り口を潜った。
いつからかはわからないが、知っていてずっと、ヤンロンはマサキを気遣って黙っていてくれたのだ。
リューネやウエンディといった自分に好意を寄せている女性たちではなく、シュウとのクリスマスを選んだマサキに、本音では云いたいこともあったに違いない。それを微塵も表に出さず、あまつさえ受け入れるとヤンロンは云ってみせたのだ。これに有難みを感じない程、マサキは子どもではない。
誰に隠すこともなく、誰に臆することもなく、ゲストとして彼らのパーティに参加する日が来る。有り得そうになかった未来が、直ぐ手が届く未来となりつつある。ヤンロンにかけられた言葉を噛み締めるように反芻しながら、マサキは棚に並べられた焼き菓子の中から買うべき品を選んで行った。
パネトーネ、ルッカセット、ミンスパイ、ベラヴェッカ……目に付いたクリスマスの焼き菓子をふたり分ずつ、メモを確認しながら手早くトレーに取ってゆく。先程ヤンロンに分けて貰った焼き菓子のお陰で、買い足す品はそれほどなく済みそうだ。あっという間にトレーに満載になった焼き菓子を眺めながら、買い漏れがないかの確認を終えたマサキはレジへと向かう。
―――お買い上げ有難うございます、風の魔装機神の操者様。
既にラングラン国民に広く顔を知られているマサキは、その立場で声を掛けられることも多い。呼ばれ慣れた立場に少しばかり擽《くすぐ》ったさを感じながらも、それこそが自らが導いた平和の証でもある。来年も頑張ろう。クリスマスの先に待つ新年に思いを馳せながら会計を済ませたマサキは、次はクリスマス料理の購入とサイバスターに戻ることとした。
夕餉の時間も近くなった街は、その買い出しに出てきた人々で溢れていた。その人波を潜り抜けるようにして街外れに出る。二匹の使い魔は悪さもせずにきちんと留守番の役目を果たしているようだ。スカイブルーに染まった空を背景《バック》に聳《そび》え立つサイバスターの姿に、マサキは今しがた購入してきた荷物を掲げてみせた。
瞬間的に浮いた身体が、コントロールルームに飲み込まれる。どうやら二匹の使い魔は午睡を貪っていたようだ。主人の帰還を寝ぼけまなこで迎えた彼らは、欠伸を噛み殺しながら、
「次は何処に行くんだニャ?」
「留守番もそろそろ飽きて来たのね」
すべきことがあるとはいえ、長くサイバスターのコントロールルームに身を置いていることに、二匹の使い魔はストレスを感じ始めているようだ。それをもう少しの辛抱だと云い聞かせて操縦席に身体を沈めたマサキは、ポケットの中から取り出したメモを改めて確認《チェック》した。
ローストターキーを筆頭に肉料理や揚げ物といった料理は出来合いを買い求めるとして、サラダやスープぐらいは自分たちで作りたくあった。まだ手に入れられていないジンジャーマンクッキーやブッシュ・ド・ノエルも、材料さえ揃えば作るのにそんなに手間はかからなさそうだ。何せクリスマスディナーまでは、まだ丸一日もの時間が残っている。さして手の込んだ料理をしない男ふたりでも、時間をかければ見れるものは作れるだろう。
そういった料理や材料を入手するのに、買い物の場を何処に求めるべきか。マサキは悩んだものの、こういった時こそあの巨大マーケットが役に立つ。
「王都に行くぞ」
「誰かと会ったりしちゃうんじゃニャいの?」
「厄介事にニャって困るのはマサキニャのよ」
仲間とのクリスマスパーティを欠席している立場だということが気にかかっているようだ。気を回して忠告してくるシロとクロに、もうバレた後らしいぜ。そうとだけ告げたマサキは、ええっ!? と、驚きを露わにしている二匹の使い魔をそのままに、サイバスターの起動準備《セットアップ》に取りかかった。
コマンドを打ち込んで、起動プログラムを走らせる。緑色の明かりが一斉にモニターに灯り、やがて動力炉が低く唸り声を上げる。暖気の回るコントロールルーム。シート越しに伝わる振動が心地いい。マサキは静かに息を吸い込んで、自らの愛機と意識を通じ合わせ始めた。
―――これが終われば後はシュウの許へ向かうだけだ。
ない商品はないと謳われるまでに様々な店が軒を連ねる城下町、ラングランの平和と繁栄の象徴たる王都ならば、マサキの望みも叶うことだろう。ショッピングモールで迷わずに目的を遂げられたマサキは、この時少しばかり調子に乗っていたのやも知れない。コントロールキーを叩いて旋回すると北へ。風を切ってサイバスターを疾《はし》らせながら、いよいよ終わりも近付いたクリスマスの買い出しに、疲労も心地良く。賑やかな二匹の使い魔とともに、いよいよ王都に向かっての出立とラングランの平原を駆けていった。
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