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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

2022X'mas「SilentNight.(了)」
最終回です。一部、細かい改稿を加えた部分の影響があります。

今回のリクエストは「雪を見に行くシュウマサ」「温泉に行くシュウマサ」でした。リクエスト有難うございました。欲に走りましたが、楽しく書かせていただきました。

残すリクエストはあと一本。バレンタインまでには終われるように頑張ります。
では、本文へどうぞ!
<SilentNight.>

 幾度も身体を“念入りに洗われた”果てに、ようやく訪れた入浴の瞬間。迷わず外へと出たマサキは露天風呂の中、浴室の後始末を済ませたシュウに身体を抱かれながら、至福の時を過ごしていた。
「すっかりこうされるのにも慣れて」
「誰が、慣れさせたんだよ……」
 私の所為? 今更に厚かましくも尋ねてくるシュウに、当たり前だろとマサキは云って、今日はもうやらないからな。まだまだ名残り惜しそうにマサキの乳首を撫ぜているシュウに宣言する。わかっていますよ。本当にわかっているのかいないのか。云った側からマサキの首筋やら項やら耳の付け根やらに口付けてくるシュウに、風呂ぐらい大人しく入らせろよ。マサキは口を尖らせた。
 いつものこととはいえ、情熱に限りない男の後戯。こと今日に至っては、旅先にいるという解放感も手伝ってか、普段以上にしつこくマサキに触れてきたものだ。あなたに触れていると安心するのですよ。言葉も巧みにマサキの身体に触れる許可を得ようとするシュウに、俺が変な気分になるんだよ。マサキは憮然とした表情になる。
「なればいいでしょうに。明け方まではまだ時間がある。あなたの求めになら幾らでも応えてみせますよ」
「大して風呂に入れないまま、俺にへばれって? 冗談じゃない。温泉だぞ、温泉。この熱い湯をゆっくり愉しませてくれないっていうなら、即座にここから追い出すからな」
「恐ろしいことを云う」
 流石にマサキと離れるのは嫌とみえる。腰に腕を回すだけとなったシュウに、ようやくこれで落ち着いて、温泉の柔らかい湯の温もりを味わえるとマサキはひと心地。彼の肩に首を預けて、風情ある坪庭を眺めながら暫く。ゆっくりと温泉に浸かる。
 ねえ、マサキ。マサキの額に張り付いた髪をそっと除けて、肌に口付けを落としてきたシュウが、口唇を残したまま言葉を口にする。この旅行が終わったら、一緒に暮らしませんか。どんな愛の告白よりも甘い囁き。シュウのいきなりの誘いかけに、驚きと歓びが同時にマサキの胸に訪れた。
 けれどもマサキは素直には頷けなかった。ひとつだけ、気掛かりなことがあったからだ。
「何だよ、突然」
「云ったでしょう。愛する人が欲しかったとね」
「だから手に入れたいって? 今更だろ」
「あなたのそうした本音が漏れ伝わる言葉遣いが私は好きですよ、マサキ。とうにあなたは私のものでいてくれている訳だ。ですが、マサキ。私はね、そのあなたが側にいる生活をしたいのですよ」
 う、とマサキは言葉を詰まらせた。照れが先に立って云えずにいることを、この頭脳明晰な男はその聡明さで言葉の端々から読み取ってしまう。それ自体は決して悪いことではない。マサキとてそうした気持ちがあるからこそ、クリスマスという年の瀬押し迫った多忙な時期に訪れるイベントを、シュウとふたりで過ごしているのだ。
「私はサフィーネやモニカ、そしてテリウスという新しい家族を得た。ならばその次は? 過酷な環境に身を置かざるを得なかった私にはどうしようもない欲があるのですよ、マサキ。人並みの幸福を獲得したい。ひとりの幸福とふたりの幸福。どちらにも良さがあり、どちらにも悪さがある。比べるべくもないその幸福のどちらを選ぶかと聞かれたら、私はそれでもふたりの幸福がいいと答えるでしょう」
 優しい腕がマサキの身体を強く引き寄せてくる。壊れ物を扱うように、けれども確かな力で以て。
「あなたにいて欲しいのですよ、マサキ。新しい私の家族として。それは嫌?」
「嫌じゃねえけど、でも、今直ぐには無理だ」
 どうして? と穏やかに尋ねてくるシュウに、マサキは静かに言葉を吐いた。せめてプレシアがもう少し大きくなってからだ。
「とうにあいつは成人を迎えてる。でも、俺にとっては大事な家族だ。あいつにとってもな」
 そうっとシュウの態度を窺うようにその顔を覗き見れば、柔らかな眼差しがそこにある。マサキは更にシュウの顔を覗き込んだ。彼の瞳の中に映っている安藤正樹の表情は、マサキ自身も驚く程に無防備であどけない。
 それだけマサキは白河愁という男に気を許している。
 側にいたい。離れたくない。月日を重ねるごとに増す愛おしさは、マサキのシュウに対する気持ちをここまで成熟させた。それがマサキには誇らしく感じられるからこそ、それに傷を付けるような真似だけはしたくないと思うのだ。
「お前の云いたいことはわかるよ、シュウ。俺だってお前の側にいられるならずっといたい。けど、そしたらプレシアはどうなる? お前と一緒に住むのはいい。だけど、それはあいつに新しい家族が出来るのを見届けてからだ」
 それに深く頷いたシュウが、時期尚早でしたねと呟いた。あなたの事情を失念していましたよ。続けて重ねられた言葉に、けれどもマサキは首を振った。ちょっと待つだけのことだよ。そう遠くない未来だ。
「来年は皆でパーティをしようぜ。サフィーネたちも連れてさ、魔装機の連中と」
「いいですよ。したいことは全てしました。あなたの望みがそれであるのでしたら、私はそれに付き合うまで」
 四年間ふたりきりで過ごしたクリスマス。ふたりでディナーを口にし、クリスマスの準備に奔走し、そして訪れた移動遊園地。あの讃美歌の美しい響きをマサキは一生忘れることはないだろう。
 マサキもシュウとふたりでしたいことはし尽くした感がある。
 だから今度こそ、最後にして最大の望みを叶えよう。
 プレシアがいて、リューネがいて、ウエンディがいる。魔装機の操者たちも、サフィーネたちも、全員がそこに顔を揃えている。そのパーティの席にシュウとマサキはふたりで立つのだ。他の誰でも良くはなかったのだと、自分たちの関係を誇る為に。
 眩いものを見ているようなシュウの瞳に、マサキはその想いを読み取った。彼もまたその未来に想いを馳せているのだ。シュウとマサキ。因縁めいた関係から、共闘する間柄へと。関係を変え続けたふたつの輪。それはもしかすると、将来的にはひとつの塊となるのやも知れない。
 楽しみだな。マサキの言葉に、ええ、と感慨深げな声。ようやくここまで来た。そう呟いた彼は、次には少しばかり悩まし気に言葉を口にした。
「けれども来年のことよりも、先ずは目先のバカンスをどう過ごすかですね。明日は何をしましょうか、マサキ。ゲレンデでスキーにしますか。それともスノーボード? ジェットスキーも出来るそうですよ」
 何ならソリに乗りますか。最後にそう茶化すように付け加えたシュウに、マサキは即座に言葉を返す。
「明日はかまくらを作ろうぜ。中で一緒にココアを飲むんだ」
 思えば作ろうと声をかけたものの、雪だるまを完成させたところで力尽きてしまった今日の雪遊び。だったら明日はその続きからだ。マサキは思いを新たにした。これこそが日本に出自《ルーツ》を持つ男に、日本で生まれ育ったマサキがしてやれる数少ないこと。日本らしい雪の世界を見せる。彼はその世界にどういった感想を持つことだろう? それがマサキには愉しみで仕方がない。
「構いませんよ。ですが、私でも作れたものですかね」
「雪をひたすら固めてりゃなんとかなるだろ」
 マサキは笑った。自分だって初めて作るかまくらなのだ。失敗しようがそれもいい思い出だ。
 それに雪なら腐るほどある。露天風呂の空から覗く、まだまだ降り注ぐ雪。流石は温暖な気候のラングランで雪景色が望めるスポットだけはある。定期的にぱらつく雪は、白く染まった景観を、より深き幽玄の世界へと誘ってゆくことだろう。
 貴族連中にいい思い出のないマサキだったが、好きが高じて彼らが金にあかせて作った施設も、歴史の転換によってこうして役に立つ日が来たものだ。悪くない。マサキはシュウに背中を預けたまま、露天風呂の中で手腕を伸ばした。
 かまくらでのんびりと過ごした後は、ロッジの上にあるゲレンデでウィンタースポーツに興じてもいい。ひたすら温泉に浸かるのもいい。ロッジでシュウが読書に興じる脇で、惰眠を貪るのだって自由だ。マサキはこれからニューイヤーまで続く休暇に、様々な想像を巡らせた。
 そしてシュウを振り仰いだ。
 静かな笑みを湛えてマサキを見下ろしているシュウの口唇が、マサキとその名を呼ぶ。誰よりも深い満足と、誰よりも温かなぬくもり、そして誰よりも大きな愛情をマサキに与えてくれる男は、そうしてこう言葉を紡ぐのだ。
「好きですよ」
「俺だって」
 当たり前の感情を改めて伝え合うことの悦びを教えてくれた男の腕の中で、マサキもまた静かに微笑んで、
 ―――お前に負けないぐらいに、俺もお前のことが好きだよ。
 降りしきる雪の中で温泉に浸かりながら、マサキはこの白い粒を珍しいものとして眺めている男の胸中を思う。食い入るようにして雪景色を見詰めていた彼の横顔は、新鮮な感動に満ち溢れていた。どんな些細な謎であろうと、識《し》ることに悦びを覚える男。シュウ=シラカワ。彼にとって明日もまた新しい発見に満ちた一日であるといい。
 ―――最高のクリスマスプレゼントですね。
 雪山でのクリスマス。シュウと過ごす四度目のクリスマス。マサキの今年のクリスマス休暇は、こうして幕を開けていった。


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