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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

2022X'mas「SilentNight.(2)」
あまり時間がないので、投下するものを投下して今日はもう寝まする。
ご都合主義に溢れた話になっていますが、私の話ではいつものことだと受け流してくださると嬉しいです。

では、本文へどうぞ!
<SilentNight.>

 ラングランからサイバスターを駆って州を跨ぐこと数時間。今年も律儀に通達を出したセニアの勧めに従って、シュウの現在の居所に一番近い軍の駐留地にサイバスターを預け、シュウと最寄駅で合流後、列車に揺られること数時間。王都からは北西に位置する山岳地帯の手前で降り、ロープウエイを使って山を上った。
 徐々に大地を白く染め上げる氷の粒。標高が上がれば空気の温度が下がるのは、地上も地底も変わらないようだ。ロープウエイの終点に着く頃にはすっかり足元を埋めるまでとなった積雪に、喜ぶよりも防寒対策が先と、マサキはセーターとダウンのジャケットを着込んだ。
「そりゃあこの気温差じゃ、物好きでもなきゃ来ないよな」
 マフラーと手袋を嵌めて発着場に降り立つ。寒い。温暖な気候に慣れてしまった身体には堪える寒さ。マサキは隣に立つシュウを見上げた。なあ、シュウ。その言葉に返事はない。人生でも数少ない経験の雪景色を目の前にした男は、どうやらマサキとは異なり、今自分が置かれている状況に興奮を覚えているようだ。白い息を吐きながらも、食い入るように目の前の景色を眺めている。
「そんなに珍しく感じるもんかね、この景色」
 雪被る木立ちの合間に、ぽつりぽつりと建物が見える。丸太を組み上げて作られたロッジ。それはこの土地に観光客を呼び込む為に、とある貴族が作ったものなのだそうだ。
 温暖な気候が常なラングランでも、珍しく一年を通して雪が見られるスポット。物珍しさも手伝ってこの土地に別荘を建てたその貴族は、内乱後、立憲君主制となったラングランで、貴族という地位が形骸化してゆくに従って、自活の道を探らねばならなくなったのだという。内乱後の貴族という存在は、かつてその地位についていただけで得られた恩賞の数々を失ってしまった。称号は残ったものの、それにも以前のような栄誉はない。このままでは財産を食い潰すだけ。考えた彼は、彼自身がこよなく愛するこの土地を観光地化することに決めた。
 幸い彼は、ここでの生活を愉しむ為の投資を済ませていた。山登りを楽に済ませる為のロープウエイの架設、湯治をする為の温泉の掘削。雪山でのスポーツ活動に必要な開けた雪原を得る為の木々の切り倒し。他に必要なものがあるのだとすれば、観光客が身を休める宿泊施設のみというぐらいに、彼は既に充実にした設備をこの土地に整えていた。
 だからこそ彼は足りない設備を作り上げることで、この地を観光地としてみせた。今目の前に映っているロッジは、彼の今後を左右する大事な資産なのだ。
 無論、使えるコネクションとあれば、従妹たるセニアでさえも使ってみせるシュウが、正攻法でこういった曰く付きの避暑地を訪れる筈がない。今回の旅行の連れ合いであるマサキとしては考えたくもないことであったが、どうやらシュウは王族時代のコネクションをフルに活用して、件の貴族と直にコンタクトを取ったようだ。そして、他の客とは一段違った待遇を得ることに成功してみせたらしい。
「ほら、行くぞ。身体が冷えちまう」
 マサキは荷物を詰め込んだナップザックを背負い直した。そしていつまでもその場から動こうとしないシュウの腕を引いて歩き始めた。肌を刺すような冷たい空気。頬に当たる風は微かな量である筈なのに、口唇の動きをままならないものとしてゆく。少し待ってください。ロープウエイの発着場を出たマサキは、今更に案内図を広げてロッジの場所を確認しているシュウに呆れながらも、彼が場所を確認し終えるのを待った。
 こちらですよ。と、シュウが雪の中、いよいよ足を一歩踏み出す。
 点在するロッジの周りには目印らしきものが何もない。それぞれのロッジの位置関係だけが唯一の手掛かりのようだ。その割には判で押したように似た形のロッジが続く。ラングランでは珍しい雪を愉しもうと考える物好きはシュウに限らないようで、中には人がいると思しきロッジもあった。
 ここですよ。シュウがポケットから取り出した鍵をロッジの入り口に差し込む。早く暖まりてえ。シュウに続いてロッジに足を踏み入れたマサキは、ようやく雪風を凌げる場所に辿り着いた安心感にほっとひと息吐く間もなく、先ずは暖を取るべく暖炉の火おこしに手を付けた。
 さしもの貴族の財力を以てしても、標高何百メートルの山間に電力を供給する設備を作るのは難しかったようで、明かりを点ける為の外部動力はあったものの、それを動かすのにはガソリンが必要になったものだったし、暖を取る為には暖炉に火をおこして薪をくべる必要があった。
 頼りになるのは原始的な資源ばかりとあっては、この観光地がさして流行らないのも頷けたもの。こういう所だよな。新聞紙を使っておこした火に薪をくべて、ようやく立ち上り始めた火にひと安心。ダウンジャケットを脱ぎながらマサキが云えば、キッチンで先に運び込まれていた食料品を検めていたシュウが、何をです。と尋ねてくる。
「何でこのロッジが流行らないかって話だよ。こんなに手間がかかるんじゃ、雪に慣れてないラングランの人間じゃ、面倒臭さが先に立って泊まろうと思えないだろ」
 確かに。そう頷いて、電気を入れてきます。シュウはロッジの外にある電力供給機を動かしに行った。
 シュウ曰く、貴族としてはロッジを建てたことで、ようやく収益化出来る状態に漕ぎ着けたものの、幾ら宣伝しても思ったように客が入らないと嘆いていたとのこと。そりゃそうだ。マサキは大分強まってきた火に薪の量を増やした。そしてシュウが検めていた食料を確認すべく、続きになっているキッチンの床下にある食糧庫を覗いた。
 冷えた大地の中に埋まっている食糧庫の中には、肉、魚、野菜と豊富な食材が取り揃えられている。これだけあれば、一週間。少なくとも食事に不自由することはないだろう。
 勿論、クリスマスを過ごすのである。ローストターキーにホールケーキ。ローストビーフ、ジンジャークッキー。シャンパンにワイン。例年と比べれば寂しさは拭えなかったものの、食糧庫の中には最低限のクリスマスらしさを感じられる料理も用意されていて、クリスマスがどういったものかわからないラングランの人間にとっては、このメニューの要求は誕生日祝いとしか思えなかったことだろう――と、マサキはその準備に苦労しただろう貴族の胸中を慮ってひとり笑った。
「スイッチ一つで電気が通るようにしてくれてもいいものを」
「何だよ。錬金学も大したことはなかったってか。どんな動力源だったんだよ」
 暖炉前のソファにマサキが腰を落ち着ける頃、ようやく外から戻って来たシュウが部屋の電気を点ける。薄暗かった室内がぱあっと明るくなり、ようやく落ち着ける環境が整った。これでやっと今年のクリスマスもスタートだな。コートを脱いで隣に腰掛けてくるシュウにそう語りかければ、思った以上に面倒なものであるのですね。雪山での生活を経験したことのない男は苦笑しながらそう呟いた。
「ひと昔前のエンジンですよ。紐を引いて動かすタイプの。ああいった動力炉は機械理論を学んだ時の資料でしか見たことはなかったのですが、まだ現役で動かせるとはね。そういった意味では興味深くもありましたが、実際にそれを自分が使うとなりますと」
「その手間が愉しいもんでもあると思うんだけどな」
「あなたは思った以上に逞しい」
 シュウの手がマサキの手に重なった。日常的に冷えた温もりを伝えてくる手のひらは、外での作業の間に更に冷え込んでしまったようだった。まるで氷のような冷たさ。マサキは空いた手で、その手の甲をそうっと摩《さす》ってやった。
「大丈夫ですよ。環境自体は経験したことがありますからね」
 それがいつのことであったのか、マサキは追及を避けた。恐らくは地上。それも南極であることだろう。
 シュウとマサキ、どちらにとっても忌まわしい記憶を今更掘り返すつもりはない。だからこそ、そのくせ雪は見たがるのな。ロープウエイの発着場で長く動こうとしなかったシュウの姿を思い返して、つい先程の出来事を揶揄するようにマサキが云えば、改めて目にする機会には恵まれませんでしたしね。シュウは何かを懐かしむような眼差しになった。
「雪遊びというものをしてみたかったのですよ。子どもの頃の話ですが」
「すればよかったじゃねえか。こういった環境があるんだ。出来ないことはなかっただろ」
「その我儘を口にした結果、どれだけの人とどれだけの金が動くかを、私はとうに理解していたのですよ。しかもその金がラングラン国民が収めた税金であることもね。口にするは易く、行うは難しとは良く云ったものですが、温暖な気候が常のラングランでその願いは、容易く口にしていい類のものではなかった。だからいずれ、自由を得た暁には自分の足で訪れようと思っていたのです。この限りなく白い世界に」
「その割にはここの所有者《オーナー》に無理を聞かせたんだろ」
 マサキは苦笑する。そういった金の動きには敏感な割には、かつての自分のコネクションを使うことを躊躇わない。他人を思い遣っているのか、いないのか。シュウの性格が一筋縄ではいかないことをマサキは熟知していたものの、やはりそこは元王族。人並みの苦労を避けたがる傾向がある。
「お前、時々、云ってることとやってることが矛盾してないか」
「クリスマスディナー用の食材を全て持って山を登るのは、流石に無理でしょう。そうでなくともツリーを持ってきているというのに。そのぐらい用意させても罰は当たりませんよ」
 徐々に温まってきた彼の手の温もりを感じ取ったマサキは、その台詞にそうだったと腰を上げた。今日はクリスマスイブの前日。明日をそれらしく過ごす為にも、この殺風景なロッジをオーナメントで彩らなければ。
 まだ片付けを終えていない荷物を解く。
 ツリーにオーナメント、キャンドルにガーランド。クリスマスが訪れる度に増えてゆく買い揃えたオーナメントの数々を、マサキは厳選してこのロッジに持ち込んでいた。さあ、どう飾り付けようか。着替えの衣服をクローゼットに収めるより先に、クリスマスの飾り付けを始めようとするマサキに、気が早いとシュウは笑いながらも窘める気はないようだ。自身もソファを立つと、マサキと並んでオーナメントを手にしてくる。
「随分、沢山持ち込みましたね」
「これでも一部だってぐらいには、オーナメントも増えたよな」
「毎年、あれもこれもと買っていますからね」
「四年分のオーナメントだって考えると、感慨深いよ」
 そのひとつひとつを、これから時間をかけて、シュウとともにに部屋に飾ってゆくのだ。ささやかな幸せを形にしたようなクリスマスのオーナメントを手にしながら、マサキは来たる今年のクリスマスに気持ちを逸らせた。
「これからも量を増やしてゆくのでしょうね」
「お前の部屋がオーナメントで埋め尽くされちまう」
「それも幸せですよ」
 その部屋の光景を想像したのだろう。シュウが可笑しくて堪らないといった様子で笑った。
 マサキはほらとその目の前にオーナメントを差し出した。四度目のクリスマス。雪を眺めながらのクリスマス。イブはもう明日に迫っている。のんびりとしている暇はない。
 旅の疲れを癒すのは後のこと。その為にも支度を終えてしまわなければ。マサキはあれこれとシュウに指示を出しながら、部屋の飾り付けを進めていった。


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