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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

2022X'mas「SilentNight.(3)」
今日の分の更新になります。
のんびりと過ぎてゆく彼らの時間と空気が伝われば幸いです。

拍手有難うございます。励みになっています。

繰り返しクリスマスを書き続けていると、多少はクリスマスというものに飽きが訪れるのか、「これ皆様は楽しいのかなー?」などと思い始めてしまうのですが、その1クリックに助けられています。

では、本文へどうぞ!
<SilentNight.>

 壁にかかったガーランド、暖炉の上に飾られたスノードームにシュビップボーゲン。窓にはクリスマス模様のフィルムシートが貼られ、部屋の隅には山ほどオーナメントが付いたクリスマスツリーが置かれている。キッチンのテーブルの中央には、ガラスボウルに詰め込まれたガラス製のクリスナスオーナメントが煌めき、クリスマス模様のランチョンマットとともにクリスマス気分を盛り立ててくれている。
 長い移動の果てのクリスマスの飾り付けとあって、ロッジがクリスマスに彩られる頃にはとうに夕刻を迎えていた。
 豆のトマト煮に、豚肉のピカタ、そしてグリーンサラダ。ワンプレートに収まった料理に、コーンポタージュを添えて夕食とした夜。ロッジにはシャワーだけでなくバスタブもあり、源泉から引いてきたらしい湯が栓を捻れば出るようになっていた。その無限に出てくる湯を張って風呂を済ませたマサキは、こちらはシャワーでバスタイムを済ませたらしい。あっさりとバスルームから出てきたシュウとともに寝室に入った。
「これとは別に温泉があるって?」
「あなたは手足を広々と伸ばしてバスタイムを送りたいのでしょう。ロッジからは少し離れた場所になりますが、源泉近くに湯治用の温泉施設があるのだそうですよ」
 旅の疲れでそろそろ眠気が襲ってきているマサキは、直ぐにベッドに潜ったものの、同じく長旅を済ませてきた筈のシュウはまだ眠くはないようだ。サイドテーブルに置かれた灯火器《ランプ》に火を灯すと、ベッド脇に置かれたアンティーク調の揺り椅子に座って、やはり持ち込んでいたらしい書物を膝の上に広げた。そして、電池で動くトランジスタラジオのスイッチを入れる。
 流れ出すメロディ。どうやらクラッシックな音楽を流すチャンネルであるようだ。それをバックグラウンドミュージックに、マサキは疑問に思っていたことをシュウに尋ねてみることとした。
「湯治って概念、ラングランにもあるのかよ?」
 湯を沸かしてバスに入るのではなく、わざわざ源泉を掘削しているのだ。勿論、その意味するところぐらいは知っていて然るべきとは思ったものの、ラングランの文化様式は地上での欧風文化に相当するものばかりだ。もしかすると形を変えて伝わっている可能性はある。あまり期待はしないでおくべきかと、旅行に出る前のマサキは温泉もあるというシュウの言葉に思っていたものだったが、そこは地上世界と地底世界を繋ぐ合いの子である。どちらの文化にも通じているシュウは、書物に目を落としたまま。楽観的な言葉を吐いて寄越したものだ。
「東の方から伝わった文化らしいですね。一部の道楽貴族の間で、数百年ほど昔に流行った形跡はありますが、大衆文化としては根付かなかったようです。今となっては文献に微かな記述が認められるのみとなっています」
「大丈夫かよ、それ。施設の中に入ったら、巨大なバスタブがでーんと置かれてるなんてことはないだろうな」
「大丈夫でしょう。今の世の貴族が形ばかりのものであったとしても、彼らの家系に伝わる知識や資料は膨大なものですよ。わざわざ図書館に通って文献を漁るまでもないぐらいにはね。ですからきっと、ここにある温泉施設もあなたの期待に応える施設となっていることでしょう」
「そうなんかね。いや、それだったら嬉しいけどさ……」
 ゆっくりと浸かった風呂。栓を捻れば無限に湯が出てくるのは有難かった。お陰で常に温かい湯に浸かり続けることが出来たマサキは、温泉施設といってもこれのことを指しているのだろうと思ったものだ。だというのにシュウはそれを覆すように、きちんとした温泉施設があると云ってのけたのだ。これで期待を煽られない筈がない。手足を伸ばしきって湯に浸かるなど、いつぶりの体験であるだろう。
「そういうことなら俺は入るけどさ、お前は入らないんだろ。共用スペースだし」
「私を誰だと思っているのです。ここの所有者《オーナー》たる貴族に特《・》別《・》な配慮を頼んでいるのですよ。他人の入浴を禁ずることぐらい造作もないことでしょうに」
「とんでもない我儘を通してるんじゃねえよ。それ、他の客に迷惑じゃねえかよ」
 さらっと問題発言を口にするシュウに、咎めるように言葉を返せば、彼には彼の事情もあるようだ。書物から顔を上げると、マサキに視線を向けてきながら言葉を継ぐ。
「元々入浴の習慣の薄いラングランですかね。利用者も少ないそうなのですよ。ですから、今回の旅の連れにあなたを連れて行くのだと云ったら、丁度いいと云われましてね」
「丁度いい? 何でだよ。俺だと都合のいい何かがあるって?」
「我が国の上流階級社会は、聞き齧り程度ではありますが、日本の文化に理解があるのですよ。温泉文化もそのひとつ。彼らからすれば、東の国から伝わってきたらしい温泉文化と、地上で日出る国と例えられる日本の温泉文化の間には、相似性があるらしい。それを確認したいのでしょうね。あなたに自分が作り上げた温泉施設の感想を尋ねておいてくれと」
「ふうん。そう云うってことは、自分が造った施設に自信があるんだな」
 そう云って、欠伸をひとつ。
 ベッドに入った頃の這い寄るような眠気は、今や猛烈な睡魔となってマサキを襲っていた。だのに眠り難い思い。広々としたベッドで、折角シュウを前にしているのに、どうしてひとりで眠らなければならないのか。マサキは視線を戻して再び書物に目を落とし始めたシュウに、いつまで本を読んでやがるんだよ。我慢も限界と、愚痴めいた言葉を吐きかけた。
「こういった時間を過ごすのも旅先での醍醐味でしょう」
「俺が起きてる時にしろよ。何で寝る時間になってやるんだよ」
 寂しいの? 口元を緩ませてシュウが尋ねてくる。寂しいよ。マサキは答えて被っていたブランケットを持ち上げた。仕方ありませんね。書物を揺り椅子の上に置いて、シュウがベッドへと潜り込んでくる。したいの? 囁きかけられたマサキは首を振った。今日は流石に疲れてるから寝たい。
「明日もやることが色々とありますしね」
「やることって云っても雪遊びだろ。クリスマスディナーの用意だろ。後は温泉に浸かる、か」
「愉しみではないの?」
 愉しみだよ。マサキは頷いて、自らの身体を抱き寄せてくるシュウの腕に身を委ねた。眠りに就くまでの間ですよ。シュウの手がマサキ髪を梳き、背中を撫でてくる。わかってるよ。目を閉じて、闇の中。マサキはシュウの温もりに包まれながら、眠りの淵へと落ちていった。

 ※ ※ ※

 明けて翌日。
 クリスマスディナーの準備は午後からにすることとして、朝食を終えたマサキは早速と、ロッジの外へとシュウを連れ出した。目的は雪遊び。と云っても、ウィンタースポーツといった大層なことをする為ではない。マサキはシュウの目の前で雪を固めてゆくと、それをロッジの窓辺に並べた。
 そう都合よく目になる木の実もないだろうと、用意しておいた赤いガラス玉を雪の塊に嵌め込む。それが目であると彼は直ぐに気付いたようだ。耳は? と尋ねてくるシュウに、ロッジの勝手口側に繁っている木立ちに向かったマサキは、そこで拾った常緑樹の葉を手に窓辺に戻り、それを耳と差し込んだ。
 完成した何匹もの雪うさぎ。まるで親子のようにも映る姿に、ほう、とシュウが声を上げた。
「可愛らしい。しかし思ったより簡単に出来るものなのですね」
「どんなもんを想像してやがったんだよ」
「彫刻を作るように作るのかと」
「それは雪像だな。まあ、作る奴はそうやって作ることもあるだろうけど、一般的な雪うさぎってのはこういうもんだよ」
 どうやら幼少期に話を聞いてから実物をずっと見たかったらしい。シュウは「これで完成?」とマサキに尋ねると。窓辺ちょこんと座すに至った雪うさぎの群れに身体を近付けて行った。そしてしげしげと眺めながら、たったこれだけの手間できちんとうさぎに見える。感心も露わにそう呟いた。
「今回はガラス玉を使っちまったけど、本当は目の部分は木の実を使うんだ」
「成程。自然にあるものだけで作るものであると」
 それに頷いてマサキはロッジ前に広がっている雪景色を見渡した。10メートルほど先にある向かいのロッジまで木々を切り倒したのか、ただ雪が積もるだけの空間が広がっている。そこに深く降り積もった雪は踝《くるぶし》を超えて足を埋めるほどだ。
「これだけ雪があったら雪だるまもかまくらも作れそうだな」
「雪だるまはクリスマスらしさが増すとして、かまくら、ですか。実物を目にしたことはありませんが、イヌイットのイグルーに良く似たものであるらしいとは聞いたことがあります」
「イグルー?」
「イヌイットの家ですよ。雪のブロックで作られた家と云えば伝わるでしょうか」
「ああ、あれか。確かに似たようなもんだな」
 マサキは足元の雪を掬って、両手で押し固めた。手のひらサイズの小さな雪のボール。出来上がったそれをシュウに手渡す。
「俺も子どもの頃の東北旅行でしか入ったことがないんだけどさ、雪で作られてるとは思えないぐらいに暖かかったぜ。後で余力があったら作ってみないか」
「構いませんよ。ところでこの雪の塊は?」
「雪だるまを作るんだよ。作り方は知ってるだろ」
「知りませんよ」
 あっさりと口にしたシュウに、マサキは驚きを隠せない。日本の文化なども含めた様々な知識に通じている男のことだ。とうにそのぐらいのことは知識として得ているものだとばかり思っていた。
「お前、時々思いがけないことを知らないのな」
「こういった所にでも来なければ、ラングランでは雪を拝めませんからね」
 マサキはもう一つ、雪のボールを作った。それを手本にシュウに雪だるまの作り方を教える。地面に転がすんだ。下手投げの要領で雪の上にボールを転がす。少しばかり大きさを増したボールに、シュウはそのかかる手間が理解出来たようだ。まさかこの繰り返しですか? 微かに驚いたような声を上げた。
「そのまさかだよ。けど、繰り返してればその内大きくなってくさ。そうなったら今度は手で押さないと動かなくなるぜ」
「思ったより根気の要る作業ですね」
 膝を折ったシュウが、自らの分のボールを雪の上に転がした。少し進んでは止まるボールを、また転がしては雪を集めてゆく。その繰り返し。それが愉しいんだよ。云いながらマサキもまた、自らの分のボールを雪に転がした。


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