ここまでお付き合い有難うございました。今回の話はこれにて完結です。
今回のリクエストは、「クリスマスイブにバザーで買い物をするシュウマサ」と「賛美歌を聴くシュウマサ」のふたつでした。物語の都合上、イブではなくなってしまいましたが、そこはその、また次回に持ち越しということで!←
リクエストいただき有難うございます。お陰で自分でも満足出来る話を紡ぐことが出来ました。感謝しております。
では、早速本文へどうぞ!
今回のリクエストは、「クリスマスイブにバザーで買い物をするシュウマサ」と「賛美歌を聴くシュウマサ」のふたつでした。物語の都合上、イブではなくなってしまいましたが、そこはその、また次回に持ち越しということで!←
リクエストいただき有難うございます。お陰で自分でも満足出来る話を紡ぐことが出来ました。感謝しております。
では、早速本文へどうぞ!
<White Christmas.>
「それで行ってしまったの? 何て気の早い」
<了>
参考サイト:https://www.worldfolksong.com/christmas/song/o-come-all.html
.
「あら、マサキ。どうしたの? 私を尋ねて来るなんて、何かあったのかしら」
ニューイヤーを迎え、ゼオルートの館でパーティ三昧と洒落込んだ年明け。酒だ肴だと騒々しい仲間たちとのパーティは一週間以上にも及んだ上に、彼らはまだまだ飲み食いする気でいたようだったものの。いつまでもだらけた生活をしてもいられない。仲間を追い立てて日常生活に戻らせたマサキは、その足で地上土産を片手に、練金学士協会《アカデミー》にいるウエンディの許を訪れた。
思えば二年前の時間旅行《タイムトラベル》でかなりの世話になっておきながら、大した礼もせずにここまで来てしまった。リューネと和解したことで、他人に対する情の薄さを思い知ったマサキは、だからこそ先ずその恩を返すことにした。
クリスマスマーケットで購入したシュビップボーゲン。アーチ型の木製キャンドル立ては、細部まで拘り抜いた装飾が施されていて、部屋のインテリアとしても立派に鑑賞に耐え得るものだ。元はドイツの木工品で、本場ドイツのメーカー品ともなれば日本円で5万以上が当たり前。そうでなくとも3万以上の金額になるのが常。
勿論、それに見合うだけの恩を受けているのだ。彼女に渡すシュビップボーゲンもメーカー品の高価なものである。
「わあ、可愛い! でもマサキ、これ、高かったんじゃないの?」
「値段のことは気にするなよ。いつも世話になってるお礼なんだからさ」
土産の包みを開いた彼女は、中から顔を覗かせた教会を模したシュビップボーゲンを気に入ってくれたようだ。凄いわ。どうやって作ってるのかしら。構造に目が行く辺りは流石の練金学士であったが、右に左に回転させたりしながら細部にまで目を行き渡らせてくれるとなれば、贈った側としてはこれ以上の歓びもない。ありがとう。嬉しそうな笑顔を浮かべたウエンディに、気にすんなよ。マサキもまた笑った。
「地上に行っていたのでしょう、マサキ。これはそのお土産なのかしら? だとしたらとても嬉しいわ」
シュウとマサキの英国《イギリス》旅行について、ウエンディがリューネから事情を聞いていることを、マサキは当の本人たるリューネから聞いて知っている。しかもとうにシュウとの関係を知っているウエンディの前。何を気にする必要もない。ああ、楽しかったぜ。マサキは衒《てら》うことなく頷いた。
「何でも凄い移動遊園地があったって聞いたのだけど」
「凄いなんてもんじゃねえよ。ジェットコースターだけでも五種類だぜ。観覧車なんて70メートルあるんだってさ。移動型では世界一の高さを誇るらしくてさ、そこから見える景色がまた凄ぇのなんの。ロンドンの夜景が一望出来てさ。何せサイバスターよりも高いんだもんな。そりゃ遠くまで見渡せる筈だって」
「へえ。だったら私も行けば良かったわ。リューネったらサフィーネやモニカ様と思い切り愉しんできたのよ。もう、酷いわよ。私、マサキとシュウの邪魔をしたくなかったから、行かないって云ったのに」
「そりゃ残念だったな。来年、リューネに連れて行ってもらえよ。あいつら多分、前売りチケット制のループコースターや観覧車は乗ってないだろうからさ」
思い出すだけでも頬が緩む刺激的な旅の記憶。チケットを持っていても待ち時間が生じていたループコースターと観覧車。五輪のマークのようにループが連なるループコースターは、コーヒーカップで気分を悪くしたシュウには少々厳しい面もあったようだったが、風を切って駆け抜ける感触を彼はいたく気に入ったようだった。
―――他のジェットコースターも乗っておけばよかったですね。
物惜しそうに口にした彼とともに向かった観覧車。九歳のシュウと乗った観覧車など比べるべくもない高さに到達したゴンドラの窓からは、ハイド・パークどころか、ロンドン全景までも見渡せそうなまでに、煌びやかな景色が広がっていた。
―――これが王都でしたら、どれだけ遠くまで見渡せたことか。
遠いかの日を思い出したのだろう。そう呟いたシュウは、いつまでも。やがてゴンドラが移動遊園地内の他のアトラクションに飲み込まれるまで、その窓の外を懐かしむような眼差しで見詰め続けていた。
どちらも移動遊園地のフィナーレを飾るに相応しいアトラクション。この先、もしも再びあのウィンターワンダーランドを訪れることがあったとしても、あれ以上の感動や興奮を覚えることはないだろう。クリスマスシーズンに現れる期間限定の移動遊園地は、だからこそマサキの記憶に深く刻み込まれたのだ。
「それにしてもマサキ、ひとりで来たのね」
「何だよ。俺がひとりで来ちゃ悪いって?」
「そうじゃないのよ」
ウエンディは手にしたシュビップボーゲンを慈しむような眼差しで眺めながら、地上土産なのだもの。と呟いた。あなたひとりじゃなくて、シュウと一緒に来てくれても良かったのよ。
「やりたいことが溜まってるんだってさ。俺のクリスマス休暇に付き合わせちまったから、仕方がねえんだけどさ。あいつも気が早いっていうか、何ていうか。もう少し発作的に行動する前に計画を立てろって思うんだけどな」
「あら、何の話?」
「ラングラン全土を見て回りたいんだってよ。俺は流石にクリスマス休暇の後だし、付き合えないからさ。もう少し待てって云ったんだけど――」
―――王都を出て見た広い世界はどうだった?
―――王都を出て見た広い世界はどうだった?
―――最高ですよ。私が予想した通りの美しい世界。地上から見上げる世界というのは、王室から見下ろす世界と比べてこんなにも美しいものであるのですね、マサキ。
観覧車を下りて、間もなくのこと。かつて観覧車の中で交わした言葉を掘り返して尋ねたマサキに、シュウは穏やかながらも興奮を隠せない様子でそう言葉を吐いた。
―――だからこそ、まだまだ見足りなければ、知り足りないですよ。地底世界ですらそう思うのですから、地上世界にまでその範囲を広げたら、一生かかっても解けない謎が生まれることでしょう。
彼は自らの言葉に懐かしい感情を蘇らせたのだろう。ねえ、マサキ。そうしてマサキの手を取ると、豪胆にも人目を憚らず、その手の甲に口唇を落としてきた。
静けさが辺りを包み込む。
まるで世界に自分とシュウしか存在しなくなったのかのような静寂。はらりとマサキの頬を雪が掠めた。見上げれば厚く雲に覆われたロンドンの夜空から、一粒、また一粒と雪が舞い落ちてくる。シュウ、雪だ。照れくささを押し隠すようにマサキはシュウにそう告げてみたものの、彼は彼でマサキに伝えたいことがあるようだ。ええ、と頷くと、マサキの身体を抱き寄せて、
―――あなたは私が冗談を云っていると思っていたのでしょう。でも私は本当にあなたに一目惚れをしたのですよ、マサキ。天使が舞い降りたように私の目の前に姿を現わしたあなたにね。この三連のブレスレットだけではない。グレーベンの旅立ちの奇跡にしてもそう。クグロフ、バニレキプファルン。そしてグリューワイン。あなたは私に沢山の贈り物をくださった。あなたこそが、私にとってのサンタクロースですよ。
そう云ってシュウは暫く、マサキの温もりを確かめるようにその腕《かいな》にマサキを抱き留めていた。
がやがやと徐々に耳に戻ってくる人々のざわめき。もしかすると、それはクリスマスシーズンの街角では珍しいことではなかったののかも知れない。それともそれこそがキリスト教圏の冷淡さであったのかも知れない。いずれの理由にせよ、周囲を取り巻く人波は、マサキたちのスキンシップなど目にも留めずに過ぎ去って行った。
―――お前もだよ、シュウ。俺にとってはお前だってサンタクロースだよ。
だったら何を遠慮する必要もない。そう答えて、マサキがシュウの背中に手を回した次の瞬間だった。
―――O come, all ye faithful joyful and triumphant!
―――O come, all ye faithful joyful and triumphant!
(おお、来たれ。すべての敬虔な者たちよ。喜びに満ち、意気揚々と!)
巨大観覧車の近くに設置されているステージから響いてきた聖歌隊の歌声に、人々の足が止まった。
―――O come ye, O come ye to Bethlehem. Come and behold him. Born the King of Angels!
巨大観覧車の近くに設置されているステージから響いてきた聖歌隊の歌声に、人々の足が止まった。
―――O come ye, O come ye to Bethlehem. Come and behold him. Born the King of Angels!
(おお、来たれ。ベツレヘムに来たれ。そして彼を拝見せよ。天使達の王が降誕せり!)
勿論それは全ての人々ではなかった。けれども足を止めた人々は、まるでそれが当然のように声を揃えると、ステージ上の聖歌隊と一緒になって、彼らが歌っている歌を歌い始めた。
―――O come, let us adore Him,O come, let us adore Him,O come, let us adore Him!
勿論それは全ての人々ではなかった。けれども足を止めた人々は、まるでそれが当然のように声を揃えると、ステージ上の聖歌隊と一緒になって、彼らが歌っている歌を歌い始めた。
―――O come, let us adore Him,O come, let us adore Him,O come, let us adore Him!
(おお、来たれ。彼を崇拝せよ。おお、来たれ。彼を崇拝せよ。おお、来たれ。彼を崇拝せよ!)
それはキリストの降誕を祝い、そして称える讃美歌。足を止めた人々にとってはポピュラーな曲であるのだろう。荘厳にも敬虔なメロディーを彼らは厳かに歌い上げてゆく。
―――Christ the Lord.
それはキリストの降誕を祝い、そして称える讃美歌。足を止めた人々にとってはポピュラーな曲であるのだろう。荘厳にも敬虔なメロディーを彼らは厳かに歌い上げてゆく。
―――Christ the Lord.
(キリストは主なり。)
私は世界が見たい。讃美歌を聞き終えたシュウはマサキの身体をそっと離すと、明瞭《はっき》りとそう口にした。
覇気に満ちた声。力強く云い切ったシュウは次いで、旅をしませんか。マサキにそう尋ねてきた。
いつ、と尋ねるまでもない。マサキはシュウの性格を熟知している。思い立ったが最後。自分を抑えることの出来ない性格をしている彼のこと。本当ならば今直ぐにでも世界へと飛び出してしまいたいのだ。
それは遠いあの日にマサキに語ってみせた彼の希《のぞ》み。僕はそれが見たい。彼は今でもそのささやかな野望を捨ててはいなかった。だからこそマサキを誘ってみせた。ラ・ギアスという世界を、王室の中にいては見られなかったその世界を、隅々まで見渡す旅に。
「それで行ってしまったの? 何て気の早い」
かたり、とデスクの上にシュビップボーゲンを置いて、ウエンディはどこか呆れた調子でそう口にした。
「まあ、いつものことっちゃいつものことだしな。気にはしてねえよ。二、三ヶ月もすりゃ戻るだろ」
「呑気なものね。私だったら不安になってしまうわ。自分の目の届かないところで何かあったらと思うと」
「グランゾンの性能がBクラスの魔装機にも劣るってなら、そりゃ俺だって心配するけどよ。あの不条理な機能と性能を持つ機体がパートナーだぜ。心配のしようがないだろ」
そのマサキの至極真っ当な感想を耳にしたウエンディは、けれどもマサキとはまた違った感想を持ったようだった。信用してるのね。クスクスと無邪気な童女のように笑ってみせる。
「来年はリューネに頼んで地上に行ってみるわ。そんな素敵な移動遊園地なら絶対に見なきゃ」
そして彼女はマサキの答えを待たずにそう云って、ありがとう。シュビップボーゲンに指を這わせながら、再びの礼を口にした。
きっと聞かずともその答えが知れたからに違いない。マサキはウエンディがシュビップボーゲンを置いたデスクの向こう側に広がっている窓の外を見上げた。薄く流れる雲。眩いばかりの青空が広がる地底世界は、今日も穏やかな陽気に包まれている。
今頃、何処にいやがるんだか。マサキはシュウの許にまで続いているその空の果てを想った。彼はそこにいて、自らが美しいと認めた世界を、ただの白河愁となって眺めていることだろう。それがマサキにはとてつもなく誇らしいことに思えるのだ。
―――クリスマスまでまた頑張るか。
彼が前に進むことを止めないように、自分もまた前に進んで行こう。マサキはこれから続く任務漬けの日々の先に待っているクリスマスに心を弾ませながら、じゃあ、またな。ウエンディに手を振って、その部屋を出て行った。
<了>
参考サイト:https://www.worldfolksong.com/christmas/song/o-come-all.html
.
PR
コメント