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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

2022X'mas「White Christmas.(11)」【大幅加筆アリ】
需要があるかはわかりませんが、今年のウィンターワンダーランドのマップへのリンクを乗せておきます。参考資料にどうぞ。凄くないですか? これがクリスマスシーズン限定の移動遊園地なんですよ。イギリスパネェ。

ウィンターワンダーランドMAP(PDF)

今日の更新はここまでになります。そろそろ今回の話も終わりに近付いて参りました。リクエストにどこまで応えられているかはわかりませんが、皆様のお気持ちに応えるつもりで力一杯頑張っております。今後も宜しくお願いします。

では、本文へどうぞ!
<White Christmas.>

 ※ ※ ※

 錯覚を利用することでエキサイティングな体感を齎すマジックハウス、可愛らしいお化けが飛び出してくるダークライド型のホーンテッドマンション、適度な運動をするには持ってこいなアスレチックハウス。特にアスレチックハウスはファミリー向けのささやかなものだと思いきや、そこそこ本格的な造りになっていて、所詮は子ども向けと侮っていたマサキの度肝を抜いてくれたものだ。
「コーヒーカップやメリーゴーランドもありますけど、乗ってみますか?」
 アスレチックハウスを出て暫く。そろそろ夕暮れ時を迎えたハイド・パークは、茜色の空の下。エリアによっては芋の子を洗うような賑わいを見せている。家族連れにカップル、友人同士と思しき集団。様々な属性の様々な国の人々が集うウィンターワンダーランド。事前にチケットを購入する観覧車やループコースターの行列はそこまでではなかったものの、絶叫系のアトラクションの人気は相当なもので、一時間待ちもざらなようだ。
 だから、ではないだろうが、遊園地の定番である屋内型アトラクションを愉しんだ後は、ゆったりと動き回るアトラクションでひと休み――とでも思ったのではないだろうか。いつの間にかドイツビールを手にしていたシュウは、たかが一本の缶ビールで酔いが回ってしまったのか、相当に気分が良さそうで、日頃の彼の|鉄の肝臓《アイアン・リバー》ぶりを知っているマサキとしては不安が拭えない。
「流石に、メリーゴーランドはちょっとな。さっき見たけど、随分メルヘンチックな色合いだったじゃねえか。出来が良すぎて俺たちには不釣り合いだろ」
「そのアンバランスの妙を愉しむ乗り物でもあると思うのですがね」
 時に感じる例の彼らの気配。マサキがシュウを地上に残してアトラクションを愉しんでいる間も、彼らはマサキたちの様子を窺っているようだった。どこに彼らが潜んでいるのか。マサキはロンドン市内まで見通せるアトラクションから、幾度も園内の様子を窺ったものだが、相変わらず、気配の主と思しき人物たちを確認するまでには至っていない。
 初日のパブでの帰り道といい、彼らは隙を晒しているシュウやマサキには近付いて来ないようだ。
 きっとわざと隙を作っていると思われているのだ。慎重にこちらを窺い続けている複数の気配に、出来ればこのまま上手く彼らを遣り過ごして、ラングランへと帰還したいものだ――……地上で問題を起こすことの面倒さを知っているマサキとしては、彼らと直接遣り合うのは最後の手段にしたかった。
 今のマサキには後援《バック》がない。ましてや日本を離れて久しい身。地底世界においては英雄として名を知られていようとも、地上世界におけるマサキ=アンドーという人間は、軍事関係の極秘ファイルに名を残すのみとなった所属も身元も不明な一般人でしかない。
 ―――それでもやり合わなければならない時は来る。
 直接遣り合うのは最後の手段とはいえ、それでも延々後を付けられ続けているのは癪に障る。明日、明後日も同様の事態が続くのであれば、こちらからの強襲も已む無し。どうせいずれは対決しなければならない相手なのだ。決して気が長くないマサキは、そう考えるまでに、一向に進展を見せない事態に焦れ始めていた。
 ―――もしかすると、今度こそ彼らは自分たちを襲撃しようとするかも知れない。
 いつしか気配を近くしている正体不明の相手たち。マサキはシュウに気取られないように、人の増えた園内に目を遣った。浮ついた空気。ざわめきが騒々しい。誰も彼もがクリスマスシーズンの特殊な空気感に馴染んでいるとしか思えない人の群れ。一体奴らは何処に潜んでいるんだ。マサキは人知れぬ溜息を洩らした。
 ねえ、マサキ。その肩をシュウが抱き寄せてくる。
 仄かにアルコール臭が漂う口元。シュウは彼らの気配に気付いているのか、いないのか。ドイツビール一缶で酔っているぐらいだ。恐らくは気付いていないのだろう。メリーゴーランドが駄目ならコーヒーカップと、呑気にもマサキに勧めてきたものだ。
「この移動遊園地を目的として地上くんだりまで出てきているのですよ。ジェットコースターといった騒々しい乗り物は得意ではありませんが、こういった落ち着いたアトラクションなら私でも楽しめる。どうです、マサキ。どちらか乗ってみませんか」
「お前、酔ってないか? 普段のお前なら死んでも乗らないもんだろ、どっちも」
 彼にこうして安心してクリスマス旅行を愉しんで欲しかったとはいえ、これでは別の意味で不安になろうというもの。ついに我慢が限界を迎えたマサキが彼に自身の正気度を尋ねてみれば、どうやら彼には彼なりの思惑があったようだ。
「コーヒーカップぐらいゆったりとした乗り者なら、あなたとの写真を私でも撮れるでしょう」
 本当に酔っているらしい。肩から手を滑らせて腰に手を回してくるシュウの囁きかけに、別に乗ってもいいけどよ。マサキはそう答えたものの、こうも矢鱈と記念写真を欲しがられては、観光を愉しみたいのか、それともマサキとの旅の記録が欲しいのか、どちらに目的があるのかわからなくなったものだ。
 そうだ。閃いたマサキは気楽に楽しめると思っているらしいシュウに、コーヒーカップで悪戯を仕掛けることにした。やることは単純。手元のハンドルを限界まで思い切り回し倒すだけだ。
「待ちなさい、マサキ!」
「待てと云われて待つヤツはいねえ!」
 コーヒーカップに乗り込んで間もなくの狼藉に、シュウとしては思いがけない負荷が酔っている身体にかかったものだから、堪ったものではなかったらしい。咄嗟に手を伸ばしてハンドルを掴み、どうにかしてコーヒーカップの回転を止めようと足掻くも、右に左に。抵抗しただけ身体の振れが大きくなるものだから、やがて諦めた様子で座席に身体を沈めてしまった。
「酔いも醒めただろ」
「醒めましたよ、すっかり。あなたの悪戯好きにも参ったものだ」
「ひとりでビールを先に飲みやがるからだ。そういうのはふたりで味わうもんだろ」
「少しだけと、思ったのですがね。わかりました。観覧車を乗り終えたら、園内のバーに行きましょう。クリスマスマーケットの本場、ドイツのビールやウィンナーなどの肉料理が提供されているそうですから」
 コーヒーカップを降りたシュウは、流石にあれだけの回転に晒されたのだ。気分が悪くなったようで、失礼、とマサキの肩に頭を預けてくるなり、暫く身動ぎもせず。乱れた呼吸を整えるべく身体を休めている。
 アルコールが入っているところに与える刺激にしては、負荷が強過ぎたのだ。マサキはシュウの身体を抱き抱えるようにして、手近なベンチへと向かった。そして並んで腰掛ける。
 大丈夫かよ。俯いてベンチに腰掛ける彼の顔を覗き込めば、思ったほどの体調不良ではないようで、顔色も表情も申し分ない。ただ、激しく回転を続けたコーヒーカップの所為で、三半規管に影響が出たのだろう。目が回りました。そうとだけ云うと、シュウは肘を付いた手のひらに額を乗せた。
 そして黙り込む。
 流石にここまで彼がダメージを負うとは思っていなかっただけに、マサキとしてはどう対処すればいいのかわからない。いたたまれなさを押し隠して、兎に角、出来ることをしなければ――と、その背中を摩《さす》ってやりながら、せめて申し訳なさを感じていることぐらいは伝えるべきだろうと口を開いた。
「悪い。遣り過ぎた――……!?」
 マサキは慌てて顔を上げた。
 近い。
 これまで彼らが気配を伝えてきたどの機会よりも近く感じる気配に、マサキは急ぎベンチを立った。マサキ? シュウが怪訝そうに名前を呼ぶが、最早彼に答えている余裕などなかった。
 この機会を逃せば、次はない。
 経験に裏打ちされた勘がそう告げていた。マサキは素早く辺りに視線を走らせた。目の前の人混みの少し奥に入った所に目の覚めるような金髪が覗いている。まさか。気付くより先に身体が動いていた。ベンチを飛び出し、人混みを掻き分け、素早く彼《・》女《・》の後ろに回り込んだマサキはその手首を捻り上げた。そして、あっさりと捕獲出来た相手の振り向くさまを拝んでみれば、
「いたあい! もう、マサキの馬鹿力! かよわい女の子になんてことすんのよ!」
「お……前、リューネ! 何でこんな所にいやがるんだよ!」
「何でって、そりゃあ……ねえ」
 どうやら気配の主は彼女だったらしい。
 はにかんだ笑みを浮かべながら、上目遣いで媚びるようにマサキを見上げてくるくるくるとした丸い瞳。黙っていれば愛嬌が零れる顔をしているというのに、言葉遣いのこの乱暴さ。それは紛れもなく、今年に入ってからずうっと気まずい関係を続けてきた相手リューネ=ゾルダーク。
「マサキがどうしてるか、見に来たっていうかー……」
 彼女ははそう云って、照れくさそうに笑ってみせる。
 人の大事なクリスマス旅行を、後を付け回ってまで|覗き見《ピーピング》するとは、野暮にも限度があるだろうに、この悪びれなさ。実に彼女らしいと云えば彼女らしい振る舞いに、マサキは怒るを通り越して呆れ果ててしまった。
「馬鹿じゃねえの。どうしてるもこうしてるも愉しくやってるに決まってるだろ。長期休暇だぞ。任務に励んで取った大事な休暇を、どうして無駄に過ごせると思うんだよ……」
「だよねー? でも、ほら、自分の目で見たかったっていうかね」
「いつから付け回していやがったんだ。まさかお前、俺が王都を離れる時から付いて歩いてたなんて云わねえだろうな」
「ないない。それだったら、流石にマサキ気付いてるでしょ。あたしはあたしで地上に先に出てたの」
「先に出てた? 何でだよ。お前が俺たちの旅行の日程を知ってる筈が」
「ですからもっと早く、堂々と姿を現わすべきだったのですわ」
 どうやら先回りして英国《ロンドン》に来ていたらしいリューネに、その情報を何処から得たのかマサキが確認しようとすれば、口唇を尖らせて不満も露わに。モニカまでも姿を現わしたものだから、マサキとしては二の句が続かない。
 何せこれまでの経緯《いきさつ》が経緯《いきさつ》だ。
 シュウの在る所に彼女ら在り。そう云えるまでにシュウと行動をともにしてきたモニカ=ビルセイア。日頃からシュウの私的な時間にも踏み込んでくるきらいのある彼女らについては、マサキもシュウから聞かされたことがあったし、実際にこの目で見てきてもいる。
 さんざ金魚の糞と揶揄した相手の片割れの登場に、だからこそマサキは最大級に警戒した。どれだけシュウとマサキの告白が青天の霹靂《へきれき》だったにせよ、よもや地上まで自分たちを追いかけて来ようとは。それだけでも彼女らの執念が知れようというもの。
 結局、元の木阿弥かよ。マサキが観念したように呟くと、そうじゃないわよと響く声。
 もしかすると彼女にとっては、こういった場の方がその際立つ容姿を非凡なものに変えられるのやも知れなかった。厚手のコートに、幅広のマフラー。派手な髪の色さえも、クリスマスカラーに彩られた移動遊園地内では大人しく感じられたもの。しかも、この三人の中では最も諜報活動に従事する機会に恵まれている。気配を殺すなどお手の物だったことだろう。
 サフィーネ=グレイス。声がなければわからないほどに人混みに溶け込んでいた彼女は、マサキの視線が自分に向いたと確認した後に、面倒臭そうに髪を掻き上げながら、
「あたしたちはトドメを刺されに来たのよ」と云った。
「シュウ様とマサキがふたりでどう過ごしているかを見て、自分の気持ちにけじめを付けようと思ったのですわ」
「あたしはもう諦めてたんだけどね。ただ、心配だったのよ。マサキ、何だかあたしに絡み難そうにしてたから」
 サフィーネに次いで口々にそう言葉を吐いた彼女らは、遅れてその場に姿を現わしたシュウとその隣に立ったマサキの振る舞いを、当然と受け止めている様子だ。
「あたしも悪いんだけどね。変な意地を張っちゃったから……」
 真摯な眼差し。そこには憂いも迷いもない。ただ、穏やかで温かな光を宿しているばかりだった。
 ―――嗚呼、リューネは真実自らの気持ちに決着を付けたのだ。
 鈍感なマサキをしてそう思わせる二つの眼《まなこ》。マサキはそこでようやく合点がいった。リューネはモニカとサフィーネにマサキの行き先を尋ねたのだ。シュウの私的な空間に入り込んでその世話をすることもある二人の女性にとって、シュウとマサキの行き先を把握することは容易い作業だったに違いない。何せ、この英国《イギリス》旅行の為に彼が集めた資料は膨大な数に上っていたし、それらは少し探せば直ぐに見付かる場所に仕舞われていたのだから。
「成程、そういうことでしたか……」
 シュウが辺りを見渡しながら、低く呟く。
 突然の出来事によって引き起こされるだろう混乱をものともせず。即座に状況を把握したようだ。シュウは剣呑とも取れる表情を浮かべた。続く溜息。どうやら彼は、御し方に悩み続けてきたふたりの女性の暴走を、どう収めればいいのかわからないようだ。
「――もう、大丈夫なのですわ。シュウ様」
 そのシュウを目の前にして、モニカは恬然と微笑んでみせた。
「少しは悪びれて欲しいものですがね。私の大事な時間を邪魔してくださったのですから」
 シュウがマサキとの関係を告白した後、彼らの間に何があったのかマサキにはわからないままだったが、長くシュウを想い続けてきたふたりの女性はそれなりに思い含むことがある様子だった。きっと、マサキたちと同じように、彼女らとシュウの間にもひと悶着あったに違いない。モニカの言葉からそれを感じ取ったマサキは、だとしても譲りはしないとシュウの衣服の袖を強く掴んだ。
「あら、乙女の純情を踏み躙ってくださったのですもの。このぐらいは寛容に受け止めてくださらなくては」
「乙女が聞いて呆れるのですわ」
「うっさいわね! あたしにだって純情はあるのよ!」
 バランスを失った多角関係。それでも築き上げた関係は変わらない。サフィーネとモニカの遣り取りを見ながら、彼女らの女同士の友情に変化がないことにマサキは安堵する。
 恐れていた事態は、彼女らの関係性までもが壊れてしまうことだった。
 シュウとサフィーネ、シュウとモニカ、そしてサフィーネとモニカ。絶妙なバランスの上に成り立っている彼らの信頼関係は、魔装機操者やリューネとの関係とはまた違った空気を醸し出していたものの、彼らの目的には沿う距離感であるようにマサキに感じられたものだった。それがこれからも変わらずに続いてゆく。彼らの日常的な言葉の遣り取りを耳にしたマサキは、そう確信せずにいられなかった。
「金魚の糞に人権なんてありましたかしら?」
「あんただって金魚の糞だったでしょーが!」
 この期に及んでけたたましく遣り合い続けているモニカとサフィーネを横目に、全くもう――呆れ果てた様子で呟いたリューネが、ねえ、シュウ。彼女にしてはらしくないまでに、安らかな声でその名を口にした。
「あたし、ずっと云いたかったんだ。シュウ、マサキを宜しくね、って。でもこの三日間、ふたりの様子を見てたらそんな言葉どうでも良くなっちゃった。ふたりにはふたりの時間が流れてたんだって、思い知ったよ。だからあたしがそんなことを云うなんて、烏滸《おこ》がましいっていうかさ、筋違いだなって」
 どういった感情の流れが彼女の中で起こっていたのか、今となってはマサキには知る由もない。けれども久方ぶりに顔を合わせたリューネの表情は、どんな澄んだ青空よりも晴れやかだ。ねえ、マサキ。彼女はそのまま一歩前に進み出てくると、踵を上げてシュウとマサキの顔を交互に覗き込んできながら、マサキにこう尋ねてきた。
「幸せなんだね」
 その言葉にマサキは迷うことなく頷いてみせた。そっか、ならもういい。花が咲くように鮮やかに。顔を綻ばせたリューネが、モニカとサフィーネを振り返って、ねえ、もう行こうよ! そう声を上げた。
 瞬間、リューネとシュウがその名を呼ぶ。
 何よ。いつも通りの太々《ふてぶて》しい表情で、リューネはシュウを振り返る。その表情に一瞬、懐かしさを感じたようだ。僅かに瞳を細めてみせたシュウは、直後には静かに口元に笑みを湛えてみせながら、
「あなたが仲間としてその言葉を私に託すというのであれば、謹んでお受けしますよ」
 自らの覚悟を問うシュウの言葉に、当たり前でしょ! リューネは間髪入れずに答えてみせた。
「あたしはこれからもマサキの仲間よ。馬鹿にしないで頂戴ねっ!」
 わかりました。言葉の端にその感情を滲ませるようにしてシュウが頷く。万感の想い。それは、悩み、苦しんできたのは彼とて同様だったのだ――と、マサキに思わせるに充分な力強い承諾の言葉だった。
 けれどもそれも一瞬のこと。直ぐにいつも通りの鉄皮面となった彼はさも当たり前のように、知っていますよ。そう云ってのけたものだから、リューネとしては扱いに困ったようだ。ホントにもう。まるで大きな子どもを扱いかねているような口ぶりで、彼女は呟く。
「マサキ、やっぱり早まったんじゃないの?」
「まあ、これはいつものことだしなあ」
「やだ、惚気?」
 シュウのいけすけない所も含めて受け入れるマサキの言葉に、その付き合いの深さを悟ったのだろう。リューネは喜びも露わに「いいね、そういうの!」と声を上げる。
「惚気っつうのかね、こういうの」
「何よぅ。惚気たくないの? あたしは聞く準備、してたんだけど」
「それはこの休暇が終わってからな。ところでお前ひとりなのな。ウエンディはどうした」
 いつからかマサキを挟んで常に行動をともにするようになっていた彼女の一番の親友。ウエンディ=ラスム=イクナート。その名前をマサキは挙げた。
「私はもういいのよ、って云ってた。もう納得したから、って」
 やはり彼女はこの地上行きに際して、ウエンディにも声をかけていたようだ。
 顔を合わせれば穏やかにマサキを気遣う言葉をかけてくれるウエンディ。この一年の間、彼女の気持ちを改めてマサキが尋ねたことはない。とはいえ、一昨年前に、妬けるわね。と、たったひと言で、シュウとマサキの関係を飲み込んでみせた彼女だ。その後のことが気にならないと云えば嘘になる。
「でもマサキ、大丈夫だよ。ウエンディはそういう人。あたしたち、それを良く知ってるじゃない」
「そうか……そうだな」
 けれども過剰に気を遣ってみせるのは、彼女らの為には良くないのだ。マサキはリューネの言葉を受け入れることにした。そう、彼女はいつだって年長者として気丈に振舞ってみせたものだった――……時に魔装機に乗り込んできては、危険も省みず戦場に立ってみせたウエンディ。優しさを盾として歩んでゆける彼女ならば、過去を振り切って前に進んでゆくのも容易いことだろう。
 今となっては、マサキには信じてやることしか出来ないのだ。
「あなた方はこれからどうするのです?」
 話もひと段落着き、そうっと降り注いだ沈黙。どうやら彼女らが話したいことは尽きたようで、黙ってシュウとマサキに視線を注いでいる。それを見計らっていたのだろう。シュウが頃合いと言葉を発した。
「そんなの決まってるじゃありませんこと?」
「折角、こんな素敵な場所に来たのですわ」
「そりゃ愉しんでから帰るに決まってるでしょ!」
 意外にも彼女らは息を揃えて云ってみせた。
 もしかすると、新たな友情が育まれているのやも知れない。
 決して仲良く、とは行かないように思えるリューネとモニカとサフィーネ。彼女ら三人は恋に破れるという共通の体験を通じて、マサキたちが気付かないところで距離を近くしているようだ。だからこそ、その様子を目にしたシュウも安堵したのだろう。どうぞ気を付けて。彼女らに穏やかに声をかけると、行きましょう、マサキ。と、マサキの腰に手を回してきた。
 ああ。マサキはその背中に手を回した。
 そう、誰に謗られても失えないものを、確かに掴み取ってみせるように。
「気を付けろよ、お前ら。ここは地底世界《ラ・ギアス》とは違うからな。治安はそこまで良くはない。財布はしっかりと身に付けておくんだぞ」
 それに彼女らは一様に笑顔を浮かべることで応えてくる。
「じゃあね、マサキ! シュウも!」
 そうして振り返らず。リューネを先頭にモニカとサフィーネと、彼女らは人混みの向こう側。姦しくあれがいいこれがいいとアトラクションの名前を口にしながら、一歩、また一歩と遠ざかって行った。
 寂しい? 揶揄《からか》うように囁きかけてくるシュウに、まさか。マサキはその顔を見上げて笑った。もう、これで何も思い煩《わず》うことなく、この旅を愉しむことが出来るのだ。晴れやかな気分。これでどうして寂しさを感じられたものか。
「ループコースターに乗りに行こうぜ、シュウ」
「そうですね。もう陽も暮れそうですし、早めに並んでおかないと」
「観覧車に乗れなくなっちまうからな」
 この手に感じるシュウの温もり。マサキは彼女らとは逆の方向へと身体を向けた。そして背中を掴んだ手でシュウを促したマサキは、今日という新しい一日の始まりの一歩を、シュウとともに。前に向けて踏み出してゆく。


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