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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

2022X'mas「White Christmas.(10)」
本日の私は有給取得日につき、世間様と同じように三連休を手に入れております。来週からは再び土曜出勤が続くシフトとなりますので、この三日間で次の話を終わらせるところまで進みたいものです。

拍手有難うございます。愉しんで頂けていれば幸いです。
では早速本文へどうぞ!
<White Christmas.>

「何度も云うけど、移動遊園地だとは思えない規模だよな。コースターだけでも五種類か。ループコースターだけでも乗りたいな」
「あなたが好きそうなアトラクションだとは思いましたよ。私は観覧車に乗れればそれだけで充分ですし、行きたい所があれば付き合いますよ。とはいえ、そこまで大量のアトラクションがある訳でもないですし、回ろうと思えば全て回れそうではありますがね」
 クリスマスマーケットを抜けて、遊園地のエリアに入る。クリスマスシーズンに開催される移動遊園地だけあって、園内にはサンタクロースの等身大人形が数多く飾られていた。店の軒先にちょこんといたかと思えば、アトラクションの看板回りや本体にでんと乗っていたりと、クリスマスムードを盛り上げてくれるのに一役買っている。
 昨日少しばかり覗いたファミリー向けの小型遊園地エリでには、サンタクロースのコスチュームを着た男性が、サンタハウスと呼ばれる建物の中にいた。どうやらそこは彼とのとの撮影スポットになっているようで、数多くの観光客が入れ代わり立ち代わりハウスの中に入っては、サンタクロースとの撮影会を愉しんでいたものだ。
「あなたも記念に写真を撮っては、マサキ。こんな巨大な移動遊園地、ラ・ギアスにはありませんよ」
 身の丈10メートルはあるだろう巨大モニュメント。何をモチーフとしているのかは不明だが、海外にありがちなデザインと顔立ちをしている巨大な男性像も、記念撮影スポットになっているようだった。きっと、その象徴的《シンボリック》なまでの存在感が観光客の目を引くのだろう。ぽつちぽつりと写真を撮っている観光客に、シュウも心が騒いだのか。マサキに記念撮影を勧めてきた。
「写真は魂を抜かれるからなあ」
「いつの時代の話をしているのです」
「だって恥ずかしいだろ。観光地で写真を撮るのって。浮かれてるみたいでさ」
 いつから記念撮影というものを苦手とするようになっていったのか、マサキは覚えていない。もし思い出せたとしても、きっと些細なことが原因のくだらない理由にムキになってのこと。自身の性格的にそうであるのはわかっていたものの、長く記念撮影の場に加わることを避けてきた身。今更写真をと云われても、気恥ずかしさが先に立って参加出来そうにない。
 その気持ちを素直に口にしてみれば、シュウは思い含むところがある様子だ。思い出の記録を残しておくことは大事だと思いますが、と言葉を紡ぎ始めた。
「人間の記憶というのはいい加減なものなのですよ、マサキ。今どれだけ忘れまいとしても、歳月が経ち、他の記憶が積み重なるとおぼろげになっていってしまう。それだけならまだいいでしょう。どうかすると記憶そのものが失われてしまうこともあります。カメラといった外部入出力装置には、記憶を補強してくれる作用があります。いつ、何処で、どういったシチュエーションで撮られた写真であるのか。記憶に頼れば不正確にならざるを得ないそれらの記憶も、写真が一枚あれば鮮明に蘇らせることが出来るようになるのですよ」
「それはわかるよ。わかるけどさ、実際に撮った写真を見返す機会なんてそうないだろ」
「私の為の記録としてでも駄目?」
「お前も一緒に写ってくれるっていうなら考えるけどさ、俺一人はちょっと……」
「物怖じしないあなたにしては随分と尻込みしてみせますね、マサキ。まあ、いいでしょう。私が一緒なら写真を撮ってもいいというのであれば、一緒に映りましょう。それも旅行の醍醐味ですしね」
 あっさりと引いてみせるかと思いきや、シュウは何としてでも『旅先のマサキ』の写真が欲しいようだった。Excuse me.彼は早速とばかりに手近な観光客に声をかけると、何言か。マサキには聞き取れないスピードで彼女らと言葉を交わすと、無事に交渉を成立させたようだ。ほら、マサキ。と、マサキを巨大人形の前へと連れ出し、隣に並んでくる。
 Look at me! 若い女性からなる観光客グループ。ひとりがシュウに渡されたスマートフォンを掲げる中、背後の仲間たちがマサキたちの機嫌を取るようにぬいぐるみだのを振っている。まるで子ども扱いだ。マサキが苦笑しかけたその瞬間、ほら、笑って。シュウが見兼ねた様子で言葉を吐いた。
 決して豊かとは云い難い表情のパターン。仮面を被っているかのような笑顔が常なシュウにまでそう云われるということは、今のマサキの表情は相当に硬いのだ。マサキは精一杯の笑顔を浮かべてみせた。だのにいざ写真と取るのだと思うと、どうしても口角が上手く上がらない。それでも鳴るシャッター音。何枚か立て続けにシャッターを切った女性がにっこりと、満足した様子でシュウにスマートフォンを見せる。
 及第点の表情ではあったようだ。礼を述べて彼女らと別れたシュウに、見せろよとマサキがスマートフォンの画面を覗き込んでみれば、厳めしい父親が無理して笑顔を浮かべているような表情がそこにある。
「何だこの表情。撮り直してえ」
「そう思うのでしたら、次はきちんと笑ってみせるのですね。あなたの笑顔には愛嬌がある。もっと自信を持って笑ってみせればいいのですよ」
「緊張するんだよ。撮り慣れてないからだな。ちゃんと笑わなきゃって思ったんだけどな」
 流石に絶叫系アトラクションは遠慮したいらしいシュウが見守る中、幾つかのジェットコースターに乗ったマサキは、そのついでに園内に飾られている数々のモニュメントの前で写真を撮った。木彫りのノームやドワーフ像。中に入ることも出来るおもちゃの家に飾られている等身大のくるみ割り人形。サンタランドにある例のサンタハウスでも、サンタクロースとともに写真を撮った。
「ジェットコースターの乗り心地は如何でしたか、マサキ」
「面白かったよ。このまま常設しちまえばいいのにって思うぐらいのクオリティでさ。園内の遠くまで見渡せる高さはあるし、速度も申し分ない。風が直接肌に当たるのがまたいいんだよ。魔装機に乗ってるのとはまた違った爽快感がある」
「そう聞かされると俄然興味が出て来ますね」
「ジェットコースターの目玉はあそこのループコースターなんだろ。一緒に乗ろうぜ、シュウ。あんな五輪のマークみたいな五つの輪が連なってるループコースターなんてそうないって」
 昼時のウィンターワンダーランド。パンズからはみ出すほどに巨大なパテが特徴的な肉々しいハンバーガーと、デザート代わりのチュロスを食べながら、シュウのスマートフォンに記録された記念写真の数々をチェックしたマサキは、そのどれもにシュウが映っていることに意外性を感じながらも、彼がそうしてまでも自分の写真を欲しがっているのだという事実に擽《くすぐ》ったさを感じずにいられなかった。
 自分の写真を欲しいと恋人に望まれて、嫌な気分になる人間もそういない。
 いつも通りの笑顔を浮かべているシュウの隣で、硬い表情を晒している自分。せめてシュウに並ぶくらいの表情を残したいものだ。風に晒されて冷えた身体をホットチョコレートで温めながら、マサキは何十枚に上る記念写真を順番に眺めていった。
 幸い、スマートフォンの画面の中のマサキは、アトラクションを経験したことで緊張がほぐれたのか、少しずつ自然な笑顔に近付いていっている。この調子なら、夜までにはシュウの云う『愛嬌のある笑顔』を浮かべた写真を残せるのではないだろうか? 俺の表情、少しはマシになったよな。マサキが尋ねてみれば、ええとシュウが頷いた。もう少し柔らかく笑えれば最高ですね。続く言葉にやっぱりと思いつつも、云うほどシュウはマサキの表情を気にしてはいないようだ。自分の手元に戻ってきたスマートフォンの画面をスワイプさせては、ふたりでの記念写真の数々を幸せそうに眺めている。
「そろそろ行きますか、マサキ」
「ちょっと待ってくれ。チュロスが未だ残ってるんだ」
「殆ど手付かずですね。食欲旺盛なあなたにしては珍しい」
「アメリカと違ってイギリスの人間はそこまで食事の量を食べないと思ってたんだけど、このチュロスの量は凄いな。俺でも食べきれる気がしねえ。お前も少し食べないか」
「そういうことなら頂きますよ」
 残ったチュロスを互いに少しずつ抓みながら、園内を歩く。
 雪像を模したモニュメントには可愛らしい少女型の妖精の姿があった。そこでも記念写真を一枚。チュロスを片手に映った写真は、思った以上に観光客らしさを醸し出していて、マサキとしては苦笑が浮かぶ出来だったものだが、シュウはまた違った感想を抱いたようだ。こういう写真ですよ。満足気に頷いたシュウにマサキは首を傾げる。
「お前の感性は俺にはわからねえよ」
「大事な記録ですからね。空気感が伝わってくる写真が欲しかったのですよ」
 どうやら彼が欲しかったのは、観光地で観光客らしく振舞っている自分たちの写真だったらしい。
「本当だったらアトラクションに乗っているあなたの姿も欲しいところでしたが、私の腕ではね。スピードにシャッターが追い付かないものですから」
「止めてくれよ。俺ひとりでアトラクションに乗ってるところなんて、親の成長記録でもなかったぞ」
 アトラクションに夢中だったマサキは、シュウが写真撮影に挑んでいたことに気付いていなかった。全く油断も隙もない。危うくとんでもない写真を残されるところだった。マサキは彼の写真撮影の腕が未熟だったことに感謝をしつつ、更にアトラクションを体験して回った。
 360度に回転するバイキング、遠心力も強い空中ブランコ、思ったよりも高く上がったドロップタワー……どれも下手な遊園地のアトラクションと比べて数十倍は面白い。勿論、下調べをした上でこの移動遊園地に来ている以上は、アトラクションの体感に対してある程度の予想を付けていたものの、それを上回る興奮! 昨日のクリスマスマーケットといい、本場の人々のクリスマスに傾ける情熱の限りなさに、マサキは敬服するばかりだ。
 それでもそういったアトラクションばかり乗り続けていると、流石に飽きがくる。絶叫系アトラクションはもういいと思うぐらいに園内のアトラクションを愉しんだマサキは、観覧車とループコースターを後の愉しみに残して、屋内型のアトラクションには好奇心を擽られているらしいシュウと、今度はそれらのアトラクションを見て回ることにした。


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