やっとクリスマスマーケットの入り口にやってきました。なんだか不穏なクリスマスシーズンになってしまってすみません。でも、シュウやマサキにとってこうした危機的状況は日常でもあると思ったりもしたり。
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<White Christmas.>
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ホテルで英国式の食事を味わった後に、街に出てパブで酒と店の雰囲気を愉しんだ夜。賑やかなハイド・パークを横目に部屋に戻ったマサキとシュウは、再び性行為《セックス》に及ぶこともなく、クイーンサイズのベッドで身を寄せ合うだけに留めることとした。
パブで酒が進んでいたシュウはどうやら先に眠りに就いたようだ。無理もない。彼にしては珍しくも自ら行きたいと望んだ移動遊園地。その望みが明日には叶うのだ。きっと彼もまたマサキのように、イベントの前日の子どものような気分でこの一年を過ごしたことだろう。
アルコール臭を漂わせながら静かな寝息を立てている男の顔を、マサキは起こさぬようにそっと撫でた。
気掛かりなことは続いている。
チェックイン後に感じた人の気配を、マサキはパブに行く道すがらで再び感じていた。胡乱《うろん》な振りをしながら気配を探ってみたところ、それはどうやら複数人から放たれているものであるらしかった。マサキは彼らに気取られないように周囲を窺ってはみたものの、クリスマスシーズンの英国《イギリス》の街。そうでなくとも街は賑わいをみせているというのに、期間限定の移動遊園地が展開しているハイド・パークの近辺である。公園に流れ込む人の多さも手伝って、相手を特定するには至らなかった。
その事実をシュウに改めて告げることをマサキはしていない。
九歳のクリスマス。移動遊園地でマサキと過ごした思い出を大事に胸に仕舞っているシュウにとって、ハイド・パークの移動遊園地はどれだけ特別な意味を持つものとなる筈だ。いくら鈍感なマサキであろうとそのくらいは想像が付く。だからこそ、シュウにはこのクリスマスを気兼ねなく過ごして欲しい。マサキはそう望んでいた。
そう、それはマサキなりの気遣いだったのだ。
シュウに精神的な負担を負わせるぐらいならば、自らがその責務を担おう。マサキはシュウの腕から気付かれぬように抜け出ると、広く身体を横たえて、薄明りを放っているベッドルームの天井を見上げた。
シュウとマサキの様子を窺っていることを隠しもしない気配でありながら、殺意や敵意といったものを感じさせない相手。彼らは感情をコントロールする術に長けているのだろうか? それともシュウやマサキに危害を加えるのが目的ではないのだろうか? もし前者だとしたら、よもやそういった技術を習得している相手が、気配を消すといった初歩的な技術を習得していないとは考え難い。彼らは敢えて気配を消さずにいるのだと考えるのが妥当だった。
その場合の彼らの目的は何か?
恐らく彼らは、シュウやマサキに自らの存在を認識させようとしているのだ。
暗殺者などが良く用いる手だ。追跡対象《ターゲット》に恐怖を与えた上で、生命を奪う。時にラングランでも似たような現場に出会《でくわ》すことがあった。今わの際に何を見たのか。恐怖が張り付いた表情で事切れている貴族といった上流階級に属する連中の顔。彼らは恐らく、そうやってじわじわと恐怖を植え付けられた上で、最期に更なる恐怖を与えられて死んだのだ。より強い恨みを果たす際に使われる暗殺手段は、だからこそ、余程の実力者でなければ実践出来ない技巧である筈だった。
では、シュウとマサキを付け狙っている彼らが、仮にそういった稼業に付いている者だったとして、果たして彼らは単独で動いているのだろうか?
マサキは頭《かぶり》を振った。
答えはNOだ。彼らは特定の人物、或いは組織に雇われたプロフェッショナルだと考えるべきだ。では、それだけの恨みを自分たちに抱いている人物、或いは組織はどこか? マサキには心当たりが山程あった。邪神教団にしてもそうだったし、シュテドニアスやバゴニアといったこれまで戦ってきた国の抗戦派の連中にしてもそうだ。ましてや任務で壊滅に追い込んだ組織など、両手指では足りないぐらいにある。
いずれの組織であろうと、その遣り口からして、かなりの手練れを派遣していることに違いはない。心してかからなければ……マサキは横目で穏やかな表情で眠っているシュウを窺った。俺が守らないで、誰が守る。彼らは既に高級ホテルの警備の目を掻い潜って、この部屋の前にまで辿り着いているのだ。
マサキは最大級の警戒をすることに決めた。
※ ※ ※
何だこれ。と、気の抜けた声が出た。
※ ※ ※
何だこれ。と、気の抜けた声が出た。
決して感動していない訳ではない。むしろその逆だ。マサキはハイド・パーク内に設置された移動遊園地「ウィンターワンダーランド」に足を一歩踏み入れたその瞬間に、そのクオリティの高さに驚かずにいられなかった。
入り口を潜って直ぐの場所にあるスケートリンクは、中央にクリスマスツリーが設えられ、そこから天井を覆うように伸びているコードの数々には、数えきれないほどの電飾が吊り下がっている。
夜ともなればさぞや美しいイルミネーションが望めるだろうアイスリンク。綺麗に磨かれた氷上で、スケートを愉しむ家族やカップル。その数は既に相当なものに上っているのにも関わらず、更に人を受け入れられるだけの余裕を残しているリンク。先ずこれだけでも驚かずにいられないのに、その先に続いているクリスマスマーケットの屋台《シャーレ》の出来といったら!
100を数える出店があるのだ。こじんまりとした屋台が芋の子を洗うように並んでいるのでは? と、想像したマサキを誰が責められよう。ところが実際はこれだ。ガレージサイズの屋台《シャーレ》。中には電飾の看板を掲げている店も多く、ただの出店では済ませないという店主の気概が窺える。
昼ですら扱う商品で色も鮮やかな通りとなっているのだ。夜を迎えたら更に煌びやかな通りになることだろう。マサキは右に左に首を振って辺りを窺った。下手な商店街よりも余程賑やかな通り。シュウが一日かけて回ると云っただけはある。装身具《アクセサリー》やら、日用品やら、料理やら、クリスマスオーナメントやらが所狭しと並べられている屋台《シャーレ》。むしろ一日かけても回り切れる気がしないクリスマスマーケット。
シュウ曰く、シャーレとは英語で小屋を指す言葉らしい。
通りで木造の小屋と思しき建物が並んでいる筈だ。
しかもその先には遊園地だのサーカスだのといったアトラクションが控えているのだ。どれだけのアミューズメントをここに詰め込めば気が済むのか。まさに一大ワンダーランド。これがクリスマスシーズンのみに展開される移動遊園地だというのだから、驚かない方がどうかしている。
要は、マサキは驚き過ぎたのだ。
その結果、驚くを通り越して呆れ果てた声を発するに至ってしまった。一体誰がこんなとんでもないことを考え付いたんだよ。馬鹿げた規模の移動遊園地の内部を目の当たりにしたマサキが、クリスマスマーケットの入り口でそう口にすれば、さあ、とさしものシュウもそこまでは把握していなかったようだ。肩をそびやかしてみせると、
「日本人にとってはケーキを食べたりする程度のイベントではありますが、欧米諸国の人々にとっては一年を締め括る大イベントですからね。しかも一か月以上続くお祭りです。それはこれだけのアトラクションも生み出そうというもの」
「わかんねえけど、わかった。中国人にとっての春節みたいなもんだな」
「日本人は年越しをしんみりと一年を振り返ることに使いますし、年明けは厳かに神様に願掛けをすることに使いますが、本来年越しというイベントは目出度いもの。その目出度いシーズンを祝うのに、騒ぎ立てない方がどうかしているのかも知れませんね」
「思ったより欧米人ってのは馬鹿騒ぎが好きなんだな」
12月25日、クリスマス。キリストの降誕を祝う人々というものは、もっと厳粛にこのシーズンを過ごしているかと思いきや、この騒ぎである。一年の締め括りを飾るに相応しい力の入れ具合。いや、これは凄え。マサキは奥の遊園地まで続くメインストリートを挟んで切れ間なく続く屋台《シャーレ》を見渡した。どの店にも人が群がり、クリスマスの買い出しに余念がない。
もしかすると彼らにとってのクリスマスマーケットというものは、日本での年末の熊手市になどに相当するものやも知れなかった。師走を迎えて、何かに付けては忙しい忙しいと口にしながらも、年の瀬に買い出しに出る人々は、幼いマサキの目には何だか浮かれているようにも映ったものだ。勿論、英国《イギリス》人が生み出しているこの騒々しさには敵わなかったものの、あれもある種の馬鹿騒ぎではある。つまりは国民性だ。そう考えると、案外どの国の人間も、年が変わるというイベントを最大限に愉しんでいるのに変わりはなかったりするのだろう。
「しかし、これだけあると、何処から何を見ればいいか悩むな」
今日の天気は快晴。昨日、ロンドンに舞い散った雪はとうに解け、地面を濡らすのみとなってしまっている。寒さもそこまでではないクリスマス目前のロンドン。シュウの話では先ずグリューワインで身体を温めてから、いざ買い物に挑むのが定番の愉しみ方らしかったが、この陽気ではそこまで酒が必要だとは思えない。むしろ、どちらかと云えば、締め括りに飲むのが適しているような気がしたものだ。
「折角のクリスマスマーケットですから、グリューワインやクリスマスの肉料理ぐらいは愉しみたいものですが」
昨晩、パブでかなりの種類の酒を口にしたシュウは、早速、迎え酒とばかりにグリューワインを欲しがったものだったが、そこまで酒量を口にしないマサキとしては、急いでアルコールに手を出さなくともという気分である。
後にしようぜ。マサキはそうシュウに云うと、手近な店を覗き込んだ。
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