まだまだ続くよ!
あと四回で終わる予定です!
あと四回で終わる予定です!
<YOUTUBER白河>
(五)
何してるんだよ――と、シュウの家に上がり込んだマサキは、既にソファに向けて設置されている|アクションカメラ《GoPro》と、その正面から少し右寄りに座って本を読んでいるシュウに尋ねずにいられなかった。
「『ふたりで普段どう過ごしているのかが見たい』というコメントが結構あったので、今日は日常を撮ろうかと」
本から顔を上げたシュウが、いつも通りの冷ややかな微笑みを浮かべる。その顔で云っていい台詞じゃねえよなあ。そう思いながらも、シュウのその台詞でマサキは自分がここに呼び出された理由を悟った。
「だから今日来いって云ったんだな」
シュウの左隣に座り、テーブルの上にあるリモコンを取り上げる。もう|アクションカメラ《GoPro》のスイッチは入っているようだ。点灯するライトに、ちらとファインダーを見遣ってから点けたテレビに視線を向ける。
「日常はいいけど、いつも通りじゃ多分最高潮につまらないだろ」
「そうは云ってもリクエストですからね。まあ、偶には毛色の異なる動画があってもいいのでは」
「お前がひたすら本を読んで、俺がひたすらテレビを見るだけの動画だぞ。何が面白いんだ?」
「後でこの動画を上げたら、どこが面白かったかコメントしてもらうのもいいかも知れませんね」
「まあ、いいや」マサキはリモコンを操作して、良さげな内容の番組を画面に映し出した。「てことは、今日は特に何もせず、いつも通りに過ごしていいんだな」
賑やかなバラエティ番組。今日は大道芸の特集であるようだ。
スタジオに呼ばれたらしい|芸人《ジャグラー》がジャグリングを披露している。五つのクラブを慣れた手付きで宙に放り投げたジャグラーは、それを次々とキャッチしてみせながらくるりとスピンをしてみせた。
だが、シュウはそうした芸にはまるで興味がないようだ。と、いうより、手にしている本の内容に心を奪われてしまっているのだろう。いつの間にか本に視線を戻していた彼は、マサキを見ることなく言葉を継いでくる。
「ええ。私も今日は何もしませんので、好きに過ごしてくださって結構ですよ」
「なら、飲み物でも取ってくるか」マサキはソファから立ち上がった。
「何を飲むよ」
キッチンに向かって歩んで行きながら尋ねれば、わかりきった返事が聞こえてくる。
「アイスティーで結構ですよ。冷蔵庫の中に作り置きがあります」
「俺の為に準備ご苦労さん」
決して紅茶を淹れるのが上手くないマサキに頼むのは無理があると認めているのだろう。わざわざ呼び立てた手前、あれこれやらせるのもと思っているのかも知れない。自らの飲む分をきちんと自分で準備したらしいシュウに、マサキは「俺も飲んでいいか」と尋ねながらリビングを振り返った。
言葉にするのも面倒なようだ。頷いたシュウに冷蔵庫を開き、ふたり分のアイスティーを用意する。
「偶には一緒にテレビを見ようぜ」
「見てもいいですが」
グラスに注いだ綺麗な琥珀色のアイスティ。テーブルの上に置くと、窓からの光が美しい影を作る。それを手にすることもなくマサキを見上げてくるシュウに、マサキは問い返した。
「いいですが、って何だよ」
「こういうことですよ」
読んでいた本を肘掛けに置いたシュウが、マサキに向けて腕を開いてみせる。
マサキは暫し思案し、ソファを映し続けている|アクションカメラ《GoPro》に視線を向けた。使うんだよな。と聞けば、当然のように、ええ。と、頷かれる。やだ。マサキはそっぽを向いた。
「世界中に見せていいもんじゃねえだろ」
「私は構いませんが」
「あのな、お前が構わなくとも俺は構う――」
ぞっとする台詞を吐いたシュウにマサキが顔を向けた瞬間だった。マサキの手首をシュウが取った。
ひんやりとした温もりに、胸が騒いだ。会わなかった日々の恋しさがまるで湧き水のように噴き出してくる。ここ数ヶ月というもの動画の企画が優先されてばかりだったからか、まともな触れ合いは数えるばかり。ゆっくりと手を自分の方へと引いてくるシュウに、「使うなよ」マサキは云って、彼の膝に乗り上がった。
「使ったら絶交だ」
「どうしても?」
「もうちょっと当たり障りのない動画にしてくれよ」
シュウの胸に背中を預けてテレビに視線を向ける。クラブは終わったようだ。両手にふたつの箱を持ったジャグラーは、今度はその間に挟んだ箱を地に落とすことなく巧みに操作している。
「ハプニングがあった方が面白いと思いますがね」
「まだ四本しか動画出してないんだぞ。お前がどういう展開を考えてるかは知らねえが、こういうのは最後の方で出すもんだろ」
咄嗟に口から出たでまかせだったがシュウは納得したようだ。成程。と、小さく言葉を発すると、マサキの腰に腕を回してくる。
「なら、今回の動画はお蔵入りですかね」
「使えるところだけ使えよ。全部使わないって、それはそれで勿体ないじゃねえか」
「あなたも大分動画撮影に慣れてきたようで」
クックと声を潜ませて嗤ったシュウが、マサキの肩に顎を乗せてくる。「あれは何て云う技なの?」続けて尋ねてきたシュウに、シガーボックスって云うんだよ。と答えたマサキは、そこから一時間ほど。シュウの膝の上に腰を落ち着けて、彼と一緒にテレビを見た。
※ ※ ※
使えそうな部分だけを編集して動画にしたようだ。それから三日と経たずにアップされた五本目の動画は、今回は流石にそんなに反響もないだろうと思っていたマサキの予想とは裏腹に、何故か過去最高のコメント数を記録した。
※ ※ ※
使えそうな部分だけを編集して動画にしたようだ。それから三日と経たずにアップされた五本目の動画は、今回は流石にそんなに反響もないだろうと思っていたマサキの予想とは裏腹に、何故か過去最高のコメント数を記録した。
彼女ら曰く、シュウとマサキの遣り取りは『もう熟年夫夫』に見えるらしい。
――もしかしてこいつら、俺たちが何をやっても面白いんじゃないか?
動画のコメント欄をシュウの膝の上で眺めながら、彼女らの熱狂がさっぱり理解出来ないマサキは、ひたすらに首を傾げるしか出来なかった。
(六)
始めますよ――と、撮影の準備を終えたシュウが云った。
始めますよ――と、撮影の準備を終えたシュウが云った。
キッチンに向けてセットされた|アクションカメラ《GoPro》。それとは別にもう一台の|アクションカメラ《GoPro》がマサキに向けて構えられている。持ち主は当然シュウだ。
マサキはキッチンを見渡した。
カウンターの上に調理器具と調味料が並んでいる辺り、料理をさせられるのは間違いなさそうだ。来るなりシュウにキッチンに連れ込まれたマサキは、彼に渡されたデニム地のエプロンを身に着けながら、カメラのファインダーに顔を向けた。
流石に六回目の撮影ともなれば慣れもする。
わざわざ表情を作る気にはなれなかったが、照れや嫌気を感じることもない。こうやって慣らされていくんだよなあ。そんなことを思いながら、マサキはシュウの次の言葉を待った。
「今日はですね、料理対決をしようと思います」
自分だけが料理を作らされるのではないかと思っていたマサキは、予想外のシュウの台詞に肩の力が抜けた。
りょうりたいけつ。と、我ながら間の抜けた声で彼の言葉を復唱する。そうですよ。頷いたシュウが手持ちの|アクションカメラ《GoPro》をカウンターに置いて、自らもまたエプロンを身に着ける。
信じられないほどに似合っていない。
マサキは視線をそっとシュウから外すと、カウンターの上に再び目を落とした。
「その割には食材がねえな」
「冷蔵庫の中身を好きに使っていいというルールですので」
成程、そういうことか。納得したマサキは、しかし――と、シュウを振り仰いだ。
「勝ち負けはどうやって決めるんだよ」
「負けを認めた方が負けです」
「それ、一生勝負が付かねえだろ」
意固地で頑固なマサキとシュウは、どちらも簡単には自分の負けを認めない。それは喧嘩をした際の態度にも表れていた。
自らに非があるのが明らかでも、決して頭を下げたりはしない。意地の張り合いは決着を先延ばしにし、酷い時には一ヶ月以上、顔を合わせなかったこともある。そんな似た者同士が、主観で勝負の決着を付けるなどどうやれば出来たものか。
だが、シュウは勝算があるようだ。クックと声を潜ませて嗤うと、それはどうでしょうね。と、自信たっぷりに云ってみせる。
「はん。随分と余裕ぶっこいてるじゃねえか」
「とても面白いレシピを入手しましたので」
「どんなレシピか知らねえが、俺の料理の腕に勝てると思うなよ」
マサキは|アクションカメラ《GoPro》向かって顔を突き出すと、挑発も兼ねて鼻で笑ってみせた。
シュウの料理のレパートリーは少ない。
決して料理をしないという訳ではなかったが、マサキを始めとして、世話を焼きたがる人間に囲まれている彼は、滅多なことではキッチンに立つということをしなかった。キッチンに立つぐらいならば、ケータリングで食事を済ませる。王族であったが故に舌が肥えているからだろう。好むメニューが偏っている割には贅沢なことである。
「あなたこそ、私の料理に驚かないことですね」
余程、自信があるようだ。ふふふ……と、物騒にも凶面を作って笑っているシュウに、嫌な予感を覚えながらも、啖呵を切った手前引く訳にもいかない。云ったな。マサキはシュウをひと睨みすると、先に冷蔵庫へと向かった。
※ ※ ※
三十分、一本勝負。
※ ※ ※
三十分、一本勝負。
マサキが作ったのは、鶏むね肉とザクロとサラダビーンズ、そこに生ハムと胡桃を加えたパワーサラダだった。勿論、レタスとキュウリとトマトも忘れない。ここに、たっぷりの玉葱とクルトン、そしてチーズ入ったスープを付けてどうだとシュウに胸を張る。
「流石は作り慣れているだけはありますね。私の好みをきちんと押さえている」
「当たり前だろ。何年付き合ってると思ってるんだ」
マサキはシュウの前に置かれている皿を覗き込んだ。
揚げ物であるらしい。綺麗に上がったひと口大の丸いボール状の何かは、揚げ物や肉類が好みのマサキに合わせたようだ。
中身が何であるかはわからない。三十分で二品を作り上げようと必死だったマサキは、シュウの動きに目を配っている暇がなかった。だが、あれだけ自信満々な様子だったのだ。ただの揚げ物でないのは間違いなかった。
「交換して実食といきましょう」
そう云って、カウンターの上の料理を入れ替えたシュウに、マサキは早速とフォークを揚げ物に突き刺した。そうして少し時間が経ったことで、食べ易い温度になっている揚げ物を口の中に放り込んだ。
「何だ、これ。何を揚げたのかわからねえが、滅茶苦茶美味いぞ」
「あなたはきっと美味しいと云ってくれると思っていましたよ、マサキ」
マサキの反応を見たことで満足したのだろう。シュウもまた目の前の料理にフォークを差し入れる。
「いつものあなたの料理の味ですね。私が大好きな」
柔らかな微笑みを浮かべたシュウが、続けてスープに口を付ける。これも美味しいですよ。そう続けた彼に、思惑通りでありながら、マサキは落ち着かない気分でいた。
「なあ、これ何を揚げたんだ? 知ってる味な筈なのに、何かさっぱりわからねえ」
その気持ちのまま、耐え切れずにシュウに尋ねてみれば、彼はマサキのその反応こそを待っていたようだ。ゆっくりとスープを咀嚼してから、勿体ぶった様子で言葉を継ぐ。
「じゃがりこです」
「じゃがりこぉ!? お前、そんなもん冷蔵庫に隠してやがったのかよ!」
そう云われれば、このジャンクな味わいは、地上で良く口にしたスナック菓子に似ているように思える。マサキはもうひと口、揚げ物を口の中に放り込んだ。サラダ風味のスナック菓子の味。チーズが加えられているが、紛れもない。じゃがりこだ。
「狡くないか」
「家主の特権です」
「どこに隠してやがった」
「冷凍庫の中に」
何だよ、もう。マサキは自棄になりながら、揚げ物を完食した。
その最中にシュウにレシピを尋ねたところ、温めた牛乳でふやかしたやがりこに、溶けたチーズを加えて捏ね合わせものを揚げただけだという。
「動画がバズっていたのを見たので、試しに作ってみたのですよ。あなたが気に入りそうな味だったので、この機会にと思いまして」
如何でしたか? 続けて悪戯めいた笑みを浮かべながら尋ねてきたシュウに、懐かしくて泣けそうだ。そう云いながら、マサキは彼に抱き付いていった。
※ ※ ※
勝敗が明瞭りとしないまま終わった動画だったが、最早その程度のことはどうでも良くなったようだ。声にならない書き込みが増えるコメント欄。ちゃっかりマサキが抱き着いてきたところを動画に組み込んだシュウに、まあ、いいけどよ。と、マサキは素っ気ない振りをしながらも、赤く染まる頬を抑えられずにいた。
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勝敗が明瞭りとしないまま終わった動画だったが、最早その程度のことはどうでも良くなったようだ。声にならない書き込みが増えるコメント欄。ちゃっかりマサキが抱き着いてきたところを動画に組み込んだシュウに、まあ、いいけどよ。と、マサキは素っ気ない振りをしながらも、赤く染まる頬を抑えられずにいた。
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