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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

【R18】その呼び名は誰が為に(後)
後編です。あんまりエロくならなかったよ、パトラッシュ……



<その呼び名は誰が為に>

 この世の中には、口にするのが照れ臭くなる言葉が幾つかある。マサキにとってその最たるものは愛の言葉だ。
 幾度かシュウにせがまれて口にしようと思ったことはあったものの、いざ口にしようとすると上手く口が回らなくなる。よしんばスムーズに口に出来たとしても、意識が上手く言葉を吐くことに向いてしまっているからだろう。どこか上滑りしているように感じられたものだ。
 云われる相手であるシュウ自身はそれでもいいらしく、とみにベッドの中ではマサキからの愛の言葉を聞きたがったが、そうでなくとも下手なものを、意識が快楽に向いてしまっている状態で口にするのは無理がある。いつぞやなど、自宅で練習してきてまで口にしようと試みてみたのだが、秀麗な顔を間近にして気後れしてしまった。つっかえつっかえ、しかも「あい」から先に進まなくなったマサキの愛の言葉に、シュウが堪えきれずに吹き出してしまってしまったのも、マサキの愛の言葉に対する苦手意識を加速させた。
 日頃、臆面なくマサキに愛の言葉を躊躇なく伝えてくるシュウに、マサキとしては応えてやりたい思いもあるにはあったが、云えないものは云えないのだから仕方がない。それに愛を言葉で伝えても、行動が伴っていなければ無意味ではないか。顔を合わせる度に愛の言葉を囁き合って、その結果、愛の言葉に安っぽさが伴うようになってしまっては本末転倒。それならば、無理せずに行動や態度で表していけばいいと思ってしまうマサキを誰が責められよう。
 かくて、シュウに愛の言葉を伝えるのを諦めてしまったマサキは、この世に愛の言葉以上に口にするのが難しい言葉はないと思っていたのだが。
「ねえ、マサキ。そろそろ呼んでくださってもいいでしょう」
「や、だ……」
 シュウと向かい合わせに膝の上に乗せられたマサキは、シュウの整い過ぎたきらいのある顔を間近にしながら喘いでいた。
 身体を深く繋がった腰の奥にあるシュウの男性器《ペニス》が確かな熱を放っている。その動きが止んだのはつい先程のことだ。
「どうして? たった三文字ですよ、ほら」
 キスをして、愛撫を受けて、互いの性器を舐め合った。その間、とりたててシュウが話を蒸し返すようなことはなかった。いつも通りの性行為《セックス》に、だからマサキはもう終わった話だと思い込んでいた。それどころか、好戦的な表情をみせたシュウにしてはやけにあっさりと引いたものだと安堵さえしていた。
 執念深いこの男がその程度で諦める筈がないことを、マサキは思い知っていたというのに。
「絶対……に、やだ……」
 マサキはシュウの背中に指を立てた。そして早く動けとシュウに迫った。
「身体が、冷める……」
「なら、こうしましょう、マサキ」
 この瞬間を待っていたとしか思えぬシュウのぞっとする声。ゆっくりと動き始めた彼の男性器《ペニス》が、マサキの前立腺《スイートスポット》を緩やかに刺激する。あ、あ。マサキは声を上げた。射精以上の快感が、じわりじわりと菊座《アナル》の奥に広がってゆく。
 それが不意に止む。
 物足りなさにマサキはシュウを睨んだ。もっと。そう口にしてみるも、薄く笑むシュウが腰を動かす気配はない。
「呼べたら達《い》かせてあげますよ」
「お、前、そういうの……」
 また、シュウの男性器《ペニス》が少し動く。気持ちいい。マサキは熱い吐息を喉の奥から吐き出した。もっと、もっと。駄々を捏ねる子どものように声を上げながら、立てた指に力を込める。
 けれどもその快感も長くは続かなかった。程なくして止まったシュウの腰の動きに、またシュウを睨み付ける。「呼ぶ気になりましたか?」どうあってもマサキに云わせたいようだ。シュウの言葉にマサキは「やだ」と首を振った。
「強情なことですね。三文字か五文字、どちらかでいいというのに」
 そしてまたゆるりと動く。
 少し動いては、少し止まる。マサキを焦らすようにゆったりと腰を進めてくるシュウに、即時的で強烈な快感を求めたがるマサキの情動は壊れそうになった。シュウとの性行為《セックス》に慣らされきった身体が、やがて到達する一点を求めて鳴いている。こんなことを続けられたら、心がもたない。持続しない快感に焦れたマサキは、自ら腰を振り始めた。
「どうあっても私を殿下とは呼びたくない?」
「当たり、前、だろ……お、前、そういうところ、本当に……」
 次の瞬間、マサキの臀部を開いていたシュウの手に力が籠ったかと思うと、一気に男性器《ペニス》が抜かれた。そのままベッドに押し倒される。云わないなら実力行使といったところであるようだ。直後、覆い被さってきたシュウがマサキの足を開かせた。挿し入れられた指が、浅い位置を刺激し始める。
「呼んで、マサキ」
「あ、やだ。シュウ、それでイクの、やだ」
 マサキの背中に片腕を回したシュウが胸に口唇を寄せてくる。や、ああっ。マサキは身体を大きく仰け反らせた。シュウの愛撫で過敏になった身体が、彼の愛撫に歓喜の咆哮を上げている。特に菊座《アナル》だ。ゆるく口を掻き混ぜられているだけだというのに、男性器《ペニス》の先端を濡らすほどの快感がある。
「やだ、やだ、シュウ……ッ」
「あれも嫌、これも嫌は通用しませんよ」顔を上げたシュウがクックと嗤った。「あなたにあげられる選択肢は三つです、マサキ。私を殿下と呼ぶか、それともクリストフと呼ぶか、それともこのまま達するか。どれがいいかはあなたにお任せします」
「絶対、呼ばねえ……」
「なら、このまま達するのですね」
 シュウの口唇が柔くマサキの乳首を包み込んだ。
「あ、はぁっ」
 瞬間、ひときわ細い声がマサキの口から洩れ出た。生温かい口腔内に吸い込まれた乳頭が、彼の舌で転がされてゆく。本当にこのまま達させるつもりなようだ。菊座《アナル》を弄んでいる彼のしなやかな指が、浅いところを刺激し続けているのを感じながら、マサキは自らの意地と本能の狭間で戦いを続けた。
「まだ、呼ぶ気にはならないですか、マサキ?」
「ならない、って、云ってる、だろ……」
 じわりじわりとせり上がってくる快感が、脳の中枢を侵し始める。
 もっと我を忘れるような強烈な快感が欲しい。ゆるゆると動き回る指と舌に追い詰められながら、マサキは願った。どこかで気を変えて、いつものように激しく自分を抱いてはくれないものか。シュウとの性行為《セックス》に、一種の麻薬的快感を覚えているマサキは、このまま自分が射精に至るのだけは避けたかった。
 さりとて、彼を尊称で呼ぶのも、王室時代の名で呼ぶのもしたくはない。
 マサキにとってシュウは、出会った時からシュウ=シラカワとしか呼べない男だった。慇懃で、冷酷で、理性的。物腰は柔らかいが、フェイルロードやセニア、或いはモニカに感じられるような温和さはなく、いつでも切れ味鋭いナイフのような鋭利さで、他人の甘えた精神に切り込んできた。
 のちに彼の口から語られた話によれば、才能に恵まれた彼にとって、他人が成果が出さないことは問題ではなかったようだ。答えは単純、才能がない人間も世の中にはいるからだ。ただ、そういった理由に逃げて努力を放棄するとなると別の話だ。そういった人間に対して、シュウは容赦が出来ないのだという。マサキ自身も当時の高く伸びた鼻を、幾度もシュウにへし折られている。自身の目的の障壁になる存在であるということを除いても、あの頃のシュウのマサキ処し方は中々に手厳しかった。ヴォルクルスの支配が解けたのちはそうした彼の遠慮ない態度にも多少の改善がみられたが、かといって消えきった訳ではなく、自身が気に入らない相手を完膚なきまでに叩き潰していみせるのは相変わらずだ。
 かたや王室での彼がどういった人間であるかというと、これがマサキにはまるでわからない。セニアやモニカ、テリウスから聞いた話を総合するに、陰気な人間であったようではある。とはいえ、王宮外での活動に熱心であった男だ。王宮内でシュウの姿を見かけることが先ず珍しいことであったというのであるから、彼らの話からシュウのクリストフとしての人間性や人格を推し量るのは難しい。
 そうである以上、マサキにとってシュウの公的な名称であるクリストフは、知らない人間の知らない名に過ぎない。
 だったら呼べばいいじゃないか。ぼんやりとした脳内で、快感に身を委ねながらとりとめのない思考を垂れ流していたマサキは、ふとそう思って口を開きかけた。知らない人間の知らない名を呼ぶことを躊躇うなど馬鹿々々しい話だ。けれどもたった五文字のその名が、何故か喉から出てこない。まるでそれをした瞬間に、目の前にいる男の存在が遠いものと化してしまうような感覚。訳のわからない不安に襲われたマサキは、胸に置かれたままのシュウの頭を引き離して、そして力一杯彼の身体に抱きついた。
「マサキ?」
「やっぱ、やだ……」
「呼ぼうとしたの?」
「名前ぐらいならいいんじゃないかと思った。けど、出来なかった。お前がなんか遠くなるような気がして」
「どちらも私なのに」
 苦笑を浮かべたシュウがマサキの身体をやんわりと抱き締めてくる。「嫉妬ではないのですよ、本当に」続いた彼の言葉にマサキは微かに目を瞠った。
「信じてはもらえないでしょうが、私はあなたに呼ばれれば、その立場も名前もあったものとして受け入れられるのではないかと思ったのですよ。とはいえただの思い付きですからね。聞いてみたいという気持ちの方が大きかったのは事実ですし、あなたに呼んでもらうことに強く拘るつもりはありませんよ」
「シュウ……いや、その……」
 マサキは意地を張ってしまった自分を悔やんだ。悔やんでその名を口にしようとした。「無理はしなくていいですよ」苦笑を浮かべたシュウがマサキのこめかみに口付けてくる。
「あなたの気持ちを聞いた今、無理強いするつもりはありませんし」 
 王室に戻って欲しいと国民に熱望されても、王室と距離を置き続けている男である。シュウにとって殿下と呼ばれた日々が、決して恵まれたものではなかったことは容易に想像が付く。それだのにマサキは自らのエゴとプライドにしがみ付いてしまった。
「続きをしますか、マサキ。それとも今日はここまでにしておきますか」
「する」
 マサキはシュウにしがみ付く手に力を込めた。
 直後、開かされた身体に、シュウの男性器《ペニス》押し入ってくる。瞬間、ぐずつく蕾がぴたりと泣き止んだ気がした。
 長く焦らされた身体に押し寄せてくるシュウの熱。四肢の隅々にまで行き渡る快感に呆気なく飲み込まれたマサキは、そこで譫言のように彼の名を――クリストフと呼んだ。

※ ※ ※

 気だるい空気が蔓延するベッドルームで、マサキはシュウの胸に頭を置いて身体を横たえていた。
 引くことのない熱気が身体に纏わり付いている。望むことを為し終えたシュウは今何を思っているのだろうか。荒らぐ息を整えている彼の表情を盗み見たマサキは、そこにいつも以上の変化がないことに少しだけ安堵した。
「名前など記号に過ぎないことはわかっているのですがね」
 マサキの頭に手を置いたシュウが、髪に指を絡ませてきながら口にする。
「身も蓋もねえこと云うんじゃねえよ」
「とはいえ、名前が個体を識別する記号に過ぎないことは明らかですからね。なければ呼ぶのに不自由する。その程度の理由でしょう、名前が生まれた理由など」
 それをマサキは少しだけ腹立たしい気分で聞いた。
 忌まわしい思い出など、記憶の外に捨ててしまえばいい――そう口にするのは容易かったが、それで傷を負った彼の心が癒しきれるものでもない。だからマサキは彼の名をクリストフと呼んだ。
 忌まわしい思い出を消す方法は二つしかない。忘却か、上書きかだ。マサキは後者を選んだ。選んだからこそ、彼の忌まわしい思い出の数々を幸福な思い出で上書きしようとした。だのにこの反応である。これではそれが上手くいったのか、それとも失敗に終わったのかがまるでわからない。
「それでも、嬉しいものですね。あなたにその名を呼ばれるというのは」
「シュウ」
 続く言葉で彼の本意を知ったマサキは、ただそっとシュウの身体に身を寄せた。
 上手い返しなど思い付かなかった。ただ、秘密の呼び名を手に入れたような気分にはなった。今となっては呼ぶ者が限られる彼の名前であるクリストフ。それはこそばゆいような、それでいて胸が満たされるような不思議な響きだ。クリストフ。マサキはシュウの胸に頬を当てて、彼の胸の鼓動を聞きながら、性行為《セックス》の最中に幾度も口にしたその名を、改めて口の中で反芻して噛み締めた。
「偶にでいいので、呼んではもらえませんか、マサキ」
「やだよ。恥ずかしい」
「ベッドの中でだけ――などとは云いませんよ。あなたの気が向いた時に少しだけ。それで結構。それだけで私は過去を許せるような気がします」
 マサキは逡巡した。
 自分の言葉にそれだけの力があると驕りたくはなかった。けれども、シュウ=シラカワ或いはクリストフ=マクソードという人間が、そこに少しでも救いを感じてくれるのであれば、偶の我儘くらいは受け入れて呼んでやるべきなのだとも思う。
 何より、マサキはシュウが好きなのだ。愛や恋といった次元とはまた異なる感覚を彼と一緒にいる時間に感じてしまうほどに。
 好きな人間の不幸を願う人間はそうはいない。それはマサキにしても例外ではなかった。彼にとって穏やかな人生を、そして幸福と思える道を歩んで行って欲しい。その一助となるのであれば、名前くらいは幾らでも呼んでやる。
 けれどもマサキは根が素直に出来ていないのだ。
 愛の言葉に等しく、マサキに気恥ずかしさを感じさせる名前。クリストフ。それを日常的に乱発するのは、彼が何者であるべき人間なのかを認めてしまうようで嫌だった。国家運営の柱として、国民は元より、議会からも王族復帰を望まれているシュウ。遠く遡ったあの日々には思い付かなかったような現実の中に、今のシュウはいる。
「偶に、少しだけだぞ」
「それで充分ですよ、ねえマサキ」
 身体を横に向けたシュウがマサキの身体を抱き締めてくる。
「もう一度、しませんか」
 それだけマサキが自分のもうひとつの名を呼んだことが嬉しかったのだろう。誘いの言葉を投げかけてくるシュウに、胸の疼きを感じたマサキは、それを掻き消すように彼にしがみ付きながらこくりと頷いた。




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