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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

【R18】喫茶店にて
その呼び名は誰が為に()(

番外編です。モブ男視点のしょーもない話になります。



<喫茶店にて>

「良く考えたら、セックスしてる時の人間って間抜けな姿をしてるよな」
 隣のボックス席から聞こえてきた身も蓋もない台詞に、青年は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
「ちょっと、マサキ。ここ喫茶店」
 まだ年若そうな男女の声だ。
 もしや恋人同士の会話なのだろうかと青年が横目で隣を窺ってみれば、救国の英雄と名高いマサキ=アンドーとミオ=サスガが座っている。メディアで目にするよりも幼く見えるのは、今がプライベートな時間であるからか。ふたりとも随分とくだけた表情をしている。
「そうは云っても、事実だろ。素っ裸で汗流してはあはあ云いながら腰振ったりしてるんだぜ」
「もう、パフェが不味くなるじゃないの。事実を云えばいいってもんじゃないでしょ。マサキ、あたしにもう少し夢を見させる気はないの?」
 やっぱりあの噂は本当だったのか。青年はひとり得心した。
 煌びやかな治安部隊アンティラスには、風の魔装機神操者であるマサキ=アンドーを筆頭として、様々な魔装機に乗る様々な操者が集まっていた。中でも、少し幼げな面差しながらも甘いマスクのマサキは、圧倒的な能力も相俟って、絶大な人気を誇っている。比率的には六対四といったところだろうか。女性もそれなりにいる部隊なこともあり、下衆な連中は、彼が部隊の女性操者を食い漁っているなどと噂したものだ。
 それだけにマサキの口から、性に纏わる言葉を聞いた青年は、微かな落胆と多大な興奮を感じずにいられなかった。
 セニア=グラニア=ビルセイアを筆頭に、練金学士のウェンディ=ラムス=イクナート、地上人のリューネ=ゾルダーク……名を挙げればきりがないマサキの周りの美女たち。青年がマサキの立場であったらとても正気ではいられない。だから青年は安堵をしもした。救国の英雄も人間だったのだと。
「夢っていうか、現実だろ。少ない面積を触られてあんあん云うのって正気の沙汰じゃねえや」
「マサキ! あたしまだ処女《バージン》なんだけど!」
「耳年増の癖しやがって」ははは。と快活に笑ったマサキが続ける。「まさかお前、初体験はクリントンホテルで……なんて夢見てたりしてないよな」
「悪い? あたしにだって理想のシチュエーションはあるのよ」
 クリントンホテルは城下にある五つ星ホテルだ。アンティークな家具で埋め尽くされたビクトリア調の部屋が名高く、城下を一望できる眺望の良さが売りである最上階のスィートルームの宿泊価格は、なんと百万クレジット。そのラグジュアリー感が受けたのか。新婚夫婦の宿泊先に大人気で、向こう半年は予約でいっぱいであるらしい。
 来年の春に挙式を上げる予定の青年の妹も、例に洩れず、挙式後のクリントンホテルへの宿泊を希望しているのだが、何せ一晩百万クレジットだ。挙式費用を肩代わりする予定の両親は、金銭感覚の欠如した妹の要望に、とてもそんな大金は工面出来ないと嘆き続けているのだから、罪つくりなホテルである。
「やめとけよ。お前が思うほど、夢が溢れるワンダーランドじゃねえぞ」
 また、マサキの声が耳に飛び込んでくる。
 ここまでの話の流れを総合するに、どうやらマサキ=アンドーは、不特定多数の女性とのアバンチュールを楽しんでいるのではなさそうだ。そうでなければミオ=サスガも処女だと絶叫しもしない。と、なると相手は誰であるのだろうか? 青年の脳裏にアンティラス隊に関わる女性たちの姿がぱっと思い浮かんでくる。誰にしても羨ましい。青年はマサキとミオの話を聞き逃すまいと、なるべくゆっくりコーヒーを堪能することにした。
「それ、性欲に溺れまくりなマサキに云われたくない。てか、泊まったことあるの」
「ある。広過ぎて身の置き場に困った」
「やだやだ」パフェを食べていたミオが肩をそびやかす。「パートナーの優しさを、そんな風にこき下ろして」
「俺はもうちょっとこぢんまりしたホテルがいいんだよ。あそこはもうパーティルームだぞ。ふたりで楽しむ場所じゃねえや」
「それにしたって物は云いようでしょ。あたしとこんな話をしてるって知れたら、シュウは怒るんじゃない?」
「怒らせときゃいいんだよ、あんな奴」
 青年は眉を顰めた。
 ラングランでは耳慣れない響きは地上人ぽくもあるが、少なくともメディアに公になっている人物ではなさそうだ。しかも、女性名でもなさそうである。まさか――青年の鼓動は大きく跳ねた。救国の戦士の性的指向の秘密を、もしや自分は知ってしまったのではないか?
「また喧嘩ァ? それであたしにパフェを奢るから話を聞けって云ったんだ。何々、今度の喧嘩は何が原因?」
「殿下って呼べって煩いんだよ、あいつ」
 殿下という言葉に、青年は一瞬怯んだ。
 勿論、そこにいるのは救国の英雄たちである。そうである以上、彼らを監督するセニア王女が属する王室とも縁深い。これ以上は聞かない方がいいのかも知れない。冷水を頭からぶっかけられたような気分になった青年は、コーヒーを飲み干して席を立ち上がろうとした。
「馬鹿なの? どっちも」ミオの言葉が耳に飛び込んできたのはその瞬間だった。「何でまたそんな話になってるのよぅ」
「ラングラン議会の所為だろ」
「ああ。審議が長引いている例の件」
「もっと早く決着が付くと思ってたのが、思った以上に長引いてるからセニアが疲弊しててよ。ならいっそ籍を戻してもらうのも面白いかも知れないですね、なんてあいつが云い出し始めやがって……」
「それで殿下ァ? 気が早いにも限度があるんじゃない?」
「俺の反応が面白いって云うんだよ、あいつ」
 青年は慌てて席を立った。
 史上最悪の災厄と名高いクリストフ=マクソード。王家における名前を捨てた彼は、現在、自身のもうひとつのルーツである地上名を使って活動を続けているという。しかもマサキたちと手を結ぶことも多いと聞く。その彼が現在名乗っている名前を、マサキの話を聞いた瞬間に、青年は都合悪くも思い出してしまったのだ。
「あ、すみません」
 会計を済ませて店を立ち去ろうとしたところで、丁度店に入ってきた長躯の男性と肩がぶつかった。
「構いませんよ、このくらい。どうぞお気になさらず」
 均整の取れたプロポーション。整いすぎたきらいのある顔はまるで美術品のようだ。
 ――こういった男性も世の中にはいるのだな。
 神に愛されているとしか思えない容姿。あまり長く目にしてしまっては目が眩む。青年は重ねて男性に謝罪を済ませると、背後を振り返ることなく喫茶店の外に出て行った。





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