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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

その呼び名は誰が為に(前)
「どうしてもマサキに殿下と呼ばせたいシュウ」
 VS
「どうあってもシュウを殿下と呼びたくないマサキ」

です。後編はR18になる予定ですが、カテゴリ的にはギャグだと思います。




<その呼び名は誰が為に>

 ラングラン議会が紛糾していた。
 近年のラ・ギアスにおけるシュウの活躍が、ラングラン国民に広く知れ渡ってしまったのが原因であるらしい。モニカとテリウスというかつての王位継承権保持者を擁していることも関係してだろう。市井における彼を王籍に戻せという気運の高まりは、ついにラングラン議会にまで到達した。
 調和の結界の弱体化が問題視されてたからだ。
 王位継承権を保持するアルザールの血統が絶えて久しい。遠い血筋を頼ってどうにか王制を保ったラングランではあったが、外交上有利に働いていた調和の結界の絶対性を欠くのは避けられなかった。恒久的な平和の構築には、強靭な防衛能力が必要不可欠だ。内乱を経てその現実に行き当たったラングラン議会は、だからこそ、シュウの名声の高まりに強硬的な姿勢を軟化させていった。
 その結実にて端緒たる国家叛乱罪の撤回審議が始まったのは、昨日のことだ。
 無論、当事者であるシュウが王籍に戻るとは考え難い。少なくともマサキの知るシュウはそういった男だ。何者にも囚われない自由を誰よりも強く望んでいる。
 彼にとって、王室という世界は狭苦しい籠でしかないのだ。
 とはいえ、本人の意向と関係なく進むのが、ラングランの政治機能である。だからマサキは当の本人たるシュウにどうするつもりなのかを尋ねた。このまま在野の研究者として、或いは流れ者の戦士として、どこの組織にも属すことなく一生を終えるつもりであるのか。それとも王室に戻り、その強烈なカリスマ性でラングランを牽引するリーダーとなるのか。その返事如何では、マサキとのシュウの関係が大きく変わるだろう。
 けれどもシュウにとっては、自身の立場に関わる話題も些事に過ぎなかったようだ。ちらとだけマサキを窺うと、直ぐに手元に視線を戻してゆく。
「その話しでしたら、セニアに任せていますから大丈夫ですよ」
「けどな、お前みたいな存在は、正直困るんだよ。傭兵でもない。テロリストでもない。だけど戦争には首を突っ込んでくる。しかも世界に利するだけの一定の成果を上げちまうってなっちまうと、過程はいざ知らず、結果としてはとんでもない正義の味方になっちまうじゃねえか。それを放置出来ない国民や議員はそれなりにいる。無関係だって突っ撥ねるのには無理が」
「そうは云われましてもね」
 論文を執筆している最中だったようだ。資料が散らばる机上。書斎にあるマホガニー製のアンティークビューロに向かっていたシュウが、マサキを振り返って肩をそびやかす。「それともあなたは私に王籍に戻って欲しいのですか」
「そうじゃねえよ。孤軍奮闘しなきゃならねえセニアの気持ちを慮れって話だよ。お前、あいつなら何とかしてくれるって無理難題吹っかけてるがな、王室に残ったあいつが政治に絡むのを良く思ってない輩は多いんだぞ。そいつらが敵に回らない保障がどこにある」
「かといって、そうした彼らが私たちを王籍に戻したいと思うとは思えませんね。良く云うでしょう。神輿は軽い方がいい。私は彼らにとって都合のいい駒になるつもりはありませんよ」
 つれない返事にやきもきする。
 大勢の見方では、遅くとも一週間程度の短期の審議でシュウたちの国家叛乱罪が撤回されるだろうと予測されている。それは即時にシュウたちの籍をラングランに戻す準備を議会が裏で進めているということだ。嫌な予感しかしねえ。マサキは波乱の幕開けになり兼ねない王室のお家騒動を思ってぞっとした。
 また、ラングランは動乱の時代を迎えるのだろうか。
 もしかすると、市井の生活に憂き身をやつしたシュウは、魔装機操者として、ラングランの軍事及び政治機能に触れる機会の多いマサキほど、その内情に詳しくないのかも知れない。そう好意的に解釈したくなるほどに安穏としているシュウの態度。けれども、切れ者である彼が、自身に関わる情報を収集していないなどあるだろうか? マサキは自論に疑念を抱くも、シュウの態度は変わらない。
「……お前の意志でどうにかなるって問題じゃないだろ」
「なりますよ。私たちを王籍に戻したところで、私たちに戻る意志がなければ何も変わらないでしょう。むしろ戻しただけ厄介な事態になるのは間違いない。籍があるのに本人不在では、議会の面子が丸潰れですからね。それでしたら、国民の反発があろうと王籍に戻さないことを選んだ方が丸く収まるでしょう。違いますか」
「まあ……確かに」
「だから心配無用ですよ、マサキ。あなたの気遣いは有難いですがね」
 そこで区切りを付けるつもりになったようだ。皮張りのチェアーから立ち上がったシュウが、お茶にしましょう。と、マサキに誘いをかけてくる。「丁度、小腹を満たしたかったところだったんだよ」他に至急話すべき話題を持たなかったマサキは、これ幸いとシュウに続いて書斎を出た。
「そういうことならサンドイッチにしましょう。一緒に作りますか、マサキ」
 キッチンに入ったシュウが冷蔵庫を開くのを背後から覗き込む。ハムに卵、タマネギ。キュウリにレタスにトマトもある。これなら充分に腹を満たせる。シュウから食材を受け取ったマサキは、彼と一緒のカウンターに立って、サンドイッチの支度を始めた。
 先ずは時間のかかる卵からだ。
 鍋に水を入れ、火にかける。卵がたっぷりなサンドイッチは、タンパク質が豊富であるからか。シュウも良く食べる。だからマサキは多めに卵を鍋に入れた。そして、手持ち無沙汰な時間を持て余してシュウを振り返った。 
「てか、お前。本当に王室に戻る気ないんだな。その方が好きに研究出来そうな気もするってのに」
 卵を茹でながらそう話を振ると、思うところがあったようだ。そうですね。と、野菜をカットしているシュウが言葉を継ぐ。
「王室での研究は政治や軍事に利用されない範囲に限られてしまいますからね。私の研究は軍事に関わるものも多いでしょう、マサキ。そういった意味でも戻りたいとは思えませんね」
「そういう決まりごとがあるのか」
「やろうと思えば出来るのですがね。ただ、あちら側の人間からは鬱陶しがられるという話で。現にセニアはデュラクシールを作ってしまったでしょう。彼女は王位継承権を持たないからこそ、政治参加も寛容に受け止められていますが、それでも批判の声はそれなりにあります。それが私となれば尚更ですよ」
「ああ、まあ、本来立憲君主制ってそういうもんだもんな。アルザール陛下も、王族の政治参加には否定的だったし」
「そういうことです」そこで不意にシュウがクックと嗤った。「とはいえ、あなたに殿下と呼んでもらえるのでしたら、一度は王族に戻ってみたくもありますよ。ねえ、マサキ」
「な、なんだよ、突然」
 あまりにも突然で、そして意外な欲求を、耳元で囁きかけてきたシュウにマサキは飛び退いた。
「あなたが殿下と呼ぶのはフェイルロードだけでしたからね」
「そ、そりゃ、お前が王族だって知らなかったんだから当然だろ」
「知っていたら呼んでくださいましたか?」
「まあ、そりゃ……」
 マサキはシュウの隣に位置を戻した。パンにマーガリンとマスタードを塗っているシュウの脇で、茹で上がった卵の殻を剥く。卵の形をどうするかの好みはバラバラだ。シュウは輪切りにするのが好みで、マサキは潰しすのが好みだ。だからマサキは茹でた卵を半分に分けて、片方をフォークで細かく潰していくことにした。
「ねえ、マサキ。一度だけでいいですから、私を殿下と呼んではくださいませんか」
 話を蒸し返されたのはその矢先だった。
「やだよ。今更お前を殿下って呼ぶなんて」
 恐らくは、嫉妬なのだ。
 それがわかるからこそ、シュウの思惑通りになるのが腹立たしい。
 マサキはシュウから目を背けながら卵を潰し続けた。確かに、彼の優美な所作や穏やかな物腰は王族らしさの発露である。けれども、マサキにとってのシュウはクリストフではない。地上人の血を引く厄介な地底人――理知的で、けれども好戦的で、そして嫉妬深いひとりの男。シュウ=シラカワの人間臭い本性を良く知るマサキは、だからこそ、シュウのことを殿下とは呼べなかった。
「昔でしたら呼んでくださったのでしょうかね、そう口にするということは」
「いいから味見しろよ。ほら」
 マサキは潰した卵をボウルに移してマヨネーズで和えた。塩胡椒で味を調え、口封じを兼ねて味見をシュウにさせる。だが、シュウは余程自分の思い付きが気に入ったらしかった。「なら、せめてクリストフと呼んではくれませんか」マサキの腰に手を回してきながら、再び囁きかけてくる。
「やだって」マサキは即答した。「お前、その名前嫌なんじゃねえのかよ」
「あなたに呼ばれるのでしたら、その名前も悪くないと思ったのですよ」
「それを試すって?」
「そう。出来ればベッドの中で」
 しらと恐ろしい提案を口にするシュウに、マサキはその手を振り払った。
「サンドイッチを食わせろよ。てか論文はどうした」
「勿論、サンドイッチが先ですよ。論文は、まあ、手慰みですからね。あなたとの時間に比べればさしたるものでもありません」
 マサキは耳に口唇を寄せてくるシュウを押し退けようとして手を止めた。
 研究が趣味と云い切る男にかかれば、その集大成である論文もこの程度の扱いだ。けれども、それに対して悪い気はしない。弾む心は、マサキが禁欲的に魔装機神操者としての日常を送っていた証でもあった。
「ベッドまでは付き合ってやる」
「お優しいことですね、マサキ」
「でも、呼ばねえからな、絶対」
「その気概もいつまでもつことやら」
 強気なシュウの態度に苦笑が浮かぶも、その程度で揺らぐ自信ではないようだ。好戦的なシュウの視線に晒されたマサキは、彼の強情さが発揮されつつあることに気付いて、ベッドをともにすることを了承してしまった自分に微かな後悔をせずにいられなかった。



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