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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

新たなる扉 / 見詰める瞳を
そろそろSSはネタ切れの感が出てきました。



<新たなる扉>

 とかく趣味と呼べるものが研究しかない男である。
 誰のことかと云えば、シュウ=シラカワのことである。腐れ縁転じて友人となった男は、マサキに私生活を晒すことも厭わなくなったし、自宅への出入りも好きにさせるようになっていたが、かといって積極的にマサキを誘ってくる訳でもなく。あまりにも対面での付き合いの希薄な友人関係に、マサキがどう休暇を過ごしているのかシュウに尋ねてみれば、これが研究なのだという。
「趣味なのですよ」
「趣味ねえ」
 確かにマサキが彼の自宅に上がり込んだ際の彼は八割ぐらいの確率で研究に勤しんでいたし、残りの二割は学術書を読みながら研究テーマを探しているような有様だったが、だからといって他に趣味がないという話もあるまい。朝食の席をともにしながらマサキが改めてその話を蒸し返してみれば、矢張り――というべきか。シュウは研究を趣味だと云い切る。
「他に趣味はないのかよ」
 マサキはパスタを口に含んだ。
 一か月ぶりに顔を見に来たところだった。|彼の使い魔《チカ》は暇さえあれば地下の研究室に籠り切りになる主人に呆れ果てているようで、彼が研究にかまけ過ぎて荒れ放題となった自宅の惨状には目を向けさえもしていなかった。いつものことですよう。そう云って笑うチカ。研究が佳境に入るとあらゆることを疎かにし始めるシュウに呆れつつも、勝手に他人の家を片付ける訳にもいかない。朝食ぐらいは摂らせたいというチカの希望を聞き入れてナポリタンを作ったマサキは、客を放置するなと研究室からシュウを引っ張り出すことに成功したのだが。
「ないですね」
 面白味のない男だとは思っていたが、私生活まで面白味のない男だとは思わなかった――冷蔵庫の中にあった食材で作ったありあわせではあるが、まあまあの出来に仕上がっているナポリタン。マサキは対面でマサキ同様にパスタを食しているシュウに目を遣った。上品な所作は、王宮生活で身に付けたものであるのだろう。静かにフォークとスプーンを使ってパスタを巻き取り、静かに口の中へと巻き取ったパスタを運んでゆく。
 当然だが、ナポリタンのソースを服に散らすことはない。
 そつなく何でもこなせる男であるのに、趣味は研究の一本槍。付き合っていてこれほど面白味がない男もそういまい。敢えて親しみを感じる部分を上げるとすれば、研究に励み過ぎるがあまり、家の中のことを疎かにする部分か。
 マサキは視線をダイニングと続きになっているリビングに向けた。
 着替えをした後の片付けが面倒だったのだろう。ソファの上に掛けっ放しになっている衣装が層を作っている。掃除もする暇を捻出する気がないのだろう。家具の上にはうっすらと積もった埃。カーテンの開け閉めをするのも大儀らしく、中途半端に開いたままになっている。
 チカ曰く、かれこれ三日は開けっ放しのままであるのだとか。
 日頃は行き過ぎた几帳面さをみせるシュウの意外な一面。彼と友人付き合いをしていなければ知ることのなかっただらしなさは、ごちゃついた部屋に身を置くマサキからすれば確かに親近感が湧くものではあったが、如何せん状況が状況である。行き過ぎてるんだよなあ。マサキは溜息を吐きながら、視線を元に戻した。
「お前の家にあいつらが世話を焼きにくる理由がわかった」
「普段はきちんと家事を自分でしていますよ」
「研究を云い訳に使うなよ。趣味と家事は両立出来ないもんじゃないだろ。実際こうして俺と飯を食ってる暇はあるんだからさ」
「しかし、マサキ。研究とは競争でもあるのですよ。先に結果を出した者がその分野における第一人者となる世界ですからね。研究で取得した技術に特許を取得されては、使いたい技術も思うようには使えません。あまりのんびりと研究を展開している訳には」
 お前さあ。マサキはフォークでシュウを指した。
「行儀が悪いですよ、マサキ」
「そういうところだよ。面白味がねえ」
「今更ですね」
「だから、そういうところだろ。俺の友人をやるなら少しは自分を変えろよ。毎度お前の顔を見に来るだけの付き合いとか嫌だぞ、俺」
「――確かに」云われて思い当たる節があったようだ。考え込む素振りをみせたシュウが、「なら、あなたと共通の趣味を持つことにしましょう。教えてくれますか、マサキ」
「云ったな」マサキは空になった皿を手に立ち上がった。
 友人という立場に甘えているのだろう。近頃のシュウは研究以外のことには腰が重かった。当初のフットワークの軽さは何処にやら、外出を促してものらりくらりと云い訳をして逃げ回る。その彼がついにやる気をみせたのだ。これにマサキが気持ちを躍らせない筈がない。
「先ずは部屋の掃除と洗濯物の片付けだ。それが終わったら街に出るぞ」
 皿をシンクに沈めながら背後を振り返る――と、やる気は充分なようだ。既に部屋の片付けを始めているシュウに、マサキはようやく彼と人間らしい付き合いが出来そうだと胸を撫で下ろした。



<見詰める瞳を>

 刻一刻と変わる戦況とあっては、いつ出撃命令が下されるかもわからない。そうである以上、愛機のコンディションを最良に保つのも操者の義務だ。格納庫《バンカー》に置かれている自機のメンテナンスに励むこと数時間。ようやく納得のいくバランスに仕上がった機体に満足がいったマサキは、遅ればせながらの昼食を取ることにした。
 午後に入ったからだろう。ピークタイムを過ぎた戦艦の食堂は、比較的閑散としていた。カウンターでチキンカツのセットを受け取ったマサキは適当な席を選んで腰を下ろす。入り口から三列目。見知った顔のないテーブルならば、ゆっくりと食事を味わえそうだ。トレーからフォークとナイフを取り上げたマサキは、早速とチキンカツを一口大に切り分けていった。
 ふと、視線を感じた。
 食事を中断し、視線の主を探す。どうやら柱の陰から注がれているようだ。マサキは目を凝らした。テーブルに書物を積み上げて読書に耽っているのはシュウ=シラカワ。食堂を食事以外の用事で使うとは流石の総合科学者《メタ・ネクシャリスト》ではあるが、書物の陰からマサキの様子を窺うのはいただけない。食事が終わったらひと言云ってやるか。そう思いながら、チキンカツを口の中に放り込んでゆく。
 何がそこまで彼を気にさせているのか。度々マサキに視線を向けてくるシュウに、もしや整備の汚れかと衣服を確認してみるも、そこまで気になる程度の汚れではない。潔癖な彼であれば、清潔さが求められる食堂に汚れた人間が立ち入るのを快く思わない可能性もあったが、他の場所ならいざ知らず、遊撃部隊を収容する戦闘戦艦内の食堂である。マサキに限らず汚れたまま食事をしにくる乗組員《クルー》も多い中で、今更この程度の汚れが気にかかるもないだろう。ならば、彼の視線の意味は何だ? つらつらと考えながら食事を終えたマサキは、トレーを返却口に返すとシュウの許に向かった。
「何だよ、お前。俺がいい男だからって見蕩れてるんじゃねえよ」
 テーブルを挟んで正面に陣取る。左右に積み重なった書物の隙間から顔を覗かせて云えば、
「見蕩れていた訳ではありませんよ。ただ、頬に煤が付いているのが気にかかったものですから」
「別にいいだろ、このぐらい」
「いい男が台無しだと云いたかったのですよ」
 クックと嗤ったシュウが、コートの内ポケットからハンカチを取り出してくる。拭けと云いたいようだ。ハンカチを差し出してくるシュウにマサキは首を振った。「どうせシャワーを浴びるんだ。わざわざ拭くほどのもんじゃねえよ」
「シャワーはこのあと直ぐ?」
「埃で喉がイガイガするしな。さっさと浴びるさ」
「なら結構」ハンカチを仕舞ったシュウが書物を纏めて立ち上がる。「荷物持ちを探していたのですよ」
「俺にこれを持てってか。人使いが荒いな
 とんだ貧乏くじだ。マサキはテーブルを離れるべく立ち上がるも、引く気はないようだ。シュウが右手側に積んでいる本を押し出してくる。仕方なしに両手に抱えれば、これがかなり重い。どうやって一人でこの量を持ち込んだのか――シュウに尋ねてみれば、何度かに分けて持ち込んだのだという。
 馬鹿じゃねえの。マサキは呆れ果てた。
「自室《キャビン》で読めよ。このど阿呆」
「飲み物を飲みながら読みたかったのですよ。ついでに軽い食事も取りたかったですしね」
 残った書物とトレーを手に立ち上がったシュウが、一足先にテーブルを離れる。真っ直ぐに返却口へと向かったシュウに、マサキは先に食堂の出入り口に向かうことにした。割に合わねえ。追い付いたシュウにごちる。
「ただで俺を扱き使おうとはいい度胸じゃねえか」
「勿論、それなりの礼はしますよ」
 食堂を抜けて通路に出る。同時に肩を並べたシュウが頭を傾げて囁きかけてくる。
「あなたの身体を私が洗って差し上げるのではどうです」
「お前なあ」マサキは眉を寄せた。
 マサキを性的な欲求の対象として見ている男の提案である。ただ洗うだけで済む筈もない。「お前が得するだけじゃねえか、それ」
「嫌ではないのですね。そう口にするということは」
「まあ……それはな……」
 嫌で肉体関係を結べるほど、マサキはすれていないのだ。
 照れくささを覚えながらシュウの横顔を見遣る。嫌になるほど涼やかな表情。マサキを口説いておきながら、照れを微塵も表情に出すことのない男に、けれども二人の関係を知られたくないマサキとしては妙な頼もしさを感じてしまう。
「なら、報酬は決まりということで」
 きっと心待ちにしているのだろう。云うなり足を速めたシュウに、シャワールームだぞ。マサキは慌てて後に続いた。
「なるべく手早く済ませろよ。人が来るからな」
「わかっていますよ」
 マサキに視線を向けることなく答えてみせるシュウに、逸る心が抑えきれない。マサキはシュウを追い越すと、彼の自室《キャビン》へと進路を取った。





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