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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

ティー・ブレイク / 無益な戦い
あんまり短いのはWordPressに載せにくいですね。



<ティー・ブレイク>

 戦乱の最中にあってのひとときの休息。休息の種類は様々にあったが、特に食事の時間は英気を養うのに一番の効果があった。過酷な戦いに疲れた身体を物理的に満たしてくれる料理の数々。物資が乏しくなればレーションで過ごさざるを得なくなる乗組員たちにとって、温かな食事はそれだけで心を豊かにしてくれるものだ。
 マサキはミオと連れ立って艦の食堂に足を踏み入れた。
 カウンターにずらりと並ぶ兵士の群れ。ガラスケースの中に並ぶ今日のメニューを確認すれば、有難いことに米食が用意されている。やっぱり米だよな。マサキは窓口に立ち、食堂を切り盛りしている兵士に|注文《オーダー》を通した。
 その日の昼食にマサキがセレクトしたのはカレーライスだった。
 大きく切られた食材がマサキの好みであったが、不幸にして食材が不足している状況であったようだ。お情け程度の量。肉片に至っては三切ほどしか入っていない。外れたな――と思いつつも、食べなければ戦えない。マサキはカレーが海となっている皿をすくっては、ライスとともに口の中に運んで行った。
「しっかし、良く平気だよね」
 隣の席で同様にカレーを選んだミオが、食事を進めながら口を開く。何がだよ。文脈もへったくれもない唐突な発言。意味がわからないマサキは、スプーンを口に運ぶ手を止めて尋ねた。
「シュウのことだよ。マサキにとってシュウって因縁の相手なんでしょ」
 ブライトの誘いを受けてのこととはいえ、当たり前のようにロンドベルに合流してきたシュウと仲間たちに、ヤンロンとリューネは思うところがあったらしい。ともに戦うことは出来ないと、呆気なくロンドベルを離脱してしまった。だからであるらしい。「マサキが最初に離脱するんじゃないかと思ってたんだけど」と、不思議そうにミオが口にした。
「昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵だろ」
「わかったような口をきくぅ」
 後から|地の魔装機神《ザムジード》の操者になったミオからすれば、シュウの凶行に関しては、テュッティたちから伝え聞いたものしかない。内容が内容なだけに口ごもった仲間もいたことだろう。マサキもそうだ。それは過去のこと――と、ミオに明瞭りとは語らなかった。
 それでも彼女なりに思うところがあったようだ。
 マサキが残らなかったら、あたしも離脱してた。そう呟いたミオが、改めてマサキの顔を覗き込んでくる。
「本当ははらわた煮えくり返ってるんじゃないの? マサキからしたらとどめを刺した相手が蘇ってきた訳でしょ。もう一回引導を渡そうなんて思ったりしない?」
 そうだな……と、マサキはカレーを喉に流し込みながら答えた。
「俺は別に戦闘狂じゃねえしな。害にならねえ奴にまで力を揮う気はねえよ」
「でも、そんなに昔のことじゃないんでしょ? マサキがシュウを追ってたのって」
「今は目的を同じくする仲間なのに違いはねえよ」とはいえシュウへの複雑な感情を消化しきった訳ではない。胸に一抹の蟠りを残しながらマサキは続けた。「力に溺れない為には見極めも必要だ。憎しみに飲まれちまったら、正義も歪んじまうだろ。尤も、あいつがまた何かをやったら、その時はその時だ。ただじゃ済まさねえとは思ってるぜ」
「そっかぁ」どこかほっとしたような表情をミオが浮かべる。「良かった。あたしあんまり執念深いの得意じゃないからね」
 ミオが目にしている世界と、マサキが見てきた世界に大きな差があるからだ。ミオ自身にはシュウに対する拘りはないらしく、「あたしはシュウに対してどうこうって気持ち、ないもんね」残り半分となったカレーに福神漬けを混ぜ込みながら云い放つ。
「お前はお前の考えで動いていいんだぜ」
「ありがと。でもあたしも地の魔装機神操者だってこと、忘れないでね。あたしだってアハマドみたいに動くこと、あるかも知れないよ」
「その時はその時だろ」コップの水を飲み干して、マサキは立ち上がった。
 ラングランの動乱時、シュウと行動をともにしていたアハマド。戦いに独自の哲学を持つが故に独断専行が目立つ彼は、けれどもその戦いで、シュウに対する見方を変えたようだ。教団との決別――シュウがどうやら以前のシュウとは異なるらしいことを、マサキたちに伝えてきたのは彼である。
 だが、マサキは仲間の言葉を頭からは信じきれずにいる。
 ゼオルートの死……王都の崩壊……南極事件もあれば、月での決戦もあった。マサキの記憶の節々に登場する男、シュウ=シラカワ。彼を信じきるにはマサキが見てきた光景は凄惨過ぎた。
「俺は俺の目で見たことしか信じねえ。だからお前も自分の目で見たことだけを信じろよ」
 そう云ってトレーを手に、食器返却口へと向かう。
 置いて行かれるのが嫌なようだ。待ってよ、マサキ! その声に振り返ると、カレーを口いっぱいに頬張ったミオが、慌てて席を立ち上がるところだった。



<無益な戦い>

 背後からの奇襲の相手がグランゾンであると気付いたマサキは、またか――と、うんざりした気分になりながら、サイバスターの戦闘用プログラムを起動した。そして振り返りざまにファミリアを放った。波を描くような軌跡を残してグランゾンに迫るファミリア。当たれ! と、念じながら、マサキはサイバスターとグランゾンとの距離を詰めた。
 接近戦に持ち込めれば、グランゾンの武装の半分は封じ込める。
 無益な戦いを好まないマサキとしては、どちらのダメージも最小限の状態で戦いを終わらせたかった。その為には、シュウにこの戦いが無駄であることを思い知らせる必要がある――シュウの目的がいつもと同じであると予想したマサキはサイバスターをグランゾンに突っ込ませながら通信チャンネルを開いた。
「シュウ!」呼びかけるも返事がない。
 自らが造り上げた|最高の機体《Masterpiece》の能力を実戦で確認したい。傍迷惑な|総合科学技術者《メタ・ネクシャリスト》はマッドな衝動を抑えられないとみえる。マサキが暇を持て余していると見るや否や、こうして奇襲を仕掛けてきたものだ。鬱陶しいこと他ないが、相手にしなければしないで本気で墜としにかかってくるのだから手に負えない。一度など、情け容赦なく攻撃を浴びせられて行動不能にまで追い込まれているのだ。仕方なしにマサキがシュウの相手をしているのはそういう理由からだった。
「行くぜ、シュウ! 食らいな!」
 グランゾンの前に躍り出たマサキは、サイバスターに大剣を振り上げさせた。即座に残像を残して横に飛びのくグランゾン。無骨なフォルムとは裏腹に高い回避力を誇る機体が、サイバスターの一太刀を華麗に避ける。まだまだ! マサキは即座に二撃目を放つべく太刀の返す刃をシュウに向けた。どうやらシュウも応戦する気になったようだ。グランゾンの手中に肉厚な大剣が現れる。
「そうこなくちゃな!」マサキは自らの気分が高揚するのを感じ取った。
 正面での打ち合いこそが、マサキの好む戦闘スタイルだ。威力に左右される武装での戦いでと異なり、剣対剣での戦いは誤魔化しが効かない。純粋な技能の勝負――|識別機能付き広域範囲攻撃《サイフラッシュ》に|追尾機能付きミサイル《ファミリア》と、反則的な武装を誇るサイバスターは、単騎で多数を相手に優位に立ち回れてしまう。だからこその渇望。歯応えのある戦いがしたい。剣聖の称号に預かっているマサキは、自らの技能を活かせる戦いを望んでいた。
「まだまだ!」
 右に振れば切り返され、左に打てば受け止められる。剣の心得があるシュウとの打ち合いは一筋縄ではいかない。「こういう戦いがしたかったんだよ!」マサキは未だ返事のない通信チャンネルに向けて声を張り上げた。その言葉と同時に剣を振り下ろす。と、後方に飛び引いてサイバスターの太刀を避けたグランゾンが、ノータイムで剣を薙いできた。
 マサキは宙へとサイバスターを飛び上がらせた。中天に座す眩い太陽を背に、上段に構えた剣に着地の勢いを加えて打ち下ろす。これならシュウの目を眩ませられる筈だ。その思惑は外れていなかった――が。
「食らえ!」
 確かな手応えが感じ取れると同時に、機体に襲い掛かる衝撃。相打ちだ――とマサキが理解した瞬間、機体損壊率を示すメータが急激な上昇をみせた。

 ※ ※ ※

「お前さあ……本当にさあ……俺を実験台にするの止めろよ」
 機体損壊率が保持ラインを超えたサイバスターから降りたマサキは、ラングランの平原の草むらの上。どっかと腰を落とすと、涼やかな顔でグランゾンから降り立ったシュウに向けて愚痴を吐き出した。
「鍛錬が足りませんよ、マサキ」
「鍛錬とかそういう問題じゃねえだろ……」
 吹き抜ける爽やかな風が身体を撫でる。心地よい涼風に、けれどもマサキの心は暗かった。
 どういった原理を仕込んだのかは不明だが、今グランゾンが手にしている剣はただの剣ではないようだ。たった一撃で墜ちたサイバスターに、屈辱は限りなく。マサキは平然と目の前に近付いてきたシュウに唾を吐きかけたい気分に駆られるも、ひとつ云えばひとつ返ってくる男である。どういった仕返しをされるかわかったものではない。寸でのところで思い留まる。
「動きが鈍いと云っているのですよ」
「巫山戯ろ。相打ちなんだから機体性能の話になるだろうよ。お前の剣、あれは何だ」
「大三角形を形成するマジックナンバーを定理化して、グランゾンの剣にコーティングしたのですよ」
「何を云ってるかさっぱりわからねえ」マサキは項垂れた。
 マサキの反応が面白くて堪らなかったようだ。「わからないとわかっているものを尋ねるとは異なことを」そう口にしたシュウが、クックと声を殺して笑う。悪かったな。マサキは頬を膨らませて、シュウを睨み付けた。
「回復にはどのくらいかかりそうですが」
 マサキの態度には目もくれず、シュウが云う。
「動けるようになるまでには、一時間ぐらいかかるな。完全回復には三時間だ」
「なら、少しばかり待つのに付き合いましょう」
 云うなりシュウがマサキの隣に腰を落とす。
 マサキとしてはひとりで充分な|自己回復能力《サバイバビリティ》の待ち時間だったが、シュウとしては、自らの浅はかな欲でサイバスターを行動不能に追い込んでしまった負い目があるのだろう。コートのポケットを探ると、続けて「食べますか」とチョコレートを差し出してくる。
「子どもじゃねえんだぞ」
「やり過ぎたことは認めていますので」
「だったら俺に奇襲を仕掛けるのを止めろよ」
 それに対してシュウは答えない。ただ微笑みながらチョコレートの包みを解いてみせると、口を開けて――と指で抓んだチョコレートを、マサキの口の中に放り込んできた。





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