やっと後半戦が動き始めました。
あと20000字くらいで終わる予定でいます。それで10万字ちょっとになる感じです。
しかしこの話のシュウマサは同じところをぐるぐる回っている感じですね。
まあ出口のない恋の迷路なんてそんなもんだということで!
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しかしこの話のシュウマサは同じところをぐるぐる回っている感じですね。
まあ出口のない恋の迷路なんてそんなもんだということで!
<wndering destiny>
雑談に限りはなかった。
いつもより饒舌なマサキは、ラーメンを食べている間は勿論のこと、帰りのタクシーの中でも喋り続けた。未だ謹慎生活にあるだろう自らの仲間のこと、一番肩身が狭い思いをしているだろうプレシアのこと、リューネやウェンディ、セニアのことも勿論だったが、その言葉からは、彼が仲間に自分の都合で迷惑をかけてしまったという負い目が感じられた。
それはシュウに対してもそうであった。
「そろそろサフィーネたちが心配してるんじゃねえの?」
モーテルに戻ってきたマサキの口から飛び出したのは、彼がシュウを自分の都合に付き合わせてしまっていると思い込んでいなければ出ない言葉だった。
「そうかも知れませんね」
シュウはマサキの様子を窺った。ジャケットを壁のハンガーにかけ、窓際のソファーに腰を下ろし、点けたばかりの言葉のわからないテレビを眺めながら、僅かに憂鬱そうな表情を浮かべているマサキ。彼は今ここにシュウが存在していることをどう感じているのだろうか? 押しかけるような形で彼の過去の清算に関わっているシュウとしては気になるところだ。
さりとて、マサキに帰れと云われたところで、シュウはラ・ギアスに戻るつもりはない。マサキの人生に残された傷――彼を今のマサキ=アンドーにしたものの正体を、シュウは知りたいのだ。その為であれば、ラングラン議会とて敵に回してみせる。マサキの捜索をある種の思惑と打算で以てシュウに任せた彼らとしては、してやったりな展開であろう。
それならばそれでいい。
シュウは元々王族への復権など考えたことはなかった。籠の中の小さき世界。シュウにとっての王宮は、限りない不自由と僅かな自由で構成されていた。職業選択の自由が存在しているラングランで、たったひとつ自由ならざる立場に生まれついたシュウは、その立場に自覚を持ちながらも、赦されるのであれば、もっと広い世界が見たい――と望んでいた。その、幼き頃に抱いていた夢が叶った今、シュウとしては、広い世界を見て得た知見を政《まつりごと》に活かしたいという気持ちもなくはなかったが、それもアルザールの御代で唯一残ったセニアが叶えてくれている。ならば、自分はこの限りなく汚れた、けれども美しい世界で生きてゆくべきなのであろう。ラングランを再び混乱の時代に戻さない為に、シュウが出来るたったひとつのこと。シュウは自分が置かれている立場を、セニアやラングラン議会よりも的確に理解している自信があった。
とはいえ、自分についてきたことで王家を除籍されたモニカやテリウスについては、思うところがある。今のままでは、彼らには何の保障も権利もない。せめてラングラン国民としての当たり前の権利ぐらいは勝ち取ってやりたい。シュウがラングラン議会の依頼を受けたのは、彼らの挑発的な態度が癇に障っただけなく、議会に対するアドバンテージとコネクションを持っておいて損はないと判断したからだ。
以前のシュウであれば考えられぬほど、シュウは自分に献身的である仲間のことを慮るようになっていた。それをマサキが感じ取っているのかはわからない。けれどもサフィーネを筆頭とするシュウの仲間たちが、伊達や酔狂でシュウに付き従っている訳ではないのは理解しているのではなかろうか。「あいつらは煩そうだもんなあ。お前も大変だ。下手したら地上にまで追ってきやがるだろ、あいつら」と、シュウの素っ気ない返事に返してくる。
「いつものことですよ。私たちは四六時中行動をともにしている訳ではありませんからね。まあ、やることを置いてきた訳ではないので、今頃暇を持て余しているかも知れませんが……」
「まだお前、何かやるつもりでいるのかよ」
「したい研究も山ほどありますしね。それに、過去の因縁も全てを清算出来た訳でもなし。市井で生きるということは、そういった柵《しがらみ》をどう消化してゆくかという問題であるのかも知れません」
「過去の因縁、か……」
物憂げな表情でマサキが呟く。
マサキはラングランでシュウが置かれている微妙な立場を知りはしない。それはシュウが語っていないからだ。だから彼の物憂げな表情は、あくまで彼が知り得る範囲での物患いということになる。だが果たしてそれは、シュウに対する負い目だけであるのだろうか。
点けっ放しのテレビが賑やかな歌謡曲を流している中、ソファに身体を埋めて、カーテン越しに流れる車のヘッドライトをぼんやりと眺めているマサキの横顔に不穏なものを感じ取ったシュウは、マサキにシャワーを勧めた。そうだな。と頷いたマサキがのそりとソファから身体を起こし、バスルームへと姿を消す。矢張り、観光気分とはいかないのか。ラーメン屋で『こんな観光客みてえなことばかりしてていいのか』と口にしたマサキ。シュウは立て続けの奇禍に見舞われたマサキが、未だにその事実から楽になりたくないと考えているのではないかと思った。
きっと、マサキにとっては『自分ひとりで過去を清算すること』にこそ意味があるのだろう。
シュウがヴォルクルスに囚われていた頃の彼はスタンドプレーが目立つ少年だった。無茶を省みず、目の前の『敵』と認識した相手に突っ込んでゆく。その在り方は、溢れ出る才能がなければ無謀の一言で片付けられるものであった。けれども、戦いに明け暮れた日々でそうした気質は矯正された。仲間の有難みを知った彼は、大所帯となった隊を率いて戦場に赴くようになった。その彼が、仲間に助力を仰がずに地上に残った――。
彼にとって過去の無力な自分は、ひとりで戦わねば乗り越えられぬ壁であるのだ。
観光気分に溺れて闘志を失いたくない想いもあるに違いない。平和に胡坐を掻けない性格でもある彼は、それこそ休みなく地底世界ラ・ギアスとラ・ギアスを内包する地上世界の治安維持の為に戦い続けてきた。ワーカホリック的でもあるほどに、ひとところにじっとしていられない彼は、だから同時世界多発テロの一報を耳にして発作的に飛び出してしまったのだ。
マサキの意志を尊重するのであれば、シュウはどこかで退かねばならなかった。タイミング的には中東極右派《マウシム》の拠点調査を終えた段階でだろう。それでもシュウは退きたくないという自らのエゴを消し去ることが出来ずにいた。
中途半端に物事を投げ出すことに強い拒否感がある。
大きな戦いを終えたマサキは、これからのラ・ギアスで何をしてゆくのだろう? 無論、彼が魔装機神操者としての使命を捨て去るとは、彼を遠目ながらも見守ってきたシュウには思えなかったが、ある種の山場を超えた世界で、彼らに果たしてこれまで以上の活躍が求められる機会が訪れたものか? シュウはマサキが燃え尽きてしまわないか心配なのだ。一区切りついた地底世界。そこに過去の清算までもが加わってしまっては、ワーカホリック的な傾向を持つマサキは虚脱状態に陥ってしまうのではないかと。
誰かが傍にいなければ、風の向くがままに姿を消してしまいそうな危うさが、今のマサキからは感じられるのだ。かといって、シュウは自分ではマサキをこの世界に引き留める楔足り得ないことを理解している。だからこそのエゴ。ただ傍にいたい。そして彼の過去の清算がどういった結末を迎えるのかを目にしたい。
シュウはマサキに対しての興味と関心を捨てきれないのだ。
それは、もう何年も前のことになってしまったあの日々の所為だ。今でもシュウの心に微かな期待を残してしまっているマサキの変調。記憶を失ったマサキは人が変わったようにシュウの為すことに従順だった。あどけなくも地底世界の風景に驚きの声を上げ、見るもの全てに途惑いを露わとしていた。それは彼の恐れを知らぬ勇猛さや物怖じしなさを知っている人間からすれば、信じ難い光景だった。
あのマサキが、今のマサキの中にいない人格だとは、シュウは思っていない。
熱病で記憶を失ったシュウが九歳の自分に戻ってしまったように、マサキもまたある地点までの自分に戻ってしまったのではなかろうか。でなければ、どうしてああも彼がシュウに無防備でいられたものか。あの当時のマサキの他人の悪意を知らないような振る舞いは、あらゆる戦場に立ち、様々な敵の信念を目にしてきた彼では決して出来ないものだ。
何より、口唇を許し、身体を許し、けれどもその最中に記憶を取り戻した彼は――当たり前だが、そういった自分がいたことを否定する勢いでシュウを拒絶した。これは記憶が人格を作っていることの大いなる証左ではないのか。シュウは未練がましい自分を嘲笑いながらも、夢のようだった時間を忘れ去ることも出来ずにいた。
「上がったぞ。お前もシャワー浴びろよ」
取り留めのない思考に身を任せていたシュウを、マサキの言葉が引き戻す。
はっとなったシュウはバスルームから姿を現したマサキを見た。洗いたての髪が、晴れやかとはいかない表情と相俟って、一種独特のしどけなさを生み出している。奪えば手に入ると思っていた時代から数年。ある種の到達点に至ったシュウは、それまでのマサキと過ごした戦いの日々で、自身のその認識を検めた。マサキ=アンドーという人間は、シュウ如きが自由に出来る精神構造をしていない。彼の頑なさを誰よりも知ることとなったシュウは、だからこそ正面突破でマサキを手に入れようと誓った。
「烏の行水なのは相変わらずですね」
「長湯をしたい気持ちもあるんだがな。海外は基本、入浴には向かねえしな」
「バスに湯を張ればいいでしょうに」
「熱い湯を浴びるのが気持ちいいんだよ。入ってる間に温くなるバスはあんまり好きじゃねえ」
入浴環境に拘りがあるのは、流石の日本人だ。シュウは熱く語るマサキに苦笑を浮かべながらバスルームに向かった。
シャワーを浴びたことが気分転換になったのだろうか。幾分、和らいだようにも映ったマサキの表情。いや、もしかすると、シュウが気にかけている分、彼の表情が際立って不穏なものに映っているだけで、実際のマサキはシュウが考えるほど落ち込んだりはしていないのかも知れない。シュウは髪と身体を洗いながら、今日マサキとした会話を振り返った。そこに特段おかしなものはない。強いて云えば仲間たちを気遣う発言ぐらいだが、共通の趣味を持たないシュウとマサキで出来る会話には限りがある。
気を遣わせてしまっているのだろうか――シュウは狭量な自分を恥じた。
マサキが絡むと視野が狭くなる自分にシュウは気付いていた。惚れた者の弱味とは良く云ったものだが、シュウはそうした一般的な訓戒は、自分には決して当て嵌まることがないと考えていた。それがどうだ。たったひとりの男が、シュウの中に構築された複雑怪奇な内的世界を凡百のものに変えてしまった。その現実に対して抵抗を続けたこともあった。それ故にマサキの存在を厭わしいと思っていたこともあった。だが、今のシュウは違う。自分が知らなかった世界を教えてくれたマサキに感謝さえもしている。
恵まれた才能と出自と立場のお陰で、シュウは『普通』を知らずに育った。ラングラン国民に対する慈愛がなかった――とまでは云わないが、知るべき世界を知らずにいたシュウは、普通の人間の痛みに無自覚だ。過去のシュウはそれと知らずに驕っていた。知に長け、武に通じ、魔力に溢るる……どうしてその能力が、シュウをヴォルクルスに乗っ取られるまでに慢心させてなかったものだろうか。邪神教団の教義を信じていたシュウには、まだ自我が残されていたというのに。
運命などというものを、奇禍に見舞われ続けたシュウは信じたいと思ったことはなかった。けれども、知るべきことを知る為の出会いがマサキであったという現実には、運命的なものを感じずにはいられない。
だからこそ、シュウはマサキを庇い過ぎる自分の甘さにも気付いていた。
そもそも、幾度もの大戦を戦い抜いてきたマサキは、そこまでシュウに気遣われるほど細い神経をしてはいない。大体が、魔装機操者たちの絶大なる庇護者であり、理解者でもあったフェイルロードを手にかけているのだ。道理と感情を分けて考えて倒すべき敵を決められるようになったマサキは、滅多なことではメンタルを崩すことがないくらいに頑健だ。
――それでも私はマサキとともに往く。
シュウは衣服を脱ぎ去り、バスルームに入った。湿気た室内には熱気が篭っている。マサキが使ったシャンプーの香りが残る中、シュウはシャワーの下に陣取ってコックを捻った。熱い湯が一気に降り注いでくる。デスクワークに近しいことをしているからだろう。熱い湯が気持ちいい。
口さがないシュウの使い魔は、きっと今のシュウをいい身分だと表現することだろう。
久しく会話をしていない使い魔が恋しい。けれども影に潜ませた彼を、外界に解き放つつもりは今のシュウにはなかった。
傲慢なのはわかっている。マサキのどういった姿であろうと、シュウはその目に、そして記憶に刻んでおきたいのだ。気まずい時間を過ごそうとも、不穏の影を感じようとも、あるがままのマサキを受け入れたい。お喋りな使い魔はこの逼塞した空気を和らげてくれることだろう。けれどもそれは逃げだ。マサキに自分を押し付けることを諦めたシュウは、自らの恋の成就の可能性を高める手段のひとつとして、彼に期待をかけないことを選んだ。
その果てにこそ、シュウがマサキを連れて行きたかった世界は在る。
英雄としてラ・ギアス全土に名を馳せるマサキ。彼にはまだまだ到達しなけれなならない領域があった。伝説の剣聖ランドール。その名に相応しい名代として、シュウはマサキにランドールに匹敵する伝説を生み出して欲しいのだ。彼ら地上人たちの活躍が、地上人蔑視の風潮があるラ・ギアス世界で長く語り継がれる為にも……。
マサキ=アンドー。彼の可能性は限りない。
地上と地底、ふたつの世界の懸け橋となれる稀代の戦士。ふたつの世界を股にかけて戦い続けてきた彼は、ここ一番の戦いを常に制してきた歴戦の覇者だ。RPGで例えるのであれば勇者と表現するのが相応しい。その彼がたかだかテロリスト如きに足踏みしている状況なのが、シュウにはとてつもなく許し難いことに感じられた。
彼を勝たせる為には、シュウが自分の領域《テリトリー》ですべきことをこなすことが必要なのだ。
何せ、マサキは情報収集が苦手な性質ときている。直観的且つ直情的な彼は、ストレートな聞き込みを行うのが常だ。それが結果として、彼を窮地に追い込んでしまっている。ホテルの爆破事件を思い出したシュウは、苦い思いを噛み締めながらシャワーに向けて顔を上げた。
次の刃がマサキに向くより先に、拠点に繋がる情報を入手しなければ。
挫折を繰り返して、英雄の座に上り詰めたマサキ。彼を過去に囚われたままにしてはおけない。
熱いシャワーで顔を打ったシュウはシャワーを止め、さっぱりした身体をバスルームの外に出した。そして、食事をしている間に溜まっただろうダークウェブのメッセージを読み込む為に、窓際のソファに陣取る。
対面にはマサキがいる。
見ているのかわからないような視線をテレビに投げている彼は、席に着くなり高性能小型携帯端末《ハンドブック》を広げたシュウに不安を覚えたようだ。「寝る前ぐらい、ゆっくりしろよ」と、シュウを気遣う言葉を吐く。
「ダークウェブの世界で信用を稼ぐには、ある程度のマメさも必要なのですよ」
「マメさねえ。世間と同じことを云いやがる」
「レスポンスが遅い人間より、早い人間の方が信用出来るでしょう。無論、持っている情報の精度に拠るところもありますし、無知な人間に門戸を開くほど彼らも胡乱ではない。とはいえ、ダークウェブの住人たちも人間ですからね。癖のある性格はしていますが、感情がない訳ではありません。だからこそ、信用を稼げばクリティカルな情報が手に入るように出来ている」
シュウは自分宛てに送られてきたレスポンスに返事を入力しながら、マサキに言葉を返した。
情報収集の為のトライ&エラー。シュウの一見派手にも見える活動の影には、こうした地味な作業が繰り返されている。
表立った活動ばかりが全てではない。偽情報《ノイズ》が躍る電脳世界《ネットワーク》は、頭脳戦が得意なシュウにとっては本領を発揮出来る場のひとつだ。チェスのように段階を踏んで駒を進めることで、目指す情報に手が届くようになる。今回にしてもそうだ。これまで行ってきた情報戦での経験は、シュウにひとつの成就を予感させていた。王手《チェックメイト》は直ぐそこだ――と。
「戦場と同じだな。相手も人間だって点は」
どうやら暇潰しの道具を欲しているようだ。そう口にしながら手を差し出してきたマサキに、シュウは自分のスマートフォンを渡した。
程なくして聴こえてくるゲームミュージック。今どきのゲームにしては電子的な音がする。けれども壮大な曲調に感じられる辺り、マサキが口にした通り、ゲームの最序盤は抜けたのだろう。スマートフォンの画面をタップしながら、雑魚敵との戦闘をこなしている。
「ようやく冒険の始まりと云っていましたが、直近の目標は何です?」
「村を出て、王様の所に向かえってさ。勇者として挨拶してきなさいってな」
「実に良くあるストーリーですね……」
シュウは複層に展開したホログラフィックディスプレイを指で操作した。自身に寄せられた情報を精査しつつ、その奥にうっすらと浮かぶマサキの様子を窺う。眉根が寄った顔は、ゲームに熱中しているとは云い難い。
「現実世界は勇者の冒険みたいにはいかねえな」
ぽつりと呟いたマサキに、彼の苦悩を垣間見たような気分になった。
天稟の才に恵まれた彼とて、一朝一夕に今の立場を手に入れたのではなかった。時に撤退を余儀なくされ、時に手痛い敗北を喫し……傍目には順風満帆に映る成長の軌跡の影には、幾つもの挫折が転がっている。特に、シュウを追い続けていた日々などは挫折の連続であったに違いない。手が届く位置まで迫っては、易々と躱される。遠くなった過去を、シュウは懐かしむ思いでいた。
それでもマサキは諦めなかった。汚泥を掻き分けるようにして、前に進み続けた。
仲間と協調して事に当たることを覚えた彼は、彼自身のポテンシャルをより活かせるようになった。そこからは破竹の快進撃だ。迷い悩むこともあっただろうが、真っ直ぐな眼差しで世界を見詰めながら、自らが果たすべき使命に忠実であり続けたマサキ。そんな彼が陥った落とし穴。マサキが地上世界に残した未練は、救えなかった己の過去であったのだ。
だからシュウは、彼の悲願が成就することを願って止まない。
たらればの話が無意味で無価値であることをシュウは知っている。幾度、そうした例え話を繰り返したところで過去が変わることはない。だからシュウは、邪神教団の殲滅を誓った。自らの人生を捻じ曲げた連中を根絶やしにすることが、凄惨な過去から自分を救い出す唯一の解であると思ったからこそ。
それはマサキにしても同様である。
彼が真実救われるには、彼の平穏な幸福を奪った連中の殲滅が必要不可欠だ。
生まれや置かれた立場が違えど、傷を負っているのはどちらも一緒だ。それも無力であった時代の、不可抗力に等しい出来事で。教団にテロリスト。シュウはどちらの理念も内心の自由がある以上、思うだけならば自由であるとは思っているが、それで他者の権利を侵害するのであれば話は異なると思っている。この点、マサキがどうであるかはわからない。だが、シュウは自分が微かに感じているマサキへのシンパシーの意味を、マサキを追って地上に出たことで知ったような気分でいた。
「さて、すべきことも終わりましたし、私は今日はここまでにしようと思っていますが、あなたはどうします、マサキ」
大量の情報が溢れ出るダークウェブの巡回を終えたシュウは、高性能小型携帯端末《ハンドブック》を畳んでソファから立ち上がった。「寝る。っていうか寝ることしかやることがねえ」愚痴っぽさが際立つ口ぶりでスマートフォンをシュウに返してきたマサキが、シュウを追いこしてベッドに入る。
シュウはテレビを消して、部屋の照明を落とした。
そしてベッドに入った。
日中の大半を部屋で過ごしていることもあり、ハウスキーピングを断った室内だが、食事に出ている間に行われたようだ。整ったベッドから漂ってくる仄かな洗剤の香り。これなら気持ちのよい眠りに就けそうだ。大きな進展を迎えたシュウは、充実した一日に満足して目を閉じた。
「あのよ」
それから数分。シュウが寝付くより先に、マサキの声が耳に潜り込んでくる。
「どうしました」
「昨日の件だが」
「昨日の?」
シュウは目を開いて隣のベッドのマサキを窺った。だが、彼はシュウに背中を向けて横になっているようだ。後頭部が見えるばかりの視界。背中を向けて自分への言葉を吐いているマサキの姿に、何故かシュウの胸はざわめいた。
「――悪かった」
マサキの落ち着いた声が謝罪を告げてくる。昨日の夜半の件についてだろうと思いつつも、シュウは尋ねずにいられない。
「何を、です」
「お前の気持ちを無碍にしたことさ」
瞬間、息が詰まった。
謝罪をしてくるのであれば、シュウの隣で挑発的に自慰に耽ったことである筈だ。シュウはそう思っていた。けれどもそうではなかった。マサキは互いに頭に血が上った結果の口論の内容を覚えていた。それだけではない。どさくさ紛れにシュウの口を衝いて出た告白の言葉が、ただの好意の表れではないことも理解をしている。
「……お気になさらず」
シュウは天井を仰ぎ見た。
カーテンの隙間を流れゆく車の明かりが線を描いて広がっている。その儚き光が物悲しい。
ひとつの区切り。そしてひとつの終わり。シュウの気持ちを無得にしたとマサキは確かに云い切った。それはシュウにとっては、静かな、けれども確かな、恋の終わりの宣告だった――……。
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