指導者の名前については一応調べて付けたんですが、間違っている可能性もあります。そこは軽く見逃してやってください。
てかアラビア語で「イブン」って「○○の息子」って意味なんですね。
実はイブン様は男だった……?笑
前回の更新が異様な文章量だったので、今回はさっくりです。
てかアラビア語で「イブン」って「○○の息子」って意味なんですね。
実はイブン様は男だった……?笑
前回の更新が異様な文章量だったので、今回はさっくりです。
<wandering destiny>
(五)
本名、ハムザ=ビン=マンスール=アル=アダウィー。通称ハムザ。
中東極右派《マウシム》の指導者のプロフィールがシュウの許に届いたのは、その二日後のことだった。
きっかけは兵器開発コミュニティでの他愛ない議論だった。何故、テロリストたちは非効率的な爆破という手段を取るのか。同時多発テロというセンセーショナルな時事問題に絡めたホットな議論は、シュウが提案した訳ではなかったが、多くの住人の関心を惹いたようだ。確かに、兵器開発から販売まで行っている民間企業も数多い現代社会では、前時代的な手法に拘るメリットはない。死の商人に金を掴ませればそれなりの兵器が手に入る。とはいえ、兵器の規模が大きくなればなっただけ、足が付く可能性が高くなる。議論の余地もない議題ではあったものの、気分転換をしたかったのだろうか。この議論は、始終、技術談議に明け暮れているような技術至上主義の住人たちが、珍しくもこぞって私論を開陳するほどのフィーバーをみせた。
シュウは彼らの議論が熟成されてゆくのを黙って見守っていた。
ニュースでは可能性のひとつとして取り上げられる程度のセクトではあるが、過去のテロ事件を覚えていた者が多かったのだろう。議論に参加している者の多くは、今回の同時多発テロの主犯を中東極右派《マウシム》と見做しているようだ。過去の同時多発テロに絡めて、テロリストの手口の進化のなさを嘆く発言も多かった。
その辺りは、流石、殺傷能力の高い兵器開発の技術を論じてばかりいる連中だけある。彼らにとって、生殺与奪の権利を握っているのは自分たちの側であるという認識があるのだろう。だから人命を軽視した議論が活発化する。いつしか、より多くの人間を効率的に殺す方法について、技術的な側面から論じられるようになった議論。ダークウェブの住人は癖のある連中も多かったが、このコミュニティではその傾向がより強いようだった。
流れが変わったのは、議論が白熱すること三時間。ひとつの情報が齎されてからだった。
議題を同時多発テロに戻したい者がいたに違いない。中東極右派《マウシム》が武器を入手するのに使っている民間企業の名がコミュニティに流れた。サウジアラビアにあるアスラハ。兵器開発企業の規模としては中堅。これまで銃や手榴弾をメインに卸していたアスラハは、近年、長距離弾道弾の開発に乗り出したことで注目を集めているようだ。
ここから中東極右派《マウシム》の本拠地の話題に火が点いた。クェート、ヨルダン、シリア……決定的な結論が出ない中、更なる爆弾が投下される。一般的にはハムザとしか知られていない中東極右派《マウシム》の指導者のプロフィールが公開されたのだ。その内容は、シュウが連邦軍から受け取った資料よりも詳細であった。サウジアラビアはヒジャーズ出身の57歳。裕福な家庭に生まれ育った彼は、サウジアラビアにあるキング・ファハド石油鉱物大学を卒業している。全てがサウジアラビアを指し示す情報の洪水。だが、シュウは冷静だった。世界を震撼させる同時多発テロを易々と行ってみせた組織が、その程度で足が付くような場所に本拠地を構えている筈がない。
それは兵器開発コミュニティの住人たちも同様の考えであるようだ。それならばむしろ、アラブ圏にはいないのではないか? 喧々諤々な議論が繰り広げられる中、シュウは沈思黙考した。マサキが情報を仕入れたのは、UAEのサウジアラビア国境近く。それもこれもハムザがサウジアラビア出身だというのであれば納得がゆく。とはいえ、全てがサウジアラビアに繋がっているのが収まりが悪い……疑心暗鬼に陥ったシュウは、他のルートからの情報収集に舵を切ることにした。少なくとも、リアル社会と中東極右派《マウシム》の接点は判明したのだ。兵器開発企業アスラハ。この企業に圧力をかければ、中東極右派《マウシム》に卸している武器がどこに保管されているのかがわかる筈だ。
その日の内にマサキに事態の進展を報告したシュウは、翌日、モーテルを引き払い、そろそろ身体が慣れ始めていたドバイからサウジアラビアへと渡った。
アスラハの本社が存在しているのは首都リヤド。ドバイからの空の便が充実していることもあって、午後にはリヤド入りを果たす。世界有数のリゾート地であるドバイとは異なる空気。高層ビルが群れ成す近代的都市であるリヤドは、石油産油国として余りある富を全て注いだような煌びやかさに満ちている。
「サウジまで来る必要あんのかね」
荷物をウォークインクローゼットに収めたマサキが、リビングの一面を塞いでいるガラス窓の外に広がる景色を眺めている。
「ドバイに私たちがいることが知られている以上、国を跨いで居場所を変えた方がリスクは少なく出来るでしょう」
密集するホテル群の中から、シュウが選んだのはアパートメントホテルだった。リビングとベッドルームが別になっている広い構造。キッチンに洗濯機、冷蔵庫なども完備されていて、長期滞在向きのホテルとなっている。シュウとしては、そこまでリヤドでの調査に時間をかけるつもりはなかったが、ドバイと比べると日本食の普及が進んでいない国だ。自炊をした方が食生活的には安定するだろうという判断だった。
「まあ、そうなんだけどよ。サウジに奴らの本拠地があるって線は望み薄なんだろ。だったらドバイで情報を抜き取っても良かったんじゃねえかね」
アスラハのデータ抜き取りにクラッキング手法を使うことは、ドバイを断つ前にマサキに伝えてある。どこかでは非合法な手段に訴えなければならないことを、マサキも理解はしているのだろう。正攻法での情報収集に失敗していることもある。被害を拡大させたくない彼としては、眉を顰めはしたものの、仕方ねえよな。と、同意をみせるより他なかったようだ。
「さあ、どうでしょうね」
リビングに腰を落ち着けたシュウは、早速、高性能小型携帯端末《ハンドブック》を立ち上げた。
幾つか合法的な手段を考え付いてはいたシュウではあったが、そのどれもが規模が大きかった。例えば敵対的TOB。アスラハの株式保有率を50%以上にすれば、経営権を手に入れることが可能だ。だが、それにかかる時間は最低でも20日。容易に踏み切れる作戦ではない。シュウとしては、ラングランを発ってから半月以上が経過している今、中東極右派《マウシム》の拠点の割り出しにはあまり時間をかけたくないというのが本音だ。
それもこれもラングラン議会の所為だ。
シュウ自身の立場が危うくなるのは今に始まったことではなかったし、易々と断罪されるつもりもなかったが、ラングランにはセニアがいる。たったひとりで王室に残ることを選択した彼女が不当に扱われる展開を、シュウは出来るだけ避けたかった。
「裏の裏を掻いて、サウジアラビアに拠点があるかも知れませんよ」
「まさか」マサキが乾いた笑い声を上げる。「笑えねえ冗談だ」
「とはいえ、指導者ハザムにとっては地の利がある土地。しかもこの国土の広さです。ここに拠点を置いていたとしても、絞り込みは容易ではないでしょう。彼らがそう考えている可能性は否定出来ない」
「テロリストなんてのは、案外短絡的なんだよ。何せ、自分たちの理想を押し付ける為に、無差別に命を奪うような連中だ。そこまで考えるほど頭が回るとは思えねえ」
マサキの意見も尤もだ。シュウも内心ではそう思っている。だが、可能性の高低で結論を出すのを急ぎたくはない。そもそも、コミュニティに流された情報が真実であるという保証は何処にもないのだ。全てがサウジアラビアを指し示すデータなど、誰かが偽造をしたのではないかと思うほどに出来過ぎている。何せ相手は、犯行声明を出さないセクトだ。これまで社会の影に潜むようにして活動を続けてきた彼らは、偽装工作に長けているのではないか?
シュウは開いた高性能小型携帯端末《ハンドブック》を衛星回線に繋いだ。アシスタントAIを起動しバックアップさせる。直後、無数のホログラフィックディスプレイが、立て続けに空宙に展開された。
シュウは慎重にアスラハのセキュリティを崩していった。
取引データを抜き取ること自体は容易かった。専任のクラッカー対策員を置いていない企業のセキュリティクリアランスはさしたるものではないのが実情だ。企業内のデータがインターネットに繋がっている端末に保存されていれば、突破口は幾らでもある。ただ、情報は抜き取って終わりではない。テロ組織と繋がりがあることを公に出来ない民間企業としては、必ずデータを改竄している筈だ。その照らし合わせにどれだけの時間がかかったものか――……二時間ほどかけてここ数年間の取引データを抜き取ったシュウは、侵入の痕跡を全て消してアスラハのインターネット回線から撤退した。
膨大な取引データのリスト化はAIに任せることにした。それらの企業データの中から怪しげなものをピックアップするのは人力でなければならなかったが、リスト化さえ順調に進めば一日もあれば終わるだろう。自らの作業にそう見通しを立てたシュウは、黄昏時を迎えたリヤドの街に、マサキを伴って食事に出ることにした。
「サウジの料理でも食うか」
「日本食のレストランも多いようですよ。リーズナブルなチェーン店もあるようですが」
「流石に色々食い過ぎた気がするしな。折角サウジ入りしたことだし、一度はローカルフードを食おうぜ」
リヤドの街を往きながら、飲食店を物色する。
シュウの告白を受け入れなかったマサキだったが、その態度に変わりはない。どうやら、シュウがホテルの一件を気に病んでいると感じていたあの日の彼にとっての物患いは、シュウの咄嗟に口を衝いた告白の件であったようだ。翌日からはけろりとした様子で、いつも通りのマサキに戻ってみせると、ランニングにトレーニング、RPGのプレイと、余りある時間を有意義に使っている。
その割に、RPGのストーリーの進捗は芳しくないようで、未だにラスボス戦に辿り着いていないらしい。何でもプレイの最中にシリーズ物であることに気付いてしまったとかで、このまま先に進めていいのか悩ましく感じているところなのだとか。シュウとしてはどうであれ話に区切りが付くのだろうから、一気にプレイしてしまえばいいだろうと思ってしまうのだが、マサキはひとつに手を付けた以上はシリーズの全てに手を付けないといけないと考えているようだ。「続きがあるって云われると気になるだろ」とはマサキの弁だ。
「サウジアラビアのローカルフードと云えば、カブサらしいですよ。米食ですから、あなたも気に入るのでは?」
「へぇ、米か。つーてもアレだろ。米の種類が違うんだろ。パプテマスライスだっけ?」
「バスマティライスですよ」
「ああ、それだ。バスマティライス。パプテマスって何だっけな……まあ、いいか。長い米だろ、バスマティライスって。いつだったか、アハマドがそれで飯を作ってくれたことがあったな」軒先に並ぶメニューを眺めていたマサキがシュウを振り返る。「てか、お前手で飯食うの大丈夫なのかよ。ドバイじゃ飯が多様だったから問題なく過ごせたけど、流石にローカルフードはそうはいかないぞ」
「郷に入っては郷に従えと云いますしね。そこに拘る気はありませんよ」
「結構、潔癖だと思うんだけどな、お前」
「確かに」シュウは頷いた。
ひとりの空間が広いことが当たり前だった環境で育ったシュウは、パーソナルスペースの違和感に敏感だ。物怖じせず距離を詰めてくるサフィーネたちの存在にも慣れるまで時間がかかった。他の人間ともなれば尚更だ。隣に立たれただけでも構えてしまう。トイレやバス、シャワーにしてもそうだ。共有など以ての外。それはシュウが傅れる側であったからが故の、贅沢な悩みでもあった。
マサキに対しても、当初はそうだった。
シュウを敵と見做し、追い続けてきた少年は、しつこくシュウに食い下がった。シュウがどれだけ振り切っても、また目の前に姿を現す。言葉一つで他人を退ける術に長けていたシュウは、だからこそ、その恐れのなさが鬱陶しかった。けれども今は違う。シュウはマサキと空間を共有することに、全く違和感を覚えていない。むしろ安心感さえあった。
それは、シュウのマサキに対する感情が、それだけ変化したことを意味していた。
鬱陶しい他人から、身近でありたい知人へと。ふたりの時間を重ねた分、シュウはマサキに気を許すようになった。そう、シュウにとってマサキは、パーソナルスペースに踏み入れられても身構えずに済む稀有なる存在なのだ。
「これだけ店があると選ぶのに悩むな。この辺りでカブサの美味い店って何処なんだ」
「そうですね……」
シュウはスマートフォンを開いた。リヤドでカブサの美味しい店を調べてみれば、ここから十数メートルほど行った先に飛び抜けて評価の高い店がある。それをマサキに伝えると、「なら、そこだ」即決した彼はシュウに道案内するように告げてきた。
PR
コメント