あ、あと、二章で終わります……
全部私の見通しの甘さが原因です。もう文字数が増える増える増える増える。後半戦で書きたいシーンの半分も書けていないこの現状に@kyoさん疲労困憊。ラストシーンやその直前のシーンは決まっているのでいいのですが、そこまでの道筋が何も決まっていなかったツケを今支払っている状態です。
しかし今回の白河は過保護ですねー。もうちょっとマサキを信じてやってくれ。
全部私の見通しの甘さが原因です。もう文字数が増える増える増える増える。後半戦で書きたいシーンの半分も書けていないこの現状に@kyoさん疲労困憊。ラストシーンやその直前のシーンは決まっているのでいいのですが、そこまでの道筋が何も決まっていなかったツケを今支払っている状態です。
しかし今回の白河は過保護ですねー。もうちょっとマサキを信じてやってくれ。
<wandering destiny>
首都リヤドの西に位置する港湾都市ジッダは、リヤドと比べると賑やかさで見劣りする都市だ。サウジアラビアでは二番目に大きな都市に数えられるが、ビルの谷間に乾いた土地も数多く目に入る。世界的な発展具合と比べると中の上ぐらいだろうか。ホテルやショッピングモールが集まって都市を形成している北部に対し、倉庫やモスクが密集する南部。ジッダの本領が海路を使った貨物の運搬にあるのが良くわかる都市構成だ。
「じゃあ、ご主人様。行ってきますね」
「任せましたよ、チカ」
目指す工場はジッダの南部、郊外にほど近い位置にあった。
倉庫街の終わり際に建つ、素朴な味わいを残した現代的な工場。警備員が付くほどではない規模だが、町工場よりは遥かに大きい。夕刻を迎えてそろそろ人気が少なくなってきた工場前にタクシーで乗り付けたシュウは、窓からそうっとチカを外に放った。
「あとはあたくしにお任せを!」
一声高く鳴いて工場方面に飛んで行ったチカを見送って、ジッダの北部にあるホテルに戻る。グラデーションを描いて頭上を覆う空。タクシーの窓に映る景色が、味気ないものから近代的な造形の建物が建ち並ぶ都市へと移り変わってゆくのを眺めながら、シュウはジッダに向かう飛行機の中でマサキとした会話を思い返した。
――何でチカを出してやらなかったんだよ。
――検疫などが面倒でしたのでね。
もしかするとマサキは、シュウとの二人きりの生活に窮屈さを感じていたのかも知れなかった。
――それにしたってもう少しやりようがあっただろうに。
――チカの騒々しさに耐えられるほど、あなたも私も余裕があったようには思えないのですが。
――そうは云ってもだな、使い魔とはいえ、チカだって生き物だろ。
しきりと愚痴るマサキに穿った見方が脳裏を過ぎる。
いや、シュウは理解《わか》っていたのだ。シュウが情報収集をしている間中、待機を余儀なくされていたマサキ。特にモーテルでの生活は、報復を受けた関係で大きく制限されていた。リヤドに移動してからはその制限は解けたが、情報収集に関われずにいたのは違いない。自分の存在が無価値である生活。マサキはシュウが想像していた以上に、自分が蚊帳の外に置かれている生活にストレスを感じていたのだ。
だからシュウは、自分の至らなさを責められているような感覚に陥った。本来、活動的なマサキを、得手不得手があるとはいえ、籠の中に閉じ込めるような生活をさせてしまった。苦い後悔は、シュウに自分が役割を奪い過ぎた自覚があったからだ。
だからシュウは愚痴愚痴と言葉を継ぐマサキに、反射的に苛立ち紛れの言葉をぶつけてしまったのだ。
――あなたと二人でいたかったからですよ。
瞬間、言葉を詰まらせて頬を紅潮させたマサキが、気まずそうにシュウから視線を外した。沈黙の帳が下りる。そのまま口を噤んでしまったマサキに、何とも表現し難い気まずさが湧き上がってくる。それは、シュウが想いを告げたあの夜が、マサキにとってはもう遠い過去になってしまっていることを意味していた――……。
シュウは窓の外の景色から、車内に視線を戻した。
間近に迫ってくるホテル。エントランスに横付けしたタクシーから降りたシュウは、近代的な外観のホテルを見上げた。ようやく調査に参加出来ることになったマサキは俄然やる気を見せている。今頃はホテルにあるプールで鋭気を養っている頃ではなかろうか。
シュウとマサキの間に漂った気まずさは、長くは続かなかった。
飛行機を降りる頃にはマサキはいつも通りのマサキだった。罠かも知れない情報を追っている状況でもあったが、上手く行けば核心を掴めるのは間違いない。膠着した現状が打破されるかも知れないという状況に、気分が高揚しているのだろう。程良い緊張感を湛えた横顔。湿度の高い熱波にも挫ける様子なく、しっかりとした足取りでホテルに入っていったマサキに、シュウは憂鬱さを表に出さないよう努めるので精一杯だった。
調査に私情を挟むつもりはないが、振り子のように心が揺れ動いている。かといって、マサキを諦めるつもりはない。シュウは自分でも自覚しているほどに執念深いのだ。とはいえ、マサキが答えを出した今、今日明日で関係が進展しないこともわかってしまっている。
私はこの先、どう行動してゆけばいいのだろう。自らの信念の赴くがままに前に進み続けてきたシュウは、マサキという最大の障害を前に足踏みせざるを得ない状況に立たされていた。
恭しく頭を下げるドアボーイの横を通り過ぎて、ホテルのロビーに足を踏み入れる。
「|Please give me the room key《部屋の鍵をください》」
「|Yes,sir《どうぞ》」
夕暮れ時のロビーはそこそこ混雑している。カウンターに預けた鍵を受け取ったシュウは、観光から戻ってきた客で賑わうロビーを抜け、奥にあるエレベーターホールに向かった。食事をしに下りてくる客を擦り抜け、エレベーターを乗り込む。
リヤドでは暫く調査の拠点にするつもりだったこともあり、アパートメントタイプのホテルを選択したが、今回は設備の関係で極々一般的なホテルとなった。バスにトイレ、クローゼットに、リビング兼ベッドルーム。部屋はツイン。空き部屋の関係でそうせざるを得なかったのだが、マサキと行動をともにすることに気詰まりを感じているシュウとしては、少し無理をしてでもシングル二部屋を取るべきだったような気がしている。
「お帰り」
階上のエレベーターホールからは遠い部屋。カードキーを使ってドアを開け、室内に足を踏み入れると、窓を開け放ったマサキが、ベランダにあるラタン製の椅子に座って涼んでいた。
どうやらもうシャワーを浴びたようだ。濡れた髪が、まだ温いジッダの風に揺れている。
往復で一時間二十分ほどのタクシーでの旅。プールで泳いだにしては戻りが早いようにも感じられる。体力を持て余しているマサキはリヤドでは二時間以上泳ぐのがざらだった。腕時計を確認したシュウは、脱いだ上着をハンガーにかけながら尋ねた。
「プールに行かなかったのですか」
「帰ってきたら飯にするだろうしな。だから今日は室内トレーニングだけにした。明日から動き回るんだし、そのぐらいで丁度いいだろ」
「気晴らしも必要だと思いますが」
「もう十分やっただろ」苦笑を浮かべながら、マサキが室内に戻ってくる。「リヤドの乗馬体験は面白かったな」
「馬に乗れる機会はそうはありませんからね。気に入ったようなら何よりですよ」
そこそこ自由に動き回れたリヤドでの日々が、マサキに活力を取り戻させたようだ。焼け易い体質なのだろう。日焼け止めを塗っても焼け止まらなかった肌。少し浅黒くなった顔に、白い歯が浮かぶ。
こうやってマサキは、シュウの気持ちをなかったことにしてゆくのだ。
遣る瀬無い気持ちに囚われたシュウはバスルームに逃げ込んだ。少し外出をしただけでも、海風に運ばれたサウジアラビアの砂が服に張り付いている。あとでランドリーを利用しなければ。服を脱いだシュウはバスルームに飛び込んで、頭から湯を被った。
せせこましい空間で、マサキと顔を突き合わせていたい気分ではなかった。
何年分の片恋。始まりの頃のシュウは、自らのままならない感情に抵抗をしていた。
愛や恋、好意などというものを、誰しもが最も大事な感情だと説く。けれどもシュウにとって、その心の動きは、この世で最も不要なもののひとつだった。そもそもが理性的であるラ・ギアス人の血が流れている。移り変わる人間関係の輪の外で、他人の行動を冷静に見詰めて続けているシュウにとって、愛や恋などというありきたりな感情は、その人間の人格を壊してしまう枷のひとつであった。
それは他人に限らなかった。
シュウにしてもそうだ。マサキの姿を目にするだけで逸る心。彼を手に入れたい。制御出来ない感情に突き動かされるがまま無茶を重ねてしまったかつての自分。会わずにいれば、時折懐かしむ程度で済むのに、顔を合わせると欲しくて堪らなくなる……あの日々がなければ、シュウはもっと穏やかな気持ちでマサキと向き合えていたのではないか? 未練がましさに苦笑が浮かぶ。自らの情けなさに首を左右に強く振ったシュウは、顔に溜まった湯を払いきったところで湯に浸かった。
いずれにせよ、数日の辛抱だ。
チカが戻ってきさえすれば、シュウは無理してマサキと会話をする必要がなくなる。
熱い湯に身体を浸しながら、シュウは明日からのスケジュールを脳内で組み立てた。マサキに任せるのは指導者ハザムの実家調査だ。家族及び親族構成、資産状況、勤務先情報。これだけ洗わせれば、中東極右派《マウシム》に繋がる点が浮かび上がる筈だ。浮かび上がらなかった場合は、別の情報を追わなければならない。その為にも、シュウはダークウェブでの情報収集を行い続ける必要があった。
少し気が楽になる。
シュウ自身、マサキに本懐を遂げさせる為のサポートを続けることに抵抗はなかったが、マサキ本人と向き合うのにはもう少しの時間が必要だと感じていた。何より蟠りが解けないのだ。自身の数年間を否定されて正気でいられる人間もそうはいまい。シュウは自分が人間らしさを失っていなかったことに微かな途惑いを覚えながらも、そうした自身の面倒臭さに腹を立て続けてもいた。
マサキに現地調査を任せる以上、離れている時間は増えるだろう。ホテルの一室ですべきことのないマサキと向き合う生活が終わることに、シュウが安堵しているのはだからだ。
長湯を終えて、バスルームを出る。
髪を乾かしたシュウは待ちくたびれた様子でいるマサキを伴って、ホテルのビュッフェサービスを受けにレストランに向かった。報復措置を受けてからというもの、利用しなくなったホテルのサービス。UAEを出てから六日目になって、ようやく当たり前のホテル暮らしに戻れたことにまた安堵する。
とはいえ、指導者ハザムの周辺調査を始める以上は油断は禁物だ。UAEの二の舞になってしまっては、中東極右派《マウシム》の殲滅も難しくなる。だからこそ、シュウはその点についてはマサキに重々云い含めた。少しでもおかしいと感じたらその場で引き返してくること。周囲の雰囲気や様子には気を抜かずにいること。そうは云っても、当たって砕けろ的な大胆な性質である。情報収集に向いていないマサキに、いかんせん不安が残る。
「明日は何時に出る予定ですか」
「ハラマイン高速鉄道で一時間ぐらいだろ。役所なんかが開く時間に向こうに着ければいいから、七時ぐらいには出ようと思ってるけどな」
皿に山盛りの料理を取ったマサキがテーブルに戻ってくる。この時点でシュウの皿の二倍はある料理だが、延々マサキの底なしの胃袋に付き合わされてきたシュウは知っている。これを三回は繰り返せてしまうのが、マサキ=アンドーだ。
シュウはサラダとチキンソテーが載っている自らの皿から料理を取り上げた。
外資系のホテルな為、メニューは欧米食が多い。食に頭を悩ませなくて済むのは有難いが、全てがホテルで完結してしまう生活は味気なくも感じる。時間が経っている割には柔らかい肉を口の中で味わいながら、シュウは正面で料理にがっついているマサキを見遣った。豪快な食べっぷりは野性味溢れる部分もあれど、見ていて小気味いい。
「本当に一人で大丈夫ですか」
「お前も心配性だな」顔を上げたマサキが表情を引き締める。「同じ轍は二度と踏まねえ。今度は上手くやってみせるさ」
まだ情報収集の最中にあるとはいえ、マサキにとってこれは雪辱戦でもあるのだ。
UAEで心を折られてしまった彼の士気。今はもう回復をみせているようにも映るが、平時が続いている。実戦的な衝突が何もないこの状況で、マサキの士気を判断するのは危険だった。何かの折に、ホテルでの光景が彼の脳裏に蘇りはしまいか。そしてそれが彼の心を挫かせてしまわないか。シュウの脳裏に、ホテルのレストランで半狂乱になって離せと叫んでいたマサキの姿が蘇る。
彼が決して得意ではない情報収集でマサキが成功体験を得るのは、今後訪れるだろう中東極右派《マウシム》との決戦で、思うような成果を挙げられるかを左右する問題だ。
シュウは自らの心を殺した。
過保護になり過ぎている自分に、シュウは自覚があった。あんな表情をマサキに二度とさせたくない。けれども、マサキは戦うことを宿命付けられた魔装機神の操者で、地底世界ラ・ギアスの英雄だ。ひとかどの戦士となった彼を甘やかしたところで、本人の自尊心を傷付けるだけだ。そのぐらいはシュウにも理解《わか》っている。
対立する二つの心。マサキを護ってやりたい己と、マサキの意志を尊重してやりたい己。どちらを優先すべきであるかの答えはとうに出ている。それでも納得しきれない感情。シュウはマサキに何か起こった際に、後悔をしたくないのだ。
そうは云えど、マサキは情報収集で蚊帳の外に置かれていた自分に不満を覚えているではないか。
ならば、シュウに出来ることは、マサキの能力を信じることだけだ。
シュウは自らに云い聞かせるように思考を重ねた。マサキといる時間に気詰まりを感じているのに、マサキひとりをメッカに向かわせることに胸が騒いで仕方がない。無事に済めばいいのだが。シュウは積み重なる憂鬱に、ひとり静かに深く溜息を吐いた。
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