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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

あなたがここにいる(陽)
@kyoさんにリハビリをさせようリクエスト作品第四弾

<お題>
マサキにいつでも会えるシュウ(その2)

<あなたがここにいる(陽)>

 逸《はや》る気持ちを抑えきれない。
 会おうと思えばいつでも会える関係になって尚、彼を目の前にするその直前のシュウは、いつでもまるで子供のように胸を弾ませていた。
 その日のすべき用事を済ませて、市場へ。彼に頼まれた買い物を済ませたシュウは、彼への個人的な土産として、最近気に入っているらしいチョコレートとナッツがたっぷり振りかけられたドーナッツを市場の先にあるドーナッツショップで買い求めると、そのまま、馴染みのティーショップへ向かった。
 このドーナッツに合う紅茶はどんなフレーバーがいいだろう……。
 入荷したばかりの新しい茶葉の香りを、店員に勧められるがままいくつか試しに嗅いでみたシュウは、その中から気に入った茶葉を好みの味になるように配合してもらえるように頼み、オリジナルブレンドの茶葉が出来上がるまでの間、通りに面したショーウィンドウの手前に並べられている菓子を眺めた。
 クッキー、マドレーヌ、フィナンシェ……どちらかと云えば、紅茶の供に少量の菓子類を選ぶシュウは、きっとマサキに付き合わされて食べることになるだろうドーナッツの袋に目を落としつつも、誘惑には抗えない。オレンジピールの入ったさっぱりとした味のクッキーを追加とばかりに店員に差し出すと、もう長い付き合いになる店員は、いつも通りのシュウの行動を微笑ましく感じたものなのか、ただにっこりと微笑んでみせた。
 そうして家から一番近い街にて買い物を済ませたシュウは、街から少し離れた平原にて、次元の狭間に置いておいた自らの愛機を呼び出すと、立ち寄る者も稀な森の中。ひっそりと木立に紛れるように建てられている自宅へと向かった。
 風が吹き荒べばすきま風が舞い込むようなログハウスは、建てられてからの歳月の分、木目の艶も色濃くなっていたものだったけれども、幸い腐食には見舞われずに済んでいる。手直しをせずとも気ままに過ごせる我が家を欲していたシュウにとっては、このログハウスはこれ以上とない隠れ家だった。
 高い天井に広い部屋。夏は涼しく、冬は暖かい。そんなログハウスのずっしりとした扉を開いて、常春のラングランの風を室内に招き入れると、その風の動きで家主の帰宅を悟ったのだろう。お帰り、と穏やかな声。彼は薄手のセーターにジーンズという軽装で、家の奥から姿を現した。
 自らの感情を持て余して、情動に突き動かされるがまま、激しさばかりを彼にぶつけていた日々。彼は最初こそ抵抗する素振りを見せたものだったが、それも僅かの間。シュウの態度や行動から彼が何を読み取ったのか、シュウは彼に尋ねてみたことはなかったけれども、彼がシュウの予想を裏切って穏やかな心持ちでシュウと向き合おうとしているのには気付いていた。
 いい、と云ったのだ。
 この家に縛り付けられてもいいと。
 理不尽に手荒な扱いを繰り返した。負わなくていい傷を負わせてしまったことも一度や二度ではなかった。それでも彼は穏やかに、静謐とも感じられる笑みを浮かべて、シュウのやることなすことを赦すかのように受け入れた。
 ――それに抑えようのない苛立ちを感じていたのが、遠い昔のようだ。
 シュウは保証が欲しかったのだ。気紛れに邂逅しては、気紛れに肌を重ねる……多忙にかまけて会わない日々が続いていてしまっても、それがお互いの立場故に当然であるかの如く振舞わなければならない関係。それはいつの間にかシュウの繊細《ナイーブ》な神経に、自身が感じていた以上の心理的負荷《ストレス》を与えていたのだ。
 ――かつての自分に対するような彼の執着心が見たい。
 けれども、人はひところには留まってはいられない。時は流れる。時に拙速過ぎるまでのスピードで。そうして過ぎ去っていった時間は、段階的にではなく、斬新的な変化を二人の関係に求めていた。
 相手が変わってしまったのであれば、自分が変わるしかない。そんな簡単な理屈にシュウが思い至れたのは、彼の寛容なまでのシュウを受容する態度があったからこそ。
 今、彼はかつての自らの居所に戻ることなく、ここに居る。
 自分はまだまだ揺らぐだろう。神ならぬ人の身であるシュウは、数えきれないほどの苦悩をその身に抱えてしまっている。その苦悩の数々は、時に騒ぎ出してはシュウにこう囁くのだ。
 ――もっと強く、深く、得てしまえ。
 けれども、今は……街で買い求めたドーナッツの袋を渡すと、素直に喜んでいいものか途惑いながらも、「ありがとな。一緒に食おうぜ」と、はにかんだ笑顔を浮かべてみせる彼がそこにいる。
「紅茶の準備をしますよ」
 結構な荷物になってしまった買い物袋をキッチンのテーブルの上に置いたシュウは、その中から紅茶とクッキーが詰まった小袋を取り出しながら、キッチンと続きになっているリビングのソファの上。口元を綻ばせながらドーナッツの入った袋を覗いている彼《マサキ》を眺めながら、今日のささやかな幸福を噛み締めていた。


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