機体の性能差を人力で覆すって萌えませんか?
<夜間訓練>
野営明けの朝だった。
サイバスターから出たマサキは地面に降り立って、周囲を見渡した。雲間に覗く反り返る大地。草に溜まる露が陽射しを受けて煌めいている。息を吸い込む度に肺を満たす澄んだ空気が心地良い。頭上に輝く太陽の白けた光を浴びながら、マサキはひとつ大きく伸びをした。
痛い。
身体の節々が軋んでいる。
それもそうだ。マサキは肩を鳴らしながら、昨晩のことを思い出した。
なんとはなしに寝付けない夜だった。それでも寝なければならないとブランケットを被った。ベッドの中で格闘すること二時間。自分の目が覚めてしまったことを認めなければならなくなったマサキは、サイバスターを駆ってラングランの夜の平原へと飛び出た。
いつ戦いに駆り出されるか不明な日常に身を置いていると、知らぬ内に神経がささくれ立ってゆく。訳のわからぬ焦り。高ぶった精神を鎮めるべく、マサキは心を無にして宛てなくサイバスターを疾らせ続けた。
そしてその瞬間が訪れた。
野営地から五十キロほど離れた地点、日付変更線を超えた辺りで突然入電を報せる警報音が鳴った。
相手はシュウだった。聞けば、野営地からサイバスターが飛び出して行ったのを目にして、後を追ってきたのだという。
恐らくは、そのサイバスターの動きでマサキの精神状態が良くないのを感じ取ったのだ。夜間戦闘の訓練をしませんか。何も詮索せずに誘いかけてきたシュウに、それも悪くないとマサキはグランゾンとの模擬戦闘に応じることにした。
その結果がこれだ。
草の薫る匂いに満ちた空気を吸い込みながら、マサキは腕を回した。痛い。眉を顰めつつ腕を見れば、こぶし大の痣が肌に色濃く刻まれている。
夜間訓練を終えたマサキがこの地に帰り着いてから確認してみれば、ダメージの痕は服に隠れた部分も含めて十か所以上に及んでいた。痣に、擦過傷。深い傷はないものの、目に付くだけでもこれだけあるのだ。見えない部分のダメージも相当で、下手な動きをすれば直ぐに各所に痛みが走る。
「あの野郎、手加減しろよな」
「あなた相手に手加減すれば、怪我を負うのは私の方でしょうに」
ひとり愚痴るなり背後から響いてきた声に、マサキは溜息を吐きながら振り返った。
その独特な|気《プラーナ》を微塵も感じさせない男。年々、気配を殺すのに長けてゆくシュウが、いつの間にかマサキに数十センチに迫る位置に立っている。
「だからって、これは加減を知らな過ぎだろ」マサキはシュウに見せつけるように腕を突き出した。「いつ戦闘が始まるかわからねえ状況なのに」
「私はあなたを信用していますからね」
嫌になるほど取り澄ました笑み。人によってはクールに映るらしいシュウの笑顔に、けれどもマサキは慣れられないままだ。
「良く云うぜ。この嗜虐嗜好野郎」
視界の利かない夜間戦闘でありながら、シュウは的確にマサキにダメージを与えてきた。マサキの身体に刻まれた十数もの傷痕は、グランゾンの攻撃にサイバスターが耐え切れなかったからだ。機動力に勝る機体でありながらの無様。それはマサキの動きの癖をシュウが把握しきっているからに他ならない。
機体の性能差を人間能力で覆されたという事実。それが口惜しいのか、腹立たしいのかマサキにはわからない。ただ、ここに帰り着いたマサキは、痛みをものともしない勢いで眠りに就いた。それこそサイバスターから降りることも忘れて、ひたすらに。
お陰で今のマサキは意識だけは絶好調だ。これならば、不意の戦闘に見舞われても冷静に立ち回れると云えるぐらいに。
マサキは隣に並んだシュウの横顔を見上げた。知に優れた男は、分析力にも長ける。シュウがこうした効果も織り込み済みな上で、マサキに戦闘を仕掛けてきたのは間違いなかった。
あの正体不明な焦燥感も、泡が溶けるように消えてしまった。
そうである以上、いけ好かないと感じる気持ちに変わりはなくとも、礼のひとつぐらいは述べるべきだろう。
だからマサキは口を開いた。
「なあ、シュウ」
「何です、マサキ」
「礼は云うぜ。有難うな」
瞬間、酷く温かな眼差しがマサキに注がれた。
「明日は雪でしょうかね」
けれども言葉とは裏腹に、優しさを含んだ口振り。「煩えよ」マサキはシュウの肩を肘で小突きながら、不敵に笑ってみせた。
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