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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

雪原にて(前)
@kyoさんにリハビリをさせようリクエスト作品第六弾

<お題>
肌を合わせてあたたまるシュウマサ

<雪原にて(前)>

 降りしきる雪はマサキの上背よりも高く積もり続けた。
 ラングランを襲った大寒波だ。
 温暖な気候が常なラングランで、よもやこれだけの積雪を目にすることになろうとは……地上に出て、慌てて買い求めたヒートテックにフリース、ダウンジャケット。中綿入りの手袋にレッグウォーマー、カプサイシン入りの厚手のソックス。二重巻きに出来る長さのスヌードに、幅広のロングマフラーと、これだけあれば暖房機能に乏しいゼオルートの館でも充分に暖が取れるだろう。
 たかだか防寒具を買う。その程度のことで魔装機神を使うなんてと、何度目のセニアの説教を食らうのはわかっていても、装飾性に富んだ衣装も多いラングランで冬支度を済ませるよりも、機能性を重視した衣装が揃っている地上で済ませた方が効率がいいに決まっている。
 マサキはラングランの一般国民ではない。魔装機の操者であることを期待される戦士なのだ。
 地上から地底へ。人気のない平原にサイバスターの転送を済ませたマサキは、そこからゼオルートの館に戻るべく、西に向けて舵を切った。雪にけぶる世界。プレシアやテュッティはどうしているだろうか。古びた暖炉がひとつある程度の館の暖房設備を思って、彼女らの為にもと防寒具を早く渡さなければと、サイバスターのスピードを増すべくその出力を上げた直後だった。
 コントロールルームに緊急警報《レッド・アラート》が鳴り響く。
 明滅を繰り返すモニター群に、ところどころノイズが走っている。どうやらいくつかのシステムが停止したようだ。急速にスピードを失ったサイバスターが、稼働を停止する。
 雪原の只中。やがてブルースクリーンを映し出すのみとなったモニター群に、「何が起こったんだ!」マサキが強い口調でシロとクロを問い詰めれば、
「動力機関の摩擦熱が耐久限界値を超えたんだニャ!」
「摩擦熱?」
「多分、動力機関用の潤滑油《オイル》に問題が起こったんじゃニャいかしら」
「この寒さで凍ったんじゃニャいかニャ?」呑気に云ってのける。
「そんなヤワな機体かよ! こいつは魔装機神だ!」
「でも現実に動力機関が動作を停止してるんだもの」
 呑気に云ってのけるクロにマサキは舌打ちした。
 使い魔たる二匹には寒さも暑さも関係のない話だろうが、マサキは人間なのだ。人間は寒さや暑さで簡単に命を失える。まさかの命に関わる事態に、せめてコントロールルームの暖気だけでも保てないかとマサキはシステムの再起動を試みるも、大元の動力炉に影響が生じてしまっているからか、キーを叩けど叩けどサイバスターはうんともすんとも云わない。
「参ったな……こんな雪原の真っ只中で立ち往生だと……?」
「取り敢えず暖を取るのが先ニャのね。防寒具を着ニャきゃ」
「それはそうなんだけどよ……」
 じわりじわりと寒さを増してゆくコントロールルームの中、マサキは先ほど買い求めたばかりの大量の荷を解き、取り敢えずの暖を取るのに不足のない格好になる。断熱素材で出来たアンダーウェアに、ヒートテックとフリースを重ね着し、その上に内側がボアになっているトレーナーを被り……足元にはソックスとレッグウォーマー。股引のようで嫌だと買うのを諦めたレギンスも買ってくるんだったと、ジーンズを履いていても刺さるような寒さに思いはしたものの、サイバスターが止まってしまってから云い出しても始まらない。
「よかったのねマサキ。防寒具を山ほど積んで戻ってきた後で。地上に行く前だったら死んでたのよ」
 ネックウォーマーの上からスヌードを巻き、アルミ断熱シートが入った防寒コートを羽織る。そして最後に手袋。指が思うように動かせないのが難点だが、中綿入りの手袋は熱が奪われやすい指先を暖かくカバーしてくれた。
「イヤーマフも買っときゃよかった」
 ひとりごちながら、ひと通りの装備を終えたマサキは、さて、これからどうしようとコクピットに深く身体を埋めた。この積雪では外に出て暖を取れる場所を探すこともできない。システム自体が停止してしまっている以上、救難信号を発するのも難しいだろう。
 自力ではどうにも好転させられなさそうな状況。はあ、とマサキは深い溜息を洩らした。
「通信機能も停止してるのね」
「信号弾で救難信号を出すにしても、この天候じゃな……」
「そもそも他の魔装機が流してるかも怪しいんだニャ。サイバスターですらシステムブレーキしてるのに、他の魔装機が動けるかってニャるとニャ。難しいんだニャ」
「ここで天候が回復するのを待つしかない、か」マサキは絶望的な状況に天を仰ぐ。
 その瞬間だった。
 サイバスターの目の前の時空が大きく歪んだ。
 中点に向かって収縮してゆく時空。その裂け目から、湧き出すようにして姿を現す|青銅の魔神《グランゾン》。理不尽な性能を誇る機体の操縦者《パイロット》は、眼前に立ち尽くしている|白亜の機神《サイバスター》を不審に感じたのだろう。通信機能が生きていないことに気付いたらしい彼は、ほどなくして、マサキ? と、サイバスターに搭乗するマサキに拡声機能でもって話し掛けてきた。

 天候が回復するまでとサイバスターからグランゾンに乗り換えさせられたマサキは、シュウの操縦に運ばれるがまま。サイバスターが停止した地点からはさして遠くない彼の現在の居所へと連れ込まれた。
 家主が留守をしていた家は、未だに雪が降り続ける外の世界と比べれば、格段に暖かく感じられたものだったけれども息白く。セントラルヒーターのスイッチを入れたシュウが、「もう少し待っていてください」と云いながら、暖炉の前に屈む。彼は暖炉内に薪を並べると、古い新聞紙に火を点けた。
 ぱちぱちと生木の乾く音。
 暖炉に火が灯り、やがてそれは赤々とした炎となって舞い上がった。
 寒さに凍えた手足の感覚が徐々に取り戻されてくる。マサキは靴下と手袋を外した。突き刺すような寒気が支配する世界にいたのだ。指も足も痺れて仕方がない。
 ようやく動くようになった指先で、何度か空を握る。
「さぞ寒かったことでしょう」
 ソファに身体を埋めているマサキの目の前に跪《ひざまず》いたシュウが、マサキの赤く染まった足先を手で揉み始めた。マサキと異なり、暖気の効いたグランゾンのコントロールルームに居たからか、シュウの身体はマサキほどには冷え切っていないようだ。
 普段ならば冷えて感じられるその手の温もりが、マサキにとっては例えようもなく温かく。マッサージの心地良さにすっかり身体を預けきって、マサキはソファに身体を深く埋める。
「どのくらいあの場にいたのです」
「そんなに長くはねえよ。防寒着に着替え終わって少し経ったぐらいじゃないか。システムが停まってからどのくらいだったかな……」
「二、三十分ぐらいじゃニャいかニャ」早くも暖炉の前に陣取っているシロが云った。
「それでも結構な時間ですよ。防寒着があってよかったですね。迂闊な装備では凍傷を起こしかねない。さして時間が経ってなかったのも幸いした。サイバスターで王都からそれほど離れていない雪原で遭難した挙句、身体に回復不能なダメージを負ってしまったでは笑い話にならない」
「そう考えると、てめえとこうして顔を合わせちまったのは、不幸中の幸いだったってことか」
「相変わらず、口の減らないことで。その割には素直に身を任せてくれてますがね」
「寒いんだよ。手足が冷え切ってて、身体が温まった気がしない」
 そうしてひとしきりマサキの足先を温めたシュウは、ほら、と今度はマサキの手を取った。
「シャワーでも浴びますか」
「いや……大丈夫じゃないか。身体も温まってきたし」
「風邪を引いてしまってからでは遅いですよ」
 ぐずる鼻をしきりと啜っているマサキにそう声を掛けながら、シュウは最後まで冷えの残ったマサキの指先を包み込むようにして揉んだ。
「今日は身体の温まるシチューにしましょう」
 少しの間。暖気が部屋に回り切ったこともあり、さして時間も経たずにマサキの手は温かみを取り戻した。そのマサキの手から手を離したシュウは、そうしてマサキにそう言い置くと、そのままキッチンへと姿を消した。

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