大分こなれた感じが出てきました。そろそろリハビリも終わりですかね。
Shall we ダンス?
中天に座す太陽が燦燦と輝き、せり上がる大地を照らしている。うららかな陽気のラングランの日差しは暖かで、窓から吹き抜ける風と相俟って、心地の良い空間をシュウの家のリビングに作り出していた。
中天に座す太陽が燦燦と輝き、せり上がる大地を照らしている。うららかな陽気のラングランの日差しは暖かで、窓から吹き抜ける風と相俟って、心地の良い空間をシュウの家のリビングに作り出していた。
だというのに、暫くぶりにシュウの許を訪ねてきたマサキの表情は暗かった。力なくリビングのソファに陣取ると、同情心を煽るような溜息をひとつ。見るからに元気のない様子にシュウが尋ねてみたところ、どうやら近く開催されるパーティでダンスを踊らなければならなくなったらしい。
食うのは得意だけどな。弱り切った表情でそう呟いたマサキに、シュウは「確かに」と頷かずにいられなかった。
青年期に入っても食欲旺盛なマサキは実に良く食べた。運動好きな彼は人よりエネルギー消費量が多いのだろう、毎食二人前近くを平らげ、その上でデザートも口にする。
口下手な彼がパーティでどう過ごしているかシュウは知らなかったが、話術で稼ぐタイプでないのは明らかだ。そうである以上、参加者との社交は先ず期待出来ない。恐らくは、壁の花となってひたすら食べているだけであるのだろう。救国の英雄の経験談を期待して呼び寄せた主催者としては困った事態である。
その所為か、社交界でのマサキにはあまりいい噂がない。女を侍らせてお高くとまっているだけだの、食べるだけ食べて直ぐに帰ってしまうだの……マサキ自身はその手の噂話には無頓着であるようたが、そうした情報まで耳に入ってきてしまうシュウとしてはあまりいい気分ではない。
「パーティに出ないという選択肢はないのですか、マサキ」
「あのじゃじゃ馬が、出てくれないとアンティラス隊の存続に関わるって云いやがるんだよ」
「つまり、主催者はあなた方にとって有力な支援者であるということですね」
「あんまり気分は良くねえが、そういうことだよな」
十六体の正魔装機の管轄が治安局から情報局に移されたのはかなり前のこととなるが、その前後から問題となっていたのがその活動費だ。
何せ理念が理念なのだ。世界の存亡の危機には何を於いても戦え――といえば聞こえはいいが、それは即ち世界平和を求める戦いである。世に争いの種は尽きまじである以上、どこでその活動が終わりを告げるのかは、操者たるマサキたちではわからなかった。
無論、ラングランもだ。
未来視や飛躍的論理演算機の力をもってしても、彼らの活動がどこで終わるのかは予測不可能なまま。そうである以上、無限の活動費を国庫から支出し続けていくのはリスクが高い。国家運営の礎は国民。建国五千年の歴史を誇る神聖ラングラン帝国としては、自国の面子にかけても自国民を貧窮させるわけにはいかなかった。
かくなる上は自給自足。
かくてマサキたちは、正魔装機を管轄する情報局の女傑ことセニア=グラニア=ビルセイアの指示の下、自身の活動費を自分たちで稼ぎながら有事に対応することとなったのだ。
「で、まあ、数曲でいいから、他のパーティ参加者と踊ってくれって云われててよ……事情が事情だけに無碍には出来ないっていうかな……」
「パーティはいつなのです」
「明日なんだよ、これが……」
「成程。事情は理解しました」
シュウはソファから立ち上がった。そしてリビングの中央に陣取っているローテーブルを片付けてスペースを作ると、そのシュウの行動を訝し気に眺めていたマサキを振り返って手を差し伸べた。
「立ちなさい、マサキ。付け焼刃でもやらないよりはましでしょう。私が教えて差し上げますよ」
そうシュウが告げた瞬間、マサキの表情が絶望に彩られた。
※ ※ ※
※ ※ ※
基本のステップをみっちり叩き込んで、マサキをパーティに送り出した二日後。元々運動神経がいいだけに飲み込みも早かったマサキは、どうにか恥をかかない程度には格好の付く形になったようだ。助かったとパーティの土産物を手にシュウの許を訪れてきた。
「でも、二度とは御免だけどな」
「私は楽しかったですがね」
「嫌だよ、俺は。お前とポジションチェンジして何度も踊るの……」
そう愚痴りながら土産の焼き菓子をテーブルに広げてゆくマサキに、「それは残念」と、練習を存分に楽しんだシュウは微笑むばかりだった。
砂糖よりも甘いキス
ベッドの右で目が覚めた。
ベッドの右で目が覚めた。
昨晩、遅くまで読書に励んでいたようだ。まだ眠りに就いている左隣の男の顔を覗き込む――と、規則正しくも静かな寝息が聞こえてきた。目を閉じていようとも端正な面差しが愛おしい。薄く形の良いその口唇に軽く口付けてベッドを出たマサキは、着替えを終えるとキッチンに向かった。
今日で一週間、シュウの家で過ごしたことになる。
今日には王都に戻らなければならない。そう思いながらトースターに食パンをセットし、卵とベーコンを焼き始める。仕切りのついたフライパンに、シリコン製のヘラ。いつの間にか増えた調理器具は、その量の分、マサキがこの家で料理をしてきた証だった。
「お早いお目覚めですね、マサキ」
流れ出る匂いで目が覚めたようだ。程なくして着替えを済ませたシュウがキッチンに姿を現す。ハイネックのシャツにスラックス。普段と比べるとラフな装いなのは、彼がマサキの前では飾る必要がないと思っているからであるらしい。あなたには私の全てを見て欲しいのですよ。いつか彼自身が口にしていた台詞を反芻しながら、マサキはダイニングテーブルに料理を並べていった。
バターをたっぷり塗ったトーストに、スクランブルエッグとベーコン。そして少量のサラダ。その品数にシュウは思うところがあったようだ。「今日は軽めですね。何か心変わりでも?」と、マサキの背後からテーブルを覗き込んできながら尋ねてくる。
この一週間というもの、マサキは実に良く食べた。普段の食生活も量が多い方だったが、その1.5倍は食べただろう。それもこれもシュウが高価なレストランへと連れ込むからだ――そう思いながらも、「流石に今日は帰らないとならないからな。あまり腹を膨れさせる訳にはいかないんだよ。サイバスターの操縦で眠くなっちまったら危ないだろ」と言葉を返す。
「それは寂しくなりますね」
付き合い始めの頃はそうでもなかったが、年月が経つに連れて、シュウは自身の本心を素直に明かすようになった。マサキを振り返らせての柔らかいキス。物惜しそうに幾度も啄んできては終わりを先に引き延ばす。その、彼のストレートな感情表現を嬉しく感じながらも、寂しいのはマサキも一緒だ。「早く席に着けよ。離れ難くなる」笑いながら促せば、そうですね。シュウもまた笑いながら席に着いた。
今日を限りに終わる仲ではないのだ。
敵同士から、腐れ縁、そして味方へと。距離を変えていった男との仲は、恋人となるに至って一層深みを増した。互いの立場もあって、離れている期間が長くなりがちな付き合いではあったが、その空白の期間をものともしない濃密な時間。街に出て楽しんだ日もあれば、家でまったり過ごした日もあった――ぽつりぽつりと会話を交わしながらシュウとの朝食を終えたマサキは、この一週間の出来事を振り返りながら、着慣れたジャケットに袖を通していった。
「もう行くのですか」
「そうじゃないと決心が鈍るからな」
リビングに陣取っている二匹の使い魔を呼び寄せて玄関に向かう。お早いお立ちで! シュウの姦しい使い魔が後から追いかけてくるのを感じ取りながら玄関扉の前に立ったマサキは、改めてシュウに向き直った。
「じゃあな、また」
「ええ、勿論。また、マサキ」
次にここに来られるのがいつになるのか。多忙なマサキには予想が付かなかった。
一週間の不在とあっては、さぞやることが溜まっていることだろう。セニアも簡単にはマサキの身体を空かせてはくれないに違いない。それでも、それが出来るだけ早く訪れるようにと思わずにはいられない。マサキは万感の思いを込めて、そうっと。つま先を立たせながら、シュウの口唇に自らの口唇を重ねていった。
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