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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

はじめての / 彼の秘密
本当にしょーもない小ネタです。



<はじめての>

「おい、シュウ。風呂を借りるぞ」
 温暖な気候が常なラングランでも稀には常夏と勘違いしそうなまでに暑い日は出る。汗を流したかったのだろう。その日のマサキはシュウの家に上がり込むなり、そう口にすると勝手知ったる他人の家とばかりにバスルームに入ってしまった。
 シュウがマサキに抱いている想いは邪なものであったし、マサキもそれを納得した上でシュウとの付き合いを続けてくれていたものの、所詮はキス止まりの関係。それがさも当然とばかりに風呂を借りたのであるから、シュウとしては苦笑を禁じ得ない。無防備にも限度がある――彼の幼さと無邪気さを愛おしく感じながら、再びマサキが姿を現すのを待つこと二十分ほど。彼が水に濡れた姿を幾度か目にしたことのあるシュウは、正直、その程度のことで自分の理性が揺らぐとは考えてもいなかった。
「有難うな、シュウ。さっぱりした」
 湯上りのマサキの濡れた髪から立ち上る湯気。うっすらと赤く上気した肌に汗が浮かんでいる。想像だにしなかったマサキの姿に不意を突かれた形となったシュウは、自らの理性が音を立てて軋み出したのを感じずにいられなかった。
「マサキ、あなたは――」そこでシュウは口を噤んだ。
 バスルームにマサキを素直に送り出した以上、自らの精神的未熟性を彼の所為にしてはならない。何だよ? きょとんとした表情でシュウの言葉を待っているマサキに、「私もシャワーを浴びてきますよ」逆上せた頭を冷やすべく、シュウはバスルームに向かったのだった。



<彼の秘密>

 そもそもが人間らしさに欠ける男であるのだ。
 他でもないシュウのことである。
 総合科学技術者メタ・ネクシャリストの称号に預かる知力を筆頭に、剣術に魔術と彼の才能には限りがない。噂によれば芸術方面にも造詣が深いというのであるから恐れ入る。そこに加えて完璧なまでの容姿の持ち主である。運動特化型のマサキからすれば、こんなにも世の中のせちがらさを感じさせる話もない。
 天はたったひとりの人間に四物も与えたもうたものなのだ。
 ならば彼に欠点はないのか。という話になるのだが、これが非常に難しい。何せ、彼の性格の悪さはマサキに対してのみ発揮されるものであるのだ。何故、そんなにも目の敵にするのかと思うまでに飛んでくる嫌味に皮肉。まるで鋭利な刃物のように、マサキの脆い部分を抉ってくる言葉にマサキは何度打ちのめされたことか。
 シュウ曰く彼の性格は「根は皮相的」であるらしいが、他人の前でその真価が発揮されることは滅多にない。
 結果、マサキと他人ではシュウの評価が真っ二つに分かれることとなる。
 確かに、シュウは他人を統べる術に長けていた。多少スパルタな面はあったし、人懐っこくとはいかないものの、一度引き受けた問題はきっちりと解決してみせたし、上に立たせれば見事なまでの指揮力を発揮してもみせた。
 大体がDCでビアンの右腕を務めていた男なのだ。
 巨大な組織で役員クラスにまで上り詰めるには、それ相応の才能が必要になる。人心掌握術――如何にすれば自分が思う通りのモチベーションで他人を動かすことが出来るのか。そう、彼は基本的には面倒見のいい性格であるのだ。ただ冷淡にも映る態度が評価を難しくしているだけで。
 しかも、である。
 シュウは自身の生活感を極力感じさせまいと振舞っているようなのだ。
 彼と長い艦内生活をともにしているマサキだったが、彼がシャワーを浴びているところを見たことがなかった。それだけなら、時間をずらしているだけだろうと思えたものだが、食事をしているところさえも目にしたことがないとくると事情は異なる。
 もしかすると彼は敢えてそう振舞っているのではなかろうか。
 それが証拠に、マサキはシュウとトイレで一緒になったことがなかった。格納庫で座って仮眠を取っているところは目にしたことがあったが、ベッドで眠っている姿も目にしたことがない。いつ目にしても活動中な男。二十四時間動き回っているのが当たり前のなシュウは、その精力的な活動量の割に生活感が圧倒的に足りなかった。
 これでは人間ではないと云われても納得が出来てしまう。
 ならば研究だ。
 戦闘のない期間の艦内生活は退屈だ。暇潰しに丁度いい研究素材。テーマは「シュウ=シラカワの一日の生活スケジュール」とでもしておこうか……マサキはシュウの秘密を探るべく行動を開始した。

※ ※ ※


「端的に云いますが、マサキ。あなたは馬鹿なのですか」
「またはっきりと云ってくれるじゃねえか」
 朝から自分の後をついて回るマサキに我慢が限界を迎えたようだ。何の用です。ようやくシュウがマサキを振り返ったのは、格納庫で三時間ほど、シュウの背後に陣取ったのちのことだった。
 始めは口ごもったマサキだったが、よくよく考えれば隠し立てするような目的でもない。正直に話をしてみたところ、シュウとしては呆れるより他なかったようだ。私とて人間ですよ。何処か不機嫌な口振りでそう続けると、それが証拠に――と白衣のポケットから何かを取り出してみせた。
 見覚えのあるオレンジ色のパッケージ。カロリーメイトを目にしたマサキは、予想を大きく裏切る展開に僅かに気落ちした。
「他にもこういったものもありますよ」
 続けてポケットから出てきたのは小さなチョコレートの包みだった。シュウ曰く、作業中にそのまま口に出来る手軽さが気に入っているのだとか。更には飴やらサプリメントやら……プロテイン入りのボトルが出てきた時には、流石に「ドラ〇もんのポケットかよ」と思わずにいられなかったが、わかってみれば何のことはない。彼が艦の食堂では食事をしていなかっただけだったのだ。
「満足いきましたか、マサキ」
「まだだ。トイレとシャワーはどうしてるんだよ、お前」
「聞く前に下品な質問だと思わないのですか、あなたは」
 呆れた表情をしながらも、これ以上マサキに付き纏われたくないのだろう。「トイレとシャワーは階を変えてしていますよ。あまり他人に見られたいものでもありませんからね」嫌気が言葉の端から滲み出ているような声で口にしたシュウに、マサキはマサキでこう返さずにいられなかった。
「それって、お前のが――」
「ストップ、マサキ」シュウが手を翳してマサキの言葉を制する。「あなたが何を云おうとしているか予想は付きましたが、それにはノーコメントです」
「何でだよ。そのぐらい男同士なら良くするだろ」
「私はあなたのように品性が下品には出来ていないのですよ」
 きっと悩ましさを感じているのだ。深く長い溜息を洩らしたシュウが、マサキを払い除けるように手を振った。もう満足でしょう。その言葉が終わった次の瞬間、冷ややかな彼の眼差しに射抜かれたマサキは、心臓が縮み上がりそうな思いを手放せず。その場を立ち去るより他なかった。




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