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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

マサキ×2の憂鬱
これを合同誌に出そうとしていた私の強心臓ですよ。




マサキ×2の憂鬱

 狭い。マサキは薄暗い部屋の中で目を開いた。
 閉ざされたカーテンの隙間から眩い光が差し込んでいる。酔い覚めには堪える輝きだ。もう少しだけ寝よう。マサキは窓に背を向けるようにごろりと寝返りを打った――と、目が覚めるようなボトルグリーン色の髪が目に入った。
「……は?」
 マサキは目を見開いた。
 そこにあるのはマサキのものと瓜二つな後頭部だった。襟足を覆う後れ毛に、耳を覆う横毛。意味がわからない。マサキはしげしげと枕に並んでいるもうひとつの頭を眺めた。嗅ぎ慣れた自分の髪の毛の匂いと同じ、ラングランの風の匂いが漂ってくる。そんな馬鹿な。突拍子もない現実が夢ではないかと目を擦る。
 昨晩の出来事を思い出す。
 気心知れた仲間との酒席だった。ゼオルートの館で開かれたちょっとしたパーティ。理由など何もない。飲みたくなった時が飲み時とばかりにマサキの許に集う仲間たち。会話が弾めば酒も進む。楽しさにかまけてついついその場に居座り続けること数時間。マサキが自室のベッドに入ったのは、夜明けが間近に迫った頃だった。
 壁に掛かっている時計を見上げれば、四時間ほど進んでいる。
 リビングで先に眠ってしまったシロとクロを置いてひとりでベッドに入った筈のマサキは、だからこそ混乱していた。これは誰だ。自分と同じ服装でベッドに転がっている体型のそっくりな人物。酒席には絶対にいなかったと断言出来る彼は、一体いつこのベッドに潜り込んだのだろう?
「仕方ねえ……」
 とにかく相手が誰かを確かめないことには先に進めない。マサキはその顔を拝んでやろうと身体を起こした――と、ベッドの軋みで目を覚ましたらしかった。何だ? と言葉を発しながら、隣に寝ていた人物がマサキを振り仰ぐ。
「「――はぁ?」」
 同時に発される言葉。
「「どういうことだよ」」
 そこにいたのは、紛れもない。マサキ自身だった。

 ※ ※ ※

 自分が増えている。
 巫山戯た展開ではあったが、夢ではないようだ。それが証拠に、マサキ×2は互いを触ることが出来た。
「気味が悪い」
「奇遇だな、俺もだ」
 指触りのいい艶やかな髪に、他人よりも高めな体温。互いの温もりが指に馴染むのは、相手もまた自分であるからだ。
 それでも何かの間違いであって欲しいという気持ちが拭えない。先に起きた方のマサキは、もうひとりのマサキから手を離すと、難しい顔をして考え込んでいる彼に尋ねた。
「平熱は」
「36度5分だ。身長は」
「176センチだな。そっちの体重は」
「59キロ」
「同じだ」
「やっぱり、そうか。そうだよな……」
「まあ、これで違ってる方が怖いけどな……」
 互いの存在が同一であることに間違いはないのだろう。ぴたりと噛み合う互いのパーソナルデータに、一縷の望みを抱いていた先に起きた方のマサキは、その望みが無残に打ち砕かれたことを覚った。
「参ったな」
「俺もだ。こんなことになるとはな……」
 もうひとりのマサキも、先に起きた方のマサキ同様に、自分たちが同一人物であることに確信を持ったようだ。途方に暮れた表情を浮かべると、長い溜息とともに言葉を吐き出した。
「で、どうするよ」
「どうするも何も、どうしようもねえ」
「てか、腹が減った」
「俺もだ。酒ばっかで食い物食ってなかったしな……」
「そうなんだよ。あっという間につまみがなくなっちまったからさ……」
 先のことを深く考えない性格はお互い様であるらしい。
 というより、マサキ×2には、考えても無駄な事態に陥ってしまっている自覚があった。寝ている間に自分がもうひとり増えた――などという経験はこれが初めてだ。しかも、経緯の不明な自己増殖である。不測の事態への対応力が高いと評価される魔装機神操者だが、さしものマサキ×2であっても、原因のわからない問題には対処のしようがない。
 つまり、原因究明をしなければならないということだ。
 心当たりがあるとすれば昨夜の酒だが、エール酒だの、バーボンだの、ウォッカだのと、どれにしてもこれまで何度も呑んできたものばかり。特別なものを口にした覚えはない。何より、それらの酒を仕入れてきたのはマサキである。何かを仕込んだ記憶など、当然のことながらありはしない。
 そうである以上、酒造元が何かを仕込んだという結論になってしまう。だがその可能性は限りなくゼロに近かった。そもそも、それらの酒に問題があったのだとしたら、この自己増殖という現象は、時期をずらして広範囲で観測されている筈だ。
 それに、地上の常識が通用しない地底世界ラ・ギアスではあったが、長くこの世界で生きてきたマサキ×2にせよ、酒で自己分裂を起こすなどといった話は聞いたことなどないのだ。
 そうである以上、考えるだけ無駄だ。
 意見の一致をみたマサキ×2は、とにかく腹を満たすべく、ふたりで階下に下りることにした。
「どんな顔をされるかねえ」
「まあ、驚きはするだろうな」
 ドアの隙間から溢れ出てくる食欲をそそる匂い。目玉焼きにソーセージ。程良く焼けたトースト……今日の朝食のメニューが頭に思い浮かんだところで、ほら、みんなお皿を並べて! 溌溂とした義妹の声が響いてくる。
 マサキ×2は顔を見合わせて頷き合った。
 ドアを開ける。
「おはよー、おにいちゃん」
「あら、マサキ。やっと起きたのね」
「もう、遅いよー。あたしお腹ぺこぺこなんだから、早くテーブルに着いて!」
「てゆーか、マサキ、ぼーっとしてないでよ」
 彼らの言葉に対して、マサキ×2は立ち尽くすばかりだ。
 怒涛の如く押し寄せてくる仲間の言葉に対する途惑いではない。彼らがお節介なのはいつものことだ。ただ、その数がいつもと比べると倍以上になっている。マサキ×2はテーブル周りを見渡した。
 戸棚から食器を取り出しているプレシアがいるかと思えば、キッチンに立っているプレシアもいる。テーブルで呑気に茶を啜っているヤンロンにしてもそうだ。ダイニングとひと続きになっているリビングにはテレビを眺めているヤンロンもいる。
 テュッティにミオ、ウェンディ、リューネ。昨日の酒席で最後まで館に残った面々は、全員がふたりに増えていた。
「お前ら……この状況をおかしいと思わないのかよ」
「あなただって、ふたりいるじゃないの」
 サラダを手にしてキッチンから出てきたテュッティが、テーブルセッティングしている方のテュッティにそれを渡しながら口にする。そうだよー、マサキ。カトラリーを並べているミオが、グラスを並べているミオと一緒になって視線を向けてくる。
「みーんなふたりじゃ、どうしようもなくない? 自分だけだったら異常事態だけど」
「どっちだって異常事態だろ……」
 先に起きた方のマサキは、目を丸くして驚いているもうひとりのマサキと顔を見合わせた。どうやら考えていることは同じであるようで、はあ。と、同時に溜息が口を吐く。
 繊細な神経では務まらないのが魔装機神操者だが、だからといって、ここまで環境に素早く順応しなくともいいではないか――更に複雑と化した事態に、先に起きた方のマサキは頭を抱えた。その瞬間だった。取り敢えず、席に着きましょう。キッチンの奥から姿を現したウェンディ×2が、マサキの手を取るとダイニングテーブルへと導いてゆく。
「ウェンディは何か心当たりあるのかよ」
「そうねえ。あるとしたら、あれじゃないかしら」
「あれ?」
「マサキ、ほら牛乳」
 テーブルに着いたところで、リューネ×2が牛乳入りのグラスを渡してくる。
 マサキ×2はグラスを手に取った。寝覚めの一杯とばかりに一緒になって口に含めば、まろやかな口触り。コクがある割には舌に絡み難い。喉にすとんと落ちてくる牛乳は搾りたての風味に満ちていた。
 あれって何だ? 酒で爛れた胃が洗われたような気分になったマサキは、気を取り直してウェンディに向き直った。あら、もう忘れちゃったの? 小首を傾げたウェンディが、童女のような瞳を瞬かせながら不思議そうに尋ねてくる。
「何かあったっけな……」
「飲み過ぎて記憶が曖昧だよな……」
「そんなに飲んだの、マサキ?」
 早々に潰れたリューネは、その後のマサキたちがどれほど酒を飲んだのか知らないようだ。マサキは酒席の場となったリビングに今一度目を遣った。床に散乱していた酒瓶はプレシアが片付けたのだろう。乱痴気騒ぎの痕跡はどこにも残されていない。
「大分、飲んだよな」
「もう何本飲んだか、覚えてねえや」
 マサキ×2の言葉に、呆れたようだ。あたしには真似出来ないや。そんなことを口にしながらリューネ×2がキッチンに姿を消す。
「マサキ、あなた本当に覚えてないの? リューネも増えてるってことは、それがあったのは彼女が酔いつぶれる前――つまり、あなたたちがまだそんなに酔う前のことなのだけど」
 マサキの記憶が欠けていることが不安であるらしい。確認ついでに時系列を整理してみせたウェンディに、先に起きた方のマサキは昨日の酒席の始まりから記憶を浚ってみるが、とにかくひたすら飲み続けていたことしか思い出せず。
「何か、思い出したか」
「いや、全然だな」
「俺も思い出せねえ。普通に楽しく飲んでた記憶しかない」
 仕方ないわね。途端に世を憂うような表情になったウェンディが、躊躇いがちに口を開く。
「シュウがお酒を差し入れてきたでしょう。知り合いが蒸留したものだとか云って……」
 刹那、脳内で弾ける記憶。そうだ。マサキ×2は同時に声を上げた。
 偶然に顔を合わせたついでに、仲間内で飲むことを洩らしてしまったのはマサキだった。聞いた以上はそのままにはしておけないとでも思ったのだろう。シュウは結構な本数の酒瓶を手に、ゼオルートの館に姿を現した。私ひとりでは飲みきれないものですから。そう云って微笑んだ彼の表情からは、悪巧みの痕跡は読み取れなかった。
 芳醇な甘味が酒を進ませる上質な果実酒ワイン――マサキたちは何も疑うことなく、それらを全て飲み干した。
「どう思う? 俺はウェンディが云う通り、あのワインが原因だと思うが」
「非常識が服を歩いている奴だしな。何か仕込んでいてもおかしくはねえ」
 探していたパズルのピースが見付かったような感覚。他の酒を仕入れたのがマサキであり、料理を作ったのがプレシアである以上、件のワインに何かが仕込まれていたのは明白だ。さて、どうするかね。マサキ×2は揃って腕を組むと宙を睨んだ。
 と、まるでマサキが真実に到達するのを待っていたかの如く、呼び鈴が鳴った。

 ※ ※ ※

 こんなにもタイミング良く自分の前の現れてみせる人物を、マサキ×2は他に知らなかった。
 運命どころか神をも味方に付けているとしか思えない、ラ・ギアス有数の動く不具合バグ。その名もシュウ=シラカワ。玄関ドアを開くなり目に飛び込んできた長躯に、マサキ×2が絶望感を露わにしたのは、だからだった。
「無事に増殖出来たようですね、マサキ」
 やや冷ややかに映るものの、眉目秀麗な顔立ち。うっとりとした眼差しがマサキ×2に注がれる。
 ぞっとしかしねえ。マサキ×2は互いに肩を寄せ合った。
 シュウの顔に滲み出る愉悦は、紛れもなく、この異常事態を引き起こした張本人が彼であることを示している。てめぇ、何をしやがった。マサキ×2は声を揃えて、玄関のステップの上にひとりで立っているシュウに詰め寄った。
 彼が何を果実酒ワインに仕込んだのか。
 聞いたところで理解出来る説明にならないことは、自らの知能の具合を理解しきっているマサキ×2である。わかり過ぎるぐらいにわかっていた。それでも、ゼオルートの館に残っている全員がふたりに増殖してしまっている以上、聞かずに済ませるという選択肢もなく。
「教団が極秘裏に製造していた細菌兵器を手に入れたのですよ」
 さらりととんでもない事態が影で進行していたことを告白してみせたシュウに、マサキ×2はあんぐりと口を開けた。
「その細菌を無効化すべく酵素分解を試みていたところ、思わぬ副産物が生まれましてね。それがあなた方に飲ませた果実酒ワイン。宿主をきっちり倍量増殖させるだけの細菌を混ぜたお酒ですよ」
「その所為で、こんなことになってるってか」
「お前、相変わらず巫山戯たことしかしない奴だな」
「科学の発展の前には小さな犠牲ですよ、マサキ」
 クックと声を潜ませて嗤ったシュウが、ずいと身を乗り出してくる。直後、マサキ×2の頬に交互に添えられる彼の冷えた指。成程、確かにどちらもあなたであるようだ。マサキ×2の肌の温もりを確認したシュウが、得心した風に頷いた。
「嫌な判別方法だな、それ」
「それで俺たちがどちらも本物だとかわかってるんじゃねえよ……」
「何とでもどうぞ」
 しらと云ってのけたシュウに、マサキ×2の身体に徒労感が襲いかかってくる。
「予想した通りの結果が見られて喜ばない科学者はいません。私としては願ったりですよ。これ以上に愉しいことはそうはありませんからね」
 マサキ×2は顔を見合わせて、はあ。と深い溜息を吐いた。
 シュウ=シラカワという男はいつもこうだ。総合科学者メタ・ネクシャリストとして名を轟かせていながら、自身の中にある馬鹿げたマッド衝動を抑え込もうとしない。それが結果として、他人を盛大に巻き込んだ騒動に発展しようともどこ吹く風だ。
「てか、増やすだけ増やしてどうするつもりなんだよ。俺がふたりに増えても、サイバスターは一機しかないぞ」
「私が貰いますよ」
「「冗談じゃねえ!」」
 シュウの目論見を覚ったマサキ×2は同時に声を上げた。
 サイバスターが一機しかない以上、どちらかのマサキは余り物にならざるを得ない。だったらそのマサキを自分のものにしてしまえばいい――とは、流石、マサキに異様な執着心を持つこの男らしい発想だ。
 それでタイミングを見計らったように姿を現したのか。
 ただ笑みを浮かべているだけだというのに、これほどに底なしの絶望感を覚える表情もそうない。マサキ×2は、シュウから距離を取るべく半歩ばかり後ろに下がった。ふと背後に感じる幾つもの気配。振り返れば、玄関に出てきた仲間たちが、その場に人垣を作っている。
 とはいえ、自分がふたりに増えるという異常事態をあっさりと受け入れた仲間たちである。シュウに文句を云いに出てきたというよりは、野次馬根性で顔を出したようであるらしい。
「だったらもっと増やしてよ、シュウ」口を尖らせて先ずリューネが云う。「そうすれば、あたしとウェンディも悩まなくて済むし」
「確かに。あと四人ぐらい増やしてくれれば、円満解決だよね」
「ふむ。何なら百人ぐらい増やしてもいいな。こいつは方々で女を誑かしている節がある」
 他人事だからだろう。にひひと笑いながらミオが云ったかと思えば、真顔のヤンロンがその後を引き継ぐ。ぐぬぬ。マサキは呻いた。人聞きが悪い台詞にも限度がある。
「そうなの? 嫌だわ、マサキったら……幾ら『英雄色を好む』だからって……」
 それを額面通りに受け止めたらしい。頬を染めたウェンディに、マサキ×2は猛然と抗議の声を上げた。
「誰が女を誑かしてるだ!」
「お前ら好き勝手云いやがって!」
「あら、でも、あなたが女性にモテるのは事実でしょう、マサキ」
 まさか気付いていない筈がないとばかりに続けたテュッティに、周囲の仲間たちが訳知り顔で頷く。味方こそ敵とはこうした状況を指すに違いない。誤解だ――マサキ×2は力なく項垂れた。
「それはさておき、どちらが来ますか。そのぐらいは選ばせてあげますよ、マサキ」
 目的がそこにしかないからだろう。まだまだわいのわいのと好き勝手に言葉を吐いている仲間には目もくれず、シュウが涼やかに言葉を吐く。
「巫山戯るな!」マサキ×2は顔を上げてシュウを睨み付けた。
「お前、人のことを何だと思ってやがる!」
「俺は物じゃねえ!」
「わかりました」
 右手を掲げたシュウがパチンと指を鳴らす。と、建物の影から姿を現すもうひとつの長躯。ひぃ。思わずマサキ×2の口から洩れ出る悲鳴。もうひとりの自分の存在をここまで隠しておく辺りに、シュウの捻じ曲がった性格が窺える。
「穏便にことを済ませたくもありましたが、あなた方がそういった態度である以上は仕方がありませんね」
 はかりごとでは並ぶもののない男の考えた計略。肩を並べたふたりのシュウに、ある種の油断をしていたふたりのマサキは、わかっていた。ああ、わかってたさ。半ば自暴自棄になりながらこう吐き捨てていた。
「てめぇが絡んでいる以上、ただで済まないってことはわかってた!」
「なら、大人しく私についてくるのですね、マサキ」
 邪悪にも限度がある笑みを浮かべたシュウ×2が、マサキ×2を捕らえるべく手を伸ばしてきた。わ、馬鹿。止めろ! マサキ×2は彼らの魔の手から逃れるべく後ずさりをした。だが、それも僅かな距離のこと。数歩もせずに足を止めるしかなくなったマサキ×2は、背後で好き勝手な放言をかましている仲間を振り返った。
「ほら、行きますよ、マサキ」
 最早、これ以上は後ろには下がれない。
 木偶の棒と化したマサキ×2の腕をシュウ×2の手が取る。かと思うと力任せに身体を引き寄せられる。そのまま、一気呵成とその腕に抱え上げられたマサキ×2は、怜悧な顔立ちが慈愛に満ちた表情に塗り替えられるのを目にした。
「大丈夫ですよ、マサキ。ちゃんとこの後で私たちを更に増やしてあげますから」
 シュウ×2の宣告に、絶望的な想いが過ぎる。
 増やした自分たちで、シュウ×2がマサキ×2に何をする気でいるかなど問うまでもない。どこから出てきているのか不明な力で抵抗を抑え込まれたマサキ×2は、彼らの腕の中。ただ大人しく運ばれてゆくより他なかった。



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