忍者ブログ

あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

安藤正樹の危機
昨年の拍手ネタその3。
シュウマサ+ミオの話です。ラブコメがしたかっただけでした。笑



安藤正樹の危機

 薄暗い時刻から立っていた朝の市が終わると、王都の賑やかな一日が始まる。一気に人が溢れる大通り。開かれた大門からは余所の街から流れてきた荷馬車や行商人、観光客がひっきりなしに流れ込んでくる。
 常に中天に座す太陽の柔らかい光を浴びながら、薄く雲が伸びる青空の下。そういった喧騒を尻目に、王都の端を流れる川近くまで足を延ばしていたマサキは、ともに歩いていたシュウに呼び込まれて木陰に立っていた。
 思い立ったがいざ吉日とマサキに触れてくる男は、そこが王都であろうがお構いなしなようだ。
 人気の少ない街の外れで、木の幹を背に塞がれた口唇。全く人が通らない川辺ではないだけに、始めは背後が気になったものだが、繰り返されれば警戒心も溶ける。いつしか奪われていた意識。マサキはシュウの胸にしがみ付くと、終わりを先延ばしにするように。自らもまた、積極的に口唇を重ねていた。
 その、最中だった。
 みーちゃった。の声に、マサキは反射的にシュウから離れていた。聞き慣れた仲間の声に、その主がいるだろう方へ視線を向ける。すると、いつの間にやら半径二メートルの距離に近付いて来ていたミオが、地べたにしゃがんでこちらを見上げているのが目に入った。
「な、ななな、何で、お前ッ」
「朝のランニングの途中でーす☆」
 そう云われてみれば、ジャージ姿の彼女はいつものツインテールをきちんとひとつに纏め上げ、首からタオルを下げていた。曰く、随分距離を走ったところで、一休みと木陰に入ってきたのそうだ。そこでマサキたちと鉢合わせした――と、いうことであるらしい。
「あたし、ジャンボチョコレートパフェがいいな!」
 満面の笑顔で提案してくるミオに、冗談じゃねえ。マサキは赤く染まった頬を隠すのも兼ねてそっぽを向いた。
 大通りに面したデザートショップの限定メニュー。マサキの肘下から指先ぐらいまでの高さがあるパフェは、圧倒的な生クリームの量に、これでもかと詰め込まれたアイスクリームで女性に人気を博している。
 その数、一日十食。
 開店と同時に完売になることも珍しくないパフェを、彼女はどうやら口止め料にしようという魂胆でいるようだ。それで許してあげる☆ などと余裕綽々。
「金で他人の口を塞ぐほど落ちぶれちゃいねえんだよ」
「えー? いいの? それならあたし、見たこと云っちゃうけど」
「巫山戯ろよ。お前、自分が何を云ってるかわかってるのか? 脅しだろ、それ」
「そーんなことはないわよぉ。これは公平な取り引きよっ☆」
 ああ云えばこう云う。ミオの達者な口にマサキは言葉を詰まらせた。その様子を目にしたミオがうふふと口に手を当てて笑う。
 その瞬間だった。
 マサキでは埒が明かないと感じたのか。それとも原因たる自分が相手をすべきであると感じたのか。マサキ――と名を呼んでその腕を引いてきたシュウが、マサキを自分の影に隠すように前に立った。
「休憩のついでに出歯亀とは感心しませんね、ミオ」
 臆することなく言葉を吐いたシュウに、けれどもミオもさるものだ。
「困った時はお互い様! 地獄の沙汰も金次第ってねッ☆ それともシュウは現金キャッシュの方が好み?」
 にこやかに言葉を継ぐミオは、マサキとシュウの弱味を握った余裕に溢れていた。けれどもそれも已む無し。彼女はマサキとシュウが付き合っていることで、実際に被害に合っているただひとりの人間でもあったのだ。
「何も得ずに黙る気はないといったようですね、その調子では」
「勿論!」ミオがジャージの裾に着いた土を払いながら立ち上がった。「いっつもマサキの惚気と愚痴に付き合ってるのあたしだもん。少しぐらい役得があってもいいでしょ?」
 成程、とシュウが頷く。
 仲間にシュウとの仲を打ち明けていないマサキは、勘も鋭く一線を超えたことを見抜いてきたミオにだけ、折に触れてシュウとの間に起こった彼是を打ち明けてきた。
 喧嘩の話もそう。昨日何処に行ったという話にしてもそう。流石にキスやセックスの話はしなかったものの、恋愛事に不慣れなマサキにとって、それらに対して有用なアドバイスをくれる彼女の存在は大きな助けとなっていた。
 普段は軽佻浮薄な態度で他人を煙に巻いてばかりいるミオだったが、実はかなり思慮深い。いざという時の頼り甲斐や口の堅さは、これまでマサキが彼女に打ち明けた秘密が誰にも流出していないことで良く知れる。
 だからだろう。その事実を突き付けられたシュウとしては、結果的にマサキの秘密を一身に引き受けることになってしまっているミオに感ずる部分があったようだ。
「わかりました。ジャンボチョコレートパフェでいいのですね」
「うんっ☆ 云ったからにはそれで手を打つ。女に二言はないのよッ!」
 どうやら彼らの間では交渉が成立したようだ。にやりと口元を歪めたシュウに、ミオもにかっと笑って返す。
「なら、着替えてきなさい。まさかその格好でパフェもないでしょう」
「え? あたしは別にこの格好でもいいけど?」
 良くミオは自分のことを『乙女』だの、『いたいけな少女』だの口にしていたが、着飾った少女たちが集うデザートショップにジャージ姿で入ろうとする辺り、それはあくまで気持ちの上でだけの話であるようだ。
「乙女が聞いて呆れるぜ」
 マサキは頭を掻きながらシュウの隣に並んだ。
 見られたくない現場を見られてしまったマサキとしては、ミオが得をする結果に納得がいかなかった。何故、覗きをした側が覗きをされた側にパフェを奢らせようとしているのか。黙って立ち去ればいいものを、わざわざ声をかけてくるなど人が悪いにも限度がある。
 ――大体、ああまでっとみなくともいいではないか!
 パフェが食べたいだけであるならば、素直にそう云ってマサキに奢らせればいいのだ。懐次第ではあるが、日頃世話になっている仲間の頼みである。マサキとてそのぐらいであれば奢ってやらなくもない。 
「本当にいいのかよ」
 だからマサキはシュウを見上げて尋ねた。ここで彼女にパフェを奢るのは、彼女を労うどころか、付け上がらせる結果にもなりかねなかった。そう、ミオ=サスガという女性は、非常に調子に乗り易い性格をしているのだ。
 だのに、それをどうやら違う意味に捉えたようだ。そうですね――と、暫く考え込む素振りをみせたシュウは、早速デザートショップに向かうつもりなようだ。ジャージの裾に付いた土を払って立ち上がったミオを呼び止めた。
「あなたはその格好でも構わないでしょうが、私としては一緒に歩きたくないところです」
 それは水も凍る冷ややかな眼差しだった。
「ちょっと、シュウ! それストレートに物を云い過ぎじゃない!?」
「ストレートも何も事実ですよ、ミオ」
「どんな格好をするのもあたしの自由じゃないのよう」
「せめて店の雰囲気を壊さない格好にしなさい」
 追い縋るミオに取り付く島もない。こうもきっぱりと断じられては従うより他ないのだろう。何より奢る側スポンサーのお言葉である。仕方ないなあ。と、シュウの言葉にミオが頭を掻く。
「ちょっと待ってて。直ぐに着替えてくるから!」
 どうやら、日を改めるといった選択肢は彼女の中にはないようだ。食べたい時が食べ時であるのだろう。さっと木陰から飛び出していったミオの後姿が川辺を折れて遠ざかってゆく。
 何処で着替えてくるつもりかは不明だが、ちょっとで済まない時間になるのは確実だ。何せここから街の中心部までは片道ニ十分はかかる。今日は厄日だな。マサキは隣で涼やかな表情しているシュウを見上げて、深い溜息を吐いた。

 ※ ※ ※

 もしかすると、古武術の使い手ある彼女は縮地術を身に付けているのやも知れなかった。
 マサキの予想を裏切るスピード。ものの五分もせずに木陰に戻ってきたミオは、髪もきちんとツインテールにセットし直した上で、独特のセンスが光るいつもの衣装を身に纏っていたのだから恐れ入る。
 げに女性のスイーツへの執着心とは恐ろしい。
 かくて男ふたりに挟まれながらデザートショップに入店したミオは、滑り込みで注文オーダーに成功したジャンボチョコレートパフェに御満悦だったのだが――。
 ポップでキュートなパステルカラー調の建物。ミントグリーンの壁にピンクの屋根が凶悪なデザートショップは、入り口に赤いハート型の風船を浮かべている時点でマサキに嫌な予感をさせたものだが、内装はそれを上回る極悪さだった。
 白地に淡い色調のハートが並ぶ壁紙クロスに、ピンク色の床。天井こそ白かったが、そこにはあのハート型の風船で更に巨大なハートマークが作られている有様。少なくともマサキとシュウがふたりで来るような店ではない。
 出てくるカップだのソーサーだのもどこかメルヘンチック。それは、ただの珈琲を頼んだシュウが眉を顰めたぐらいだった。ハートのチャームが付いたティースプーン。『真っ当な美的感覚の持ち主である』彼にとって、この店の店主が相当に耐え難い美的感覚センスをしているのは間違いない。何せ、マサキが頼んだ牛乳ミルクにさえも、途中でハートマークを描いているストローが刺さっているぐらいなのだ。
 店主の執念的なハートマークへの拘りは、マサキとシュウの居心地を相当に悪くさせていた。
 だからこそ、マサキとしては、ミオには早急に目の前のジャンボチョコレートパフェを片付けて欲しいところだった。さっさと店を出たくて仕方がない。けれども、彼女からすれば、マサキから話を聞くだけのカップルが顔を揃えているという状況である。当然ながら、このまま口を閉ざすつもりはないようだ。
「何だかんだでやることやってたんだね、ふたりとも」
 そうしなければアイスが溶けてしまうからだろう。豪快にパフェを食べ進めながら、妙に感心した口振りでミオが云う。
「お前、ここでそういう話はするなって」
「どうせ誰も聞いちゃいないって」
 突如として話を蒸し返してきたミオにマサキとしては焦るばかりだが、女の生態は女の方が良く知っているとばかりに彼女は平然としたもの。周りを見渡して、満席となっている店内の方々から上がる笑い声に、ほらねとウィンクをしてみせる。
「女の子は目の前のデザートか、自分たちの世界の話の夢中になる生き物なの。そもそも誰にとっても主役は自分。他人の色恋沙汰にまで気を回してる余裕なんてないって」
「そんなもんかね。ま、確かに人の話を聞いちゃいねえって感じはあるがな」
 マサキはストローのファンシーさに気圧されて飲めずにいた牛乳ミルクからストローを抜いた。
 これなら安心して飲めそうだ。マサキはグラスの端に口を付けて、渇いた喉に牛乳ミルクを流し込んだ。至って真っ当な味。可愛さが炸裂しているのは、どうやら見た目だけであるらしい。
「確かにそうではあるのでしょうが、壁に耳あり障子に目ありとも云いますからね」
「またまた。そんなこと云って。本当はマサキを見せびらかしたいクセして」
 ふたりの関係を仲間に公にすることについて、シュウはマサキの好きにすればいいという姿勢だった。だからなのだろう。マサキを庇うように言葉を吐くシュウに、マサキは無理をさせているのではないかと思い悩む。
 彼はミオが云う通り、恋人であるマサキを見せびらかしたがる人間だ。
 でなければどうして、往来も間近な木陰でマサキに口付けてきたものか――頬杖を突いたマサキは隣に座るシュウを見た。元来が自信家な人間であるシュウ。彼は滅多なことでなければその恵まれたステータスをひけらかさないぐらいの謙虚さは持ち合わせていたが、だからといってここぞという場面で黙って済ませられる人間ではない。
 本来だったらここで自慢のひとつも口にしているに違いない。それを彼が抑えていられるのは、彼がマサキの意思を尊重しているからに他ならない……。
「でも、恋愛音痴のマサキに堅物なシュウの組み合わせでしょ。あたし、もしかしたら一生手も繋がないんじゃないかって思ってた」
 どうやら物煩いに沈んでしまっていたようだ。耳にに飛び込んできたミオの言葉に現実に引き戻されたマサキは、ミオに向き合い直しながら言葉を吐いた。
「冗談云えよ。俺だって人間だ。そのぐらいの欲はある」
「ありゃ。これは失礼しました。でも、だったらいいんじゃないの。そろそろ皆にシュウと付き合ってること打ち明けても」
「無茶云うなよ。お前は平気でもあいつらはな――」
 そこでマサキは口を閉ざした。その現実を誰よりも思い知っている男が隣にいる。
 マサキ自身、いつかは――と思ってはいるのだ。ただ、元は敵同士のことである。ましてやシュウはサーヴァ=ヴォルクルスに操られてのこととはいえ、マサキの養父ゼオルートを手にかけてしまっている。彼に世話になったマサキの仲間たちが、マサキとシュウの仲を素直に受け入れられるとは思い難い。
 ましてや、養父ゼオルートの命が奪われるのを目の前にしてしまったプレシアなどは――シュウと距離を近くしたマサキの姿を目の当たりにしても態度を軟化させる気配がなかった義妹に、マサキはひっそりと溜息を洩らした。当たり前だ。父娘おやことしてふたりで生きてきたゼオルートとプレシア。マサキをいう新しい家族を得た今となっても彼女の傷は癒えていない。
 プレシアの悲しみは、マサキが思うより遥かに深いようだ。
 それをシュウも自覚しているからこそ、マサキがふたりの関係を打ち明けることに関して、マサキに任せきりにしてくれているのだ。それがマサキを激しく悩ませているとも思わず。
 明かしたい自分と、明かしたくない自分。未来のマサキはどちらを選ぶのだろう。いや、それよりも先ず、そこまでシュウとの仲が続いているのだろうか……いつまでも同じところを回り続けている自身の悩みに、マサキが再び溜息を洩らしそうになったその時だった。
「まあ、出来ないってならあたしは無理には勧めないけど」
 後から仲間になったが故に当時の事情に疎いミオだったが、そうしたシュウと仲間たちの因縁を耳にはしているのだろう。あっさりと引くような台詞を吐いてみせると、でも――とマサキとシュウを交互に見詰めてきながら続けた。
「一生、隠し通せるもんじゃないよ? 何よりそれって寂しくない?」
「……わかってるよ」
 ミオの言葉に頷いたマサキは、まだ半分ほど中身を残しているグラスを取り上げた。
 人目を忍んで会い続ける日々。いつかは今日、ミオに目撃されてしまったように、仲間に露見する日が来るのだろう。一気にグラスの中身を飲み干したマサキは、妙に生っぽく喉に残る牛乳ミルクの味に顔を顰めた。

 ※ ※ ※

「あー。やっと出られたぜ」
 店を出たマサキはひとつ大きく伸びをした。
 結局、ミオがジャンボチョコレートパフェを完食したのは三十分後のことだった。会計を担当してくれた店員曰く、二、三人でシェアして食べるのに丁度いい量に作ったらしく、ミオがひとりで食べきったことに大いに驚いていたが、それはマサキにしても同じ気持ちである。
 生クリームとアイスクリーム塗れのチョコレートパフェ。バナナや苺といったフルーツもあるにはあったが、それらと比べればほんの僅かな量。一体、小さな体のどこにそれだけの量を詰め込める余裕があるのだろうかと、甘いものがそこまで得意ではないマサキとしては思わずにいられないところだったが、そこはやはり女性である。グラスの底に残ったチョコレートソースまで綺麗に平らげてみせたミオは、けれども食べてしまってから、口にしてしまったデザートのカロリー量が気になったようだ。じゃ、あたしは走り込みの続きをしてくるから! と、威勢よく声を上げると、マサキとシュウを店の前に置いてさっさと立ち去ってしまった。
「すみませんでしたね、マサキ」
「何をだよ」
「私が迂闊だったばかりに、妙なことになってしまって」
 シュウとの仲を仲間に打ち明けるべきだと思っているらしいミオだったが、長くはその話題を引っ張ってはこなかった。パフェを三分一も食べたところまでだっただろう。話を切り上げたミオは、その後は最近の世間のトレンドといった他愛ない話に話題をシフトさせた。
 きっと、長く話を続けてもマサキを困らせるだけだと思ったのに違いない。
 根は繊細な彼女らしい気遣いに、マサキは胸の奥で感謝を捧げたぐらいだった。そもそも、あのまま話を続けられたとしても、直ぐには結論を出せる話ではないだけに、結局は同じところを堂々巡りするだけになっていたことだろう。
 けれども――と、マサキはシュウを見上げた。強まってきた陽射しに眩しそうに目を細めている男は、何を考えているかわからない表情をしている。
 だからマサキは疑ってしまうのだ。
 恋人であるマサキとの仲を他人に見せびらかしたいと思っているシュウ。ミオの指摘を否定しなかった彼は、そういった自分の性格に大いに自覚があるようだ。しかも神経質であるが故に、他人の気配に敏感でもある。その度合いは、夜中にマサキがベッドの隣で寝返りを打っただけでも目を覚ますことがあるぐらいだった。
 そういった彼が、果たして口付けの最中であったからといって、ミオがあそこまで接近していたのを気付かないなどということがあるだろうか?
「お前さ、まさか――」
「どうしました、マサキ」
 シュウに涼やかな笑顔を向けられたマサキは、その続きを口にすることを避けた。
 見せたがりな男は、いつの日か、マサキの仲間の所へ直接乗り込んでゆくこともあるかも知れない。そうしてプレシアをも巻き込んだ大きな騒動を引き起こしてくれるのではないか……脳裏を過ぎった嫌な予感を即座に首を振って振り払ったマサキは、そうなる前に俺が云わなくちゃな。と、いつ頃仲間たちにシュウとの仲を打ち明けるべきか考え始めた。




PR

コメント