忍者ブログ

あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

安藤正樹の回顧
昨年の拍手ネタその2。
シュウマサのキスシーンが書きたかっただけの話です。笑



安藤正樹の回顧

 王都の外れの広葉樹が美しい遊歩道脇の林での出来事だった。
 会いたい――という理由だけで、王都を散策していたマサキの目の前に姿を現わした男。彼に誘われるがまま川沿いの遊歩道を歩くこと暫く。そろそろ赤く色付き始めた木々を間近で見たいと林の中に歩を進めていった<ruby>男<rt>シュウ</rt></ruby>に、まさか彼ひとりを置いて先に遊歩道を歩ききる訳にもいかないとマサキは仕方なしに後を追って林に入った。
「あんまり奥に行くなよ。虫に刺される」
「この辺りで充分ですよ」
 かさかさと踏みしだいた落ち葉が音を立てる中、十数メートル。遊歩道が覗ける位置で足を止めたシュウが木々を見上げる。
「ほら、見てください。そろそろ冬の気配ですよ」
 葉を散らした枝の上に広がる空が薄青くなってきているのを見たマサキは、確かにな。そう頷いて、これから迎える季節に必要な支度を脳裏に思い描いた。
 温暖な気候が常なラングランにも冬は来る。盛大に雪を降らせたり、木枯らしが吹き抜けるなどといったことはなかったが、ジャケットが手放せなくなるぐらいには気温が下がる。だからマサキはこの季節の変わり目になると、衣替えついでに新しい衣装を沢山買った。
 ジャケット、シャツ、ズボン……着ている物を刷新して、新しい年に臨む。それはイベントごとに執着心のないマサキのちょっとした贅沢でもあった。
 地上世界の小さな島国である日本は、地底世界の最大国家であるラングランとは文化も風習も異なっている。のみならず、採掘出来る資源や収穫出来る作物も異なるときたものだ。当然ながら年始のおせちなんてものは存在していない。だからこそマサキは、気心知れた仲間とラングランの名物料理を食べて、浴びるように酒を飲んだ。
 とはいえ、それは正直、普段彼らとしている酒盛りと何ら変わりなく。
 だからマサキは服を変えた。古い服を処分し、タンスの中身を新しくする。たったそれだけのイベントは、けれどもマサキの気持ちに確実な区切りを付けてくれた。
「今年ももうそんな季節か……」
 どこか侘し気なシュウの横顔を横目にそう呟いたマサキは、この一年の思い出の端々に隣に立つこの男が存在していることに、今更ながら奇妙な心持ちにならずにいられなかった。
 始まりは敵だった。しかも一度は斃した男。
 運命に導かれるように復活を遂げたシュウは、その後のマサキと不思議な結び付きをみせるようになった。時には同じ目的を抱いて共闘し、時には立場の違いから反目し……それでも絶えることのなかった縁。ついには恋人と呼べる存在になったシュウに、マサキは付き合いのある他の誰よりも深い絆を感じている。
「世界から色が減る分物寂しく感じられる季節ですが、どうしてでしょうね。私は冬という季節が好きですよ」
「家に籠ってても文句を云われないからじゃないか?」
 活字中毒のシュウは古今東西の様々な書を読む。それはマサキを隣にしておきながら、会話をすることなく読書に耽るまでに。だからこそ揶揄うように言葉を吐けば、感じ入る部分があったようだ。確かに。と、シュウが頷く。
「あなたはこの冬は何をするつもりですか」
「特別に何かをするってことはないからなあ。いつも通りだろ。任務だ何だってやってたら春が来る」
「私の所に来ればいいものを」
「行ってるだろ」
「もっと長くいてくださいと云っているのですよ」
 はらりとマサキの髪に落ちてきた紅葉。それをシュウの手が払う。
 そのついでとばかりに寄せられる顔。マサキは静かに瞼を閉じて、自らの口唇に触れてきたシュウの口唇を軽く吸った。
 鈍感が服を着て歩いているとも云われるマサキは、シュウの十分の一も気の利いた言葉を吐けなかったし、彼が頻繁にしてくれるように愛情表現を露わにすることも出来なかった。大抵のアクションは彼から行われるのが常で、マサキは黙ってそれを受けるばかりだった。
 それでも今年の思い出に、シュウの姿は途切れない。
 マサキはシュウの首に腕を回した。そうしてつま先を立て、深く彼の口唇を貪った。
 敵であった間は憎々しくて仕方がなかった彼の顔だったが、最早過ぎたこと。今となっては、間近にするだにマサキの胸を高鳴らせてくれる。
 口付けを続けながら、マサキは時折、うっすらと目を開いてシュウの整った顔を窺った。とかく誇らしくて仕方がない。マサキにとってシュウの顔は、過去から現在に至るまでの自らの認識の変化を如実に感じさせてくれるものだ。
「――衣替えが終わったら行くよ」
 長い口付けの果て。ゆっくりと口唇を離したマサキは、シュウの首に腕を回したまま口にした。
「衣替え、ですか? あなたにしてはまめまめしい」
「丁度いい時期だからな。タンスの中を新しくしてるんだ。全部買い替えるから、結構時間がかかってさ……」
 その新しい服を着替えに持って、シュウの家に行こう。マサキは言葉に出さず決心した。
 今年は少し長い時間をシュウの家で過ごして、新しい年を一緒に迎えるのだ。ついでに地上に出てもいい。そして彼と一緒に雑煮を食べよう……次々と浮かんでくる今年の冬の計画に胸を弾ませながら、マサキは林を出ようと促してきたシュウと歩んで行く。




PR

コメント