ということで二本目。べったーログは本日はここまで。
「「咲かない花もある」で始まり、「私はもう眠れない」がどこかに入って、「揺らいで消えた」で終わる物語を書いて欲しいです。」のお題を消化したものです。花を見ていた白河のお話です。
べったーとは少しラストを変えました。何だかんだで白河って繊細な性質だと思うので。
では、本文へどうぞ!
「「咲かない花もある」で始まり、「私はもう眠れない」がどこかに入って、「揺らいで消えた」で終わる物語を書いて欲しいです。」のお題を消化したものです。花を見ていた白河のお話です。
べったーとは少しラストを変えました。何だかんだで白河って繊細な性質だと思うので。
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<禁秘>
咲かない花もあるのだ――と、シュウは野に咲く花の一群を眺めていて気付いたその事実に、己がどれだけ世間知らずであったのかを、改めて思い知った。
そもそも他人に身の回りの世話をされて育ったシュウは、王宮を出るまで、花が枯れることすら知らなかった。部屋に飾られた花はいつでも瑞々しく咲き誇っているのが当然であったし、庭で満開の花々もまた生き生きと花弁を開いているのが当然であった。側に仕えている者たちの努力で保たれていた美しい花の有り様は、それを当然のものとして甘受していたシュウの認識を密やかに歪ませていったのだ。萎れた花、或いは枯れた花。それを王宮という狭い籠の中の世界から、柵《しがらみ》のない広い世界へと足を踏み出したばかりのシュウは、そういった形態の花であるとしか認識出来なかったものだ。
ひとつの花が咲くまでには、種から芽を出し、葉を生やし、茎をのばし、蕾を付け、花弁を開く必要があるのだとシュウが知るのにそうは時間はかからなかったものの、その出来事はシュウに己のいた世界の特殊性を考え直させるに充分たり得た。
揺り篭のような世界。けれども、真綿で首を絞められるような世界だった。
広い世界で普通の人間たちがどうやって生きているかを知ったシュウは、己に出来ないことが数多く存在していることを知った。料理に洗濯、掃除に買い物……朝、目覚めれば当然のように身支度を手伝う者たちがいて、当然のように出来たばかりの食事が並んでいるテーブルに着く。いつでも塵ひとつない邸内。欲しい物は彼らに告げれば即座に差し出されたものだったし、買い物ひとつにしてもそう。わざわざ自ら足を運ぶまでもない。彼らが手配してくれた商人たちは、それがたった一本のスプーンであっても、恭しく手元まで届けてくれたものだ。
王族であるという枷は、けれどもそれだけ遇される存在であったのだ。
動かずして他人を奉仕させ続けていた己を今更恥じようとシュウは思わなかったが、世の中にはシュウが未だ知らない常識が残されている。それを忘れてはならない――と、目の前でひっそりと咲き誇っている花々の中に、開かぬままの蕾を抱えている茎があるのを見付けたシュウは、だからこそそう自らを戒めていた。
天上無窮の世界には、シュウが知らない真理が眠っている。
幼い頃からシュウが抱き続けた小さな野望。それを識《し》りたい。けれどもその前に、シュウには知らなければならないことが山ほどあった。それは常識であったかも知れないし、或いは行動規範であったかも知れない。もしかするとモラルであったかも知れなければ、アイデンティティであったかも知れなかった。
いずれにせよ、単純な理屈だ。
人は前提的な知識なくして、真実には辿り着けないのだ。それは高い知能を有するシュウであろうと同様である。生まれながらにして知識を持っている人間はいない。誰しもまっさらな世界に生れ落ちてくる存在であるからこそ、学習という過程が必要になる。だからこそ、知能の高低はその過程を省くものではないのだ。
けれども、そういった単純な理屈に辿り着くまでに、シュウはどれだけの時間を無駄に費やしてしまったことだろう。サーヴァ=ヴォルクルス。シュウの精神と肉体を監獄に押し込めたあの怨念は、未だこの世界に蔓延っている。あの巨大な思念に操られた歳月がなければ、シュウはもっと早く、この広い世界を支配している概念、或いは共通認識に気付けたことだろうに。
――私の戦いは終わらない。
清算しなければならない柵に、打ち払わなければならない概念がある。この世を暗く覆うだろう概念。それはやがてはシュウの世界にも暗い影を落とすことであろう。わかっているからこそ、シュウは自らの歩みを止めようとは思なかった。全ての支配から解き放たれたいシュウにとって、ひとつの戦いが終わったという事実は、ひとときの安らぎを得る手段にしか成り得なかったからこそ。
身を寄せ合うようにして咲いている花々が、そよぐ風に揺れている。
その有様に目をやったシュウは、まるで今の己らが置かれている状況を表しているようだ――と、口元を歪ませた。風、そう風なのだ。時に強く吹き付け、時に優しくそよぐ風。世界に馴れ合えない者たちである己らは、結局の所、その風に護られながら前に進み続けている。
――そう私が口にしたら、あなた方は違うと口にするのでしょうね。
己の側で騒がしく日々を彩る面々を思い浮かべながら、シュウが珍しくも彼らに思いを馳せた刹那。
それは突然に、シュウの眼前に姿を現わした。
――巫山戯たことを……クリストフ……
暗い情念を瞳に宿して、朽ちた身体を晒しながら、シュウの数歩先。うっすらと陽炎のように揺らめきながら立つ男の名を、シュウは例え心の中であろうとも口にしたいとは思わなかった。
――巫山戯たことを……クリストフ……
暗い情念を瞳に宿して、朽ちた身体を晒しながら、シュウの数歩先。うっすらと陽炎のように揺らめきながら立つ男の名を、シュウは例え心の中であろうとも口にしたいとは思わなかった。
過去に置いてきた罪の重さを、繰り返しシュウに問い続けるように姿を現わしてみせる男。現世への執着心を捨てられないのか。それともそれこそが信仰であるのか。唯一の解を天上の告知と捉える男は、ゆっくりとシュウに手を伸ばしてくる。
――我が神に従うのです……
神がもし存在するのであれば、それは万物に宿る精霊であることだろう。彼らは人間の世界に恵みを与えることこそすれ、その歴史を自らの支配下に置こうとはしない。人間に寄り添う精霊とは在り方が決定的に異なる邪神。神と呼称するのも悍《おぞ》ましき存在は、一度、契約を結んだが最後。死を迎えた魂でさえも、自らの支配下に置き続ける。
――我が神に従うのです……
神がもし存在するのであれば、それは万物に宿る精霊であることだろう。彼らは人間の世界に恵みを与えることこそすれ、その歴史を自らの支配下に置こうとはしない。人間に寄り添う精霊とは在り方が決定的に異なる邪神。神と呼称するのも悍《おぞ》ましき存在は、一度、契約を結んだが最後。死を迎えた魂でさえも、自らの支配下に置き続ける。
強烈な思念。サーヴァ=ヴォルクルスは、決して慚愧に堪えることなどない。
――私とあなた方は違う。
シュウはそう口にしようとした。けれども、それは簡単には叶わない。支配を残すヴォルクルスの意識が、シュウの身体と心に重苦しいまでの重圧《プレッシャー》を与えてくる。
これが現実だ。先程までの穏やかな胸中に吹き荒れる不安と苦悩を、どう処理すればいいかシュウにはわからない。ままならない感情の数々は、今にもシュウの正気を攫ってしまいそうだ。それを数多の艱難辛苦《かんなんしんく》を乗り越えてきた強靭な精神力で耐える。その精神力がなければ、とうにシュウの意識はサーヴァ=ヴォルクルスに飲み込まれてしまっていたことだろう。
――私はもう眠れない。
シュウの意識に手を伸ばしてくるヴォルクルスとの戦いは、時に数日に及ぶこともあった。寝ずに過ごさなければならないその日々に、シュウはうっすらと思いを馳せる。短くも長い戦い。それはシュウの精神を確実に削っていくことだろう。
――だからといって、屈する訳には行かない。
己に迫る手。シュウは目の前に立つ男の精神体に、ようやく上がった腕の先から強い魔力を放った。先ずは目の前の現実的な脅威を払う方が先。男が呼び込んだサーヴァ=ヴォルクルスの意識を処理するのは、それからだ――……。シュウは己の判断に従って、二度、三度と、男に攻撃を加え続けた。
――これで終わったと思わないことですな……
例え精神体であろうとも、現世に干渉出来る以上は、現世の物理法則に従っているのだろう。それとも果たして、それは現実の出来事であったのか。もしかしたら未だヴォルクルスの呪縛に囚われているシュウが見ている幻かも知れぬ男、ルオゾール。男の存在は、それだけシュウの心に爪痕を残していた。
――私はあなたの心の中に棲んでいるのですぞ、クリストフ……
そしてだからこそ、その言葉を最後に男の姿は揺らいで消えた。
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――これで終わったと思わないことですな……
例え精神体であろうとも、現世に干渉出来る以上は、現世の物理法則に従っているのだろう。それとも果たして、それは現実の出来事であったのか。もしかしたら未だヴォルクルスの呪縛に囚われているシュウが見ている幻かも知れぬ男、ルオゾール。男の存在は、それだけシュウの心に爪痕を残していた。
――私はあなたの心の中に棲んでいるのですぞ、クリストフ……
そしてだからこそ、その言葉を最後に男の姿は揺らいで消えた。
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