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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

勘違いの輪舞曲(3)
もう13日になるというのに今更年越しネタを書くなんて……と思ったりもしましたが、当初の予定の通り書きました。(この話、年の瀬にやるつもりだったのです)
 
まだ続きます。というより、次からが本番です。
勘違いの輪舞曲
 
(3)
 
「宮城って何ですの?」
 ニューイヤー目前の大掃除に忙しないゼオルートの館にやってきたモニカは、散らかった室内をを気にする様子も見せずリビングに陣取るとそう切り出してきた。
 ヤンロンは時期が時期だけに館に顔を見せること自体が少なくなっていたし、テュッティはニューイヤーに必要な物資の買い出しに城下町に出ている。加えて、プレシアが大掃除の手を休める気がないとなれば、リビングに顔を出すのはマサキとミオのみ。
「宮城って、県じゃないのか?」
「そういう名前の県が日本にあるのは知っているのですわ。でも読んでいる本の説明からすると、それとは別の宮城のようで」
 紅茶を運んできたミオと三人で、リビングのテーブルを囲む。マサキは紅茶に口を付けながら首を傾げた。県ではない宮城とは何だ? 向かいに座っているミオも首を傾げている辺り、同様に答えがわかっていないようだ。「別の宮城って、何?」と口を開く。
「新年に行くところらしいのですが」
「神社や寺に宮城ってあったか?」
「どこかにはあるかも知れないけど、そういうことじゃなくない? 日本人だったらわかるって思って来てるんだろうし。だから一般に知られている場所だと思うのよね。あたしたちが知っていて当然の宮城ってドコ?」
「そりゃあ宮城県しかねえだろ。他にどの宮城があるんだよ」マサキは空を睨んだ。
 日本人たるマサキとミオが知っていて当然の宮城となれば宮城県以外に存在しない。とはいえ、それでは話が堂々巡りになってしまう。新年に行くところ、だけでは情報が足りないのだ。少し考える。情報が欲しい。マサキは手掛かりを求めて、モニカにどういった内容の本を読んだのか聞いてみることにした。
「おい、モニカ。今回は何の本を読んだんだよ。この間は民俗学がどうたらこうたら云ってたような気がするんだが」
「“日本の近代風俗史”ですわ。民間で流行ったことなどを扱っている本ですの」
「近代ってことは、もしかすると、あたしたちが生まれていない頃の話なのかも? それ、シュウに聞いてみたの? 本の持ち主はシュウなんでしょ」
「聞いてみたのですけど、シュウ様にもわからないご様子で」
 乱読家のシュウにもわからない情報では、モニカがマサキたちを訪ねてくるのも止むなしだが、日本人だからといってもマサキたちにもわからない自国の文化はある。何せ近代、である。ミオが云ったように、マサキたちの生まれる前の流行りだとすれば、マサキたちが知らなくとも無理はないのだ。
「宮城のお堀が絶好のデートスポットらしいのです。昔は、その……夜になるとカップルが集っていたとか……」
「デートスポットねえ。お前、本当に変な情報ばかり仕入れてくるのな」
「変な情報ばかり? わたくしそんなに変なことばかり訊ねましたでしょうか?」
 マサキ、とミオがマサキの口を封じるようにその名を呼んだ。姫始めに貝合わせ。マサキとミオはモニカが性的な意味に引っ掛かる単語ばかりを訊ねてきているのをわかっているが、それらの意味を知らないままでいるモニカに、当然ながらマサキの台詞の意味するところが通じる筈がない。
「俺たちが直ぐに思い出せないようなことばかり聞いてくるってことだよ」
 マサキは探るようなモニカの視線に気付かない振りをしながら、「しかし、堀ねえ……」と、考えを巡らせる。
 堀がある建造物と云えば、真っ先に城が思い浮かぶ。宮城にある城のことだろうか? マサキはそう思いはしたものの、宮城城などという名前の城があるのかどうかが先ずわからない。唸りながら宙を睨む。
 そもそも新年に城に行くものなのだろうか? 昔の武士だったら君主に挨拶に行くこともあっただろうが、モニカの読んだ本は近代風俗史なのだ。そうである以上、明治より前の時代の話ではないだろう。
 決して寡聞ではないマサキではあったけれども、それでも、新年に城に行くという風習は聞いたことがない。それだったらまだ、神社の方が可能性が高い。そこまでマサキが考えたところで、何か思い当たったようだ。ミオがぽんと両手を打つ。
「あー。もしかして、キュウジョウ、なんじゃない?」
「キュウジョウ、ですか?」
「そうそう。宮城《ミヤギ》って書いてキュウジョウって読むの」
「キュウジョウ? 何だそれ」
「皇居のことよ。それだったら話が通じるでしょ。お堀のある宮城《ミヤギ》。新年に行くっていうのは一般参賀のことじゃないかな。デートスポットだったかどうかはあたしは知らないけど」
「へえ。お前、結構物知りなんだな、ミオ。この間の貝合わせも、答えるの早かったし」
「えへへ。いやあ、おばあちゃんのお陰よ。古い知識を色々教えてもらったからね」
「ありがとうございます、ミオ。お陰ですっきりしたのですわ」モニカは安堵した様子で、ようやく出された紅茶に口を付けた。「でも、それでしたら、新年に行くのは諦めた方が良さそうですわね……神社やお寺でしたらまだしも、皇居となりますと、わたくしどもが軽々しく伺っていい場所ではなさそうですし……」
 モニカの杞憂も尤もだった。勝手知ったる他人の庭と方々を自由奔放に動き回っているように見えても、彼らは国際指名手配犯。何かが起こらない保証はないのだ。その時に、指名手配犯であることを都合良く利用される可能性だってある。
 そこはマサキたちも心得ているからこそ、それぞれモニカの言葉に頷く。
「まあ、お尋ね者が堂々と行っていい場所ではないよな」
「何か問題が起こっちゃったらね。また国際問題よ」
 マサキたちが彼らの所業を見て見ぬ振りでいられるのは、自分たちに害意をなすといった意味で新たに問題を起こすことがないからだ。場合によっては庇いきれなくなることもあるだろう。彼らが厄介事を起こす可能性を少しでも減らせるのであれば、それに越したことはない。
「そうですわよね。もう今年も押し迫ってきていますし、神社に初詣で今年は我慢するのですわ。来年のことはまた考えます。その時にはまたご迷惑をお掛けすると思うのですが、宜しくお願いしますなのですわ」
 考え込むように紅茶に何度か口を付けると、モニカはそう云って立ち上がった。パタパタとプレシアが動き回る足音が響く館。年の瀬押し迫る散らかった館に長居をするのを申し訳ないと考えたのだろう。そのモニカを追って、マサキとミオも見送りに立ち上がる。
「いっそ来年はTDLにでも行ったらどうかね」
「USJとかね。でもシュウには似合わなくない?」
「見てみるのも悪くねえな」マサキは笑った。
 あの鉄仮面男が家族連れやカップルで賑わうアミューズメントパークで、どんな表情をしながら浮かれ騒ぐモニカたちを引率するのか。その不釣り合いさを思い浮かべただけで、笑いが込み上げてくる。
「てぃーでぃーえる? ゆーえすじぇー?」
「そういう名前のアミューズメントパークがあるの。きっとシュウだったら知ってると思うから、おねだりしてみたら? 年越しはチケットが必要だから今年は無理だろうけど、来年だったらもしかするかも」
 恐らく、シュウの蔵書にはガイドブック的な内容のものがないのだ。ミオの説明にわかったようなわからないような表情をしているモニカに、「じゃあ帰路をご一緒と行きますかね」マサキは帰路の随伴を申し出る。部屋から出た不用品が散らばっている廊下を抜けて玄関へ。その量が増えているように感じられるのが、ひとり残されたプレシアの頑張りを現しているようだ。
「早めに戻るから、後は頼んだぜ」
「テュッティも戻ってくるし、なんとかなるでしょ」
 そんな大掃除に忙しない館を空けることに後ろめたさを感じながらマサキが玄関扉に手をところで、リリン……と玄関扉のチャイムが鳴り響いた。
「この年の瀬に千客万来だね」
「誰だ?」マサキはそのまま扉を開けた。
 眩い光が差し込むと同時に顔に影が差す。中天に輝く太陽を背に立つ長駆がマサキの目の前に立っていた。それを目にしたモニカの表情が明るくなる。
「丁度、いいタイミングだったようですね。迎えに来ましたよ、モニカ」
 三度目のモニカの来訪ともなれば、流石に重い腰を上げようと思い立ったのか。それとも他に何か思惑があるのか。モニカの明るい表情とは対照的に、シュウは無表情でそこに立っていた。
 
 
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