明日から三連休だー!ということで更新頑張ります。これを終わらせて、次に進むのです。
ぱちぱち有難うございます。励みになります。(*´∀`*)
ぱちぱち有難うございます。励みになります。(*´∀`*)
<勘違いの輪舞曲>
(4)
「間違っていると思うのですわ」
ニューイヤーを迎えて十日ほど。年明け直後には来訪者がひっきりなしだった館も落ち着きを見せ、マサキたちが普段通りに少しばかり賑やかな日常生活を送り始めて早々。モニカは待ち構えていたかのように館を訪れると、テュッティとプレシアが紅茶の準備が終えるのを待たずにそう切り出してきた。
「今度は何だよ。もう年は明けたぜ」
年の瀬、押し迫ったあの日。モニカを迎えに姿を現したシュウは、ようやく書物の整理を終え、少しばかり空いた時間に、だったら地上で古道具屋を当たるのも悪くないと思ったのだと云う。
目的はモニカが口にしていた貝合わせ用の貝。どうやらシュウはシュウなりに、モニカの提案を却下したのを気にしていたようだ。マサキたちへの挨拶もそこそこに、モニカを連れて地上へと向かってしまった。
何せ一年で一番慌ただしい時期のこと。その後の進展を知る為に、改めてシュウやモニカの元に足を運んでいる暇もなく。結局、貝はどうなったのか。初詣には行ったのか。何より、着物を無事に着ることができたのか……訊ねたいことは複数あったものの、モニカにとっては過ぎたことのようだ。それよりも、とマサキに話して聞かせること暫し。どうやらシュウは年末の古道具屋巡りで、貝だけなく、他にも小道具を買い求めたらしかった。
「その時に買った人形なのです、問題は」
「人形なんて何に使うんだよ。丑の刻参りか?」
「藁人形ではありませんの! このぐらいの大きさのおかっぱ頭の着物を着た女の子の人形なのですわ」
と、モニカが手で表現してみせた大きさは、指先から肘ぐらいまで。それでおかっぱ頭な上に着物を着ている女の子の人形とくれば、マサキが思い浮かぶものなどひとつしかない。
「市松人形か。それの何が問題なんだ? 髪の毛でも伸びたのか」
「あの人形、髪の毛が伸びるのですか?」
よくある怪奇現象を口にしてみただけだのことを、真面目に受け止められても困る。「人形の髪の毛が伸びる筈がねえだろ。だから問題なんじゃねえか」と返すと、モニカは何かを思い出したようだ。
「昔持っていた人形の髪の毛が、一年で十センチほど伸びたことがあるのですわ。お父様は『だったら新しいきょうだいにしてしまえばいい』と楽しそうでしたけれど……」
「その人形はどうしたんだよ」
「わたくしにはその後のことはわかりかねるのですわ。もう王宮に行くこともありませんし。王都が壊滅するまでは時々髪の毛を切ってあげたり、着せ替えをしたりして可愛がっていたのです。今でも元気にしていればいいのですけれども」
豪放磊落《ごうほうらいらく》だったアルザールは、その性格のままに、怪奇現象さえも細かいことと気にしない性質《たち》だったようだ。モニカの大らかな性格も、そんな父親譲りの気質なのだろう。なんだかなあ、マサキは呟いて、ようやく目の前に出てきた紅茶に口を付けた。
「それで? 髪の毛が伸びたのでなければ何だよ。夜中に歩き出すのか」
「そういえば、わたくしの人形は朝になると居る位置が違っていたのですわ。偶に、足の裏が汚れていることもあって。夜中にお散歩をする人形なんて、なんて可愛らしいのかと思っていたのですが」
「その話はもういいから。いい加減、シュウの買ってきた人形の話をしようぜ」
昔を懐かしむように語り続けるモニカを制しつつ、マサキはテーブルの中央に置かれた皿に広げられているアイシングクッキーを一枚取り、囓った。砂糖を囓っているような味が口の中に広がる。ひたすらに甘い。
テュッティの手を介している時点で、普通のクッキーでないことを覚悟しておくべきだったと思っても後の祭り。マサキは眉を顰めながら、残ったクッキーの欠片を口の中に放り込んで、無理矢理に紅茶で流し込んだ。
「つれないわね、マサキ。もう大掃除も終わったのだし、ゆっくりとモニカ様の話に耳を傾けてあげてもいいんじゃないかしら」
「髪は伸びるわ、夜中に歩き回るわ。そんな恐ろしい人形の話を聞けって?」
「そういうのは人の受け止め方次第でしょう? 怖いと思うから怖いのよ。他に害がないのなら、むしろ微笑ましい話だと思うのだけれども」
「さっさと話が進まないのは嫌なんだよな」
テュッティの言葉に、マサキは益々眉を顰める。どこが微笑ましい話なのか意味がわからない。
グロテスクな形状のヴォルクルスを目の前にしても平気でいられるマサキだが、だからといってお化け屋敷に好んで入ったり、ホラー映画を好んで見たりしたいとは思わなかった。肝試しなど以ての外。曰く付きの場所にわざわざ足を運ぶ人間の気が知れない。
ましてや夜中に動く髪が伸びる人形の話など。
マサキが地上にいた頃。いかにそういった現象が科学で説明できるかを、数多の心霊番組では取り上げていたものだった。人形の髪の毛が伸びるのは湿度の関係だとか、金縛りは脳が起きていて身体が寝ているからこその現象だとか、出演者たちはしたり顔で説明した。だから霊などというものは存在しないのだととでも言いたげに。
しかし、いくら心霊現象をそうやって科学で説明されようとも、本能的な恐怖が拭える筈がない。理屈ではなく、怖いものは怖いのだ。
「あら、マサキ。後ろ……」
テュッティに言われて、マサキは肩をビクッと震わせた。何とも表現し難い怖気を感じながら、恐る恐る後ろを振り返る。「冗談よ」テュッティは笑っているが、マサキにとっては笑い事ではない。
「巫山戯るなよ……」
何もない空間にマサキは安心しつつも、だからといって安易にそれを表現してはテュッティの思惑通り。渋面を作ってモニカに向き直る。
「いい加減に本題に入るぞ、モニカ。で、シュウの買ってきた市松人形が何だって?」
「それが雛祭りの人形だと言うのです」モニカは小首を傾げながら云う。
「はあ? 市松人形が?」
「雛人形ですわよね? 本で見たことがありますが、あんなに大きな人形ではなかったのです。それにお内裏様とお雛様のセットになっているとか……」
「お前がわからないと思って、からかってるんじゃないのか?」
「まさか。でしたら購入する前に、わたくしにネタばらしをしてもいいではありませんか。それなのにですよ、マサキ。あまつさえその人形を入手してしまったのです。わたくしにはシュウ様が決して安くない値段をかけて、嘘を吐く理由がわかりませんの。どういうことだと思います?」
そんなことがマサキにわかる筈がない。
モニカの日本に対する知識の情報源は、シュウの所有している蔵書かららしい。ということは、モニカが知っている情報をシュウが知らない筈がない。ましてや雛祭り。これまでのようなひと癖もふた癖もある知識の数々とは異なり、今でも一般的に行われている行事だ。ちょっと調べれば、正しい情報などいくらでも手に入るだろう。
「あの人形が悪いとは云いませんが、雛祭りに使うのでしたら、せめて番《つがい》の人形がいいのですわ。でも、シュウ様はこれで充分と云って聞いてくださらなくて」
モニカの云うことも尤もだ。
そもそも、面倒そうな態度でありながら、モニカたちに振袖を用意してやり、貝合わせの貝まで買ってやっているのだ。出来ることに関してはきっちりやってのける。そういった几帳面な性格をしているのがシュウの筈だ。
雛人形の存在を知っていながら市松人形で代用するなど考え難い。と、なると――マサキは思った。本当にシュウは雛人形がどういったものであるのか知らないのではないか? 博識とは云えど知識に偏りのある男のこと。ましてや、女性の為の行事である。知識が片手落ちになっていてもおかしくはない。
「そこで意固地になるってことは、本気で勘違いしてそうな感じだなあ」
「あれだけ博識なのに、そんなことが有り得るのかしら?」
「でも、テュッティ。わたくしもマサキと同じで、そんな気がしているのです。シュウ様は偶に、知っていて当然のことを知らないことがありますから……」そこでモニカは珍しくも困った風に溜息を洩らした。「ですから、マサキ。わたくしと一緒にシュウ様の所に行っていただけませんか? 日本人であるマサキに云われれば、シュウ様も納得してくださると思うのです」
.
.
PR
コメント