来年のことを云うと鬼が笑うと云いますが、このシリーズは来年で完結ですね。
そもそも、バレンタインネタをシリーズにするなって話なんですけど、なってしまったものは仕方がない。女子力が大分上がった今回のマサキですが、さて来年は何を作らせましょうか。
あ、今年のレシピはtastemadeから頂きました。
あのチョコ、滅茶苦茶作りたくなるんですよね。
と、いったところで、本文へどうぞ!
そもそも、バレンタインネタをシリーズにするなって話なんですけど、なってしまったものは仕方がない。女子力が大分上がった今回のマサキですが、さて来年は何を作らせましょうか。
あ、今年のレシピはtastemadeから頂きました。
あのチョコ、滅茶苦茶作りたくなるんですよね。
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<すれ違いのSt.Valentine.>
マサキとミオがラングランに帰り着いたのは、ティータイムも過ぎた夕方近くだった。流石にこの時間から凝ったチョコレートは作れない。任務完遂の報告はザッシュに任せることにして、ゼオルートの館で急ぎ旅行の準備を済ませたマサキは、城下でチョコレート作りの材料を買い求めると、そのままミオの家に向かった。
「今年は何を作るの? 材料は色々あるみたいだけど……」
「時間もねえし、溶かして流して飾って終わりにするさ」
「手伝おうか?」
「それはいい。どんな簡単なチョコレートだろうが、俺が作るから意味があるんだろ」
そのぐらいはマサキとてわかっているのだ。わかっているからこそ、早速とばかりにチョコレートを砕き始めた。「お湯ぐらいは沸かすわよ」とその背後でミオがコンロに火を点ける。そして、キッチンテーブルの上に置かれている材料を覗き込んできた。
そんなに量を作るつもりのないこともあって、今年の材料の量は種類の割には少ない。
ブラックチョコレートとホワイトチョコレートに、ひと口サイズのロールチョコ。食紅にナッツ類、デコペン。そして抹茶パウダーとココア……作り方は簡単だ。底の浅いシリコン製のハート形に、ブラックととホワイト、そしてホワイトチョコレートに食紅で色を付けたチョコレートをそれぞれ流し込む。それらが固まる前にデコペンで模様を入れ、ナッツ類やひと口チョコレートでワンポイントを置き、冷蔵庫へ。チョコレートが固まった後にパウダーをふるえば完成だ。
「マサキ、お湯湧いたよ」
溶かして流して飾って終わりとはいえ、手間は省きたくない。用意してきた温度計で温度を計りながら、ボールに移したチョコレートを、マサキはきちんと時間をかけてテンパリングした。温度管理は初めてのマサキには難しかったものの、時にはミオからアドバイスを得ながら、メモを片手に頑張った。その甲斐あってか、去年のチョコレートと比べると、格段に艶が違って見えたものだ。
そのテンパリングを終えたホワイトチョコレートを、マサキはふたつのボールに分けると、片方に赤い食紅を数滴加えて混ぜた。
「今年もさやかちゃんのレシピ?」
「そう。簡単で高見えするチョコだってさ」
他にも色々とレシピを教えては貰っているものの、圧倒的に時間が足りない。その中から選んだ一番豪華に見えそうなチョコレート。質素な生活を好んでいるように見えて、身に付けるものや雑貨に拘りのあるシュウには良く似合う。そう思って、作ろうと決めたチョコレートだった。
キッチンテーブルの上に並べて置いたシリコン製のハート型に、それぞれの色のチョコレートを流し込む。そして、縁から一センチくらいの位置。デコペンで点を描いたマサキは、その中央に爪楊枝の先端を滑らせた。
「あ、可愛い」次々と出来上がる小さいハートマークに、ミオが声を上げた。「そっかあ。売ってるチョコの模様ってどうやって描いてるんだろうと思ってたんだけど、こうやって描いてるのね」
「この段階でも、思ったよりそれっぽいな」
「ね。これなら確かに高見えしそう。っていうか、思うんだけど。マサキ、さやかちゃんに何て云ってチョコレートのレシピ教えて貰ってるの?」
「え? 世話になった人たちに贈りたいからって」
小さなハート模様を崩さないように、チョコレートの上にそうっと、ひと口チョコレートやナッツ類を乗せていく。位置が気に入らなくとも直しの効かない作業を、マサキはひとりでやりきってみせた。ミサンガ作りで根気を鍛えられたからだろう。今となってはこのぐらいの細かい作業は、マサキにとっては苦ではなくなっていたのだ。
「嘘ではないけどねえ」
「そうでも云わないと、おかしな話になりそうだろ。特に甲児の耳に入ろうもんなら、どんな話にされるかわかったもんじゃねえ」
「ザッシュですらあの調子だったしねえ」
「そうだろ。ドゥードゥー鳥の丸焼きじゃなきゃ、何を出すつもりだったんだよ、あいつ……」
「セミの唐揚げとかじゃないの?」
「止《や》めろよ、想像したじゃねえか」
云いながら、マサキは贅沢に飾り付けたチョコレートの数々を、崩さないように冷蔵庫へ運んだ。セミの唐揚げなどという奇怪な食べ物の話になったからではないが、どれも会心の出来と呼べるくらいに、綺麗に飾り立てられているように見える。
市販のチョコを溶かして流して飾る。たったそれだけのことでも、これだけ美しいチョコレートが作れるものなのだ。短い作業時間で高い満足度を得たマサキは、そうしてミオと他愛ないお喋りをしながら、冷蔵庫の中のチョコレートが固まるのを待った。
話の内容は専ら、他の魔装機操者のことだった。午前中からザッシュの恋の話に付き合わされ続けた所為もあっただろう。ミオが振ってくる話は、誰が誰といい雰囲気だとか、誰が誰を好きらしいとか、そういったものに終始していたが、バレンタインという年に一度のビッグイベントを明日に控えて、心が浮足立っているからか。普段のマサキならあまり耳にしたくないと感じるこれらの話も、楽しく聞けたものだ。
「あたし、ティアンはベッキーのこと好きなんじゃないかって思ってるんだけど」
「本気かよ。あの生臭坊主だったらどんな破戒をしても驚かねえけどな。酔えば脱ぐような女が趣味っていうのは、ちょっと……」
「あの清々しい脱ぎっぷりがいいんじゃないの? さっぱり付き合えそうでしょ。だからじゃないかなあ。ティアン、結構マメにベッキーの介抱をしたりしてるのよ。この間の飲み会もそうだったし、その前の飲み会もそう」
「だとしたら、あいつとは趣味が合わねえな」
一時間が経つのはあっという間だ。
冷蔵庫にチョコレートを入れたときには逸る気持ちを抑えきれなかったマサキだったが、話題の尽きないミオのお陰でゆっくり待つことが出来た。鳴り響いたキッチンタイマーに腰を上げて、冷蔵庫へと向かう。
冷蔵庫に仕掛けでもない限り、飾りが崩れることはないとわかっていても、この瞬間は緊張するものだ。扉を開けて、中から固まったチョコレートを取り出す。入れる前と変わらない、飾りも美しいチョコレート。それをキッチンテーブルに再び並べ、抹茶やココアのパウダーを振るいかける。
「しっかし、マサキも随分と気が長くなったよね。こんな細かい飾り付けも出来るようになっちゃったし。あたし、ミサンガなんて途中で投げ出すと思ってた」
「出来るようになるまでは投げ出しそうだったけどな。でもコツっていうのか? やり方が身に付いてからは、逆に楽しく編めるようになったぜ。チョコレートもそうだけどよ、完成図がわかっているものを、その通りに作れるようになると、その過程も楽しめるようになるもんなんだな」
「マサキ、凄い。滅茶苦茶成長してる」
「そうか? まあ、そうなんだろうな。以前だったら、絶対に俺どこかで癇癪起こしてただろうしな……」
ラッピングはシンプルに、ひとつずつ白い透明袋に詰めた。それぞれ黄金色《ゴールド》のリボンをミオにかけて貰い、箱に詰める。今年のラッピング箱《ボックス》は、葡萄色《ボルドー》と黒を基調としたシックなデザインだ。
「マサキにしてはいいセンス。今年も喜んで貰えるといいね」
「そうだな。じゃあ、俺は行くぞ。今年も世話になったな」
「来年もお待ちしてます」
挨拶を交わして、風の魔装機神《サイバスター》へ。慌ただしくミオの家を辞したマサキは、ラッピングを済ませたチョコレートを膝に操縦席に収まった。そしてポケットから取り出した指輪を嵌める。
このままシュウの元へ向かえば、余計な邪魔が入ることはもうない。
あったとしても無視を決め込めばいいだけだ。
マサキは今一度、荷物を確認した。チョコレートもあれば、栞もある。去年貰った指輪もきちんと嵌めた。旅行の荷物にも忘れ物はない。なら――と、二匹の使い魔に指示を出しながら、風の魔装機神《サイバスター》の起動準備《セットアップ》を開始する。
静かに走り出したプログラム。動力炉が唸る。背中の放熱板がまるで羽根のように開く。そしてマサキは、長い一日を締めくくるべく、西へと。風の魔装機神《サイバスター》を発進させた。
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