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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

wandering destiny(1)
順番前後して、「記憶の底」の最終章になります。
来年の二月ぐらいまでに終わればいいかなと思いながら、のんびりやっていきます。

距離が近付いているような、いないような。そんな白河とマサキがどうなるのか。
色々矛盾点もあるかと思いますが、寛大な心持ちで見ていただければ幸いです。



<wandering destiny>

(序)

 せり上がるラ・ギアスの大地を滑りながら立ち上ってゆく雲。中天に座す太陽からの眩い光が、再建を遂げたラングラン王城を絢爛豪華に照らし出している。
 シュウは揺るぎない未来に向けて新たな一歩を踏み出したばかりの王都を、姿を隠すことなく歩んで行った。
 ――これこそがラ・ギアス最大国家、神聖ラングラン帝国の本領。
 幾度の戦乱は元より、自然災害にも屈しなかったラングラン国民は、その総力を結集して国家の象徴《シンボル》を三度造り直してみせた。だからだろう。以前よりも輝きを増した王城を背に城下を往く人々の表情はどこか誇らしげだ。
 長い戦いの日々だった。
 地上と地底と、ふたつの世界を渡り歩いた。駆け抜けた戦場の数も知れなければ、倒した敵機の数も知れない。初めて地上に上がった時にまだ年若き青年だったシュウは、気付けば壮年を数えるまでになっていた。
 けれどもその戦いの記憶と経験は、神経質《ナイーブ》な面が目立つ青年だったシュウを逞しい壮年へと変貌させた。今のシュウはかつて自分が暮らしていた王城を目にしても、胸の傷が疼くようなことはない。むしろそこで生き抜いた自分自身に誇りさえも抱いている。
 人の成長に終わりはない。
 過去への拘りを捨て去ったシュウは、麗しきラングラン王都に等しく、自らのこれからの人生にも輝ける未来が待ち受けていると信じて疑っていなかった。そう、今しがた目の前を風船を持って走り去っていった子どもたちが、明日の幸福を信じて疑っていないように。
 シュウが顔を晒して歩いているのには理由があった。情報局の女傑であり、そしてシュウにとっては従妹でもあるセニアからの呼び出し。とにかく直ぐに来なさい。彼女の要求は端的で、高慢だ。それでも、近場のゲートの利用許可を出してまでシュウに来いというからには、それだけの事態であるのは間違いなさそうだ。
 とはいえ、今更この国家基盤が盤石な神聖ラングラン帝国を制圧しようなどという不届き者がいるとも思えない。だからシュウは、その事態は精々、自らの潜む気のない振る舞いの数々に対する注意ぐらいであるのではないか――と、過少な見通しを立てていた。
 王城に続く中央通りを折れて、暫く。ややあって、情報局の門前に辿り着く。
 天上に澄み渡る空が美しい。シュウは太陽を従えるようにして高く伸びるタワーの先端を見上げた。シュウがゲートを通って王都に入ったことは、既にセニアに伝わっていることだろう。もしかすると、今頃やきもきしながらシュウの訪れを待っているやも知れない。広くを口を開けている正面出入り口に立つ衛兵に会釈をして、咎められることなく局内に足を踏み入れたシュウは、最上階にあるセニアの執務室に向かうべく奥のエレベーターに乗り込んだ。
 セニアは今日シュウが情報局を訪れることをきちんと通達しているようだ。顔色ひとつ変えずにシュウを通したふたりの衛兵に、一種の感慨が湧き上がってくる。
 シュウの人生最大の汚点、破壊神サーヴァ=ヴォルクルス。自我を取り戻した時には遅かった。
 シュウにとって、王城は終の住処とすべき場所ではなかったが、自らの足で出てゆくのと、追われて出ていかなければならなくなったでは様相が異なる。誇り高きラングラン王家の一員であったクリストフ。ひとつのアイデンティティでもあった自身の名をシュウが封印してしまったのは、そういった理由からでもあった。
 他人に身をやつし、人目を忍びながら王都を歩いた日々に、シュウは訳知り顔の国民の誇張された噂話を幾度となく聞いた。悪鬼とも羅刹とも天魔とも呼ぶべき所業の数々には、邪神教団の行いは云うに及ばず、バゴニアやシュテドニアスの軍勢がどさくさに紛れて行った蛮行の数々も含まれていた。
 それがシュウに王家を追われた自らの身分を自覚せしめた。そして悔悟の念を植え付けた。王家を離脱したいと望むことが罪であるのであれば、これ以上の罰はどこにもない。シュウはサーヴァ=ヴォルクルスに付け込まれた己の心の弱さを悔いた。どうせ去るつもりであった場所ならば、せめて自らの意思で去りたかった。王都に足を踏み入れる度に、未練が胸の傷とともに疼いて堪らなくなるほどに。
 けれどもそれももう過去のこと。
 顔を晒して王都を闊歩するシュウを目にしても、国民は以前のような大袈裟な反応をしなくなった。それどころか、ただの市井の人間とシュウを認識するようになったのだろうか。目もくれもしなくなった。
 人の噂も七十五日。シュウが戦いに身を投じている間に、クリストフ=グラン=マクソードという人間は、それだけ人々の記憶からその姿を薄れさせてしまっていたのだ。それは同時に、クリストフ=グラン=マクソードの復権が叶わなくなったことを示してもいた。だが、その事実にシュウが寂しさを覚えることはもうない。輝ける未来を信ずるシュウ=シラカワは、この名と立場で生きてゆくことをとうに決意している。
 だから、これでいい。シュウは扉を開いたエレベーターから降りた。
 顔を晒して歩めるようになった王都。これ以上の褒美が何処にあろうか。シュウ=シラカワ、或いはクリストフ=マクソードの成したことが、シュウやクリストフの成したこととして語られる日はない。万が一、市井の噂として伝搬しても、それもきっと世代が刷新されれば忘れ去られることだろう。
 王家を追われたクリストフは、歴史の影に生きる存在となったのだ。
 だからシュウは、自身の真名とでも呼ぶべき第二の名――シュウ=シラカワとして人生の表舞台に立つ決意を固めた。それを阻んでいたクリストフの悪名も、最早過去のこととなりつつある。顔を晒して王都を歩んだシュウは、その現実を身を以て感じられたからこそ、今日という日を自身のエポックメイキングな日として捉えるに至った。
「ようこそおいでくださいました。シュウ=シラカワ殿」
「セニア様はこの先にある執務室でお待ちになっておられます」
 姿を変え、幾度か足を踏み入れたことのある情報局。だのにまるでこれが初対面であるかのように振舞う衛兵たちが滑稽だ。彼らに会釈を済ませたシュウは、彼らの勧めがままに、エレベーターホールから真っ直ぐに伸びる通路を歩んでいった。
 ややあって間近となる重厚な造りの扉。セニアが待つ執務室の扉に手を掛けたシュウは、この向こう側に待ち受けている従妹の姿を思い浮かべて、ひとり。クックと嗤い声を立てた。





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