モブマサ。バックアップ用。
<悪辣なる小悪党>
0.プロローグ
救国の英雄たるマサキをはじめとする魔装機神操者たちには、内乱後、方々の貴族から現代の英雄譚の主人公に話を聞きたいとの誘いが殺到した。
折しもアンティラス隊が創立されたばかり。バゴニアやシュテドニアスの操者も抱え込む部隊は、国際的な問題から、ラングランのバックアップを受けずに活動することが決まっていた。と、なると、問題になるのが部隊にかかる運営資金である。どこからその額の資金を捻出するのか――情報局の女傑セニア=グラニア=ビルセイアは、それをラングランの貴族たちに求めた。そう、継続的な出資者の獲得である。
その為にも、貴族たちからの招待は積極的に受けるべし。セニアからスポンサード活動を促されたマサキは、面倒臭いことになったと思いながらも、隊のな活動の為には必要なことだと、苦手を押して幾つかの貴族の招待を受けた。
ブランディッシュ侯爵からの招待もそのひとつだ。
事前にセニアから受けたレクチャーによると、ブランディッシュ侯爵はザポール州の西側の土地の領主であるそうだ。恰幅の良い体型で、後頭部が禿げ上がった金髪スタイルが特徴的なのだとか。性格は慇懃無礼だが、長い物には巻かれろ的な面もあるらしい。権力者には媚び諂《へつら》う性格をしているとは、セニアの弁だ。
そういった貴族の許にマサキを行かせるというのもおかしな話だが、それだけアンティラス隊が財政的に逼迫しているのだと思えば納得もゆく。いざとなったらぶん殴って帰ってくればいいのよ。リューネにそう檄を飛ばされたマサキは、だからこそ深く考えずにブランディッシュ侯爵の許を訪れた。
「これはこれは、マサキ=アンドー殿。ようこそおいでくださいました」
ブランディッシュ公爵の邸宅は三階建ての左右非対称な白亜の洋館だった。手入れが行き届いているようで、壁には蔦ひとつ絡んでいない。耳にしていた人物像からもっとけばけばしい外観を想像していたマサキは少し意外に思いつつ、門前に迎えに出てきた執事に続いて洋館内に足を踏み入れた。
「これは……」
すっきりとした外観からは想像も付かない内観。ごちゃついた玄関ホールは、とにかく並べられるものを全て並べたといった感じだ。柱の陰にアジア風の置物があったかと思えば、その脇には中東風の金食器が雑然と並べられている。西洋風のパーテーションの裏側には、北欧風のソファ。よくよく見てみれば、壁面の絵画のモチーフも世界観がバラバラだ。統一感を感じさせない装飾品の数々にマサキは眉を潜めるも、執事は慣れているのだろう。特に何かを云われることもないままに、応接室に辿り着いた。
ブランディッシュ侯爵はかなりの金満家であるようだ。
来客に見せびらかす為だけに並べているのだろうか。応接室のガラスケースに収められている宝飾品の数々は、宝飾品に疎いマサキであってもかなりの値がつくものだと予想がついた。イヤリングにネックレス、バングルにブレスレット。ティアラに至っては、何が何だかわからないぐらいに様々な種類の宝石があしらわれている。これはとんだ曲者の家に来てしまった。マサキはそう思ったが、成金ぽいからという理由だけで帰る訳にもいかない。ソファに腰を落ち着け、執事が淹れた紅茶を飲みながら、ブランディッシュ侯爵の登場を待つ。
「これはこれはマサキ殿。ようこそ我が邸へ」
ややあって姿を現したブランディッシュ侯爵は、前情報通りの風体をしていた。
だが、受ける印象は事前情報とは逆であった。マサキの二倍以上はあるウエストに、後頭部が禿げ上がった金髪。だらりと下がった二重顎にからして、美食家の気でもあるのだろうか。目などは殆ど肉の中に埋もれてしまっていたが、それが笑っているように映るからだろう。ぱっと見は人の好い好々爺という印象だ。
「俺の話なんて聞いても楽しいことはないと思うんだがなあ」
「救国の英雄と話が出来る機会などそうないですからな。こうして言葉を交わせただけでも充分なくらいで」
話しぶりも穏やかで、嫌味なところは一切ない。慇懃無礼で権力者に媚び諂う性格であれば、地上人で戦士たるマサキなどは一番見下すタイプの人間であるだろうに。
マサキは途惑った。
もしかすると隠された裏の顔があるのやも知れない。ならば警戒せねば。ブランディッシュ侯爵と言葉を交わしながら、つらつらとそんなことを考えていた矢先だった。何だ? 辞し時を探っていたマサキは自身の瞼を擦った。目が霞むほどに抗いがたい睡魔が襲いかかってくる。
「如何なされましたかな、マサキ殿」
「いや、何だか、酷く眠――」
マサキは応接室のテーブルに突っ伏した。
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