これ一応カテゴリ「リハビリSS」に突っ込んでるんですけど、予想より長くなったのでどうしましょう。別カテゴリ新しく作るかあ。(それよりもサイトを更新しろというのはまあそう)
(四)
打たれた頬は痛かった。
打たれた頬は痛かった。
それでも手加減をしたのがわかる痛みだった。優れた身体能力で、あっという間に剣聖の座に上り詰めたマサキ。彼が本気を出せばシュウの顔の形は呆気なく変わっていたことだろう。わかっているからこそ、シュウはそこにマサキの葛藤を垣間見た。
「酷いのですわ。一方的にシュウ様を叩くなど」
「その通りですわ。流石は野蛮な地上人ですこと。シュウ様の美しいお顔に手を上げるなど、あってはならないことですわね」
あっさりとその場から立ち去られたことで、怒りのぶつけ先を失ったようだ。モニカとサフィーネが口々にマサキへの文句を吐き出す中、ひとり冷静さを欠くことなく、「何をしたの?」とテリウスがシュウに尋ねてくる。
「さあ。私にはわかりかねますが」
肩をそびやかして口にすれば、シュウへの傾倒が激しいモニカには、テリウスの台詞がシュウを咎めているように聞こえたようだ。シュウとテリウスの間に割って入ってくると、不満がありありと窺える瞳をテリウスに向けながら、
「シュウ様をお責めになられますの、テリウス」
「そういうつもりじゃないよ、姉さん」
「なら、どういうつもりなのかしら。あの子猿が無礼を働くのはいつものことじゃないの」
テリウスの背後にはサフィーネ。教団時代からシュウの傍に控え続けた女性は、シュウに対して信奉に近い感情を持っているようだ。彼女とモニカはシュウのすることは絶対的に正しいと妄信しているらしく、自分たちの目の届かぬ場所でシュウがどう立ち回っているかに疑問を挟むことはない。
シュウからすれば、一種の支持者《シンパ》でもあるふたりの女性。ロンド=ベルの乗組員たちは、彼女らの相手をするのが面倒らしく、彼女らの目の届く場所でシュウに厄介な絡み方をしてくることは先ずない。
そう、テリウスを除いては。
彼は他人に興味や関心が薄かった。それは王宮時代に彼が受けた扱いと無関係ではなかった。そこにいるけれども『いない』ものとして扱われる……アルザールの庶子として、王族内で一段低く見られるのが当たり前だった彼は、全てに対して無気力で且つ無関心だった。
だから彼は、シュウに厄介な感情を向けてくるふたりの女性に臆することがない。関心のない女性たちに敵意を向けられようと、彼は痛くも痒くもないからだ。今にしてもそうだ。モニカとサフィーネに前後を挟まれる格好となったテリウスは、飄々とした態度を崩さなかった。
「本当に? マサキが手を上げるほど怒るなんて珍しいじゃないか」
テリウスとしてはただ事実を確認したかっただけなのだろう。世の中への無関心さを表しきったような茫洋とした表情で、淡々と言葉を紡いでいる。
シュウは彼らから視線を外した。
グランゾン以下三機の整備を任せるのに、整備士《メカニック》と話をしていた最中だったことを思い出したからだ。
「お騒がせしましたね」
所在なげに立ち尽くす彼らに声をかけると、彼らのリーダーは心得たものだ。即座にいずまいを正してみせると、「いいえ、博士」と、引き締まった表情で応えてきた。
「さて、どこまで話をしたでしょうね……」
それがシュウには酷く滑稽に感じられた。
虚ろな会話を続けながら、彼らの様子を窺う。引き締まった表情に微かに感じる違和感。精神感応能力《テレパシー》の使い手でもないシュウには、他人の内心など読み取ることは出来なかったが、彼らの瞳に好奇の光が宿っているのを見透かすことぐらいは出来る。
いつもの口喧嘩とは趣の異なる様子に、彼らは興味津々でいるのだ――……。
自らが見世物にされた不快感に、シュウの胸がじくりと犯される。けれどもシュウは冷静だった。マサキ=アンドーという少年は、あれで案外狡猾なのだ。ああすればシュウが自分と向き合わざるを得なくなると、彼は読み切った上でシュウを挑発している。シュウはだからこそ、敢えてその挑発に乗ってやろうと考えていた。
そこには執着があった。
開いてしまったパンドラの箱。マサキのしなやかな肢体は、まだまだ未熟な青い果実だった。それをほんの少しだけ味わったシュウは、その未熟さにこそ心を奪われた。誰も手を付けてこなかった彼の身体に初めて辿り着いた――愛撫に不慣れな身体の味を知ったシュウは、他人にその未熟さを決して味わわせたくないと強く願った。
最初から最後まで、知るのは私ひとりだけでいい。
さりとて、これが愛などという薄っぺらい感情であるのをマサキに悟られるのは、愛に裏切られた経験を持つシュウには耐え難い苦痛だった。右胸に残る傷跡。一番自分に愛を注いでくれた存在に刃を向けられたシュウは、愛が万能ではないことを知っていた。いかに現時点での自分が、この先の人生の全てを捧げられると思っていてもうつろい易いのが愛である。愛の永続性を信じていないシュウは、だからこそ、自らがマサキに対して抱いている感情が愛であることに、ひとり静かに抵抗を続けるしかなかった。
シュウにとって、マサキは唯一無二の輝ける光であるのだ。
地上と地底の二つの世界を股にかけ、シュウを追い続けたたったひとりの戦士。マサキ=アンドーはどれだけシュウが能力の違いを見せ付けようとも、決して挫けるということをしなかった。ひたむきに、そしてがむしゃらに、自らの第二の故郷を崩壊へと導いた影の立役者であるシュウを追い続けた。あれ以上の惨禍を起こさせてはならない。彼の胸に刻み付けられたのが、自らの力不足で引き起こされた悲劇であったのは間違いない。何より、王都が壊滅したのを目撃した瞬間の、マサキのあの絶望に満ちた表情! 敬虔なるヴォルクルス信者であったシュウにとって、あれ以上に愉悦を感じさせる瞬間はなかった。
当時のシュウは、ヴォルクルス信教の教義に忠実である己に酔っていたのだ。
その慢心に楔を打ち込んだ存在、それがマサキだった。
シュウは時々考える。もし、彼があの諦めの悪さを自分に対して発揮していなかったら……シュウは今頃、更なる被害を地上と地底という表裏一対のふたつの世界に引き起こしていただろう。そう、地上と地底は互いに連動している。片側に起こった惨禍は形を変えて片側の世界に姿を現したし、逆もまた然り。その構造を熟知するシュウは、周到に罠を仕掛けて、ふたつの世界を破壊に導いていたに違いない。
マサキと出会ってからのシュウは、それまで疑問に感じなかった自らの行為に引っ掛かりを覚えることが増えた。恐怖でこの世を満たすこと――、もっと根源的な問いをするのであれば、サーヴァ=ヴォルクルスを顕現させることに何の意味があるのだろうか? それこそが教義であるから? それこそが神の望みであるから? だとすればその先に待ち受けているものは何だ?
答えが見付からぬまま、自らの内なる衝動に従って暗躍を続けた日々。その衝動こそが、サーヴァ=ヴォルクルスである――と、シュウが認識したのは、月でマサキと対峙した瞬間であった。
眩いばかりの白光。色鮮やかなロンド=ベルの精鋭部隊を掻き分けて燦然と前線に躍り出た風の魔装機神は、無風である筈の宇宙空間で、大いなる風の精霊の力の確かに受けてその場に降り立った。それ即ち、グランゾンの前面である。あの輝きは他の誰であっても放ち得ない。静謐で荘厳。青い惑星を背負って月に砂塵を舞い上がらせたサイバスターは、高貴ながらも残虐さに満ちているとシュウには思えたものだ。
四大精霊の頂点に君臨する風の精霊サイフィスが守護を与えた機体は、人を救うために人を裁くという矛盾をその身に抱えつつも、その身に課せられた使命を果たさんと泥を啜るようにして生き延びた少年とともにシュウとグランゾンを打ち倒した。
決して手加減をした訳ではなかった。
全てを理解し、全てを受け入れたシュウは、それが自分が我が道を往く為の最期の戦いであることをも理解していたからこそ、持てる全ての力を出しきってマサキ及びサイバスターとの戦いに挑んだ。かつて自らを拒絶した残虐なる天使。シュウの心の棘である忌まわしい過去を清算することが出来れば、シュウは自らの力で新たな人生を歩めると考えたのだ。
してしまったことは事実。だから逃げも隠れもしない。
もし、ここで命運尽きるのであれば、それもまた人生。目を覚ましたシュウにとっては、どちらに転んでも自分を取り戻した人生であるのに違いはなかった。けれども、もし仮に、あの戦いでシュウが覇者となっていようものなら、その人生は更に過酷なものとなっていたことだろう。
だから、敗れ去ったシュウは、かつてなく安らかな気持ちで――自らの死を受け入れられたのだ。
とはいえ、今のシュウの人生は、マサキとの戦いがなければ存在しえなかったものだ。自分を取り戻した記憶を、サーヴァ=ヴォルクルスとの契約の記憶ごと失ったシュウにとって、記憶を取り戻す縁となる存在は限られた。そのひとつがマサキだった。彼は他の魔装機神の操者にはない感情をシュウの胸に呼び覚ました。何か重大なことを忘れている。あの時期のシュウに焦りを感じさせたたったひとりの魔装機神操者。それはマサキが最後まで諦めずにシュウを追いかけ続けたからこそ為された奇跡だった。
感謝などという言葉では語り切れない。
彼なくしてシュウ=シラカワの人生は拓けなかったのだから。
故に、マサキに手を上げさせてしまったシュウの内心は複雑だった。過剰な期待をマサキにしていることをシュウは理解していたが、それ以上に不可解に跳ね回る己の感情。何故、自分はマサキを奪うような真似をしてしまうのか。そして何故、彼の反発心を招くような真似ばかりしてしまうのか。好意と反発心の狭間で、シュウは悶え苦しんだ。理性で抑えきれない葛藤。ラ・ギアス人の理性と地上人の感情を受け継いだシュウは、それ故に、制御ままならない心の行く末に絶望するしかなかった。
愛であり、愛でなく。
恋であり、恋でなく。
けれどもきっと、不埒な想いを孕んだこの感情はそうでしかないのだろう。堂々巡りを繰り返しているシュウは、自らの胸を支配する様々な感情の総称を何と呼称すべきか悩み、けれども結局は漢字でたった一文字の薄っぺらい感情に帰結させるより他ないこの状況に怒りを感じていた。
だから下ろした手を拳として微かに力を込めるより他なかった。
マサキはいい。感情を暴力で発散する術を知っている。けれどもシュウにはそれがない。いや、シュウは確かにマサキに暴力を働いた。合意なき性行為《セックス》。あれが暴力でなければ、何が暴力であったものか。そういった意味でマサキがシュウを叩いたのは正しい。その上で、彼はシュウと話し合いで決着を付けようとしている……。
寛大な心の持ちように驚嘆する。
彼はあの程度の屈辱では、矢張り折れないのだと。
「……だよねえ、シュウ」
いつしか整備士《メカニック》たちとの会話を終え、物思いに沈んでいたシュウは、テリウスが自らを呼ぶその声ではたと我に返った。サフィーネにモニカ、テリウス。彼らの話をシュウはここまで一語たりともまともに聞いていなかった。そのヅケを支払わねばならないようだ。
「何が、です。テリウス」
三者三様の視線に晒されながら、現在の会話の内容を把握すべく言葉を継ぐ。
「君、本当にいい度胸をしてるよねえ。僕が苦労をしてたってのに、全く聞いてなかったの?」
「興味のある話題ではありませんでしたからね」
これでは余計な誤解を招くだけだ。
わかっていても聞いていなかったものは仕方がない。シュウはテリウスに肩をそびやかしてみせた。
シュウの唯一の欠点は、興味がないことに無関心でいられることである。それが度々自分を不利な立場に立たせていると、シュウ自身は自覚していたが、改めようと思って改められていれば欠点たりえることもない。だから素直にそう吐露すれば、テリウスは誤解や疑念よりも、シュウの独自性であるマイペースさを感じ取ったらしかった。「いつも通りかあ。つまらないね、君」と、会話の内容に全く触れない言葉を吐いた。
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