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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

夜離れ(10)
※相変わらずの青空文庫形式です※
夜離れ(10)

(6)

「シュウ様……今、なんと仰いましたか?」
 モニカには、縁談が寄せられていることを知っているとだけ伝えた。その上で、彼女がどういった反応を見せるのかを確認してから、自分の計画を伝えるべきだとシュウは考えていた。
 自分と同じく潔癖なきらいがある彼女が、どこまでなら自分に協力できるのかを見極めなければならない……仲間として彼女を連れ歩くようになってから、かなりの年月が経過してしまっていたけれども、時に妄信的で、時に無邪気な彼女の本心を量るのは、人間の感情の機微に疎いシュウでは難しい部分も多かった。
「相手には、王家に連なる貴族が多いとも」
「わたくしに縁談を受けよと仰るのですか?」
「それがあなたの為でもあるでしょう。私はあなたの人生を引き受けられない。王家を捨てたあなたを利用するだけですよ」
「そんなことはとうに承知しております」彼女は何を今更とばかりに、憤然と言い放った。「それでもこうして面倒をみてくださっているのですもの。これを幸福と言わずして何を幸福と言うのでしょう。わたくしが他人の許に嫁ぐことに、シュウ様の利があるというのであれば、わたくしは喜んで誰の許であろうと嫁ぎましょう。けれども、わたくしの将来をただ案じてだけというのが理由であるのだとすれば、わたくしはまだ、神殿で精霊に仕える方がマシだとお答えしますわ!」
 モニカの返答に――上出来だ。と、シュウは嗤う。サフィーネと何を話したのかはわからないままだったけれども、彼女はシュウが良く知る彼女らしさを取り戻していた。
 先日の今日での申し出に、彼女はどう反応するのだろう。
 気紛れな思い付きでしていいことではない。シュウとて、そのぐらいに自分を顧みるだけの良心はある。彼女を連れ回し続けた責任を取ろうとしての行為では決してない。ただ己の、そう、己の利己的な復讐の為の企み。
 果たして彼女はその残酷さに気付くだろうか? 気付いてそれでも尚、シュウに殉ずる道を選べるのか……サフィーネは殉ずる道を選んだ。自分がシュウの手足となり、その希望を叶えるだけの道具となる道を選んだ。
 その為ならば、己の欲すら自在に操ってみせるサフィーネに、シュウは自分の非道さを改めて振り返って、そしてその現実に何ら感慨を抱かない自分にただ笑わずにいられなくなった。
 踏みにじっていくのだろう。これからも、こうして。
「シュウ様?」
「話があります、モニカ。これはあなたでなければできないこと」
 一拍置いて、口にする。
「あなたと私の間に子を成したいのです」
 夕方近くになって、雨が降り出した。
 主人は今日、細かい仕事が溜まっているらしい。朝食の後に目の様子を見に来てから、雨が本降りになるまで姿を見せなかった。
 そこから少し話をして、夕食。彼はマサキと一緒に、客間で食事を摂るつもりらしかった。
 朝食も昼食もマサキはエリザの介助を受けながら食べた。簡単に食べられるようにと、サンドイッチやら、おにぎりやら、マフィンやらを用意してくれてはいたものの、どこにあるのかがわからなければ口には運べない。栄養のバランスも考えてくれているのだろう。野菜たっぷりのスープやサラダ。カットフルーツまでも用意されているのだから、目の見えないマサキひとりの手で食べきるのは難しい。だからこそ、夕食もまた、彼女の世話になるのだろうとマサキは勝手に思い込んでいた。
 それを容易く裏切ってみせたのが主人だった。彼はマサキと肩を並べてソファに座り、相変わらずの指先のコミュニケーションを止めることなく、手ずからマサキに食事を摂らせた……エリザは当然ながら、それを自分の仕事と訴え出たが、恐らくはジェスチャーで退けられたのだろう。ただ、「それですから、奥方様にも誤解されますのでしょう」と、笑っているのか、困っているのか、そのどちらとも取れるような声で言った。
 主人には妻がいるらしい。
 その現実に、手や指先の感触から主人の若さを感じ取っていたマサキは、少なからず驚いたものだった。視界を塞がれたマサキにとって、身体に触れる彼らの温もりや、ベッドやソファの柔らかい感触。僅かに瞳に感じ取れる光などの乏しい刺激だけが、外界を感じさせてくれる世界だった。自分とエリザと主人と、この身を置く客間が世界の全て――その閉ざされた世界の向こう側に、当たり前の他人の存在を意識させられたマサキは、そして何故か動揺した。
 そう、動揺してしまったのだ。
 たった一日ばかりで、この別荘の主人に自分が思った以上に頼り、心を寄せている現実。何故? と思う。指先のコミュニケーションだけでこうはならない。並んで座ったときの身体の位置関係の所為だろうか……頭一つ高いだろう座高。細すぎず、かといって太過ぎない身体。彼は時として、マサキにあの男を思い起こさせる。
 強く――思い起こさせるのだ。



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